89 出張 ④
その頃のホテルでは既に一人の男が動き出していた。
ただ彼はハルヤが出かけた直後から準備を行っていたため、余裕をもってベットから起き上がると部屋から抜け出し廊下へと姿を現す。
しかし廊下を歩いていると更に2人の男が姿を現した。
「ハルアキさん。俺達も必要か?」
そこに現れたのはハルヤの父親であるジュンイチとユウナの父親であるリクであり、2人は既に完全武装で準備を整えていた。
「念の為に警戒をお願いします。既に相手は術中に嵌ってますからすぐに終わらせますよ。」
そう言って階段を使い1階へと降りて外に出ると、そこには1匹のオーガが一定の範囲をグルグルと歩き続けていた。
これはハルアキの仕業でここに到着してすぐに結界を張り巡らせ、魔物が近寄れば幻覚によってホテルへと入れない様にしていたのだ。
そのため今のオーガの目にはホテルへと向かい歩き続けている様に認識がズラされている。
「以前の僕ならこれ程の魔物は封印すら困難だっただろうな。」
ハルアキも今では他のメンバーと共にダンジョンに潜り高いレベルと職業を獲得している。
その職業には符術師を選んでおり、彼の能力を飛躍的に増加させた。
「さて、ここに魔物が居ると他のお客さんの迷惑だからね。大人しく消えてもらおうか。」
そう言って彼はオーガに向けて札を投げつけた。
それは風に飛ばされる事なくオーガの胸に張り付くとハルアキは印を結んで言葉を発する。
「再生の力よ逆転せよ。」
すると札は光を放つとそのままオーガの体へと吸い込まれる様に消えて行った。
そし、ナイフを手にしたハルアキはそれをオーガに向けて投擲し小さな傷を作る。
「後は勝手に自壊するかな。」
そして攻撃に気付いたオーガは傷を治す為に再生の力を使用する。
すると傷は急激に広がり小さな傷は大きさを増していき血を吹き出しながら壊死して行く。
それが一定に達するとオーガは霞の様に消え去り、魔石とドロップアイテムを残した。
「アイコとアズサとの旅行を邪魔しないで欲しいな。3年ぶりの家族サービスなんだからね。」
そんな事を言いながらハルアキはホテルへと入ると部屋へと戻って行った
そして、この日の襲撃は2人には知らされる事なく楽しく幸せな1日として終了する。
その頃ダンジョンではハルヤが久しぶりの声に耳を傾けていた。
しかし、今回は前回とは大きく異なっている。
『あ~ゴホン。特殊個体の討伐おめでとうなのじゃ。』
「やっぱりいつものあれはユカリだったんだな。畏まらなくても良いからラフな感じで良いぞ。」
既に知らない間柄と言う訳でもなく、一緒に住んでいるので普通に話しても問題はない。
どちらかと言えばそちらの方が今では自然なので決まりが無いならその方が良いくらいだ。
『そうかの。ならば今回もYesで良いな?』
「どっち道、Noにしたらダンジョンで同じ奴が復活するんだろ。」
『その通りじゃ。よく覚えておったな。』
これは俺がアレだからか、それともたんなる言葉のあやか。
まあ、ここは変な勘ぐりは止めておこう。
『それでは、ハルヤに能力を移植するのじゃ。それとこちらに来た魔物はハルアキが倒しておるから心配は要らんのじゃ。』
「それは分かってるよ。あの人も最近はメキメキ強くなってるからな。元々地力が高い人だから俺も頑張らないと簡単に追い抜かれそうだ。」
『噛んばるのじゃぞ。しかし、今回の能力は被っておるから強化にはなってもあまり有用では無いの。まあ、次回に期待するのじゃ。』
そう言って通信が切れると俺はステータスを確認した。
するとそこには今まで覚えた特殊な耐性が消え去り代わりに状態異常無効のスキルが出ている。
恐らくは状態異常に高い耐性を持っていて、俺の今まで鍛えた耐性と合わさる事で無効まで進化したのだろう。
ユカリは大した事は無いと言っていたけどこれは俺にとってはかなり嬉しい。
そして、百足を倒した時に手に入れた再生が高速再生へと変わっている。
これで怪我をしてもポーションに頼る心配はあまりなさそうだ。
ただ再生には体力を使うので逆に下級ポーションの使用頻度は増えるかもしれない。
ちなみに百足を倒した時には石化攻撃を覚えたのだけど、これの使い道が殆どない。
魔物を石に変えても倒した事にならず、経験値も魔石もドロップも得られないからだ。
まあ授業を始めれば少しは活躍する時があるだろう。
すると後ろから声が聞こえアーロンが追いついて来た。
「待てよハルヤ。置いて行くんじゃねーよ。」
てっきりアイツ等を送って行ったのかとも思っていたけど、どうやら途中から引き返して来たようだ。
俺は足を止めるとアーロンを待ち、追いついてから並んで歩き始めた。
「それでアイツ等は大丈夫そうか?」
「いや、まあ、あの後ダイナはかなり怒ってたけどよ。生き返らせたアンジェが取り成してくれたから大丈夫だ。今は・・・ラブラブになってるだろうな。」
そんな関係だとは知らなかったけどそれなら大丈夫そうだ。
大事な相手が生き返ってすぐ傍に居ると言うのは本当に喜びを感じる事が出来る。
「それで他の2人の情報は聞いて来たか?」
「それなら問題ない。どうやら5階層で犠牲になったらしくてよ。そこに居るだろうと言ってたぜ。ただ、もしその場で生き返らせるならメルトからにしてくれって事だ。時間が無くて詳しい事は聞いてねーけど何かあったみたいだな。」
まあ、きっともう一人の方があの隊の隊長なのだろう。
ゲーム感覚で行動して他のメンバーに迷惑でも掛けたであろう事は容易に想像が出来る。
俺は気にしてはいないけどアーロンはここの臭いがかなりキツそうだから助言を聞かず、何の対策も取らずにダンジョンへ入ったので諍いでも起こしたのだろう。
まあメルトというのを生き返らせれば分かる事だ。
そして、しばらく進むと5階層のフィールドへと辿り着いた。
そこではオーガスケルトンが歩き回っているけど先程全滅させたオーガ程の強さは感じられず、この階層に相応しい雑魚の魔物だ。
奴らは人は殺しても弄んだりする知能が無いので死体は見つけられそうだ。
そして、しばらくして発見するとかなり酷い状態で打ち捨てられていた。
「こりゃー酷いな。」
「そうか?千切られて踏み付けられただけだろ。中級蘇生薬で十分に蘇生できる。」
「お前ってそういう所が本当にクレイジーって言うか雑って感じだよな。」
そして俺は地面でペシャンコに踏み潰されている死体へと蘇生薬を振り掛ける。
すると姿の起伏が復元され、足りない部分が補われていく。
そして、頭、体が直ると手足が復元され息を吹き返した。
ここまで破壊された死体を蘇生させたのは初めてだけど主要な部位は揃っていた様なので無事に蘇生できたようだ。
「アーロン。俺よりもお前が起こしてやった方が良いだろ。口でも手でも良いから起こして事情を聴いてくれ。」
「おいおい、口はねーだろ。せいぜい、足とか言えよ。」
足も大概だと思うけどな。
アメリカ軍ではそうでも無いのかもしれない。
そしてアーロンはメルトの顔を軽く叩いて刺激を与えると目を覚ました様でゆっくりと瞼が開き始めた。
「大丈夫かメルト?」
「あ、ああ。・・・お前はアーロンだな。それであれからどうなった?」
「最初に言っておくがレイチェルは無事だ。今は地上に避難していてオーガ共も殲滅済みだ。」
「そうか・・・。それで、そっちが日本の協力者か。」
「そうだな。オーガは全てコイツが倒してくれた。でもこいつが居なかったらレイチェルは助からなかったから感謝しとけよ。」
「ああ、助けてくれて感謝する。」
そう言ってメルトは素直に礼の言葉を述べた。
大人なのに俺の様な子供にも礼を言えるとは大したものだと思う。
ここに来るまでにアーロンからは、この副隊長のメルトは良識的でかなり穏やかな人物だとは聞いていたけど、コイツと諍いを起こした隊長の人格が心配される。
「それでここで何があったのかを教えてくれ。他の奴からはここでの事はお前から聞くように言われてるんだ。」
「そうか。それで隊長のチャールズは?」
「まだ生き返らせてはいない。あそこで潰れてるのがそうだと思うけどな。」
そう言ってアーロンは少し離れた所に出来ている赤い染みを指差した。
それを見てメルトは溜息を零しながらここで起きた事を話してくれる。
そして大まかな事は俺の予想通りだけど隊長自身が協力を拒んだ理由が日本人が嫌いだからだとは想像できなかった。
俺自身も他人の命を軽く見ているけど、それとは方向性が明らかに違う。
俺の場合は生かすか殺すかの選択に迫られた時には死んでもらう、又は殺した後で生き返らせる事が前提だ。
しかし、こちらのチャールズという隊長は自分から選選択肢を狭め、更に仲間へと不利になる様な状況を強要している。
俺から言わせれば何でこんな奴が日本への派遣人員に選ばれたのかと聞きたくなるほどだ。
「呆れるのも分かるが普段は冷静に判断を下せる奴だと俺達全員も認識していたんだ。まさか、ここに来てあんな本性を曝け出すとは思ってもみなかった。国から離れて自分を監視する者が居なくなった事でタガが外れてしまったのかもしれない。」
確かにその可能性はあるのかもしれない。
どんな聖人だろうと最初からそうあった訳でもないし、周りに見られる事でそうあろうと行動した結果それが認められた人だっている。
この人も周りの視線に晒されて適度な緊張感があってこそ正常な人格を保てていたのだろう。
きっと誰が悪いとかではなく巡り合わせが悪かっただけだ。
「それでもアイツを生き返らせて連れて帰る必要はある。お前達には悪いが判断は本国に任せるしかない。」
「分かっている。」
そして俺達はチャールズの許へ向かうと同じように蘇生薬を振り掛けて復活させた。
今度の起こす役はアーロンではなくメルトにお願いしてある。
聞いていた性格からいって、俺は真っ先に除外されるしアーロンでも駄目だろう。
その結果メルトが責任を持って起こす事に決まった。
ただし俺はこっそりと少し離れてしゃがむとビデオカメラで撮影を開始している。
そしてメルトは蘇生したチャールズに優しく声を掛けながらその肩をゆっくりと揺すり始めた。
「起きろチャールズ。助けが来たぞ。」
「あ・・・ああーーーー!!」
するとチャールズは勢いよく起き上がるとそのままメルトへと襲い掛かった。
そして首に手を掛けると正気とは思えない怒りの表情で締め付け始める。
「チャー・・ルズ。・・・やめ・・・ろ!」
「貴様が俺に逆らうからいけないんだ。殺してやる。殺してやるぞ。他の奴らだって同罪だ。本国には俺からお前らは反逆者として殺したと適当に報告しておいてやる。」
どうやら、あまりの殺意に俺達の事すら目に入っていない様だ。
チャールズの手には更に力が入り、不意を突かれたメルトは次第に意識が遠のき始める。
そして、最後に首の骨が折れる音と一緒にメルトは動かなくなり、チャールズはそれを見て高笑いを始めた。
その段になって俺達の存在に気付くと焦った様に声を掛けて来た。
「お、お前たちは何をやっている!?」
「撮影だけど。」
すると俺の手に持つカメラに向かい顔を怒りに歪めて向かって来た。
これがドラマか映画なら凄い臨場感だろう。
しかし残念な事に迫って来る殺気も、その後ろに倒れる死体も本物だ。
俺はカメラを取りながら剣を抜くと容赦なく一閃してチャールズの首を飛ばした。
その瞬間にカメラには血飛沫が付着し、映像が半分程度しか映らなくなる。
「まあ、こんなもんかな。正当防衛にも十分だろう。」
「それは過剰防衛って言わないか?」
「何言ってるんだ。危険なダンジョンの中で覚醒者に襲われたら仕方ないだろう。」
「それを1撃で殺してるお前が言うなよ。」
なんだかアーロンが小さい事を言っているけど俺はカメラを軽く振って血糊を払うと今度
は自分の方へと向ける。
「それではこれを見たアメリカの人。こんな危険人物を日本に送って来るんじゃねえ。それと次に来る奴はもっとマシな奴を送って来な。もし変な奴が来たら俺が皆殺しにして送り返すぞ。それじゃあ、検討よろしく。」
そして俺はカメラを停止し、足元のチャールズを収納する。
実のところを言うとバラバラな状態のコイツを集めて持って帰るのが面倒だったので運び易い様に生き返らせただけだったりする。
カメラを回していたのは生き返らせる時になって微かに危機感知が働いたからだ。
それにこれを見せればメルトたちも責任を取らなくても良いだろう。
なにせ隊長の自白付きで直接殺されてるからな。
そして、それはアーロンも分かっていたのか何も手を出さず、事が終了してからメルトに蘇生薬を振り掛けている。
首が折れているだけなら下級で十分なので安いものだ。
しかし、生き返ったメルトは俺達へとジトっとした視線を向けて来た。
「また死んだぞ。」
「まあ、尊い犠牲だな。このデータをやるから勘弁しておいてくれ。」
そう言って俺はカメラ映像を再生してメルトへと見せる。
するとその顔が笑みに変わるとカメラをこちらへと返して来た。
「有難く後でコピーを頂こうか。」
「話が早くて助かるよ。」
俺達は互いにとても清々しい笑顔を浮かべたまま握手をすると、更に笑みを深める。
しかし、どうやらこの流れに取り残された物が1人いたようだ。
「お前ら気持ち悪いからそろそろ戻ろうぜ。」
そして俺は握手したままメルトを立たせるとアーロンの提案に乗っかって地上へ戻る事にした。
「それなら戻るか。」
「そうだな早く戻ってやらないとレイチェルが心配しそうだからな。」
「ケッ、それじゃあ1人は俺とフーバだけかよ。こりゃどっかで女引っ掛けねえとな。」
「ドロシーはダメなのか?客観的に見ればかなり可愛いだろ。」
すると何故かアーロンからは呆れた様な、とても嫌そうな顔を向けられてしまう。
「お前それ本気に言ってるのか?それに俺はそんなに無謀な男じゃねえんだよ。」
「確かにお前はドロシーの料理を一口食べてノックアウトだったからな。」
「ああ・・・まあそうだな。それにしてもテメーはモテるんだな。」
コイツは突然何を言い出してるんだ?
俺みたいな馬鹿な男がモテる筈はないだろう。
女友達も殆ど居ないしラブレターだってアズサに貰ったのが初めてだ。
果たし状なら今年に入って大量に貰ったけど、それまでは彼女居ない歴がそのまま年齢だった男だぞ。
モテるなんて言葉からは生まれた時から縁が無いのに、冗談にしては笑えない事を言ってるな。
「何を言ってるんだ?アイツとは料理に関する好みで意見が合っただけだろ」
「これが天然って奴か・・・。血の雨がふらないと良いけどな。」
その後も俺達はワイワイ言いながら寄って来た魔物を倒し地上へと向かって行った。
しかし、こうして改めて言葉を交わすと意外と話しやすい奴だと思う。
前の時には刺々しくて最後の方に少し話しただけだったけど意外と人見知りなのかもしれない。
俺達は最後に再会を祝して打上をする事を約束すると地上へと出て行った。




