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11話 とことん付き合おう

 朱莉はキッチンに向かいエプロンを着けると料理を作りだした。普段から作っているのだから当然だが朱莉の手際はよく次々と調理が進んでいく。包丁で食材を切る音がリズムよくついつい聞き入ってしまう。


「………」


「ねえ?座ってていいのよ」


「いや、何て言うか。こんだけテキパキ調理していくの見てるとなんか飽きないというか」


 正直テレビとかを見てるよりこっちの方が楽しい。


「そんなに見てて楽しい?」


「ああ。やりにくいって言うなら向こう行ってるけど」


「それは大丈夫。平野君が見てたいって言うなら見てていいけど」


 しゃべりながらも朱莉は手を止めることもなく流れるように調理が進んでいく。料理が全くできない尊でも朱莉の調理が高校生レベルではないとわかる。これは普段から料理してるからといって身に付くものではないだろう。朱莉の不断の努力があってこそだ。


「はい。できたよ」


 あっという間に料理が完成しお皿をテーブルへと運ぶ。


「これも運べばいいのか?」


「うん、ありがとうお願い」


 見ているだけでは申し訳ないので皿くらいは運ぶ手伝いはする。

 全ての皿を運び終えると尊と朱莉はテーブルを挟み向かい合うように座り、


「えーと、それじゃあいただきます」


「はい。召し上がれ」


 しっかり手を合わせまずは味噌汁に口を付けた。

 出汁がよく効いている味噌汁は味に深みがあり食べるとホッとする。


「ふー、おいしいな」


「そう?よかった気に入ってくれたみたいで」


 それから次々に朱莉の手料理を口に運び、その洗練された味わいに舌を巻く。

 いつもはタッパーで料理を貰うので、必然的に出来立てとはいかない。場合によっては電子レンジで温めなおすこともある。


 普段から美味しいと思っていた朱莉の料理だが今日は一段と美味しく感じる。

 そんな料理に夢中になっている尊を見て朱莉は笑みをこぼす。


「ふふふ。平野君って本当に美味しそう食べるね」


「そうか?まあ、実際うまいしそう見えてもしょうがないな」


「こんなに美味しそうに食べてくれるなら毎日作り甲斐もあるわね」


「前にも聞いたけど毎日俺の分までご飯作るの本当に大変じゃないのか?」


「別に一人分も二人分も手間は変わらないし問題ないわ。それに私人に料理食べてもらうの好きみたい。料理も前より楽しいわ」


「それならいいけど」


 朱莉が好きでやってくれてると言うなら尊からはこれ以上言うこともない。

 尊としても美味しい料理が毎日食べれるのだ。感謝はしても文句などはない。

 こんな甘えてばかりでいいのかとも思うが。


 それからは会話を挟みつつ朱莉の美味しい料理を味わい尊はあっという間に料理を平らげてしまった。


「ごちそうさまでした」


「はい。お粗末様でした」


「本当に美味しかった。ありがとうな」


「うん。それは見ててもわかったよ。それに私も楽しかったしお互い様」


 微笑む朱莉は本当に楽し気で、これもまた学校では普段見ない表情をしていた。

 いつも以上に上機嫌に見える。

 喜んでもらえたのは良かったが尊は少々気になった。


「楽しかったのか?」


「あー、えーと……誰かと一緒にご飯食べるってこんな感じなんだって」


「ご飯くらいいつも友達と食べてるだろ。それに家族とだって――」


 そこで尊は言葉を止めた。

止めざるを得なかった。先ほどまで笑顔を作っていた朱莉の顔に影が差し俯いてしまっていたからだ。

 何か悪いことを言ってしまったかと内心尊は焦っていたが朱莉の方から口を開く。


「あー、ごめんね。思いっきり態度に出てたよね今」


「別に俺は気にしてないけど。俺こそなんか余計な事言ったのなら謝る」


「ううん。平野君は悪くないよ。これは何というか、私の問題だし」


 思わず尊は息を呑む。朱莉の瞳が愁いを帯びたように暗く沈む。

 尊は知っている。あの瞳は一度見たことがある。

 朱莉が雨の日びしょ濡れになり玄関前で座っていた時と同じ瞳だ。思えばあの瞳が気になり、朱莉と関わったことで今の関係がある。


「………」


 尊は言葉が出てこなかった。

 こんな表情をする少女に何て声を掛ければいいのか尊にはわからない。


 だがこのまま黙っているわけにもいかない。今の彼女を放っておくという選択肢だけは尊にはない。自分が彼女にできることをこれ以上ない程に考えそして、


 ぽんっと尊は朱莉の頭に優しく掌を置いた。


 そのままゆっくりと手を動かす。


「……何してるの?」


「いやー、何て言うかこうした方がいいような気がして」


 考え着いた結果、尊は朱莉の頭を撫でた。

 何て言葉を掛ければいいのかはわからないが何かしなければと出た答えがこれだ。

 今なお頭を撫で続けているが我ながら何を考えてこうなったのか。


 朱莉もジトーと目を細めこちらを見ている。

 やはり怒らせてしまったかと思ったが、


「………」


 朱莉は何も言わず目を閉じた。この状況を受け入れるように。


「えーと、鳴海?怒ってないのか」


「何に?気軽に女の子の髪を触ったこと?」


「うっ」


「ふふ、冗談よ。まあ、確かに最初は驚いたけど。でも」


「でも?」


「なんか落ち着く」


 そう言う朱莉は確かに落ち着いているのかその顔に先ほどのような影はない。

 むしろ口元が少し緩んでいるようにも見える。

 どうやら怒ってはいないようなのでほっとする。


 だが尊も自分でやったはいいが段々と恥ずかしくなってきて誤魔化すように口を開く。


「あー、なんだ。一緒にご飯食べるのが楽しいって言うなら俺でよければいつでも食べてやるから」


 言い終わると朱莉が顔を上げ、その大きな瞳を開く。

 瞳には先ほどのような愁いはもう帯びていなかった。


「本当に?」


「え?あ、ああ。俺としてはありがたいだけだしな。それにご飯は誰かと食べたほうがうまいからな」


 朱莉の真っ直ぐな瞳に少々口籠ってしまったが正直に思ったことを口にする。

 半分冗談で言ったのだが受け入れられるとは思わなかった。


 尊としても朱莉のあんな顔は見たくはないし、今まで散々お世話になってきたのだ。

 尊にできることなら何でもするつもりだ。


「そうか……。また一緒に食べてくれるんだ」


 朱莉は呟くように口にしたので最後の方の言葉は小さく聞き取ることはできなかったが、とても嬉しそうな笑顔を浮かべているので尊も聞き返すようなことはしなかった。


 普段からしっかりとしていることで大人びて見える朱莉とは対照的で、子供のように微笑む今は年相応かもっと幼くも見える。

 こんな笑顔を見せられてはこちらも自然に頬が緩んでしまう。


 以前にもまして更にややこしい関係になってしまった気もするがこの際仕方ない。原因を作ってしまったのは尊なのだし、この際とことん付き合おうと思う。


(まあ、俺ができることなんて高が知れてるけど)


 それでも最終的に朱莉の方からこの関係を終わらせようとしない限りは彼女を見捨てることはしないと尊は一人密かに固く誓うのであった。

 お読みくださりありがとうございます。


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