94 神使
考えてみれば当然の事であった。
この世界の神々と邪神との戦いの結果、どういった事が起きるのか。
世界の人々は邪神が封印されている事実に安堵し、同時にダンジョンという存在が生まれた事でそちらにばかり意識が集中してしまっていた。
しかし人間の歴史に当てはめてみれば答えは自ずと出て来る筈である。
長い戦いの末に得た物は何も無く、あるのは表面上の平和だけであった。
その裏では冷戦と同じ様に神々の間では今も激しい鎬競り合が行われているのだ。
それに戦いがあれば多くの者が死に傷付くのはモノの道理である。
それを一早く知る事の出来た彼らは結城家に集まり会議を行っていた。
「まさかそんな事になっているとは俺も思わなかった。ユカリは知ってたのか?」
「我は小さな神で戦いには参加しておらんかったのじゃ。それに邪神を封印した後の方がいろいろ忙しくて周りを見ておらんかった。もしかすると周りも気を使って我に何も教えてくれんかったのかもしれん。」
確かに以前にここに来た3人の神はやけに陽気に振舞っていた。
あれはユカリに変な気遣いをさせないための芝居だったのかもしれない。
「それなら神が力を取り戻す為には何をすれば良いんだ?」
「神は人の信仰や願いを力に変えるのじゃ。しかし、昨今の日本では神離れが激しくその地に暮らす人ですら手を合わせるのは稀な事じゃ。お前達もこの町の何処に社があるかは把握しておらんじゃろ。」
言われてみればそうかもしれない。
この町はかなりの数の神社や小さな社があるらしいけど継ぐ者も途絶えた所も何カ所かあると以前に問題になっていた。
ようは管理する人が居なければ補助金の申請も出来ないし、過疎化と高齢化もあって訪れる人は時が経つにつれて減少している。
それに管理されなければあんなに古い木造の建物が存続し続けられるはずもない。
大きな所は瓦が痛めば雨漏りも起きるし修繕しなければ痛みが加速してしまう。
小さな社なら雨風に晒され続ければいつかは自然と崩れてしまうだろう。
そうすれば放火をされなくてもいつかは住む場所を失った神は路頭に迷う事になる。
以前のユカリの例を挙げれば拠り所を失った神が衰える速度は目に見える程に早いので、まずはそちらの事から解消する必要がありそうだ。
「まずは彼らが住んでいる場所をどうにかするしかないか。」
「そうだな。以前にユカリの神棚を作った者達に相談してみるのが良さそうだ。彼らなら何か良いアイデアを出してくれるかもしれない。」
単純に考えるならばエントからドロップする木材を使用して社を作り直すのが一番確実だ。
しかし、あれは1月に1度しか取る事が出来ず数に限りがある。
この町だけならともかく、日本全体となると材料が全く足りていない。
「そう言えば第二ダンジョンは広大なフィールドタイプで木も生えてたな。あれは何かに使えないのか?」
「そう言われてみれば誰も持ち帰った者が居ないな。一度伐採して素材になるか確認してみるか。」
そう言って俺の提案を実行するためにアンドウさんは第二ダンジョンで仕事をする者に連絡を入れて素材の回収を依頼した。
それにしても今回はどういう訳かいつもに増してやる気のようだ。
即断即決は当然の事ながら行動に関しても微塵の迷いもなく、まるで長年の悩みが解消されたようにスッキリした表情まで浮かべている。
「何か良い事でもあったのか?」
「ははは。そんな訳ないだろう。俺はいつも通りだぞ。」
いや・・・いつも通りのアンドウさんはこんな爽やかに笑ったりはしない。
もしこれが普通だと言うのなら俺の前に居るコイツは全くの別人ということになる。
時々ツバサさんと視線を交わして笑い合ってるし、もしかすると旅行で何か進展があったのかもしれない。
しかし、しつこく探ってまた怒らせると面倒なのでこの話題にはあまり触れないようにしよう。
「それで、いつも通りのアンドウさんとしてはこれからどうするつもりなんだ?」
「そうだな。まずは各地から情報を集めてみないと判断は出来ないな。場所によっては住む場所を移ってもらう必要があるかもしれん。ただ、その交渉が可能な者が居ないのも問題だ。」
「それなら良い考えがあるのじゃ。」
そう言って動いたのは神であるユカリで、その視線は1人と2匹に向けられる。
「リリー、オウカ、ハク。お前達は我の神使になる気は無いか?」
神使とはその名の通り神の使いの事で有名な所だと白蛇、牛、鹿、狐などが挙げられる。
各神社では縁起物として特定の動物が神使となっているけど、実際は多種多様だったらしい。
まあユカリが良いと言うならそいつは神使になれるのだろう。
オウカなんて喋ってはいるけど魔物で植物だから選定基準は人間が思っているよりも自由なのかもしれない。
しかし、オウカはそこで首を回して母さんに視線を移した。
彼女はテイムされてここに居るので決定権は母さんが持っていると言う事だろう。
ハクも続いて同じ様に視線を移し、どうするのかの答えを待っている。
そして母さんはユカリへと代弁するように問いかけた。
「もしその神使になった場合はテイムの繋がりはどうなるの?」
「本人が望めばそのままでも構わんのじゃ。我はここからあまり離れられんから代理として他の神の許へと行ってもらうだけじゃからな。」
「だ、そうよ。私としては好きにしても良いと思ってるわ。そろそろ自分の考えで物事を判断して選べるようにならないとね。特にハクはダンジョン以外だと穀潰し状態だし。」
「キュキュ~~~!」
なんだか以前に母さんが、リリーの希望を押し切ってテイマーになった時を思い出すな。
今のハクも背後に『ガーーーン』と効果音が付きそうな顔をしている。
まあ、アケミとユウナは子供だしアズサはまだ学生だ。
この中で働いていない最大の穀潰しが1名ほど混ざっているけど、彼女は専業主婦であるのできっと働く必要は無いのだろう。
夫のハルアキさんがしっかり稼いでくれているのでお金にも困ってなさそうだ。
「だからハクもそろそろ働かないとね。」
「キュキュ!」
そして母さんに励まされたハクはやる気を漲らせて立ち上がったので、まずは1匹目が確定したようだ。
するとリリーは父さんの膝の上からジッと上を見上げている。
それに気が付いた父さんはニコニコ笑いながらリリーを抱き上げると、まるで幼い子供をあやす父親の様に声を掛ける。
「リリーは神使になりたくないのか?」
「ク~ン。」
「そうか悩んでるんだな。でもお前が何になってもずっとウチの子に変わりはない。やりたい事があるなら素直に言えば俺達も全力でサポートするぞ。」
「分かったわ。」
「おう、そうか。ハハハハハ!」
「・・・。」
幻聴でなければ明らかにリリーが喋って返事をしたけど、コイツに関してはもう絶対に驚かないぞ。
おどろ・・オオ・・オオーーー。
「あ~~~!なんでそこを簡単にスルーするかな!?どう見てもリリーが喋ってたよね。」
「何を言ってるんだ。そんなのは当たり前だろ。」
「イヤイヤ、普通の犬は喋らないよ。」
「リリーは普通じゃないから当然じゃないか。お前は何を言ってるのやら。」
なんで俺が間違ってるみたいな流れなんだろうか。
そうだ。皆だってきっと驚いてるだろうから何か言ってもらおう。
そう思って周りに視線を向けると何故か雰囲気がおかしい。
驚いているのは確かなんだけど驚きの方向がリリーではなく、俺に向けられている気がする。
もしかして・・・そのもしかしてなのか!?
「アケミ・・・。」
「お兄ちゃん。リリーは年末には次第に喋る様になってたよ。」
「そ、そうなのか?もしかしてユウナにも?」
「ごめんなさい。てっきり知っているものと。それに1月の終わりくらいには流暢に喋っていたので普段から会話をしているのだと思ってました。」
「も、もしかしてアズサにもか?」
「うん。最初は驚いたけどリリーって味付けの好みがあるから朝とかは普通に話してたよ。」
この調子なら他の皆に聞いても同じだろうから知らなかったのは俺だけと言う事になる。
そしてリリーは俺の前でだけ普通の犬を装っていたという事になり、答えに辿り着くとリリーへとゆっくりと視線を向けた。
「リリーさんや?」
「プフフ~~。」
するとリリーは器用に口へ手を当て揶揄ってましたと言わんばかりの顔でおかしな笑い声を漏らした。
(・・・これは怒っても良い奴だよな。)
どう見ても意識的に俺にだけ秘密にしていたみたいだし、今もバカにしている事が分かる。
ただし、ここでやると周りに迷惑なので首を振ってジェスチャーを送ると、あちらもそれに乗ってきた。
傍から見れば「面貸せや!」と言った感じに対し、「後悔させてやるよ!」といった感じだ。
そして外に出ると互いの拳と牙で語り合いう、壮絶な戦いを繰り広げた。
普通に考えれば俺の圧勝なんだけど、ここはフェアーに互いに能力を調整して同じくらいにしてある。
「今日こそ覚悟しやがれ!」
「それはこちらのセリフよ。今日こそ上下関係を教え込んであげるわ。」
そして数分後には俺達はボロボロになってリビングへと戻って来た。
結果は引き分けに終わり、さすがに能力を同じにすると勝負は着かない。
かなり肉体的に鍛えていたと思っていたのにコイツも中々やるじゃないか。
そしてアケミとユウナに魔法で介抱され、リリーは父さんの上に戻ってブラッシングをしてもらっている。
もしかして、あれの為に俺の挑発に乗った訳ではないと思いたい。
流石にそこまで頭は回らないだろう。
『ニヤリ。』
そして俺に向かい一瞬だけ笑ったような顔になると表情をすぐに消してユカリへと顔を向けた。
「スッキリした所で私も神使になるわ。次こそはそこの僕に上下関係を叩きこむためにね。」
しかも今サラッと俺の事を僕とか言ったよな。
これは次までにもっと能力に頼らない実力を身に付けてギャフンと言わせてやらないといけないな。
それにしても、もしかしてリリーは神すら群れに組み込むつもりなのか?
確かに日本には各地に動物信仰があり熊や狼の様な強い動物を神として祀っている所がある。
しかし、それって神使としてはどうなんだろうか。
ハッキリ言って立場が逆転してるような気がするけどリリーの事だからなる様になるだろう。
そして最後に残ったオウカだけど何故か視線が俺に向いている。
母さんの許可が下りたのだから好きに選べば良いだろうに、もしかすると家の仕事の事でも気にしているのかもしれない。
父さんと母さんからは既にOKが出され、アケミにはさっき小声で話をしていた。
この家の一員として後は俺だけと言う事だろう。
でも俺の考えも皆とはそんなに変わらないはずなので素直な考えを伝える事にした。
「オウカがしたい様にすれば良いと思うよ。それに戦わなくても人々を救える良い仕事じゃないか。ただオウカの芳香が消える前には家に帰って来て欲しいな。」
「分かりました!それまでには必ず戻ってきます!」
すると嬉しそうな笑みを浮かべて表情を綻ばせるとオウカも神使になる事を決意した。
彼女は出会った時とは大きく変わり、とても穏やかで優しい性格の持ち主になっている。
言っては何だけど俺なんかよりもよほど人間らしい心を持っているだろう。
なので以前から戦いにはあまり向かない性格だとは思っていた。
それでもし彼女の優しさを理解できない神が居れば俺が行って殴ってでも言う事を聞かせれば良いだろう。
「それでは、お前たちを今日から我の神使にするのじゃ。他の神々の事をどうか頼んだぞ。」
そう言って1人と2匹に言葉を贈ったユカリはその場で『パン』と手を叩いた。
するとそれぞれの頭上から光が降り注ぎ体へと吸い込まれる様に消えていく。
そして光が収まるとそれぞれに見た目に変化が現れた。
まずハクからだけど、こちらは体毛が白くなり白弧へと変わった。
尻尾も増えて3本が4本となり強化もされたみたいだ。
そしてオウカは緑がかっていた肌が白い人肌となり、夏の木々の様に濃い緑色だった髪が雪の様な白髪へと変わっている。
少し儚げで現実離れした美しさはあるけど以前よりかは目立たない?・・・だろう。
そしてリリーはと言えば・・・人の姿になってます。
今日はこれ以上のツッコミを入れるつもりは無かったのにコイツは何処まで俺を驚かせれば気が済むんだろうか。
こんなに驚いたのは去年の11月以来だよ。
なぜか服も着ているけど、これはユカリの時と違い簡素な巫女服だ。
白い単衣に赤い袴だけで見た目は日本人風な茶髪の女の子で年齢は5歳位だろうか。
今回に関しては皆が驚いているので俺だけが知らない事ではなさそうだ。
そして皆の視線は自然とリリーからユカリへと移っていった。
「ユカリちゃん。犬耳と尻尾の生えた女の子が爆誕してるのだけど、これはどういう事かしら。」
すると母さんは動揺しながらも趣味全開の質問を投げかける。
確かに少女の見た目にプラスされて頭にはコーギーらしく狐の様な大きな耳が生えており、腰からは犬らしい尻尾がユラユラと揺れている。
ただし、尻尾が2本になっているので普通の犬とは明らかに違う。
「う、うむ。我もちょっと驚いておるのじゃがな。リリーは何か心当たりは無いか?我の力だけではここまでの変化は起きんはずなのじゃが。」
「そう言えば昨日の夜に会った神様が本当の家族になるためにって力をくれたわ。」
「う~む、どうやらそれとの相乗効果という訳じゃな。おそらく練習して慣れれば好きに姿を変えられるじゃろう。これからも精進せいよ。」
「わかったわ。」
なんだかサラリと話が終わらされたけどそれで良いのだろうか。
みんなは既に「リリーだからしょうがないか」という様な雰囲気になっててご飯はどうやって食べるかなどに話が移っている。
まあ、今までは犬だったのでご飯を床に置いて食べていたのでそれもある意味では重要だとは思う。
俺だってあの姿で床にご飯を置いて犬食いしろと鬼畜な事を言うつもりはない。
まあ、父さんと母さんも3人目の子供が出来たみたいに嬉しそうなので今回は何も言うまい。
でも、そうなるとリリー用の装備を新しく注文しないといけなくなった。
もう一人のブレないオタクキャラであるツバサさんが何処からともなくメジャーを出して鼻息を荒くしているので任せれば勝手に色々としてくれるだろう。
「リリーの装備を新調しないといけないから採寸をしないと。」
「そうだな。これからはリリーもしっかりおめかし出来るな。」
「うん!」
「キタコレ~~~!」
すると何やら危ない表情のツバサさんはリリーを掻っ攫って隣の部屋へと消えて行ってしまった。
まあ、あの人は一般人だから多分大丈夫だろう・・・多分。
「さあ測りましょうね~。」
「う、うん。」
「ギャーーー。」
「逃げてはダメですよ~。」
「ワン!ワン!ワン!」
「それだと測定できませんから早く戻りましょうね~。」
その後人と犬の叫び声が家中に響き渡り、しばらくしてリリーは無事?に戻って来た。
ただ何か疲れた様な顔になっているのは気のせいではないだろう。
リリーは犬の姿に戻ると父さんの膝の上で丸くなり小刻みに体を振るわせている。
いったい何があったのかは本人の為にも聞かない方が良さそうだ。
そして戻って来たツバサさんは逆に顔が艶々していて、その笑顔は真昼の太陽の様に眩しくリリーとは正反対だ。
アイツをあそこまで怯えさせるとはやっぱりコイツも侮れそうにない。
そして無事に2人と1匹が神使となり、定期的に各地を回る事となった。




