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23話 隣人はコーヒーが苦手らしい

 更に一時間ほど時間が経過し流石に尊も集中力が切れてきた。

 目の前の朱莉は今も淡々と問題を解いている。


 朱莉の集中力に感心していたがそろそろ休憩を挟んでもいいだろうと尊は話しかける。


「鳴海少し休憩するか」


「……そうね。随分長いことやってたみたい」


 問題集から視線を離し、大きく伸びをした。

 すると朱莉の胸元が強調されてしまったので尊は慌てて視線を逸らす。


「平野君?」


 どうかしたのか、と尊へ視線を向けてくるが答えられるはずもなく。


「いや、何でもない。……飲み物持ってくるよ」


 誤魔化すために早々にその場を離れる。

 朱莉は少し不振に思っていたがそれ以上追及することは無かった。


「なにがいい?コーヒーとかもあるけど」


 戸棚を物色しながら確認する。


「へー、平野君コーヒー飲むんだ」


「たまにだけどな。わざわざ作って飲むよりはお茶を飲むし、でも今日はコーヒーにしようかな」


「そうなんだ。なら私もコーヒーお願いしようかな」


「了解だ」


 コーヒーの粉末をそれぞれのコップに入れお湯を注ぐ。

 砂糖も用意して机に戻る。


「どうぞ」


「ありがとう」


 朱莉は差し出されたコップを両手で受けとる。

 尊も席に着くと一口コーヒーを口にし小さく息を吐く。


 その様子に朱莉は少し驚いたような顔を見せる。


「砂糖とか入れないんだね」


「ん?ああ、なんか後味がくどく感じるんだよな。大体はブラックかな」


「そう……」


 朱莉は自分のコーヒーに視線を落とししばらく固まっていた。

 何か迷うそぶりを見せたがゆっくりとコーヒーに口をつける。


「……うん。……おいしい」


 眉間を寄せてわざとらしい笑顔を作る朱莉。


「………」


 口ではそう言っているが全くそうは見えない。

 隠そうとしているようだが表情が少し険しくなっているのがバレバレだ。

 口元もむずむずと意味もなく動かしている。


「なあ、もしかしてコーヒー苦手か?」


「え?……別に、おいしいよ。うん」


 一瞬で朱莉の視線が右下へと逃げた。


 これは苦手なのだと尊は確信した。なぜ素直に苦手と言わないのかわからないが。

 だが、なぜだろうか。頑な朱莉の態度に少しいじめてみたくなった。


「そうか。ならおかわりはどうだ」


 尊がわざとらしく笑みを作っているのに気づいたのだろう。朱莉の頬が引きつっている。


「……まだいいかな。ほら、たくさん残ってるし」


「なら飲み終わったら言ってくれ新しいの淹れるから」


 逃げられないように先手を打つ。

 キッチンに向かいコーヒーの粉とお湯も事前に用意する。


 ――ぷるぷるぷるぷる。


 朱莉のコップを持つ手が震えていた。これは怒りから来るものなのか。はたまた全く別の部分から来るものなのか。


 手元のコーヒーを睨み意を決して一気に喉に流し込む。


「お、おぉ……」


 尊も一気に飲み干すとは思っていなかったのでその飲みっぷりに面食らう。

 空になったコップを机に置き、キッチンの尊へ満面の笑みを向ける。


「おかわりお願いできる。平野君」


 うん、完璧な笑顔だ。なのになぜだろうか。尊はすごい圧を感じていた。悪寒が止まらない。笑顔を向けられて恐怖を感じるなんて初めての経験だ。


(これコーヒー淹れていいよな。淹れたら殺されたりしない?)


 素直にコーヒーを淹れるべきなのか尊は葛藤していた。

 ちょっとした興味本位で揶揄ってみたのだが朱莉が真正面から立ち向かってきた。


 だが、尊から仕掛けておいて引くこともできない。

 コップを受け取り新しくコーヒーを淹れ再び朱莉に手渡す。


「どうぞ……」


「……ありがとう」


 コーヒーを淹れるだけでここまで緊張するなんて。尊は浅はかだった自分の行動に少し後悔していた。

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