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91 旅行 ④

今回の旅行は長期的なものでは無いので1泊2日を想定している。

そのため、この朝食の後はチェックアウトして帰宅すれば良いだけだ。

ただ、今日はまだ始まったばかりなので昨日と同様に何カ所かを周って帰る予定にしており家に着くのは夕方ぐらいになる。

昨日はここに来るまでに色々な所での食べ歩きばかりで観光らしいことは何も出来なかったけど、恐らく今日も変わらない1日になるだろう。


そして食堂に到着するとそこは朝だというのに熱気と喧騒に包まれていた。


「今日こそは勝たせてもらうぞ!」

「昨日の大敗を忘れたとは言わせないわよ!」


熱気の中心に居るのは何処かのスポーツクラブの選手なのか、大柄のラグビー選手みたいな男達だ。

そして、その向かいには不敵な笑みを浮かべたアイコさんが座っている。

その少し離れた所には父さん達が居て、アズサはそこに混ざって恥ずかしそうに皿を積んでいた。

食べている量はアズサとアイコさんを比較してもそんなに変わらないので母親が早朝から目立っていることが恥ずかしいのだろう。

あちらは例外なく傍を通った他のお客さんを驚かせているので熱気は無いけど目立っているのに変わりはない。

しかし、この様子だとハルアキさんは2人を宥めるのに失敗したみたいだな。

ホテルのスタッフはまるで朝食の光景ではない様に動き回りって額に汗を浮かべている。

それでも次々に料理が消えていくので大忙しとなっており、今にも悲鳴が聞こえて来そうな表情になっている。

併設されている厨房からも鍋を振る荒々しい音と怒号が聞こえて来るので戦場の様な光景が目に浮かぶようだ。

俺達は大食い勝負に発展しているアイコさんを放置すると皆の座るテーブルへと向かって行った。


「あれはどうなってるの?」

「あ、おはようハルヤ。」


俺が声を掛けると先程まで恥ずかしそうにしていたアズサは早朝の朝顔を思わせる様な綺麗な笑顔を浮かべる。

それに対して俺も笑みを浮かべて返すと横に併設されているテーブルの席へと腰を下ろした。

するとアズサもこちらのテーブルに移り対面へと座ると説明をしてくれ。

どうやら話は昨日の夕食の時間へと遡り、俺がここから離れた後に起きたようだ。


「昨日の夜にここで私とお母さんがカニを食べてたんだけど、その近くでもカニを沢山食べてる人たちが居たの。」


その時にどうやらアイコさんのフードファイター魂に火が着いたらしい。

あちらがカニを1匹積めば2匹積むと言った感じで食べる速度を上げたそうだ。

それをサポートしたのはその横でカニを解体していたハルアキさんだと言うのだから同罪でも良いのではないだろうか?

そして無音で開始の鐘が鳴ると彼らの戦いが始まったそうだ。


「良い食いっぷりだな。」

「フフフ!若い子にはまだまだ負けないわよ。」

「あまり早く食べてると剥くのが間に合わないよ。」


そんな事を言っていてもハルアキさんの手元では目にも止まらない速度でカニが解体されていたそうだ。

まさにレベル30越えのステータスを遺憾なく無駄遣いしている結果がそれなのだろう。

ちなみにその横ではアズサがそれに迫る勢いでカニを解体して自分で食べていたのはアケミ談で、それにツッコミを入れる者はもはや何処にも居なかったそうだ。


「う、さすがにそろそろ限界だぜ。」

「まだまだ青いわね。この程度でギブアップだなんて情けない。まだたったの30杯じゃない。」

「あの女は化物か!?」


そして限界が来たところで男達は机に突っ伏し負けを認めたそうだ。

その頃にはアイコさんの食べたカニは50杯を超し、アズサもそれと同じくらいのカニを食べ終えて戦いは終結したらしい。

その後は互いに健闘を称え合った飲み会となり、大人たちはそれに参加して未成年組は温泉に向かったそうだ。

何とも俺が腹を空かしている時に存分に楽しんでいたようでなによりだ。


そして今行われているのはそのリベンジマッチという事で朝から周りの皆様に御迷惑をお掛けしていると言う訳だ。

アズサ曰く、まるで昨日の焼き増しの様な光景なのだという。

しかし昨日のカニは茹でておけば出すだけなので良いけど朝食にはいろいろな料理を厨房で作ってそれを提供している。

そのため今日は昨日以上に激しいバトル風景となっているそうで申し訳がない思いを抱いているようだ。

そう言いながらもアズサも俺の目の前でアケミとユウナが持って来た山盛りの料理を食べているので厨房のスタッフの仕事を増やすのに貢献している。

まあ、ここを乗り切ればきっと少しは落ち着くだろうから頑張ってもらうしかない。


そして朝食の時間が終わろうとしている時にようやく決着がついた。


「ギ、ギブアップ・・・。」

「何と言う胃袋を持ってやがる・・・。」

「アイツは本当に人類なのか・・・。」


相手は食べ過ぎて動けず、ホテルのスタッフも疲れ果てて椅子に座り込んでいる。

そんな彼らの前でアイコさんは口元を優雅にナプキンで拭うと勝ち誇った様な表情を浮かべて見せた。


「良い勝負だったわね。次の機会があればまたやりましょう。」


彼女はそんな言葉を投げかけるといつもと変わらない見た目と動きで食堂から去って行った。

そして俺達はそれを見ないフリをしつつ他人のフリをして部屋へと戻る事にする。

アズサではないけど流石に知り合いと思われるのは色々な意味で恥ずかし過ぎる。

旅の恥を掻き捨てと言うけど限度があると思っているのは俺だけではないはずだ。


「これは他人のフリだな。」

「流石に私も恥ずかしいよ~。」

「僕は昨日で面がワレてるからタオルで覆面をしていくよ」


そう言えばアイコさんは年に一度は必ず旅行へ出かけると言っていたけど、もしかしてこれが目的ではないだろうな。

オーストラリアに行ったのもボランティアはオマケで本命は大食い勝負をするのが目的とか。

しかし、そんな相手を助ける為にあんなに苦労をしたのかと思うと流石に悲しくなってくるので深く考えるのは止めにする。


そしてホテルから出る準備を済ませると俺達はロビーで料金を支払って車に乗り込み次の目的地へと向かって行った。

まずは朝と言う事で高速道路を通って近くにある港へと向かう。

そして到着して中に入ると普段はあまり見かけない色々な魚が店頭に並んでいる。

俺達の地元はこことは反対側に位置する瀬戸内海なのでやっぱり日本海だと種類が段違いだ。

それにメバル、太刀魚、鯛、ブリなどと言った地元でも見かける魚もいるけど、ヒラメやホウボウ、ノドグロに金目鯛などが丸々置いてある事はほとんどない。

まあ、ヒラメや金目は1匹がそれなりに大きいので消費しずらいからとも言えるけど、あの2人が居ればすべて解決してしまうので大物でも気にせず購入が出来る。

頭に一瞬だけ爆買いと言う言葉が過るけど、いつもの事なので気にせず買い物を眺めている。


すると店の一つが余興を始めた様で50センチを超える大きな鯛を手にした店主が店先で声を上げた。


「どうだいそこの旅人さん。この鯛を上手く捌けるなら半額で売ってあげるよ。」


声を掛けられたのは先程から魚を爆買いしていたアズサだ。

きっと客引きの目的で声を掛けたのだろうけど半額とは中々のサービス精神だと思う。

するとアズサは先程までの和んだ雰囲気が消え去り、キリリとした表情へと変わると悩む事無く頷きを返した。


「その挑戦を受けましょう。」


すると周りで聞いていたお客さんが集まり、それを見て他のお客さんも興味本位で集まり始めた。

店主はそれを見てニヤリと笑うと台を取り出して店先へと置くと更に俎板と1本の包丁を準備する。


「道具はこれで大丈夫だろう。」

「見せてもらいますね。」


しかしアズサはその包丁を手にして刃先を確認するとそれを店主へと返してしまった。

それを見て周囲の客は首を傾げてどうするのかと視線が集中する。

すると母さんが傍に行きポケットから鱗取り器具と小型の出刃包丁を取り出し、背中に片手を伸ばすと後ろの襟元から大振りの出刃包丁を取り出した。


「念の為に準備していて良かったわね。」

「はい。」


それを見たノリの良い観客が拍手と歓声を上げてはやし立てるとアズサは鯛の置かれた俎板の前へと移動した。

そして、アズサの手にしている包丁には本人と同じ名前である梓の字が彫り込まれている。

あれはハルアキさんが知り合いである刀匠に頼んで作って貰った物でかなりの業物と言う話だ。

もちろん定期的に自分で研ぎも行っているらしく肉も魚もスパスパ切れる。

さっきの包丁はきっと刃先が欠けていたか切れ味が悪いと判断したのだろう。

本当にアイツは料理となると人が変わるので、どこぞの漫画の主人公のようだ。


そう考えている間にアズサは鱗を取り始め、最初は面の部分を大胆に剥がし次第に腹や鰭の傍などの細かい所へと移っていく。

そこまで行くと鱗取り器具は手放し、小ぶりな出刃包丁を手に繊細な動きで作業をしている。

そしてタオルを使って魚の鱗と拭き取るとようやく自身の名の入った包丁を手にした。

アズサは迷いなく腹部から包丁を入れると顎に向けて一気に斬り裂き腹を割いて内臓を取り出す。

鰓蓋の内部からも鰓を切り離して除去すると頭を落として瞬く間に3枚に捌いた。

更に骨の塊であるはずの頭を口の先端に包丁を当て見事に真っ二つに割って見せ、その手際の良さに店主すら驚きの顔でアズサを見ている。

そして捌き終わるとアズサはタオルで包丁を拭うと解体された鯛を前にして小さく一礼して見せた。

それによって拍手が巻き起こり、このイベントが成功したことを教えてくれる。

どうやらこの店はお客さんの獲得に成功したようだ。

その後、店主は魚を綺麗にパックに詰めると苦笑いをしながらそれをアズサへと差し出した。


「まさかここまで捌いちまうとは思わなかったぜ。若いのにやるなあ」

「そうだったのですねか?ついいつもの調子で捌いてしまいました。」


そう言って2人は笑い合うと分かれ、アズサは俺の所へと戻って来た。


「サービスしてもらっちゃった。」

「それじゃあ、今夜のご飯は鯛で何か作って貰おうか。」

「任せておいて。」


そう言って俺達は仲良く手を繋いで他の店を覗き始めた。

何人か若い男性が声を掛けようとしていたけど誰も話しかけてこなかったので諦めたのだろう。

そして買い物を終えたので次の場所へと向かい移動を始めた。


次は旅行とはいえ出雲まで来ているのでユカリの関係で出雲大社へと向かう事になっている。

ここまで来たら一度は挨拶をしておかないと後で叱られるそうだ。

まあ、彼女もかなり蘇生薬の件で立場が微妙だというので俺達としても反対はしない。

ただ、もし神の座から追放されても家なら子孫が絶えるまで面倒を見てもらえるだろう。

そして到着して駐車場に車を止めると俺達は本殿へと向かって行った。


「それでは皆は表を観光しておくと良いじゃろう。私はちょっと挨拶に行って来るのじゃ。」


そう言って何もない所へと手を伸ばすとユカリはそのまま消えて行った。

恐らくはあそこが入り口だったのだろうけど、俺が手を伸ばしても何も起きないので許可が無ければ入れないようだ。

俺達は境内を周ってお参りを済ませて近くにあるお土産屋で時間を潰す事にした。


その頃のユカリは・・・。


「良く来たな。今はユカリと名乗っているとか。」

「はい、大国主オオクニヌシ様。」

えにしか。良い名を貰ったな。その名に恥じぬようにしっかりと彼らを支えてやるのだぞ。」

「はい。それとやはり天津神の方々は・・・。」

「うむ、邪神の封印に現在は手が離せん。お主が神命を注いで作り上げた蘇生薬によって贄にされた者達の魂を奪還できなければ危ない所であった。あの時は周囲の批判も多かったが今では称える者も出始めておるぞ。」

「いえ、あの時は咄嗟に感情的になりやった事です。称えられるような事ではありません。」

「結果としてお前の行動が各地の神を促すことになり私も最終的には許可して力を貸した。そのおかげで封印は守られ現状を維持する成功しておる。しかし、贄にされた者の数は膨大だ。そのうえ、他の世界からこの世界へと侵入しようとした者が居る。何者か分かるまで気を抜くでないぞ。」

「畏まりました。」


そして話が終わるとユカリはある物を取り出し、それを三宝と言われる木造の神具に乗せると大国主へと差し出した。


「こちらは贄のが先程捌いた鯛にございます。」

「ほう、中々の物だが鮮度は大丈夫なのか?」


神なので腐っていようと腹は壊さないが美味いに越した事は無い。

するとユカリは下級蘇生薬を取り出すと、それを鯛へと振り掛けた。

すると鯛は見事な鮮度を取り戻し、まるで輝かんばかりの姿を大国主へと見せる。


「お主も大概に現世へ染まってきておるようだな。」

「いえ、それ程でもございません。次に来た時には異国の技術で作られた『すいいつ』なる甘い菓子を持参いたしましょう。」

「うむ、楽しみにしておるよ。それに贄の者には長きに渡り苦労を掛けておるな。時代も移り変わりを見せておる。そろそろ解放してやる時かもしれんな。」

「そうなれば本人たちも喜びましょう。しかし今は・・・。」

「分かっておる。邪神はあの娘を欲しておるようだからな。元々が神に捧げられる魂を持った一族だ。奴もそこに目を付けておるのだろう。何かあればすぐに連絡を寄こすのだぞ。」

「畏まりました。」

「今日のところは話は終わりだから戻ると良い。」


ユカリは最後に深く一礼するとその場から姿を消し、それを見て大国主もホッと息を吐きだした。


「現世を楽しんでいる様で何よりだ。いつか全ての記憶が蘇る時が来れば良いのだが・・・。しかし、過去の記憶を取り戻したお前はそれからどうするのだろうな。」


大国主の言葉は誰も聞く者の居ない室内に広がり消えて行った。

そして、現世に戻ったユカリと言えば・・・。


「何と!甘いサツマイモに甘い砂糖をまぶして鍋で炙るじゃと。これは買えと言っている様なものじゃ。そう思うじゃろうリリー!」

「ワン!ワン!」

「よし、お前の分も買って来てやるからな。」

「ワン!」


そう言ってユカリはお土産店の前に屋台を出す店主へと声を掛けた。


「店主!その甘芋を我は所望するのじゃ。」

「お、それなら少し待ってな。もう少しで焼き立てが出来るからよ。・・・もしかして・・・お前さんもアレか?」

「ん?アレとは何じゃ?わ、我は神などではないぞ!」


すると店主は苦笑するとユカリの耳元で囁くような小声である事を告げる。

そしてそれはユカリが聞いても十分に驚くべき事だった。


「実はな。時々変な格好のオッサンが買いに来るんだけどよ。周りには見えてなさそうなんだよな。それで、これまた誰にも見えてなさそうな巫女みたいな姉ちゃんが大国主様とか言って迎えに来て消えてくんだ。あれって絶対にこの大社の神様だろ。それで何となく俺も見分けがつくようになっちまってな。」


流石に先程まで会っていたとは言えず、ユカリは表情を引き攣らせるに留める。


「う、うむ。それについては秘密に頼む。まあ、お金はちゃんと払うのじゃ。」

「その辺は気にしてね~んだけどよ。そのおかげかどうかは分かんねーけど、綺麗な嫁さんも出来るし毎日商売繁盛よ。真面目に働いてれば路頭に迷う事もねえからな。」


どうやらユカリに言えない程度には大国主も現世に染まっている様だ。

そして、彼女は店主からパック入りのサツマイモをオマケ付きで購入してその場を離れた。


「どうやら、次にここに来る時のお土産には手を抜けん様じゃ。」

「ワウ?」


その呟きにリリーは首を傾げながらも尻尾を振ってサツマイモが口に入れられるのを涎を垂らしながら待つのであった。

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