16話 夏休み早々イベントが
『そうめん作るけど食べにくる?』
通知を知らせるスマホを確認すると朱莉の名前とそんな文字が画面に表れていた。
夏休み初日のお昼頃、特にやることもなくテレビを見ていた時の出来事だ。
尊は一瞬戸惑ったがメッセージを見てこのままというわけにもいかないので返信のため指を動かす。
『迷惑じゃなければ』
絞りだした返事はなんとも当たり障りのないものだった。すぐに既読が付き、
『こっちから誘っておいて迷惑なんてないわよ。すぐできるから家に来て』
お昼のお誘いを受けたのは初めてだ。今までは休日でもこういったことは無かったのだが、やはり以前一度朱莉の家で食事をごちそうになったからだろうか。あの日以来朱莉との距離が少し縮まったような気がしている。
食事を頂くのに待たせるわけにもいかないので尊はソファから腰を上げ一応部屋着からも着替え、隣である朱莉の家へと向かった。
朱莉の家の玄関前まで来ると少々躊躇いがちにチャイムのボタンを押す。
自分から朱莉の部屋を訪ねるのは二度目だがやはりそう簡単には慣れない。
少しして扉が開き朱莉が姿を現す。
「いらっしゃい。上がって」
「お邪魔します」
脱いだ靴を綺麗に揃え、朱莉に続いてリビングに向かうと机の上にはもう食事が用意されてた。
「もうできてるんだな」
「そうめんなんて茹でてあとは薬味を準備するだけだからね。数分もあればできるわ」
「へー、そんな簡単なんだな。俺でも作れるかな」
「今度作ってみたら?吹きこぼれには注意してほしいけど」
二人は机を挟み向かい合う形で座る。
いただきます、と手を合わせ早速箸でそうめんをすくいつゆに付け啜り上げる。
冷えたそうめんに優しい味わいのつゆが絡み合いとても美味しい。続けて二口目を口にする。
つゆは手作りなのか出汁の風味がしっかり残っており口いっぱいに香りが広がる。薬味もネギにゴマ、もみじおろしと種類豊富だ。
「そうめんって夏に食べるとなんでこんなに美味しいんだろうな」
「そうね。器に氷が浮いてるのも涼し気だし季節に合ってるんでしょうね」
朱莉もそうめんをつゆに付けるとその小さな口に運ぶ。
そんな動き一つ一つでさえ上品に見えてしまうのは朱莉の育ちの良さからなのだろうか。
ついつい見入ってしまっていたので朱莉に気づかれる。
「何?そんなじっと見て」
「綺麗に食べるなって思って」
「奇麗にって……普通だと思うけど」
「そんなことないぞ。なんか普段は気にしない指の先まで意識して動いてるような動作一つ一つに品がある」
「そ、そう?一応お礼を言っておけばいいのかな」
少し頬を赤らめる朱莉。恥ずかしそうに視線も逸らす。
褒めるとすぐに照れてしまう朱莉は尊に学校では見せない表情をよく見せてくれる。本人曰く尊の言い方の問題らしいが尊としては普通に言っているだけなので意味がよくわからないでいる。
「そういえば夏休みに入ったが何か予定とかないのか?」
「特にない。少し友達と買い物に行く予定はあるけど多分ほとんど家にいるかな。あとは食材の買い物で外に行くくらい」
折角の夏休みなのにそれでいいのかと流石の尊も心配になる。
朱莉なら友人からの遊びの約束で予定がいっぱいかと思っていたのだが。学校とプライベートを完全に分けてる朱莉らしいといえばらしいかもしれないが。
ふと尊は気になったことを口にした。
「そういえば鳴海は彼氏とかいないのか?」
「……彼氏いるような女が他の男を家に上げると思う?というかすごい今更」
尊の質問に朱莉はジトーと目を細める。
朱莉が言う通り本当に今更である。もう二か月以上この関係を続けているのに。だが尊も聞くタイミングを掴めなかっただけで気にはなっていた。たまたまこんなタイミングになってしまっただけだ。
「なかなか聞く時がなかっただけだ。まあ、確かに彼氏がいるなら俺なんか家に上げないわな」
「そうよ、平野君は私が男なら簡単に家に上げるような女に見えていたのかしら」
「別にそんな風には見てないよ」
「さあ、どうだか」
つんと口を尖らせ顔を逸らす。怒っているのかとも思ったがどうも違うらしい。目元が少し笑っていたので尊を困らせて楽しもうとしているように見える。
だが、こういう時の対処方は尊は知っていた。
「本当だって、他人の俺にこんなに世話焼いてくれるくらいだから、鳴海なら彼氏ができたら純粋にその人のことだけ考えるだろうし裏切るようなこともしないと思ってる」
「へ、へー……そんな風に思ってたんだ」
「一応この数か月鳴海のことは見てきたからな。最初雨に濡れた鳴海に俺が勝手にやったことにも後から真面目に対応してたし、その後は俺の健康にまで気を使って毎日お裾分けまでくれて本当に感謝してんだぞ」
「で、でもそれは私が勝手にしたことで」
「だとしてもそんなこと普通は簡単にできないだろう。人としても鳴海は本当にいいやつだし尊敬できる。それに――」
「わかった!もうわかったから!」
手を前に出し尊の言葉を制止させる。見れば朱莉は耳まで顔を真っ赤に染めていた。
朱莉は褒めると恥ずかしくて勝手に自爆するのでこうするのが一番だ。
「本当に毎回毎回」
ぶつぶつ呟く朱莉の声は聞こえないが涙目でこちらを睨んでいるのであまりいいことではないだろう。
これ以上は本気で怒りかねないので尊は黙りそうめんを食べることに集中する。
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