24話 隣人は負けず嫌い
朱莉はコーヒーを受け取り、尊に悟られない程度に表情を歪ませる。
(う~っ、苦い。無理。もう飲みたくない……)
先ほど飲んだコーヒーの苦みを思い出し、コップ内を凝視する。
(私は砂糖入れないとコーヒー飲めないのに平野君がブラックで飲むとか言うから)
朱莉はコーヒーを飲むとき砂糖をスプーンで五杯入れる。ミルクがあればなおいい。
変な意地を張ってしまい引くに引けなくなってしまった。
一瞬机に置かれた砂糖が入った容器に目がいくがすぐに戻す。
(今更砂糖なんて入れたらかっこ悪いし……でもこんな苦いの飲めないし)
一向に動こうとしない朱莉を見て尊は流石に気の毒になってきた。
もとは尊が揶揄ってしまったことが原因でもありこの辺で助け船でも出そうと思う。
砂糖の入った容器を朱莉の方にそっと押す。
「鳴海。コーヒー飲みにくかったら砂糖を入れたらどうだ」
こちらに寄せられた容器を見て一瞬表情を輝かせたがすぐに戻り、
「別に私はこのままでいいよ」
「いやでも、見るからに飲みにくそうにしてるし」
「そんなことないけれど。平野君の気のせいじゃない」
一歩も引こうとしない朱莉の物言いに尊の頬が引くつく。
自分は全然飲めますけど。苦手とかそんなことはありませんけどといった態度だ。
ここにきて尊も思い出す。朱莉は結構な負けず嫌いであるということを。
こうなってしまったら朱莉は意地でも認めないだろう。
「飲めるなら別にいいけど」
「ええ、問題ないよ」
しばらく談笑しながら様子を見ることにした。こっちからとやかく言わなければ無理して飲むこともないだろう。
気づいてないふりをし、朱莉を見守ることにした。
――数分後。
朱莉がコーヒーを一口飲む。
そして顔を顰める。
(もう隠せてもねえぞ)
さらに一口。
「……苦い」
(うわあ、ついに口に出し始めたよ)
もうこちらを気にする余裕もないのか苦い苦いと声に出し始めた。
気づけばカップの中のコーヒーも残りわずかだ。
これを飲み切れば苦しみからも解放される。
朱莉の必死にコーヒーを飲む姿に尊は少し感動していた。
(なんだろう。ちょっと心に来るなこれ)
これを飲み終えたらお茶を出してやろうと思う。
最後の一口を飲み切り、尊は内心で朱莉に拍手を送った。
よくやったと褒めてやりたい気持ちもあるがそういうわけにもいかないので、お茶の準備でもしようと席を立とうとすると、
「はあ……はあ……コーヒー、おかわり」
息も絶え絶えの朱莉が涙目でカップを差し出してきた。
「なんでだよ!」
流石に尊もつい声を上げてしまう。
「もういいだろ。てか最後の方誤魔化せてなかったからな」
「誤魔化すって……何のことだか」
「まだ言うか」
わかったよ、と朱莉から受け取ったコップにまたコーヒーを淹れる。
「ほら。コーヒー」
「う……あ、りがとう」
コップを受け取り口をつけるがすぐに顔を顰める。
その光景に尊はため息をつき、新しいコップにお茶を注いだ。
「鳴海。お前はこっち飲め」
お茶の入ったコップを朱莉の目の前に置く。
「だから私は大丈夫だって」
「いいから」
朱莉のコーヒーを取り上げ尊は一気に飲み干す。
淹れたてでまだ熱かったが構わず流し込んだ。少し舌を火傷した。
「なッ!?ちょっと何して!?」
朱莉は顔を真っ赤にして上半身を机に乗り出す。
「ん?こうでもしないとまたコーヒー飲もうとするだろう。まあ、揶揄った俺も悪かったよ」
「そうじゃなくて、か、か、間接き……」
「ん?なんだ?」
「な、何でもない!もう知らない!」
プイっと顔を逸らしてしまう。
相当癇に障ったのか。揶揄いすぎたと尊も反省する。
「ごめん。ふざけすぎたな。コーヒー飲めないのに無理に飲ませたりして」
「別にコーヒーは飲めるし」
「あんなに苦しそうだったのに?」
「砂糖入れれば飲めるし」
じゃあなんで入れなかったのか。言えばまた意地になって怒らせそうだったので尊は口にしなかった。
「そうか。まあ、いいからそのお茶飲んで落ち着け」
朱莉は不満げに口をむーと突き出していたが素直にお茶を受け取る。
くいっと一口飲むと小さく息を吐く。
「ふー。ひどい目にあった」
「鳴海が意地はるからだろう。俺も飲めないものあんなに飲ませる気なかったよ」
「平野君がいやらしい笑み作って挑発してきたからでしょ」
「いやらしい笑み……だったか」
まあ、悪いことを考えていたことは否定できないが、そんな顔をしていただろうか。
確かめるように自分の顔を掌で触る。
触りながらどんな表情をしていたのか顔の筋肉を動かしてみる。
「ぷっ」
しばらく試行錯誤していると向かいの席から噴き出す様に笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、はははっ。ちょっと変顔やめてよ。おかしい……ふふふっ」
「変顔じゃねえよ失礼な」
「だってすごい顔してたよ平野君。なんかこう……アルパカみたいな」
「言いすぎだろ」
アルパカの変顔ってんなんだと尊は顔を顰める。
これ以上笑われるのも癪なので表情の確認は止めた。
それでもなにか壺にでも入ったのか朱莉はしばらく笑っていた。
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