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96 入学式 ②

ツクモ老は4つ並ぶコンクリート塊の側面に移動すると中腰で拳を構え、そのまま突きを放った。


『ドゴッ!ドゴッ!ドゴ!』


すると殴ったコンクリートは壊れず、その先にある3つだけが内部から破裂するように粉砕する。

恐らくは気を使った技なんだろうけどあんな事も出来るのかと技術の凄さに呆れるばかりだ。

ダンジョンだと魔物を炸裂させていたけど、あの技にはまだ先があったのだろう。

それにしても以前よりも遥かに強くなってるけど、いったい何処で修業していたのか?


するとツクモ老はこちらに視線を向けると掌を上にして俺に来いと合図を送って来る。

仕方なく俺は立ち上がると開閉可能な窓から飛び出し、そのまま空歩でグラウンドへと降りて行った。

すると周りから再びドヨメキが生まれ、それに気付いたカメラが一斉にこちらへと向けてくる。

そしてそれに続くようにしていつか聞いた様なセリフが聞こえて来た。


「おい、あれは何だ!?」

「何って鳥じゃないのか?」

「いえ、あれは鳥じゃないわ!!」

「ま、まさか・・・!!」

「「「「フライングヒューマン!?」」」」

(お約束の掛け声をどうもありがとう。)


しかし、その言葉を聞いて多くの人が俺の事をフライングヒューマンと言いながらスマホを向けて来る。

テレビ局のカメラも入ってるし、ツクモ老と戦えばどうやっても目立ってしまうからここは諦めて注目の的になるのも我慢する。

そうすれば他の皆に注目が集まる事は少なくなるはずだ。


そしてグラウンドに到着するとツクモ老はニヤリと笑い、残っているコンクリートを指差してきた。

どうやら俺にもあれを破壊してみろと言っているようだ。

それに破壊するだけなら簡単なので今は素直に言う事を聞いておくことにする。


そして刀を抜くとそこに先日覚えたスキルの魔刃を纏わせる。

これは魔力依存だけど今の俺なら十分に効果を出す事が可能で限界はあるけど伸縮自在なのでとても便利だ。

大きくすると威力が落ちる性質があるけど魔物ではない普通の材質程度なら問題ない。


そしてコンクリートの前で刀を構えるとそれを横に向かって一閃する。

すると上半分が切り取られ高らかと上に飛びあがった。

俺はそれを更に綺麗に四角く切り取ると崩れない様に元の位置へと戻してやる。

これでグラウンドは痛まないし、片付けも簡単だろう。


「これでどうですか?」

「まあまあじゃな。それでは体操も終えた所で本番に入るかの。」

(もしかしなくてもそんな事を言って来るんじゃないかと最初から思ってました。)


今のツクモ老は手に刀を握り、一般人から見ると明らかに危険と思える笑みを浮かべている。

時代が時代なら人斬りと呼ばれていそうな顔をしており、これに金縛りに似た効果のある不動の魔眼を持っていれば完璧だったかもしれない。

きっと母さんも上でこの光景を見ながら同じ事を思っているだろう。


そしてこうなれば毒を食らわば皿までの精神でこのまま相手をする事にした。

ハッキリ言って俺にとっては毒は無効なのでそちらの方が遥かに楽ではある。


俺は溜息をつきながら刀を構えると一呼吸後にはツクモ老へと斬りかかっていた。

開始の合図すらされていないけど、この人に容赦はしなくても良いだろう。

力だけならともかく技術では遠く及ばないので先手を取って有利に戦いを進めるしかない。

しかしツクモ老は俺の斬撃をまるで羽の様に払いのけて軌道を逸らすと攻撃に転じて来る。

俺はそれを体を捻ってギリギリで躱し更に体を回して蹴りを放つ。

するとツクモ老は刀を引いてその足を切り取りに来た。

流石に序盤にそれは厳しいので俺は空歩で足を止めるとそのまま上空へと飛びあがる。

するとやはりと言うかツクモ老も俺を追って空中へと上がって来た。

高さは観客席の中間あたりで周りの視線がこちらに集中しているのが分かる。

俺は立体的な動きをして隙を伺い何度も攻撃を放つけど、その度に攻撃は綺麗に流されてしまいお返しの追撃を貰ってしまう。

今までの戦いでは経験できなかった受けの体勢からのカウンターは意外と厄介だ。


「どこでそんなに鍛え直して来たんですか?」

「ちょっと南の大陸へバカンスに行って来ただけじゃよ。そういえばそこで戦う兵士がお前によろしくと言っておったぞ。」


どうやらオーストラリアに修行の旅に出ていたようだ。

日本からの渡航は禁止されてるはずなのにどうやって向かったんだか。

でもあそこはツクモ老が得意とする人型が多いので丁度良かったのだろう。

武器を持たなくても強いのに武装してしまうとまさに一騎当千の戦士となってしまう。


「それで職業も取って来たと言う事ですね。」

「何やら道士と言うのがあったから選んでみたのじゃ。気の扱いに長けた者がなれるようじゃな。」

(道士か。また新しい職業だな。)


俺達が職業を得たのはレベルが25周辺で序盤と言っても良いレベル帯になる。

もし、この次があるとすれば今の職業が進化するか、上位職へと転職するかだろう。

たしか、道士は仙人に成れるそうなのでまだ先があると臭わせている。

ただし、その為にはたくさんの善行を積まないといけないとか前にアニメでしていたけど、この人は年に何千人もの人を社会に送り出して社会に貢献している。

もし善行の回数が何十万でもない限りはすぐにクリアしてしまいそうだ。


「それで先程からの強さという訳ですか。」

「今の儂には気の流れでお前の動きが手に取るように分かる。既にそれは1対1なら未来予知と言っても良いくらいにのう。」


それで先程から攻撃が読まれて完全に流されているという事か。

あちらの攻撃を躱せているのはいまだに身体能力に大きな差があるからで、ここに来るまでに俺なりに鍛えていた成果が出ているようだ。

ならどうすれば良いかと言うと会話による相手の油断を諦めて最後にして唯一の手段をとるしかない。

俺はゾーンに入って時間を引き延ばすとその状態で攻撃を繰り出した。

ただ、ツクモ老にもゾーンがある事は既に分かっている。

しかし肝心なのはゾーンによって互いの動きが把握できるようになると言う事だ。

今の俺たちの主観ではまるで稽古の型でもしている様に見えても、実際は体の性能限界に到達した全開状態で動いている。

そして、この状態だからこそ出来る戦い方がある。

俺はいつもの様に刀を振り下ろしツクモ老はそれに剣を触れさせ軌道を逸らしている。

見れば添わされた刀の側面に沿って俺の攻撃が綺麗に流れて行っているのが分かるけど、それがこうして知覚できている事によって無理矢理にでも軌道を変える事が出来るはずだ。

俺は腕の方向を無理やり変えて筋肉と骨を軋ませながら縦の攻撃を横へと切り替える。

それには流石のツクモ老も完全な受けに回るしかなく、咄嗟に空歩を解除すると力に逆らわず横へと弾かれていった。

しかし即座に空歩を発動し、空中を足場に観客の手前で停止して見せる。

感覚的には完全に捉えたと思っていたんだけど、どうやら作戦がまだまだ甘かったみたいだ。


しかし、これから畳みかけようと思っていた所でツクモ老はそのままグラウンドへと降りて行く。

そして残っている無事なコンクリート塊へと飛び乗ると静まり返っている会場へと声を掛けた。

それはマイクも無いのに何処から出ているのかと思える程に空気を振動させ周囲へと響き渡らせる。


「これが覚醒者の実力だ。初めて見た者も多いと思うが彼が居なければここにいる全員の今は無かった。そして彼は儂の曾孫であるクラタ アズサの婚約者でもある。それに手を出そうとする者は儂だけではなくこの者も敵に回すと心得ておけ。儂は優しいがこの男は容赦ないからな。」

(容赦ないのはどちらも同じだと思うんだけどな。)


すると周囲から小さなざわめきが聞こえ始め、それは次第に巨大な波となって押し寄せて来る。

その直前にVIPルームから悲鳴にも似た叫び声が聞こえて来た。


「お母さん。私なんにも知らないよ!」

「ええ、言って無いものね。」

「もしかして九十九に行くのに反対しなかったのってこれが理由なの!?」

「それは逆よ。九十九ならお爺ちゃんの所だから安心でしょ。地元で家からでも通えるしね。」

「それなら早く教えてくれても良かったのに~!」

「サプライズのつもりだったのよ。途中から音信不通になっちゃったし。」


そう言ってアイコさんは窓辺でカクテルを美味しそうに口へと運び話を切り上げた。

それを見てアズサはブスッと頬を膨らませながら俺へと視線を向けてくる。


俺は地上に降りるとツクモ老も地面へと飛び降りて来た。

しかし、その顔には笑みが浮かんでいてとても楽しそうだ。


「次は心行くまで死合おうぞ。」

「俺は勘弁してほしいんですけどね。それよりもアズサのお爺さんだったとは知りませんでした。」

「儂も記憶が失われていたのだ。どうやら秘書も知らない相手と門前払いをしていた様での。儂としてもちょっと情けない事じゃ。」

「それを言うなら俺も一緒ですよ。」


俺もあの直後から完全に記憶を失っていた。

アイツの両親を除けば誰よりも長く傍に居たはずなのに、今でもそれを思い出すと自分に怒りが湧いてくる。


「しかし、これで高校時代の様に馬鹿な奴らが群がってくる心配はないじゃろう。」

「そうなら良いんですけどね。アイツも最近はトラブルを引き寄せるから。」

「そうか・・・。ならばその有象無象はお前がどうにかしてみせい。期待しておるからな。」

「殺さない様にだけなるべく努力します。」

「その意気じゃ。」


どうやらこの人にとっては相手を殺す所までは問題ない様だ。

俺も死んだままにはしないので今の日本なら後で問題にならないだろう。


そして俺達は背中に会場のざわめきを受けながら退場し、そこで入学式は終了となった。

これでは誰が主役なのか分からないけど、ウケだけはしっかりと取れただろう。

きっと一般人で覚醒者の戦いを直に見た人は稀なはずなので良い思い出と話題も提供できたはずだ。

後は数日後に登校すれば良いだけなので、今は俺の担当にどんな人間が集まって来るのか少し楽しみでもある。


そして先程の部屋に戻るとそこには半数が苦笑を浮かべ待っていた。

そんな中でアズサはツクモ老へと歩み寄って声を掛ける。


「お爺ちゃん?」

「お~~~!!そう呼んでもらえる日を待っておったんじゃよ!!」


部屋に入りアズサにそう呼ばれた途端にツクモ老は表情を一変させて好々爺といった感じへと変貌する。

言っては何だけどこの人はどこの誰だろうか。

最低限さきほど俺と殺し合いの様な戦闘を繰り広げていた人物とは別人だろう。

天皇夫妻や総理だって呆れた様な顔をしているのでその豹変ぶりは度を越えているのだろう。


「良かったわね。それよりも孫は放置なの?」

「娘より孫、孫より曾孫じゃ。お前は昔に十分と甘やかしてやったじゃろ。アズサには初めてなのじゃから少しは我慢せい。」


何とも孫馬鹿な爺さんだけど、これが覚醒者として顕著になった部分なのだろう。

まあ、この調子なら変に手を出す奴には俺よりも早く対処するかもしれないので九十九ならアズサも安心して通う事が出来そうだ。

ただ、さっきはあんな事を周りに向かって話していたけど、こちらの出番があるのか心配になってくる。


その後、俺達は雑談をしながらのんびりとしているとツクモ老が1枚の封筒を取り出した。

それを差し出して来たので首を傾げながら受け取り裏表を確認してみる。

しかし、何も書いていないので出した本人に聞いてみる事にした。


「これは何ですか?」

「うむ、あちらに行った時に兵士がお前宛に書いた物じゃ。渡してくれるように頼まれてな。」


1月の後半にもアンドウさん経由で手紙を受け取っており、あの時に一緒に戦った20人と一緒に写る家族の写真も同封されていた。

全員がとても幸せそうに笑い、誰一人として掛ける事無く無事に救出が出来たと書いてあった。


「今回は何が入っているのやら。」


そして開けると破壊された町をバックに記念撮影がされていた。

何処か分からないけどおそらくは解放した町を背景にしているのだろう。

そういった写真が何枚もあり、かなり順調のようだ。

あの後にも避難していた軍の兵士たちとも合流を果たしているので簡単に負ける事はないだろうからいつかはダンジョンまで到達しそうだ。

それに一部ではすでに復興が始まっているとも書いてあるので平和になってからならまた行ってみたい。

そして最後の方には少し意外な事も書いてあったけどそれは俺とはあまり関係が無さそうだ。

きっと父さん達が上手くやるだろう。


「まあ概ね元気にやってるみたいだな。」


すると手紙を覗き込んでいたアズサから鋭いツッコミが飛んで来る。


「なんだかハルヤが英文をスラスラ読んでると違和感が凄いよね。」

「それを言われると俺も違和感がアリアリだな。それに読んでいるというよりも頭に内容が入ってくる感じだから日本語の文章を読むのとは違った感覚だよ。」


俺はアズサの言葉にそう答えると手紙を封筒に戻してアイテムボックスに放り込んだ。

後で前に届いた手紙と合わせて机にでも入れておこう。


そして俺達は他の参加者が帰って人が少なくなるまで時間を潰して家に帰る事にした。

ただ、ちょっと調子に乗って飲み過ぎたアイコさんはハルアキさんが背中に負ぶっての帰宅となっている。


そして運転手である父さん達はここでお酒を飲んでおらず、その理由は先程まで開かれていた入学式にある。

この時期は未成年の飲酒が横行するので警察が特に目を光らせているらしく、父さん達は酒を飲まずに帰ってからのんびりと飲む予定を立てている。


ちなみに俺の知る範囲では覚醒者は酒に酔わない様でいくら飲んでも体と精神に何ら変調は無い。

それでもツキミヤさんに頼んでチェックしてもらうと、しっかりアルコールは検出されている。

ただし普通の人の5~10倍は分解が早い様で1時間もしない内に検知されなくなった。

しかし、今のこの時期にこんなつまらない事で警察のお世話になりたくない。

それに飲酒運転は一瞬で社会的地位を失う引き金になりかねないので運転前と二十歳未満での飲酒はしない事にしている。

俺達もまだまだ微妙な立場だし、どちらかと言えば他の人達よりも厳しい目で見る人が居てもおかしくない。

今後の事を考えれば注意していく必要があるだろう。


そして入学式というイベントを終えた俺達は始業式について話しながら帰路についた。

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