99 4人の想い
バーに到着するとそこは俺の想像を超えた空間だった。
「ここがお前の知り合いが経営しているバーか?」
「そうだぜ。いい雰囲気の所だろう。」
外の外観は一昔前のレトロな喫茶店を思わせる作りでとても落ち着いている。
それに看板は日本の老舗で良くある木の板に、これまた日本語で店名が彫り込まれていた。
しかし、その程度なら俺が驚く事は絶対に無かっただろう。
問題はそこに掛かる看板の文字にこそある。
「ここってバーだよな。」
「ああ、でも昼間は喫茶店をしてるんだ。」
「それで『萌え萌えカフェ』って書いてあるんだな・・・。」
そこは一言で言えばコスプレ喫茶だった。
まだ夜の営業時間には遠く、中では女の子たちがご主人様に注文を届けている。
「お前はここに入るのは平気なのか?」
「何言ってんだ。これは日本の文化じゃねーか。俺はここの店長からそう習ったぞ。」
どうやらアーロンには日本の文化に対して変な刷り込みが行われているようだ。
これが日本の文化ではないとは断言できないけど、明らかに一般の人間は引くレベルだ。
ただし俺も興味が無いと言えば嘘になるので入るのに反対するつもりはない。
しかも知り合いに連れてこられましたという言い訳も出来る素敵な状況だ。
これ程に好都合なタイミングはこれからの人生を総合してもそうそうありはしないだろう。
「連絡は入れてあるから入ろうぜ。」
「予約済みか。準備が良いんだな。」
そして中に入ると何故か見知った顔が幾つもある・・・気がする。
でもそれはきっと気のせいで俺が意識し過ぎているからそう思うだけだろう。
そしてアーロンはカウンターに行くとそこに居るスキンヘッドにピンクのエプロンを付けたガチムチ男へと声を掛けているけど、コイツは絶対に職業選択を間違えてるだろう。
しかし男はアーロンの顔を見ると漢らしくニコリと笑って返事を返した。
「アーロンよく来たな。元気にしていたのか?」
「この通り元気にやってるよ。それと客を連れて来たんだが今日はやけに綺麗所を揃えてるな。」
「ああ、今日はちょっと急な予約が入っていつもの子たちじゃないんだ。スタッフも彼らが率先してやってくれてるだけだ。」
見ると1人はメイド服で2人は巫女服だ。
メイド服はともかく巫女服は何処かで見覚えがある様な気がする。
そして視線で追いかけているとメイド服の女性が一人の老人の前にコーヒーを置いた。
「はい、お爺ちゃん。熱いからゆっくり飲んでね。」
「分かっておるよ。しかし、お前の入れてくれたコーヒーでの火傷ならご褒美じゃわい。」
「もうお爺ちゃんったら~。」
そんな会話が後ろから聞こえて来た。
少し聞き覚えがある様な声だけどきっと気のせいだろう。
すると巫女服を着た1人の少女が他のお客の許へと向かう。
見ると中年の夫婦の様だけど、こちらは食べる事がメインとなっている。
そう言えば厨房からは萌え萌え喫茶とは思えない様な豪快な音が響いているのでまだまだ追加の注文でもあるのだろう。
この手の店は設定料金が高めなのに豪気な事だけど、きっと旦那さんの収入が良いのだろう。
そして、もう一人の巫女さんが別のお客さんの許へと向かっており、こういう店に親子で来るとは中々の豪の者と見た。
「お父さん、お母さんお待たせ。リリーはミルクで良いよね」
「お前はそういった服装も似合うな。」
「やっぱり一度はそういう格好を撮影しておきたかったのよね。」
「それなら撮影料は500円だって。」
「わうわう。」
「・・・。」
いや・・・きっと俺が意識し過ぎているからだ。
子供にキラキラネームを付ける人は多いし、その子供が犬のように鳴くのもよくある事じゃないか。
すると先程のメイド服の女性が今度はカップルの座っている席に向かって行った。
そこでは男性は警官の服を着て、女性は肩からブランケットを懸けているけど煽情的な赤い服が下からはみ出している。
なんだか少し・・・いや、とても見覚えがあるけど気にしたら負けな気がする。
「そろそろ着替えたらどうですか?春先と言ってもその服装は少し寒いと思いますよ。」
「そうだな。俺も勘違いされると困る。店長、更衣室を借りるぞ。」
「ああ、使ってくれ。ツバサ、お前は場所知ってるだろ。案内してやれ。」
「アイアイサ~。」
いや、きっとこれは俺の気のせいだで今朝からの事で頭と耳がおかしくなっているのだろう。
すると後ろから気配が近づき俺の視界を覆ってくる。
「だ~れだ?」
こ、これはきっとこの店のサービスに違いない。
注文もせずにカウンターに座っていたので背後の様子を窺っていたのがバレてしまったんだな・・・。
「あ、あの・・・。これは何かのオプションかな?」
「そうだね~。アナタにだけの特別オプションかな~。」
そう言ってメイドさんは耳元で囁くと優しく甘い吐息を吹きかけて来る。
しかし流石の俺でもまだ今朝の事は忘れる筈はない。
なので俺の中では今朝の事がフラッシュバックし、手の柔らかさや温度に至るまでの全ての記憶が蘇って来る。
すると左右にも気配が迫り、そちらからも声が聞こえて来た。
「お兄ちゃん、ココアをどうぞ。」
「お兄さん、こちらがオムライスです。」
すると俺の前にコトリと音が2回響きくと料理と飲み物が置かれた様だ。
「あの・・・、俺はまだ何も注文して無いけど?」
「でもお兄ちゃんは苦いの苦手でしょ。家だどいつもコーヒーじゃなくてココアかホットミルクだよね。」
「それにこれは私達からの愛が籠ってるんですよ。口だけではなく心でもしっかり味わって下さい。」
そして、その直後に視線を遮っていた手が除けられ視界に光が差し込んで来る。
するとそこには甘い匂いを立ち昇らせるカップが置かれており、その表面には白く滑らかなホイップクリームが乗せられている。
そしてチョコレートペンを使ったのか茶色い文字で『アズサ、アケミ、ユウナから』と書いてある。
しかし、これで俺の勘違いである可能性は完全に消え去ってしまった。
そして、その横に置かれたオムライスにはケチャップでハートが描かれている。
それだけならよく聞くサービスだけど、その中には『I Love You』と綺麗な英語が書いてある。
すると横に視線を向けると笑みを浮かべたアケミが俺を見詰めていた。
「・・・あのなアケミ。」
「私は本気だからね。」
すると俺が言葉を言い終わる前にアケミは真剣な表情を浮かべて笑みを消してしまう。
そして、反対側に居るユウナも同じように。
「私も真剣ですから。あの夜から・・・。いえ、そのずっと前からです!」
そしてユウナも真剣な顔で俺に力の籠った視線を向けて来た。
しかし俺にはいまだに決心がついていない。
だからアーロンに相談しようとしていたのにコイツはコイツでさっきから何処かに電話をかけて談笑している。
少しは助け舟くらい出してくれても良いのに薄情な奴だ。
そう考えていると電話が終わったのかアーロンはスマホを仕舞うと何故か笑ってサムズアップをしてきた。
もしかして今の俺の状況を見て笑っているのだろうか。
「ハルヤ、もしかして相談って言うのはその三角関係についてだったのか?」
「三角じゃなくて四角だ。」
「まあ、何角でも良いんだけどな。」
「良くない!」
しかし俺の非難的な言葉を気にする事なくアーロンは言葉を続けた。
「いまアメリカで問題になってる案件が解決したんだよ。それに世界各国でなし崩し的に話が進むらしいんだけどな。」
「いったい何を言ってるんだ。それと今の状況に何か関係があるのか?」
「それはだな・・・。」
しかしアーロンが口を開く前に店の奥からドタバタと音が聞こえ始め、ツバサさんが扉を突き破る勢いで飛び出して来た。
その手にはスマホが握られており、そこには国際ニュースのサイトが映し出されている。
それを指差して驚いた顔を浮かべたツバサさんが何が起きているのかを教えてくれた。
「これ見てください!覚醒者の対応について大きな変化が起きてますよ!!」
「いったい何が起きてるって言うんだ?」
俺はそのスマホに視線を向けるとそこには今の状況をある意味では解決する記事が乗せられていた。
どうやら、現在各国では一つの問題が起きていたようだ。
それは覚醒者の女性の問題で、恋人との結婚や性行為についてであった。
何でも覚醒者の女性は覚醒者としか子供を作れない事が判明しているらしい。
体外受精をすれば可能とあるけど、それは人権と自由の侵害となってしまうそうだ。
それに多くの女性が好きな人とは体を重ねて愛を確かめ合いたいという事だろう。
その問題を解決する方法としては男の方を覚醒者にするのが一番の近道だけど、それは良いとして女性の方の問題である。
もし複数の女性が1人の男性を愛した場合は殺し合いにまで発展するケースが多くなっている。
今のアケミとユウナにはそんな様子は無いけど俺が誰かを選べばその相手を殺してでも俺と一緒になりたいと言う事だ。
そして、この部分に関してだけは女性の覚醒者は通常ではありえない程の執着心を示している。
代わりに独占欲は薄いらしく良好な関係さえ築ければ争いどころか装備などの影響もあって今までを越える力を発揮する事が確認されたそうだ。
この部分に関してはもしかして俺達の事にも当て嵌まるかもしれない。
報告は常にしてるからこういった情報が世界的に広がっていたとしても十分にあり得る事だ。
その結果、現在の状況を考えて多くの国が議論を行い一つの決定を下している。
それには日本も含まれており、その決定に同意していると書いてある。
それがどんな決定かと言うと世界規模の重婚制度だ。
ただし覚醒者に限定されているので本当に苦肉の策なのだろう。
例え、殺しても生き返らせる必要があり、生き返れば再び争いが起きる。
それを止める為にはその人物よりも強い覚醒者を連れて来る以外に手段は無く、下手をするとダンジョンでの戦闘にさえ支障が出そうだ。
そうなると今の俺の様な状況の出来上がりという訳だけど条件は中々に厳しい。
結婚するにしても当事者全員の同意が必要で親が居ればその人たちの理解も必要との事だ。
確かに世界規模で見ても一夫多妻や多夫一妻を取り入れている国が少ないのが理解できる。
でも、それを一部捻じ曲げてでもダンジョンに対応する必要があるのだろう。
ただし問題が一つだけあるって重婚は誰とでも出来るのではなく、あくまで覚醒者に限っている所だ。
一般女性が重婚するには最初からその男性と結婚しておく必要がある。
そして視線をスマホから逸らして周りを見ると3人はそれぞれに指を立てていた。
アズサは指を1つ立て、アケミとユウナは指を2本ずつ立てている。
これが示すものは・・・。
「私が最初に結婚すれば問題ないよね。」
「私が2番目だよ。」
「そんなアケミちゃん!その時は一緒に結婚しよおって言ってたじゃない!」
「あはは~、やっぱり抜け駆けはダメなのね。」
「当たり前だよ!」
どうやら指の数は結婚する順番を示していたみたいだ。
しかし、それは良いとして発表がされたのは数分前なのにどうして今日の朝から俺は追い詰められる事になってたんだ。
アンドウさんさえ知れない情報をどうやってこの3人が・・・。
するとそんな俺の視線の先に1人の老人が目に入った。
「ツクモ老。何か弁明はありませんか?」
「さあ何の事じゃ?儂は何も知らんよ。」
すると視線が泳いで外へと向かったけど、この爺さんがこんな簡単に視線を逸らすはずがない。
絶対に何かを知っているはずけどアズサが慌てた顔でジジーの前に立って庇う様に手を広げた。
「そんなにお爺ちゃんを責めないであげて。教えてもらったのは先日の入学式の日なの。しかもカミムラ総理から直々にね。」
「フォッフォッフォ!儂はちょっと圧力を掛けただけじゃよ。色々無理を聞いたが、この国に居る覚醒者の半分以上が今では儂の関係者じゃからな。周りの馬鹿共を黙らせる事くらいは簡単じゃ。」
やっぱり首謀者の一人はこの爺か!
でも今回はそれに助けられているので思う所はあるけど怒りは湧いてこない。
俺としても3人との関係を見直す良い切っ掛けにもなってくれている。
「なら、今回は感謝しておきます。」
「フム、曾孫の為じゃから気にするな。」
すると視線を再び外へと向けてツクモ老はボソリと言葉を零した。
顔はこちらから見えないけど珍しく照れているようだ。
そして、そちらから視線を戻すと言い争いをやめたアケミとユウナが俺の目の前まで迫っていた。
その距離は既に30センチも無く2人の息が掛かりそうな程だ。
「それでお兄ちゃんはどうするの?」
「お兄さんはどう責任を取ってくれるんですか?」
「いや、責任と言われてもそんな事をした記憶が・・・。」
「「ム~!」」
「ハイ、スミマセンデス。」
実のところを言えば俺はアケミとユウナの事が好きで、それは朝の時点で自覚させられたから分かっている。
でも俺はアズサ1人すら幸せに出来る自信がないのに、それが3人となれば結果として皆を不幸にさせてしまう可能性が跳ね上がってしまった。
それに2人には幸せになって欲しいと覚醒後はずっと思っている。
しかもアケミに関しては何年も前から俺自身を犠牲にしても良いとさえ思っていた。
それでも幸せにするのが俺だとは思っていなかったので今は嬉しさよりも恐怖の方が大きい。
幸せにしたい相手が俺のせいで不幸になると考えると胸をナイフで刺されたような痛みを感じる。
そして俺は自然とアズサに視線を流して意見を求めようとしたけど首を横に振って薄く笑みを返された。
「今は私の事は気にしないで2人の事だけ考えてあげて。ハルヤだって相手に想いを伝えるのがどれだけ勇気が必要かは分かってるでしょ。」
その瞬間に今度はあの卒業式の日の記憶が蘇ってくる。
強い確信があったとしても人に想いを伝えるのはとても勇気の要る事だった。
それに対して今の俺にはアズサが居て2人を子供扱いしていて恋人対象とは全く見なしていなかった。
だから2人の告白が失敗する可能性はあの時を大きく上回り、結婚が出来るからと告白が成功するとは限らない。
それによく見れば2人とも両手を強く握り締めていて肩を震わせ目は少し涙で潤んでいる。
だから強気に見せているのは感じている不安を少しでも誤魔化す為なのかもしれない。
俺はそんなアケミとユウナに手を伸ばすと肩から背中に手を回して同時に抱きしめた。
「お兄ちゃん・・・。」
「お兄さん・・・。」
「俺は頭も悪いし、いつ死ぬかも分からないんだぞ。」
「それはみんな同じでしょ。」
「それに死んだとしても絶対に迎えに行きます。」
「私もだよ。その前に絶対に死なせないから。」
2人は言葉を交わしながた俺の背中にも手を回して来る。
すると体が密着した事でその鼓動が俺の胸に伝わってきた。
やっぱり思っていた通りに緊張しているようで今までに感じた事の無いほどの激しい振動がこちらの胸を激しく叩いてくる。
そして、こんな思いをさせてしまったのかと自身の不甲斐なさに胸が締め付けられる。
「ごめんな2人とも。俺はずっと気付けなかったよ。でも、もし2人が俺とずっと一緒に居てくれるなら、俺もずっと一緒に居たい。楽しい時も、楽しい時も、楽しい時も。」
「あれ、辛い時は?」
「皆が居れば辛くないだろ。」
「さすが私達のお兄さんです。それなら、これからは恋人として一緒に居ましょうね。」
そう言って、ユウナはどさくさに紛れて俺の頬にキスをしてきた。
「そうだね。これからはお風呂にも一緒に入れるね。」
そう言ってアケミもどさくさに紛れて反対の頬にキスをする。
ただ、お風呂に関してはまだ一人でゆっくり入りたい。
「ちょっと二人とも!そこまでは許さないんだからね!それに私だって・・・その、一回しかしてないのに!」
そう言ってアズサは遠慮がちに正面に立つと恥ずかしそうに口を重ねたキスをしてくる。
何気にアズサが一番大胆なうえにアケミのお風呂発言はスルーですか?
今後は今まで以上に気を引き締めないといけなくなったけど風呂の扉に鍵でも付けておくか・・・。
すると何故かこのタイミングでアケミが不敵な笑みを浮かべた。
「フフフ、でもお兄ちゃんのファーストは既にクリスマスで奪ってるもんね~。」
「セカンドは私が・・・。でもぺロチュウは私がファーストですよね。」
「2人ともどうしてそんなに抜け駆けしてるのかな!?な、ならあれは私が一番だからね!」
「狡いよアズサ姉!それはジャンケンでしょ!?」
「私もそれについては話し合いを要求します!」
すると俺から離れてテーブルに座った3人はそこで激しい舌戦を始めた。
それを見て横に座るアーロンと店長が声を掛けて来る。
「女は3人寄れば姦しいって言うけど本当だな。」
「しかも恋する乙女だからな。まあ、あの調子ならお前さんがしっかりと手綱を握らねーとな。それにしてもあんな綺麗所に迫られて羨ましいぜ。」
「迫られる方は命懸けだけどな。」
何気に一度死んでいるとは言わない方が良いだろうな。
「そう言えばお前の妹は大丈夫なのか?」
「さあな。いざとなりゃあ妹1人ぐらい一生面倒見てやるよ。アイツが幸せの方が周りの意見よりも大事だからな。」
そう言ってアーロンんは笑うと親指で鼻を弾いた。
コイツって時々無性に男らしい所があるんだよな。
すると時間が夕方となり店がカフェからバーへと変化し、大人たちから声が上がった事で今日という日を祝して宴会へと発展した。
それにしても最近はなんやかんやあって祝い事が多い。
ただ今日に関しては皆が認めてくれてると言う事で何よりも嬉しく感じる。
そして俺はメイドのアズサと巫女のアケミとユウナに奉仕?されながらその日を楽しんだ。
ただ、恐らくは今回の事で一番大変だったのは厨房のスタッフだろう。
売り上げは高かっただろうけど最初からかなりの悲鳴を上げていた。
でも良い経験になっただろうから今日の苦労を糧にして今後も頑張ってもらいたい。




