97 学園の始まり
今日はとうとう皆の初の登校日になる。
父さん達と俺はスーツに身を包むといつもの装備もしかりと持参している。
それ以外の3人に関してはアズサは大学生なので私服登校となっており、春らしい白いシャツに黒いロングスカートを履いている。
あと上にはピンク色の薄いジャケットを着ているだけなのに以前よりも輝いて見える。
「アズサの服も可愛らしくて春らしくなったな。」
「まあね。ツクモへの念願の初登校だもん。それにハルヤとも一緒に登校できるから気合を入れたの。」
そう言ってアズサは嬉しそうに頬を染めて笑みを浮かべてくれる。
その顔はなんだか幸せそうで、俺自身も形は違っても約束を守れた事がとても嬉しく感じる。
そしてアケミとユウナだけど、あそこの学園は高校から私服登校を許可している。
なので制服でなくても良いのだけど今日は初登校という事もあって制服を着用しているようだ。
2人とも萌黄色を基調にしたスカートとブレザーに身を包み。首には細めの赤いリボンを着けている。
確かあのリボンで学年を現していて
赤色が1年生
黄色が2年生
青色が3年生だったはずだ。
それに2人とも服に皺も無く俺の時と違いリボンにも乱れはない。
「2人ともとても似合ってるよ。」
「ありがとうお兄ちゃん。でも明日からはタンスの肥やしかな。」
「あ、私はお兄さんがこの格好がいいなら毎日でも着て来ますよ。」
2人はそんな事を言って笑うと、その場でクルリと回ってスカートをフワリと舞わせる。
それによって白い足の付け根近くまでスカートの端が持ち上がり下着が見える直前で下へと落ちて行く。
それに一瞬だけ目を奪われていると2人の口から笑い声が漏れた。
「お兄ちゃんのエッチ。」
「み、見たいなら何時でも言ってくれれば・・その・・・。」
すると後ろから手が伸びてきて俺の視界を塞ぐと冷たく恐ろしい声が聞こえて来た。
「ハ~ル~ヤ~・・・何をやってるのかな~。」
「可愛い妹と可愛い友達に目を奪われてました。」
「そう言う事は素直に言わない!」
何故か怒られてしまったけど可愛い事は否定しないので間違いではないはずだ。
いったいどんな言い方をすれば許してくれたのだろうか。
ただ指の隙間からは2人が楽しそうに笑っている姿が見えて笑い声も聞こえてくる。
どう見ても今回の事は俺に罪は無いと思うんだけど、もちろんアケミとユウナにも罪なんてないので誰も悪くないはずだ。
そして小さな溜息と共に俺の目の前を覆う手が降ろされ、目の前にアズサの顔が迫った。
「ハルヤは・・・その・・・、もし2人がアナタを愛してるって言ったらどうするの。」
するとアズサは突然あり得ない事を小声で聞いて来た。
確かに2人とも最近はスキンシップが常識を逸脱している時はあるけど、それはきっと力を得たのが原因で・・・あれ?
それって俺に好意が向いてるって事じゃあ・・・。
で、でもアケミは妹でユウナはその友達で・・・。
ちょっと待てよ!
ならアケミはともかくユウナは他人じゃないか。
でも年齢が・・・。
「ハルヤが大人になったら3歳差の結婚なんてよくある事だよ。そ、それにアケミに付いて何も聞いてないの?」
「ア、アケミは妹で・・・。」
「確かにアケミはアナタの妹だけど血は繋がってないのよ。もしかして知らなかったの!?」
俺は混乱する中で更なる事実を知らされて思考が止まる。
そんな中で両サイドから柔らかく暖かい感触が挟みこんで来た。
「お兄ちゃん。」
「お兄さん。」
呼ばれる事で俺の思考が僅かに回復し、視線を向けるとアケミとユウナが俺を見上げていた。
しかし、その顔には影は無く頬を赤く染めて以前の様に大人を思わせる笑みを浮かべている。
俺の心臓はそれを見て跳ね上がり頭に血が上って来るのが分かる。
しかし、そこで最初に声をあげたのは当事者の俺達3人ではなく目の前のアズサだった。
「はいはいストープ。そこまでよ3人とも。もう分かったならそろそろ学校に行きましょう。」
「「は~い。」」
そう言ってアケミとユウナは素直に離れると俺を置いて行ってしまった。
「ハルヤやられたな。」
「ハルヤ君。君の気持は彼女達に筒抜けだったみたいだね。」
「我が娘ながら全員を受け入れるとは懐が深いと言うか豪胆というか。」
どうやら俺はあの瞬間にアズサを含めアケミとユウナに試されたみたいだ。
でもどうしてアケミが俺にあんなにも迫って来ていたのかが分かった。
それにユウナも気持ちにも気づけたことでクリスマスの夜にあった出来事が悪ふざけではなかった事も知る事が出来た。
そして一番大きな収穫は俺自身の気持ちがどういった方向に向いているのかに気付けたことだ。
もし今の事が無ければアケミはずっと妹でユウナはその友達という認識から抜け出せなかったかもしれない。
でも俺の中ではそう思っていたというよりは思っていたかったんだなと感じる。
もしかすると、俺は自分自身が彼女達には相応しくないと心の奥底で思っていたのかもしれない。
これはちょっと4人で話し合う前に個人個人で確認をした方が良さそうだ。
でも今の日本では一夫一妻制しか認められていない。
いったいどうすれば3人を同時に幸せに出来るのだろうか。
しかし、こんな事を誰に相談すれば良いのか分からず、俺は悩みながらも皆で一緒に九十九学園へと向かって行った。
それにしても俺がこうして悩んでいてもアズサたち3人は変わらず仲が良いようで、それだけが今の俺には安心できる状況と言える。
もし俺が原因で険悪になっていれば、どうすれば良いのか見当もつかなかったところだ。
そして学園に到着すると俺達は学園内にある講堂へと向かって行った。
アズサたち3人とはここで別行動となり俺達は教師用の待機所へと向かって行く。
ここには今年からの新任教師が集められ生徒たちに紹介される事になる。
俺はともかく父さん達には高校生以下を担当するのがメインとなるので特に重要になるだろう。
俺は大学生以上がメインで一部は高校生も見るけど限られた人間だけだ。
ちなみに第三ダンジョンに居たアメリカの覚醒者であり、この春からは留学生としてこの学校に通う事になっているドロシー達6人は全員が高校生ではあるけど俺が担当する事になっている。
アイツ等は既にそれなりの実戦を積んでいるし、死も体験しているので当然だろう。
それ以外にも数人いるけど殆どが覚醒者、又は特待生だ。
ただし特待生に関してはまだ力を得ていない者しか居ないのでコイツ等が一番苦労するだろう。
まずはどんな奴らなのかを直に確かめる必要があるだろう。
そして考え事をしているといつの間にか時間が来てしまったようだ。
「皆さん、こちらにどうぞ。これから席に案内しますので付いて来てください。」
俺達はその男性に付いて講堂に入ると壇上に並べられている椅子へと腰を下ろした。
そして前を見るとそこには多くの人が集まり、それぞれに話す声で講堂をざわつかせている。
そんな中で壇上の裾からツクモ老が姿を現し、設置されたマイクの前で足を止めた。
するとそれだけでざわつきは消え去り周囲は静寂に包まれる。
「うむ、流石この九十九学園の生徒じゃな。儂がここに立って5秒と掛からず静かになるとはの。それでは始業式を開始する。とは言っても面倒な挨拶は好かん。ここに居る新任の教師を紹介すれば後はそれぞれの教室でホームルームを終えれば今日は終了とする。」
すると僅かに周りから声が漏れ、長話を聞かなくても良い事を喜んでいるようだ。
どうやら何処の学校でも代表者の話が長いのは常識みたいで、聞きたいと思う者も居ないのだろう。
そして俺達は名前を呼ばれると同時に席から立ち上がり、紹介をされては座って行く。
しかし俺の番が来た時には静かだった講堂に大きなどよめきが生まれた。
「本当に覚醒者を雇ったんだな。」
「理事長も凄かったけどあの人も凄かったな。」
「私ちょっと声かけてみようかな。」
俺の実力は既に一度披露しているのでそれが原因で声が出てしまったようだ。
父さん達はまだ一度も表に出てないので周りも知らないようで静かなままだった。
ただ、力を手に入れたからと言って見た目が変わる訳ではないので当然だろう。
そして俺の紹介が終わると式は無事に終了し解散となった。
本当に形式だけの簡単なものだったので拍子抜けするほどだ。
俺の学校では毎回の様に校長が10分は無駄話をしていたので生徒の殆どが辟易していた。
それから考えればここに入学した彼らは幸せ者と言えるだろう。
そして俺達は先程ここへ案内してくれた教師に連れられて職員棟へと案内されていった。
「こちらが覚醒者の方が使う専用の部屋になります。」
「ちょっと待てくれ。もしかしてそれは彼らだけの優遇処置なのか?」
すると眼鏡を掛けた見るからに頭の偉そうな男が声を上げた。
どうやら俺達を特別扱いしているのだと勘違いしているらしい。
「いえ、それは違います。彼らには悪いですが、どちらかと言えば冷遇になります。全員が職員室に机もありますが一人に対して1つの個室が与えられます。私物を置いたり研究や論文の作製などをしていただくための部屋です。彼らはそう言った事はする必要が無いので1つの部屋で纏まっていただくだけです。」
「早とちりしてすまなかった。気にせずに続けてくれ。」
すると男は素直に謝罪を口にしてから頭を下げた。
確かにこの学園に雇われる教師は頭が良いと聞いていたので人によっては研究をしながら論文を書く機会もあるだろう。
そう言った情報を他人に見られない為にも個人で使用できる部屋が必要という訳だ。
それに比べて俺達の方は完全にアンドウさん任せになっている。
ダンジョンの事や分かった事はその都度ノートに書いて渡しておけば、情報を纏めて必要な所へと拡散させてくれる。
きっとそれらを纏めてしまえば論文くらいは書けそうだけど、そんな事をする時間があればダンジョンに潜る方が大事だろう。
論文は頭が良ければ誰にでも書けるけどダンジョンで魔物を倒すのは誰にでもという訳にはいかない。
アンドウさんの場合は目立つ行動は取れないので論文なんか書かないだろうし、そんな暇があったらツバサさんとデートでもしていそうだ。
何でも上司の気が変わって恋愛が解禁になったらしく、あの日は1時間毎に同じ内容のメールが来て凄くウザかったのを覚えている。
まさか他人のノロケがあんなに面倒臭いとは思ってもいなかった。
「それではアナタ方4人はこちらへ。胸の名札がそのまま鍵となっているので扉の開錠にはそれをお使いください。それと他の皆さんはこれからそれぞれの自室へ案内するので付いて来てください。」
どうやら部屋の鍵は俺達全員に配られた教師用のネームカードのようで内部に埋め込まれているICチップを読み込ませると開けられるようだ。
俺は自分のネームカードを扉の横にあるセンサーに翳すと扉の鍵が開く音が聞こえ、扉を動かすと横へとスライドさせられるようになった。
「まずは入ってみようか。」
「そうだな。女性が居る訳でもないしな。」
「部屋が共同でも荷物は置かないからロッカーは不要かもしれないな。」
「そうだね。アイテムボックスに入れておけば良いからね。」
部屋と言っても更衣室として使える場所があれば良いくらいだ。
必要な物があれば俺達で調達してくれば良いので机と椅子があれば十分かもしれない。
そう思って中に入ると以外にも色々な物が揃っていて広さとしては教室1つ分くらいはある。
家電は冷蔵庫、電子レンジ、トースター、ケトル、人数分のパソコン、冷暖房完備。
それ以外にも金庫、食器一式、幾つかの新しいテーブルとそれに合わせたソファーの様な椅子、キッチン一式。
これで冷遇と言うのだからこの学園の経済力が分かると言うものだ。
「これだけ揃っていればしばらくは不自由はしなさそうだね。」
「そうだな。それじゃあ呼ばれるまで時間を潰すか。」
今日はホームルームが終われば生徒は解散となるけど、それは一般生徒の話であってダンジョンに関係している生徒はその後に集合する事になっている。
部活などでも初日や春休みから通う者がいる様に今日は皆で集まって顔合わせをすることにしてある。
そして希望者は今日から鍛錬の開始となる訳だけど、いきなりダンジョンに放り込もうと思っては居ないので1日目くらいは様子見をする事にしている。
すると配られていた校内用のスマホに連絡が入り、俺達は集合場所へと向かって行った。




