87 出張 ②
時は少し遡りここはとある病院である。
そこには精神を病んだ者が多数入院しており手足を拘束したうえでベットにベルトで固定されていた。。
それに入院と言っても全てが個室で扉には厳重な鍵も施されている。
恐らくは病院と言うよりはまるで監獄と言った方が当てはまる光景と言える。
そして、そこにいる全ての者が第三ダンジョンで暴挙に出た自衛隊のメンバーである。
あの時の全員ではないが多くの者があれから精神に異常を認められここに拘束された。
性格的にも危険性が高いために政府としても苦渋の判断としてこのような所へと閉じ込めている。
これをアンドウが知れば確実に処分を検討していただろう。
そんな状況の中であの時に隊の指揮を執っていた男は、唯1つ許されている思考を働かせ呪詛を吐いていた。
『殺す!殺す!殺す!全てを殺し尽くしてやる!』
男の思考は止まる事がなく、起きている時は呪詛を吐き、寝ている時は夢の中で他者を殺している。
そんな事の繰り返しによりその顔は以前の面影が無くなる程に歪みきっており、恐らくは家族すらもその変わり様に見分けが付かなくなっているだろう。
すると男の思考を遮る様に何者かの思考が割り込んで来る。
しかし、それに不快感は無くむしろ喜びすら感じ、ここに入れられて初めてその動きが止まった。
『我が力を受けし者よ。自由を望むか?』
『誰でも構わん!自由をくれ!』
『ならば我に贄を捧げよ。一度は捕らえたが逃げてしまった我が贄を。』
『その者を俺が捕えて見せる。だから俺に力を!』
『ならばお前に更なる力を与えよう。我が生み出した配下を連れ、再びあの娘を捕えるのだ。』
そして男は闇に包まれ気が付けば見知らぬ場所に立っていた。
姿も以前とは大きく変わり身長は2メートルを超えて肌も紫へと変化している、
脂肪に包まれていた体には発達した筋肉が脈動し、今までに感じた事のない充実感が心を満たしていた。
しかし、最も変化があったのはその精神である。
『さあ行け、我が僕よ。』
「畏まりました我が主。クラタ アズサを貴方様の許へと連れて参ります。」
すると周囲から同じような姿をした魔物が集まり始めた。
その数は50に達しており、まるで訓練された兵隊の様に声すら出さずに整列をしていく。
そして一つの隊列を形成するとまるで道が分かっているかのように迷う事なく入組んだ道を進み地上を目指して歩き出した。
しかし魔物たちの誰もがそこが第三ダンジョンの30階層であると言う事は知らない。
彼らは指揮官である魔物に従い、忠実な僕として辿り着いた階段を上って行く。
そしてこの日、病院に収容されていた自衛隊員全員の姿が消え、その全てが行方不明とされる事件が起きたのだった。
それから時間は進みダンジョン内の5階層ではこのダンジョンに突入した覚醒者たちが戦闘を行っていた。
しかし、このダンジョンではアンデットが多く戦闘よりも環境に苦労している。
1階層 人型スケルトン
2階層 人型ゾンビ
3階層 犬型スケルトン
4階層 犬型ゾンビ
5階層 オーガスケルトン
その関係で見た目と臭いが酷く、彼らの精神力はガリガリと削られていた。
これがもしゲームの様に画面の前で仮想の敵を倒すだけなら問題にすらならないだろう。
慣れれば鼻が麻痺して耐えられないでもないと言っても、臭いの少ないスケルトン系と臭いの激しいゾンビ系が交互に設置されている事が問題である。
臭いに慣れても次の階層で鼻が戻り、また臭いに慣れないといけないからだ。
そのため、このダンジョンに関して言えば空気の浄化作用がマイナスへ働く結果をもたらしていた。
もしこの隊を指揮する者が変な拘りさえ見せなければ精神の消耗も最小限で済ませることが出来ただろう。
下に降りる為のマップを使い最短距離で駆け抜けたり、マスクの手配も出来たからだ。
しかし、そのツケは次第に不満と言う形で現れて彼らに襲い掛かっていた。
そして仲間の不満を爆発させないために隊員の1人が声を上げる。
「なあチャールズ。そろそろ帰ろうぜ。やっぱり日本側の支援を受けるべきだ。」
「黙れメルト!これくらい耐えられなくてどうする!それに俺は昔から奴らの事が嫌いなんだよ!」
「おいおい、そんな事を言ってる場合じゃないだろ。」
チャールズはこの隊の隊長で行動の決定権を持っている。
そしてメルトは副隊長だが決定権は無く、進言は出来ても指示には従うしかない。
しかし密かに他のメンバーの意思を確認して同意のうえで相談を持ち掛けていた。
「だがそんな事を言っているのもお前だけだぞ。前衛で戦っているダイナとフーバはもちろん後衛と言っても女性であるアンジェとレイチェルも厳しいと言っている。探索は今日だけじゃないんだから今回の情報を持って帰って対策すれば良いだろう。」
するとチャールズは周囲に視線を向けると自分以外の全員から睨まれているのに気が付いた。
それを知りハッキリと表情を歪めると勝手な事をしたメルトに対して怒りの感情を抱いた。
「勝手な事をしやがって・・・。」
「何だって?」
「勝手な事をするなと言ったんだ!隊長は俺だぞ!」
しかしそんなメルトの言葉にチャールズは爆発して声を荒げた。
メルトはその突然の豹変に驚きくと目を見開いて言葉を失ってしまう。
「お前達は駒だ!俺の言う事を聞いて従っていれば良いんだよ!だから勝手に考えるな!勝手に動くな!常に俺の命令に従え!」
「おいおいマジかよ。本気で言ってるのか?」
「こんな最低な奴だと思わなかったわね。」
そして周りからの視線は更に冷たくなり今まで抑えていた不満が吹き出し始めた。
それがチャールズを更に苛つかせ怒りに顔を染めさせる。
しかし、そんな中で寡黙に周囲の警戒をしていた剣士のダイナが異常を見つけて声を上げた。
「お前ら喧嘩は後にしろ。おかしな敵が現れたぞ。」
それによって全員がいったん言い争いを止めると指摘された方向へと視線を向ける。
するとそちらからオーガの群れが近付いており明らかな異常を感じ取った。
「お前ら行くぞ!敵はたかが5階層のオーガだ!」
「待てチャールズ!ここの階層では既にオーガスケルトンを確認している!それなのにオーガが居るのはおかしいと思わないのか!」
「何を言っているんだ!稀に上位の個体が居るのは確認されているだろう!」
しかし、そう言った場合でも現れるのは1匹だけで群れで現れた事は一度も確認されていない。
しかしチャールズは先程の言い争いから自身に反抗するための口実にしているのだろうと受け取ってしまった。
「命令を無視したらどうなるかお前らも知っているだろう!上に報告されたくなければ俺の命令に従え!」
しかし、それでも他の5人は誰も動こうとはせず、冷静に考えてオーガの数が多過ぎる。
しかも初めて訪れたダンジョンにおいての不意の遭遇となればここで取る行動は撤退しかありえない。
そしてメルトは望みを掛けて最後の進言を行った。
「それでもだ!ここは撤退するべきだろ!」
その目は既にチャールズではなくオーガへと向けられており、こうして話している内にも次第に距離は近付きつつある。
しかしメルトの思いは伝わる事なく、チャールズは武器を手にすると1人で走り出した。
「腰抜け共め!俺が倒して証明してやる!しかし、覚えておけよ!ここから出たら貴様らの事は国に報告させてもらうからな!」
「止すんだチャールズ!」
しかしチャールズは足を止める事なくオーガへ向かい斬り掛かった。
勢いを付けての上段からの斬り下ろしは見事なものでメルトたちの誰もが魔物を一撃で切り捨てる所を想像してしまう。
「死にやがれーーー!」
「ガアーーー!」
しかしオーガは剣に対して手から鋭い爪を伸ばしようやく動き始めた。
するとその初動の遅さに確実に仕留められるタイミングだと勝利を確信したチャールズの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
だが、その直後にその顔は驚愕に染まり、間に合わないと思った爪と武器が交差すると瞬間的に火花を散らせた。
そして一瞬の均衡もなく剣は切り裂かれチャールズ自身も爪にとって複数に切断されてしまい地面へと落下する。
その全てを目撃しチャールズが死んだことで指揮権が移った事に気付いたメルトは即座に行動に移した。
「全員撤退しろ!絶対に振り返るな!」
その叫びに他の4人は一斉に走り出し上の階層へと続く階段へと向かい始めた。
しかし、命令を出したメルトはその場でオーガを待ち構え一歩も引かずに武器を構えている。
「何をしてるの!」
「良いから走れ!誰かが犠牲にならないと足の速いアンジェはともかくレイチェルは追いつかれる!」
そして魔物の中には女性を性的に嬲り殺す種も存在し、既にアメリカでも初期の頃に敗れた覚醒者が数人犠牲になっている。
そしてオーガはゴブリンと同じくその種に当たり、メルトにとっては看過できなかった。
「メルト!」
「生きろレイチェーーール!」
メルトは間合いに入ると同時に、愛する者の名に気合を乗せて全力の1撃を振り下ろした。
しかしそれは相手の体に傷すら付けられず、剣は弾かれてしまい巨大な拳がその身へと襲い掛かる。
「ガハッ!」
「ゲガガガガ!」
殴られたメルトは肋骨を何本も粉砕され、口から大量の血を吐き出した。
しかし攻撃はそこでは終わらず腕を掴むと容赦なく握り潰され、更に力を籠めると肩から先を引き千切われる。
「あーーー!!」
「メルトーーー!」
そして戻ろうとするレイチェルを周りが引き留め、無理やりにでも引き摺って行く。
しかし、暴れて言う事を聞かない彼女にダイナは声を荒げた。
「アイツが誰の為に命を懸けたと思ってるんだ!」
「嫌よ!今から行けばまだ助けられるわ!この手を放して!」
そして時間が無いと判断したダイナは容赦なく当て身によって意識を奪うと肩に抱えて走り出した。
後ろでは今もメルトの悲鳴とオーガたちの汚い笑い声が聞こえてくる。
この僅かな時間に距離をとらなければ奴らの強さならば簡単に追いつかれてしまう。
通常の思考で考えるならここでレイチェルという荷物を捨てるのが最も生き残る確率は高い。
しかし仲間の最後の望みとしてダイナは不利になろうとも彼女を連れ帰る決意を固めた。
例え次に嬲り殺されるのが自分になったとしても。
そして階段を上りきり外へと向かっている最中にダイナは横を走るフーバへと声を掛けた。
「フーバ。」
「なんだ?」
「後の事は頼んだからな。」
「・・・分かった。」
既に悲鳴と笑い声が聞こえなくなっているが代わりに後ろに迫る気配と足音が耳へと届いて来る。
これが恐怖による幻聴、又は遠ざかっていればダイナもこんな事は言い出さないだろう。
しかし、周囲を走る仲間の青褪めた顔や、次第に確かな物へと変わり始めている振動が本人の思いとは裏腹に現実だと理解させる。
そしてダイナは肩に担ぐレイチェルをフーバに任せ、その場で足を止めた。
「お前らは生きてくれよ。」
その瞬間、アンジェは足を止めてダイナの許へと駆け寄り首に腕を回すと有無を言わせず口を押し付けた。
それにはダイナ自身も驚きに目を見張り身動きが取れなくなってしまう。
するとされた時とは違い離れる時には唇は緩やかに遠のき、目の前には彼女の赤い顔が映し出された。
「こ、これはいったい・・・。」
「女から言わせないで。必ず助けを呼んでくるからね。」
この助けに来ると言う言葉に生死は含まれていない。
ここに残ればどうなるかを彼らは仲間の犠牲と一緒に十分に理解しているからだ。
そして悲痛な表情へと変わってしまったアンジェに笑って欲しくてダイナは慣れない冗句を口にする。
「ああ。なら、目覚めも御姫様のキスで頼む。」
「馬鹿・・・。」
それだけ言って2人は分かれアンジェは走り出した。
その背を見送ったダイナの胸には熱い思いが湧き起り、今ならあの時に残ったメルトの気持ちが手に取る様に分かる。
そして少しでも時間を稼ぐためにメルトは数少ない手榴弾を手にすると安全ピンを抜いて構えオーガに向かって逆走して行った。
「アンジェーーー!」
『ドゴーーーン!!!』
その振動は前を行くアンジェまで届きその目からは悲しみと決意の涙が流れる。
そして地図を頼りに3階層へと到着した彼らはそこで足を止めさせられた。
「くそ!魔物が復活してやがる。」
「良いから走りなさい。魔物は私がどうにかするわ。」
弱い魔物と言っても人を一人抱えていては剣を振るのにも支障が出る。
そこでアンジェが魔物を担当し僅かに足を遅めながらもダンジョンを進んで行った。
すると後方から重い足音が聞こえ始め、2人は顔を見合わせた。
「俺が残・・・。」
「駄目よ。私だとステータスが足りないから外まで担いで逃げられないわ。・・・あなたが逃げるのよ。」
「し、しかしアンジェ!」
「良いのよフーバ。覚悟は・・・出来てるわ。」
しかし覚悟が出来ているからと言って悲惨に死ぬ事に対して恐怖が無い筈はない。
その証拠に彼女の顔からは血の気が失われ、歯はその意思に反して震えている。
「・・・すまない。」
そして苦渋の表情を浮かべたフーバはアンジェに合わせていた速度を上げて一気に距離を開けた。
それを見送った彼女は小さく苦笑いを浮かべるとその場で足を止める。
「さあ来なさい化物共!」
そして、次第に迫るオーガの群れに体が震えは大きくなり、手は杖を強く握りしめて白く変色している。
しかし突然ダンジョンの奥から何かが投げつけられ、それを体に受けたアンジェは大きくバウンドして後方へと弾き飛ばされた。
「いったい・・・何が・・・?」
そして、ぶつかった物を確認するためにそちらへと目を向けると血塗れのダイナが倒れていた。
それを見てアンジェは無意識にポーションを取り出して駆け寄り生死を確認する。
「・・・生きてる!」
すると急いでポーションを飲ませるとその体は回復しダイナは目を覚ました。
それによって彼女は表情を緩め、目を覚ましたダイナは逆に絶望の表情を浮かべる。
「すぐに逃げるんだアンジュ!アイツ等は普通のオーガじゃない!」
「え?」
しかし、その反応を見せた時には既に遅く、アンジェは突進してきたオーガの手によってその体を拘束された。
そして強烈な握力によって体は握り潰されると上半身の至る所の骨が砕ける音が聞こえてくる。
更に肺から絞り出された空気と一緒に大量の血が口から流れ落ちた。
「ゴボッ!ガハ!」
「アンジェ!クソ、アンジェを放しやがれ。」
それを見て怒りに満ちたダイナはそのオーガへと向かって行った。
しかし武器を持っていても勝てない相手に素手で敵う訳がない。
ダイナは拳の1撃で地面に沈められると上からオーガによって抑えるけられた。
「ダ、ダイナ・・・。」
このままなら肺からの出血によって程なく窒息するか出血によるショックで死ぬ事が出来るだろう。
しかし、オーガはアンジェの腰に付いているホルダーからポーションを取り出した。
「ゴホッ。まさか・・・。」
オーガは手にしたポーションを乱暴に開けると彼女の口へと無理やり押し込んだ。
その時に割れた瓶の先端が口や頬を斬り裂くがオーガはそんな事は気にした様子はない。
そしてポーションを飲んでしまったアンジェに絶望の表情が浮かぶ。
「そんな!魔物がポーションを使うなんて。」
「ガハハハハ!」
「アンジェ、魔法を使うんだ!」
「は、そうだわ!『業火よ!』『業火よ!』『業火よ!』」
アンジェは恐怖に震える口で3度火球を生み出しそれをオーガへと放った。
その火が髪を焦がし、肌を炙ろうと助かるためには躊躇する訳にはいかない。
しかし体を掴んでいる手は緩む事は無く、炎が消えた先には焦げ目すらないオーガの顔が再び現れた。
「な、なんで。魔法が通用しない・・・。『業火よ!』『業火よ!』『業火よ!』『業火よ!』お願い効いて!!」
アンジェは半狂乱になりながら魔法を放ち僅かな望みに縋る。
しかし既に全力で放てる魔法も限界に来ており体力も残り少なくなっていた。
これでダメなら打てる手は失しなわれてしまいオーガに弄ばれる未来が残っているだけだ。
それに、もしオーガに犯されながらポーションを飲まされれば最悪の事態が起きるかもしれない。
奴らの性器は体に比例して人間よりも遥かに大きい。
そんなモノを入れられれば確実に体を破壊されるだろう。
しかし、犯されながらポーションを飲まされれば体がそれに対応してしまうかもしれない。
そうなればもう生き返ったとしても愛する者の子供を一生産めないだけでなく、人としての正常な形状すら維持できなくなるかもしれない。
ただ、これに関しては確かめた者が居らず、知らないと言う事が彼女の中の恐怖を更に大きくしている。
その恐怖が彼女の中で渦を巻き既に失われているはずの希望に縋り付かせた。
「ゲギャギャギャギャ!」
しかし、炎が消えてもそこには汚い声で笑うオーガが現れるだけでダメージらしいものは見当たらない。
アンジェはその姿に心臓を鷲掴みにされた様な衝撃を感じ、最後の抵抗として体を激しく動かした。
すると不意にその手が緩み、地面に落ちた彼女は受け身も取れずに尻餅をつく。
だが、その直後に今度は無理やり地面に押さえ付けられ、オーガの手は邪魔な存在である服を破壊してく。
「イヤーーーー!」
「ゲガガガガ!」
しかし、叫びはオーガの笑い声によってかき消され、その股からは人では到底受けられない大きさのものが姿を現す。
オーガはそれを見せつける様に手にするとアンジュへと迫って行った。
そして、もうじき訪れる痛みと絶望に耐えるために彼女は体を強張っらせて目を瞑ると同時に愛する者を思い浮かべた。
「ダイナ、ごめんなさい・・・。もっと早くに素直になってれば。」
そして傍に居るダイナもその光景を見せつけられ叫び声をあげるが魔物はそれに笑いを返すだけだ。
しかし次の瞬間にはこの状況に似つかわしくない落ち着いた声が発せられる。
「間に合ったみたいだな。」




