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92 放火の犯人 ①

俺達は家に到着するとその日は例の焼き肉店へと行く事になった。

アズサの捌いた鯛が神様の献上品になってしまったのを聞いたのが一番の原因で急いで食べる物が無ければ別に外でも良いだろうと言う事になったのだ。

そして俺達は店に入るといつもの様に店主へと声を掛けた。


「久しぶりに来たよ。」

「おう、ユウキさん所とクラタさんの所かい。それとシンドウさんの所も来てくれたのか。」


ここのおっちゃんの記憶力はいつ見ても凄いと思う。

年に数回しか来ないのに何で顔と名前が一致してるのだろうか。

俺なんて2~3ヶ月見なかったら顔も名前も思い出せないというのに。


「今日は予約がねーから気楽にやってくれ。それとこれは先日の猟で仕留めた猪のジャーキーなんだけどよ。息子がネットを使って販売しようとしてるんだ。良かったら試してみてくれ。」


するとリリーとオメガの目がランランと輝き、今ではおっちゃんの手にあるジャーキーに釘付けだ。

ちなみにこの店の床はコンクリートだけどそこにある染みの半分は犬の涎で出来ていると言われている。

それを裏付ける様に2匹の口からは涎が垂れ落ちて足元へと染みを作り上げている。

しかし、それはいつの間にか呼び出されている妖狐のハクも同じで、こちらは3本に増えた尻尾を激しく振りまくっている。

しかし、ここは流石のおっちゃんクオリティーなのか、尻尾の数が多くても全く動じる様子はない。


「コイツは初めてのお客さんだな。しっかりと噛んで食べるんだぞ。」

「キュ~ン!」


ハクは甘える様な声を出すとおっちゃんからジャーキーを受け取って美味しそうに食べ始める。

そして何も気にしないままに奥へと向かい注文した肉を運んできた。

どうやら歴戦の勇者であるおっちゃんはハクの見た目を完全にスルーしているようだ。


「それじゃあ、しっかりと食べてくれ。今日は大盤振る舞いだ。」


そう言って持って来たのは山盛り肉のマウンテンだ。

ちゃんと料金は払うので問題はないけど一度に頼んだ量が多すぎで皿の上に山になっている。

ま若干はサービスをしてくれてるんだろうけど、こんなのは初めて見た。

そして俺とリリーは前回の屈辱を晴らす為に肉を焼いて口へと放り込んで行く。

最初に食べるのは厚切りのタンで、この店は人間用に玉ネギやゴマを合えた特性の薬味を出してくれる。

アクセントにレモンの汁を付けるのも良く、リリーも今日は肉尽くしという事で大喜びだ。

でも、こちらは何処かの2人と違いちゃんとお腹が膨らんでいるので適度な量で満腹になるだろう。


俺はその後もカルビやサーロインといった肉を堪能してご飯を口へと放り込む。

そして、ここの辛口のタレがご飯によく合うのだと初めて気が付いた。

以前は甘口で食べていたけど少し味覚が変化したのかもしれない。

辛味噌を付けても気にならないので食べられる料理の範囲も格段に上がっている。


見るとアズサもここにある色々な薬味やタレを上手くローテーションして食べているようだ。

今までは気にしなかったけど流石にあの量を食べる為には工夫を凝らしていたという事らしい。

そして匂いに釣られる様に次第に客が増え始め、周囲は犬の鳴き声と喧騒に包まれていった。


こういった日常の光景を目にすると頑張った甲斐があると思える。

ただ他のお客さんが連れて来た近所の犬たちは必ずリリーへと挨拶に来るのだけど、最後に俺を鼻で笑う様な行動を取るのはどういった事だろうか。

俺もアイツ等を生き返らせるために頑張ったはずなのに、どこかで情報が歪められている気がする。


(リリーよ、まさか変な事を吹き込んでないよね・・・。)


そして俺達は楽しい焼き肉を終えておっちゃんに支払いをして家に帰る事にした。

しかし焼肉で30万円以上を払ったのも初めての経験だけど、流石におっちゃんも驚いて苦笑いを受けべていた。


「それにしてもお前らよく食べたな。多分、猪1頭分よりも多かったぞ。ハハハハハ。」

「まあ、今回は12人+3匹ですから普通・・・じゃないですよね。」


ちなみに、このおっちゃんが猟で取って来る猪が90キロ位だったと思うので内臓を抜きにして考えてもかなりの量になるだろう。

もしかすると2人のフードファイターに影響されて俺達も食べる量が増えているのかもしれない。

とは言っても俺達で太る可能性があるとすればダンジョンに行っていないその二人だけだ。

しかし、この2人はいくら食べても体格が全く変わらないので今のところは心配はしていない。


俺は深く考える事を放棄して揃って笑い合いながら店を後にした。

ちなみに家に帰った後に腹筋をヤリまくったのは皆には秘密だ。




その夜・・・。


「やっと犯人を見つけたな。」

「オメガちゃんに手伝ってもらった方が良かったんじゃない?」

「ハハハ、それだとユカリちゃんにバレちゃうかもしれないだろ。これは警察としてもちょっとした意地があったからね。」


そこに居るのはアンドウ、ツバサ、ツキミヤの3人である。

彼らはユカリの話から放火の行われた社を探し出し、犯人の手掛かりを発見していた。

そして後は現行犯で逮捕するだけとなり、その人物を張り込んでいるのだ。

ちなみにツキミヤが今回の旅行に不参加だったのはこれが理由である。


「それにしても慎重な奴だ。なかなか尻尾を出さない。」

「まあ、気長に待ちましょう。」

「でも周期的にはそろそろですよね。」


この付近では既に小さな社から大きな神社まで、何度も放火が行われている。

しかし、ユカリの社以外の放火は犬たちが素早く発見して消化したため大きな被害に発展していない。

あの日は大百足が復活したせいで周囲を警戒していた犬たちが1カ所に集まった為に起きてしまった不幸である。

その代わり今では家を焼き出された本人は屋根のある場所で美味しい物を食べて楽しく暮らしているのだが。


そして彼らの予想通りようやく容疑者の男が動き出した。

時刻は深夜1時を回り周囲に人影は無くなっている。

すると男は周りを警戒して挙動不審な動きを見せ暗い夜道を歩き始めた。


「気取られないように慎重に追うぞ!」

「「了解!」」


そして3人はそれぞれの得物を手にして追跡を始めた。

ツバサはカバンからカメラを取り出すと撮影を開始し言い逃れの道を塞ぐ。

ツキミヤは懐かあナイフを取り出すといつでも手足を斬り取り逃げ道を塞げるようにする。

そして、アンドウは銃にサイレンサーを付けていつでも息の根を止めれる様に備えて現世での逃げ道を塞ぐ。


「「「・・・」」」

「2人とも何をやってるんですか。そんな物騒な物は仕舞ってください。これじゃあ放火犯の証拠取りが通り魔の証拠取りになっちゃいますよ!」


するとアンドウは真顔で仕方ないなといった溜息をついているが銃はいまだに出したままである。


「その時は残念だが事件は迷宮入りだな。それに今回の件は俺達の持っている殺人許可証の対象範囲なんだ。」


そしてツキミヤはヤレヤレと言った感じに首を左右に振りながら溜息をつくと、手に持っていたナイフが1本から2本に増えている。


「俺も犯罪者の命を助けるために刑事になった訳じゃないんだぜ。」

「何を言っているんですか!それらは全部没収します。」


そう言ってツバサは2人の手から得物を奪い取るとカメラを入れていたカバンへと押し込んだ。

それによって両手が空いた2人は同じ様にヤレヤレと首を左右へ振って溜息を吐き出している。


「仕方ないか。」

「そうだな。」

「もう早く行きますよ、見失ったらどうするんですか。」

「分かっている。その場合は見つけ次第狙撃してしまおう。」

「俺も投擲は得意だぜ。」


すると、何処から取り出したのかアンドウは消音機付きのサブマシンガンを手にし、ツキミヤは大剣を肩に担いでいた。

これはどう見ても没収してもカバンには入りそうにないサイズである。


「2人ともそんなの持ってたんですね。」

「この程度は男の嗜みだ。」

「男はミステリアスなんだぜ。」


そう言った2人の顔はとても男らしく、その全てが後のカメラ映像に残されていた。

しかし、このシーンを提出するとそれだけでツッコミどころが満載なので編集して消去されたのは言うまでもない。


そして、やる気に満ちた1人と、殺る気に満ちた2人は再び尾行を開始した。

当然ツバサはそんな2人を引連れているので気が気ではない。

通行人が居れば通報されかねないし撮影をしてもせっかくの証拠を台無しにされかねない。

彼女の基本は生粋のオタクであるが良識を兼ね備えたオタクなのだ。

ただし一般的な常識は持ち合わせていないのは言うまでもないだろう。


そして男は尾行に気付く事無く住宅街を抜け、その先にある公園を通り過ぎて橋を渡り、その先にある商店街へと向かって行った。

そこは都会の人間から見ればみすぼらしく、営業している店も少ない寂れた場所だが、この町の人には無くてはならない大切な場所である。

そして、その商店街には過去の開発によってビルとビルの合間に挟まれる様に建つ小さな神社が幾つも残っている。

男はアンドウの予想通りそこへと向かっている様だ。


「この辺で被害が無いのはあそこを除くと殆ど残ってないからな。それに奴は見つからない様にするために放火した後は一度も現場に近寄っていない。おそらくは新聞やニュースを見て楽しむタイプだろう。」

「新聞社とテレビ局に協力を要請して一切の報道を止めましたからね。そろそろ業を煮やして目立つ行動を起こすと思ってましたよ。」

「こんな地方だとあまり記事になりませんから承諾は簡単でしたけどね。それに、今も多くの人がダンジョンについて知りたがってますからそちらの情報を流せば即決でした。」


海外では魔物によって滅んだ土地や国もあり、日本の様に完全に押し返して元の生活を維持できている国は少ない。

そう言った安定している国は大国であったり、ダンジョンの発生時刻が恵まれていた国に限られている。

そこから考えればハルヤたちのした事が如何に大きいかが分かるだろう。

しかし、本人たちにとっては全く興味のない事なので気にも留めていないのが現状である。


「アッ、何か始めましたよ!」


見ると男は社に備え付けられている箒で掃除を始めた様だ。

もし今が昼間で、この近辺で放火魔が騒ぎを起こしていなければその姿に感心する者も居るかもしれない。

しかし残念な事に今は良い子は寝ている時間で、この町では連続放火魔が騒ぎを起こしている。

しかもその容疑者がこの空気が乾燥している夜にあんな事をしていれば近所の人でなければ不審者と言っても良いだろう。


「おい、どうやら向こうから人が来たみたいだ。」

「ホントですね。しかも箒を置いて隠れましたよ。」

「しかし来たのは酔っ払いみたいだから絡まれるのを避けたとも取れるな。アイツ等の相手は本当に大変なんだよ。」

「警官の時代に苦労してる奴が言うと言葉に重みがあるな。」


ツキミヤも刑事になる前は制服警官をしており、もちろん夜の巡回で酔っ払いの相手をする事もあった。

その時の嫌な記憶が今も頭に染みついているのだろう。


「奴らはすぐ怒るし言っても聞かないし吐くし泣くし叫ぶしで大変なんだ。俺が奴でも絶対に隠れたと思うぞ。」

「私はしつこくナンパをされましたよ。」

「そいつは後で見つけ出して始末しておくか。」

「ツカサは最近ハルヤ君に似て来ましたね。」

「なん・・・だと!?」


アンドウはツバサの言葉にショックを受けると言葉を詰まらせ額に汗を浮かべている。

その間に酔っ払いは置いてある箒に目を向けると社へと近づいていった。


「何でえこれは~!?俺の行く手を遮るたあ良い度胸だな!」


ちなみに箒は酔っ払いを遮ってはいないし、ちゃんと壁にもたれ掛かり酔っ払いが過ぎ去るのを静かに待っている。

もしそれを遮ったというならば周りにある物の全てが彼にとっては行く手を塞ぐ障害物となりえるだろう。


「それに何でい、この木の葉の山はよう!躓いたらどうするんだ!」


木の葉の山は風が吹けば飛んで行きそうなほど軽く、高さも5センチに満たない。

避けようとすれば横に1歩で逸れるだけで十分にお釣りが来るだろう。

しかし酔っ払いにそんな常識は通用せず、何を思ったのかゴルフの様にスイングを始めるとホールインワンを狙っているかのように真剣な顔をして構える。

そして一気にフルスイングすると木の葉の山を周囲へとばら撒いた。


「・・・イタタタタ!」


しかも酔いに任せてのフルスイングで腰を痛めた様だ。

それに急に動いたために胃が収縮し、倒れて手を付いたタイミングで口から見事なリバースを見せつける。

なんとも神が居るであろう社の前で酷い事をするものである。

そして、しばらくして立ち上がった酔っ払いは今度は箒へと話しかけ始めた。


「クッソ~~~!手前が悪いんだぞ!もっとスマートになって出直して来い!」


そう言って箒を放り投げると痛めた腰を擦りながら立ち去って行った。


「これだから酔っ払いの相手はしたくないんだよ。」

「あれは少し酷いですね。」

「あれだけ見ると俺は警官にならなくて良かったと思えるぞ。」


そして誰も居なくなってしばらくすると問題の男が周囲を警戒しながら姿を現した。

社と言っても人が入れる程のスペースは無いので横の隙間にでも隠れていたのだろう。

服には誇りや蜘蛛の巣といった汚れが付着しており、所々で引っ掛けた様な跡もある。

すると投げ捨てられた箒を拾うと、再び地面を掃いて木の葉の山を作り始めた。


「せっかく集めた大事な道具を散らかしやがって。ここが終わったら次はアイツの家に火を点けてやろうか。」


耳を澄ましているとここまでそんな声が聞こえており、ツバサの持っている集音アイクはその音声をしっかりと拾っていた。

恐らくは社が終われば次は民家で同じ事をしようと考えているのだろう。

そうなれば人の命が危険にさらされる事になるが、今はまだ口で言っているだけで実行には移してはいない。

明確な証拠がここで手に入ればその計画も同時に潰せるので3人は辛抱強く証拠が揃うのを待ち続ける。

そして人が両手で抱えられるくらいの量の木の葉を集めるとそれを持って社へと向かって行った。


「さあ、俺の炎ちゃん。今日こそはその綺麗な姿で俺をヒーローにしてくれよ。」


そしてライターを片手に大きな枯葉を摘まみ上げるとそれに火を点けて落ち葉の山へと投げ入れた。

すると火はゆっくりと燃え広がり、周囲を焼き尽くす破壊の力へと成長していく。

最後に先程使った箒を投げ込み男はその場を離れようと立ち上がった


「ヒヒヒ!これで明日なれば俺はヒーローだぜ。」


男は小声で笑いながら楽しそうにその歩き出すと悠々とその場から離れ始めた。

実際にこの火が両サイドにあるビルにでも燃え移れば大惨事に発展するのだが男にはそこまでの考えには至らなかった様だ。


「そろそろ頃合いか。」

「殺るなら今だな。」

「ハイハイ、もう好きにしてください。」


証拠も撮り終えたツバサは呆れ半分、諦め半分と言った感じに溜息をつくと2人の背中を見送った。

そしてもうじき男はこれまでの事を大きく後悔する事になるのだった

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