19話 隣人は男子の部屋に興味深々
玄関の鍵を開け朱莉を部屋に招く。
「はい。どうぞ」
「お、お邪魔します」
肩を狭め小さくなりながら朱莉は部屋に上がる。
上がってリビングに行くまででも緊張しているのか落ち着きなく周りをキョロキョロしている。
廊下なので特に何もないのだが。
リビングまで来ると尊はエアコンのスイッチを入れる。流石は真夏と言うところか、しばらく留守にしていただけなのに部屋の中は完全に熱せられていた。じっとしていても汗が出てきそうな部屋にとてもじゃないがいられない。
「今エアコン付けたから暑いだろうけど少し我慢してくれ」
「う、うん。大丈夫ありがとう」
そう言いながらチラチラと周りを見渡す。すごい興味深げにしているので暑さも気になっていないように見える。口がさっきから開きっぱなしなのは、見てて面白いので指摘はしない。
「何をそんなに見るものがあるんだよ。自分で言うのもあれだけど本当に何にもないぞ」
尊の言う通り、部屋にはテレビにソファ、机に棚と少し小物があるくらいで、これといって珍しい物もない。それなのにずっと目を輝かせている朱莉が不思議でならない。
「確かに何もないんだけど、これが男の子の部屋なんだなって思うといろいろ気になって」
「男の部屋くらい入ったことあるだろ。小学生のころとかでも」
「一回もないよ。小学生のころ何て誰かと遊んでた記憶もあまりないし」
「そうなのか?小学生なんて大体友達と遊んで――」
そこで尊は言葉を止めた。
「?」
朱莉も不思議そうに尊の顔を見る。
「いや、何でもない。小学生だしそういうこともあるよな」
尊は言いかけた言葉を飲み込む。
以前朱莉の家でご飯を食べたとき、尊にとって当たり前だった話をした際に朱莉の様子が変わったことを思い出したからだ。あの時の朱莉はどこか辛そうで寂しそうな表情をしていた。朱莉のことを少しはわかってきたとはいっても、特別親しいというわけではない。まだまだ分からないことの方が多いし、昔の朱莉のことや家庭環境だってもちろん全く知らない。
この話はあまり続けるべきではないかもしれない。
そう思い尊は話題を変える。
「まあ、何もないけど見たいだけ見ていっていいから、お茶用意するからそこ座ってて」
少し早口にそう言い、ソファを指差し朱莉を促す。
「え?そんないいよ気にしなくて」
「そういうわけにいくか。一応お客さんだからな」
少々わざとらしかったか、話題を変えた尊に戸惑うような反応をしていた。
だが、そこは強引に通し、キッチンの方へ向かう。
タイミングこそこんな感じになってしまったが、元々お茶くらい出すつもりだった。お客さんはちゃんともてなす様に家ではよく言われていたからだ。
ほどなくしてコップに入ったお茶を二つ手にリビングへ戻る。
リビングでは先ほど尊が言ったことを素直に聞いて、朱莉がソファに座っていた。
「はい。お茶だ」
「うん。ありがとう」
と言ってコップを受け取った朱莉はお茶を飲むこともなく、じっとコップを眺めていた。
「なんだ?どうした?」
そんな朱莉を不思議に思い尊が声を掛ける。
「うん。平野君お茶はちゃんと出せるんだと思って」
「……馬鹿にしてんのか」
いきなり侮辱され、尊は目を細め朱莉を見る。
「普段の平野君見てるとどうしてもイメージできなくて、なんか水道の水とか飲んでそうだし」
先ほどまで緊張していたようなのに、随分と調子が戻ってきたようだ。
「本当にお前の中の俺は評価低いんだな」
「普段の行いかしらね。これでも最近は評価が上がったのよ」
「何か評価上がるようなことあったか?」
「さあ、なんだろうね」
「なんだよそれ」
くすくすと笑う朱莉を見て、先ほどまでの心配はどこかへ行ってしまった。
少々考えすぎだったようだ。ホッと胸を撫でおろす。
そんな尊の姿を横目で朱莉は見ていた。
「全く、気にしなくていいって言ったのに」
口元を緩め、そう呟く朱莉の声は尊には届かなかった。




