93 放火の犯人 ②
放火犯となった男が炎の灯りを背にして歩いていると目の前に2つの影が現れた。
しかし、それを気にした様子はなく、飄々とした足取りでその横を通り過ぎようとしている。
しかしフと気になって後ろを振り向くと先程まで背後を照らしていた炎の揺らめきは消え去り、代わりに白い煙がモクモクと立ち上っていた。
「どうなってんだ。俺の炎が消えてやがる。ちきしょうー何が起きやがった!」
放火犯はまるで自分の行いこそが正義と思っているのか怒り心頭と言った勢いで社へと戻って行く。
そして、そこから出て来た2つの影に駆け寄ると先程の酔っ払いと同じ様な言い掛りを始めた。
「テメー等か!俺の炎を消しやがったのわ!」
「「・・・」」
「何か言いやがれ!」
すると彼らは互いに向かい合うと頷き合って行動に移した。
片方がまるで相手に媚びる様な表情を浮かべると放火犯の許へと無造作に歩み寄って行く。
「な、なんだ。文句でもあるってのか!?」
そして腰を引かせながらも凄んで見せると次の瞬間には世界が回転を始めた。
「ガウガウガウ!!!」
「な、なんだ!?」
放火犯は足へと噛み付いたチワワ(オメガ)によってジャイアントスイングの様に振り回され混乱と共に悲鳴を上げる。
そして振り解こうにも遠心力が激し過ぎて手は届かず、足で蹴飛ばしてもビクともしない。
するともう一つの存在であるコーギー(リリー)から声が上がった。
「ワン!(離してやりなさい。)」
するとオメガは放火犯から口を放すとビルの壁へ向けて放り投げた。
もちろんそんな事を突然すれば混乱して目を回している放火犯に受け身など取れるはずはない。
必然的に壁にぶつかると同時に首があらぬ方向へと曲がり、頭部が陥没して壁には血の花が咲いている。
「ワ、ワン・・・。(またやっちまった・・・。)」
「は~。ワン(仕方ないですね。)」
リリーは呆れ気味に溜息を吐くと男に蘇生薬を振り掛け、周囲の血糊などを水の魔法で綺麗に洗い流す。
すると水飛沫を浴びて放火犯が意識を取り戻し、目を開けると同時にその場から逃げ出した。
「ば、化物だーーー!誰か助けてくれーーー!」
するとその先から再び二つの影が現れた。
その影はサブマシンガンで武装した男と、大剣を肩に担いだ男である。
しかし放火犯にとっては自分と同じ人間であればそれで十分だった。
まるで放火したことなど忘れているかの様に2人へと駆け寄ると恐怖で歪み切った顔で助けを求めた。
「ば、化物が出たんだ!あれは絶対にダンジョンから出て来た魔物に違いねえ!」
するとツキミヤは笑顔を浮かべると放火犯の肩に片手を乗せた。
しかし先程の振り回された記憶が恐怖となり男を更に錯乱させる。
「この町に居る覚醒者は何をやってやがるんだ!本当に役立たずな奴らだぜ!それに警察は何処で何をしてやがるんだよ!?俺みたいな善良な一般市民がこんなに怯えているのに税金泥棒な奴等だ!なあアンタらもそう思うだろ!」
しかし、ツキミヤはコートの内ポケットに手を入れると警察手帳を取り出して放火犯の目の前に突き出した。
そして肩に置いていた手に力を籠めると、そのまま容赦なく地面へと押さえつける。
「ガハ!な、何しやがる!俺よりもあっちをどうにかしろよ!お前は警察官だろ!」
「ヘイヘイ、そうですね~。だから君を放火の現行犯で逮捕するよ。これから安全な檻の中に連れて行ってやるからな。」
「ハ、放火だって!?何を証拠にそんな事言ってやがる!」
「大丈夫だ。ここに証拠は残してある。」
すると横からカルト教団の様なマスクを頭からスッポリと被った女が現れ手にしたカメラの映像を突き付ける。
それを見て放火犯は顔を青くすると逃げ出そうとして全力で暴れ始めた。
「離せこの野郎が!俺はこの世界を救う選ばれた勇者だぞ!」
放火犯は錯乱しているのか自分の事を選ばれた勇者だと言い始めた。
そして顔は醜く歪められ、獣の様に歯を剥き涎を撒き散らしている。
「仕方ない。意識を飛ばすぞ。」
「お願いしますね。」
アンドウの提案にツキミヤは了承を返すと頭部へと容赦のない発砲が行われた。
その至近距離からの1撃は頭部に風穴を開け完全に生命活動を停止させるに至る。
「アンドウさん。それは息の根を止めるって言いませんか?」
しかし次の瞬間にアンドウは膝を付くと目元を抑える。
何が起きたのかとツキミヤは駆け寄るとツバサと一緒に左右から体を支えてその場に腰を下ろさせた。
「どうしたんだアンドウさん。今頃になって湯あたりか?」
「いや、俺の視界にメッセージが・・・。」
その瞬間ツキミヤとツバサは驚愕の表情を浮かべた。
しかし魔物ならば死ぬと同時に黒い霞となって消えるはずだ。
それは既に昨日のダンジョンで確認を終えており報告と情報の共有も行われている。
しかし、この放火魔は死んでも死体が残り、蘇生薬で復活までしていた。
そうなるとこの男はいったい何者なのかが問題になって来る。
それにこの放火犯は選ばれた勇者だと叫んでいたが、何時何処で誰に選ばれたのか。
これから連れ帰りその辺の話を確認する必要があるだろう。
そして今回の犯人確保は予想を上回る収穫を得られた形で終了する事となった。
そしてツバサは視界を奪われたアンドウの横から心配そうに声を掛ける。
「大丈夫なの?」
「ああ、すまないが肩を貸してくれ。それと社の影まで頼む。」
「もしかして・・・。」
「ああ、今回の事で危険が潜んでいるのはダンジョンの中だけではないと分かった。だから俺もそろそろ守る為の力が必要だ。しかし、力を手に入れれば今の場所には居られないかもしれない。この事はしばらく秘密にしておく。」
「・・・それは・・私の為なの?」
「それだけじゃないがな。9割9分9厘はそんな感じだ。」
「馬鹿・・・。」
ツバサは苦笑を浮かべながらアンドウに肩を借すと、立ち上ってそのまま社の影へと向かって行った。
そして、その場で腰を下ろすとアンドウは視界に移る選択のYesを選ぶ。。
「グウ・・・。」
「頑張って。オオサワさんの例からすれば苦しいのも1分程度で消えるから!」
ツバサは祈る様にその手を握ると苦しむアンドウに励ましの声を掛け続ける。
その甲斐あってかアンドウも痛みに耐えきり、歪んでいた表情が消えると額から流れ落ちる汗を拭ってツバサに視線を向けた。
「これはかなり凄いな。」
「何が凄いの?」
突然のアンドウのセリフにツバサは首を傾げた。
話では絶大なパワ~!が漲る感覚は無いという話だが、その顔には普段はめったに見せない笑みを浮かべている。
「今まで以上にお前の事が好きになっている事が分かる。これはもうハルヤを笑えそうにないな。」
「ば、いきなり何言ってるの!そんな事よりも早く立ちなさい!それと仕事場では気を付けるのよ!」
そう言いながらもツバサもいまだにアンドウの手を放さず、耳まで顔を赤くしている。
その姿は傍から見ているツキミヤからすると全く説得力がない。
「フフフ、そろそろ良いかの?」
しかし傍にある社から何者とも知れない老人の声が聞こえてくた為、全員の視線が。
そして扉が独りでに開くとそこからボロ衣を纏った一人の老人が姿を現した。
しかも、その姿は痛々しく顔には深い傷が刻まれ片腕と片足が失われている。
今は足の代わりに木の棒を括り付けて義足を作り、それで体を支えにしている状態だ。
「驚かせてしまったようだな。じゃが見た目が悪いのは勘弁してもらいたい。最近はここも訪れる者が居なくなり儂の様な小さな社の神は戦いの傷も癒す事が出来ん。」
「もしかしてそれは邪神との戦いで?」
すると老いた神は小さく頷きを返した。
その姿はまさに激戦を生き抜いた負傷兵といった出で立ちをしており、傷から血は出ていないものの皮膚の下が剥き出しになっており痛々しい印象を受ける。
これが普通の人間ならば痛みに耐えられず発狂するか、確実に死んでいてもおかしくはない。
「邪神との戦いは激しくての。儂の様な者は意外と多いんじゃよ。まあ、それよりも今回の事でお礼をしようと思って出て来たんじゃ。最後くらいは戦いではなく、人の幸せの為に力を使いたくてな。」
「最後にですか。もしかして何処かに移られるので。」
ここは既に崩れそうになっている古い社で今後もここに住まうならば建て替えが必要になる。
使われている木材もカビや苔で黒く染まり、入り口となっている小さな鳥居も濁った血の様な色へと変わっている。
これではパワースポットと言うよりは呪われた社と言われてしまうだろう。
このような見た目では今どきの若者が来るとしても肝試しか、近くにあるパチンコ店へ向かう客が験担ぎに祈りに来るくらいだ。
「いや、儂はそろそろここから消滅する事になる。ダンジョンから漏れ出る邪気を抑えるのも限界じゃからな。」
「もしかして、この男が犯罪を犯したのはそれが原因なのか?」
「そうとも言うがそれはその男にも問題がある。邪神から発せられる邪気は人の心にある闇へと作用し悪へと向かわせる効果があるのじゃ。しかし心には光もあるのじゃからこのような事は簡単には起こらん。」
しかし、そこで老いた神は話を変えるために足に付けた義足を打ち鳴らした。
「そろそろ本題に入ろうかの。お主ら二人は恋愛において悩みを抱えておるな。」
そう言って神はアンドウとツバサに視線を向けた。
それに2人は頷きを返すと老いた神は朗らかに笑みを作って返す。
「職場が恋愛禁止で好きな時に触れ合う事も出来ない。」
「ならばその願いを儂が叶えてあろう。」
そして神は何でもない様に言い放つと再び義足を打ち鳴らした。
それで何が起きたのかは不明だが、もし願いが叶ったのなら近い内に何かが起きるのだろう。
「あの、何か変わったのですか?」
「うむ、どうやらお主たちの障害は上司の出会いの無さが原因の様じゃからな。奴に良き風を吹かせてやったのじゃ。近日中には良い知らせが来るじゃろう。」
「あのクソ上司が~~~!そんな下らない事であんな下らない決まりを作ってたのね~!」
ツバサは拳を握りしめて上司の顔を思い起こした。
恐らく紙媒体の写真が有れば空中で無限コンボを決めて永遠と殴り続けていただろう。
そして神は次にツキミヤへと視線を向けた。
「お主はかなりこじらせておるな。」
「そりゃどうも。」
しかし言われたツキミヤはそれを否定する事もなく軽く笑って見せた。
彼は精神的に見ればこの町で最も結婚から遠い場所に居ることが本人にも自覚があるからだ。
「お前さんには一つの出会いを与えてやろう。」
「出会いね~。それはまた漠然とした願いの叶え方ですね。」
「何時何処で誰と出会うかは誰にも分からん。しかし、それは必ず良い変化を与えてくれるはずじゃ。」
「それならパンでも齧ってアンジェリカを走らせてみるかな。」
しかし、それではぶつかった相手が一般人の時には轢き殺してしまうだろう。
ツキミヤの出会いはこの時点で前途多難であることが確定した。
そして次に向いたのは実質の功労者と言えるリリーとオメガである。
神はまずオメガに視線を向けると一度頷き足を打ち鳴らした。
「ク~ン?」
「お主には悪いが最大の願いである家族の安全は今の儂だとどうする事も出来ん。じゃからお主には守護獣としての称号を与えておく。それで護りたい者を護ってやりなさい。」
「ワン!」
オメガはそれを聞いて尻尾を振りながら嬉しそうに鳴いて見せる。
そしてステータスを開くとそこに書かれた称号の効果を確認する。
守護獣
守りたい者に危機が訪れた時に駆けつける事が出来る。
想いの大きさによって能力が加算される。
「ワン!(ありがとう)」
「そうか。喜んでくれれば儂も嬉しいぞ。」
そして神は皺くちゃで枯れた様な手をオメガの頭に乗せて数回撫でつける。
するとその視線は最後に残るリリーへと向けられた。
「お主にも既に明確な願いがある様じゃな。」
『コクコク。』
リリーは既に願いを決めていた。
しかし、それがどんな形で叶えられるかは分からず、心の中に不安もあった。
「ならばその願いを叶えてやろう。彼らと真の家族となるが良い。あの者達なら必ず受け入れてくれよう。」
そう言って足を打ち鳴らすとリリーに1つのスキルが追加された。
「もしかするとお主ならば神使と成れるかもしれん。その気があればお主の所におる神に相談してみると良いじゃろう。」
「ワン!(分かったわ。)」
「うむ、それでは今回の事は誠に感謝するぞ。儂は消える最後の時までここにおるから気が向けばまた来ておくれ。信仰を失い力は殆ど残っておらんが相談相手位にはなれるからのう。」
そう言って神は光に包まれると社の中へと消えて行った。
その顔はいつ消えるとも知れない儚さと、最後に彼らの願いを叶えられた事への満足感に彩られている。
そして、それを見送ったアンドウたちは死体を片付けて後処理を終えるとそれぞれの思いを胸に秘めて動き始めた。
しかし、それが世界を救う一助となるのはまだ先の話である。




