85 旅行 ②
俺達は数時間の運転を終えて目的地へと到着した。
ここは日本海の傍にある温泉地で以前にも来た事のあるホテルだ。
その時には食べ放題でもないのに女将が凄い量のカニを出してくれるものだから半分以上も余らせてしまい申し訳ない事をしてしまった。
しかし、ここなら我らがフードファイターの2人もきっと満足してくれる事だろう。
そして車から降りてホテルのロビーに向かうと艶々した顔のツバサさんと、ちょっと疲れた顔のアンドウさんが待ち構えていた。
どうやら、この機会に2人はデートを楽しめた様けど、そんなアンドウさんが俺を見て溜息を零した。
「ちょっと困った事になった。」
「ハハハ、どうしましたか?もしかして2人の関係がバレたとか。」
「いや、そんなヘマはしない。それよりも第三ダンジョンだ。アメリアから来た覚醒者が明日には入るそうなんだがな。」
「そう言えば、あそこは他国に任せるんだったな。始めて入るダンジョンならじっくりと攻略するために日本と合同で入れる今の時期がベストだろう。」
言葉が通じるのだから魔物の種類やマップなどの情報の引継ぎは問題がないはずだ。
それに少数とは言え経験者である日本の覚醒者と一緒に戦えば細かな注意点などの説明も聞ける。
でも、それでどうして困った事になっているんだ?
「実は相手が我々からの情報提供を拒否したのだ。そんな攻略本みたいな物は要らないとな。」
「そいつ等は馬鹿か?」
「そいつ等と言うよりもその指揮官だな。あちらが送り込んで来た部隊は隊長が全ての決定権を持っているそうだ。今までは人数が多くてそれでやって来れたのかもしれないが日本では何かあっても助けはすぐに出せない。全滅して未回収にでもなれば責任問題になる。」
そこでそんな人間を送り込んで来た相手が悪いと言えないのが日本の弱い所だろう。
そうなると俺達へと救出依頼が回って来るのは確実だ。
政府としてもそんな事になるくらいなら早めに手を打ちたいのだろうけど、残念だが今は使用につき時間がございません。
「それで、それを言って来るという事は、何か行動に移せって事か?」
「その通りだが交渉して何とか1人だけ同行者を認めさせた。しかし、臨機応変に行動するには第三ダンジョンの覚醒者では心許ない。」
「それで、俺達の誰かって事か。」
「正確にはお前だな。あちらから一番真面そうな奴を見つけて協力者にしたらお前の名前が出た。」
「まさか、そいつの名前は・・・。」
「久しぶりだな戦友。オーストラリア以来じゃねーか。」
すると急に入口の方からから声が響き、振る向くとそこにアーロンが立っており元気そうに手を振っていた。
どうやら一番真面と言うのはアイツの事らしい・・・。
「コイツが一番真面だったのか?」
「ああ・・・残念な事にそうなんだ。」
これはアンドウさんも頭を抱えるはずでコレで真面と言うなら他の奴はどれだけ酷い奴らなのか。
まあヘリは操縦できるし打ち解ければ真面な奴だとは思う。
恐らくは覚醒者で軍人と言う事で今回の遠征班に組み込まれたのだろう。
「それでアーロンもダンジョンに入るのか?」
「まあな。でも指揮権は俺にはねえから問題ん解決には役に立てねーぞ。」
「それともう一つ聞くけどお前は何階層まで潜った事がある?」
「俺みたいなポッと出は本国だとダンジョンなんて入れねーよ。今は後方支援とかが仕事だな。」
「・・・悪い。もう一つ聞きたいんだけど。」
「何だ。今日はやけに真面だな。」
「俺は前からこんな感じだ。・・・お前から見て今回一緒の奴らを見て強いと思えるか?」
「ハハハ、あたり前の事を聞くなよ。雑魚に決まってるだろ。」
「そうだよな~・・・。」
俺もそれには賛成だ。
オーストラリアでの最後の戦いは本当に厳しい物だった。
アレを生き抜いたアーロンなら装備を整えて挑めばソロでも15階層は行ける。
それに比べてアメリカはいまだにパーティを組んでも14階層辺りを彷徨っているらしい。
しばらくのブランクがあったとしてもあの時に得た大量の魔石と経験値を簡単に抜けるものではない。
ある意味ではアンドウさんの目は正しかったとも言える。
そして俺は周囲を見回すとまずは父さんに声を掛けた。
「ゴメン父さん。そう言う事だから予備の装備をコイツに渡してやってくれない。」
「仕方ないな。まあ、あの鰐も月に1度は現れる事が分かったから新調すれば良いだろう。」
あの後に巨大鰐とエントも1ヶ月ほどで新しく現れた。
それによって素材が再度確保できるようになったので日本に居る他の覚醒者たちの装備も整えられるようになった。
そして父さんはジャケットやジーンズをはじめとした服に加えて手甲や脚甲も渡している。
アーロンは体つきは良いけど父さんと同じ位だから助かった。
「それと、これらのアイテムを装備しとけよ。相手はアンデットだからな。」
「なんか次々に出て来るな。お前ら毎回こんなに装備してんのか?」
「今回は対アンデット用の装備だ。銀製品はアンデットへのダメージを増やしたり逆に受けるダメージを軽減してくれる。後・・・リクさん。剣を良いですか。」
「まあ、これは古い奴があるから良いぞ。一つ前の奴だけどな。」
ダンジョンを深くまで進むと敵の武器も強化される。
毎回作り直すと大変なので武器に関しては一度新しく作り直しただけで、今渡されたのは最初に試しに作った時の試作の大剣だ。
かなり大きく肉厚だけどリクさんも最初から扱えたのでアーロンでも大丈夫だろう。
「うほー!ゴツイのが出て来たな。お前ら本当に世界トップクラスなんだな。」
「それは良いから使えそうなのか。もしダメなら別の武器にしないといけないぞ。」
その場合は俺の持っている鹵獲品の剣になるだろう。
でもこれだと性能が半分近く落ちるから出来れば扱えて欲しい。
「何言ってやがる。これくらい使えないと男が廃るぜ。」
そう言って何度か振って見せてくれるので問題は無さそうだ。
ただ、こんな事をいきなりすれば驚くのはここのホテルにいるスタッフたちだ。
彼らはこちらにやって来て声を掛けて来る。
「困りますお客様。そのような大きな物を振り回されては他のお客様のご迷惑になります。」
「ああ、そうかすまねえな。俺はもうじき出て行くから勘弁してくれ。」
「畏まりました。くれぐれも周りに居るお客様のご迷惑にならない様にお願いします、」
どうやら彼からするとこれらの物がコスプレ衣装か何かだと思ったようだ。
そうでなければ軽く100キロを超える金属の剣を振り回して驚かないはずはない。
それにあまり迷惑を掛けると泊まれなくなるのでそろそろ話を終わらせる事にした。
「それじゃあ明日から頼むな。飯を食べたらアンドウさんと一緒にそっちに向かうから。」
するとアーロンは何故か首を傾げアンドウさんに視線を向ける。
なんだか嫌な予感がするんだけど気のせいであって欲しい。
「アンドウの旦那。こいつに時間帯を言ってねえのか?」
「いや、明日からと伝えてはいたんだが。」
「まあ、確かに日付の上では明日だろうけどよう。潜るのは今夜の0時からだぜ。これから向かわねーとここからじゃ間に合わねーよ。」
ここに来るまでに寄り道を沢山したので既に日は沈みかけている。
それなりに距離があり町中を行くなら数時間は掛かるだろう。
「仕方ないな。それじゃあアンドウさん行こうか。」
「何を言っているんだ。俺は監視の仕事があるからここに待機だ。向こうには別の人員が居るからそいつに言えば問題ない。」
なんだかアンドウさんの顔が一瞬笑って見えたのは気のせいだろうか。
それに周りを見れば既に残っているのは俺の車で来たメンバーだけだ。
ただしユカリは既に父さん達に連れられて受付に向かっている。
当然、我が家の愛犬のリリーも一緒でそれに続くようにオメガも続いているので、これは完全にハメられたと言っても良いだろう。
そして残っている中ではアズサは心配そうに、アケミ、ユウナ、オウカは残念そうな顔をしている。
俺は出かける前にせっかく残って見送ってくれる4人へと声を掛けた。
「それじゃあ行って来るよ。」
「行ってらっしゃい。ちゃんと帰って来てね。」
「せっかくお兄ちゃんと相部屋になったのに。」
「残念です。せっかく家族風呂の一つを予約しておいたのですが。」
「頑張って催淫香を使えるように・・・ゴホン。お気を付けて行ってらっしゃいませ。」
「おいオウカ。最後に何を言おうとした!」
「気のせいでしょう。私は催淫香などとは言っておりません。」
もしかするとここに泊ってたら俺はかなり危険だったのではないだろうか。
何故か飢えた猛獣を前にしている様な危機感を感じてしまう。
「日本の女はもう少し慎ましいって聞いてたけどなあ。」
「いや、普段は慎ましいぞ。ほらアズサとか特に・・・。」
どうしてそこで視線を逸らすのかな。
そして、どうして残念そうに連れ立って去って行くんだ。
俺はとても大きな溜息をつくとアーロンに視線を戻した。
「アレを日本の基準にするなよ。」
「ハルヤ1つ言っておくぞ。」
すると真剣な顔をしたアンドウさんが話に入って来た。
そこには先程までの緩んだ雰囲気はなく、まるでこれから戦いに行く戦士の様だ。
きっと最後に大事な伝言でもあるのだろう。
「女もケダモノだぞ。」
「そんなの真顔で言うんじゃねえ!」
すると受付をしていたツバサさんがやって来てアンドウさんを無理やり立たせると腕を絡めるようにして力任せに歩き始める
どうやら、あちらは猛獣の檻にご案内されるようだ。
「もう、マサト。早く行かないと監視が出来ないわよ。」
「ああ、すまない。すぐに行くよ。あ~仕事が忙しいぜ。」
「今夜は寝られそうにないわね。」
「ハハハ、お手柔らかにな。」
そう言って凄く楽しそうに他の皆の許へと向かって行った。
あんな楽しそうな顔は初めて見たけど本当に笑うんだなと思ってしまう。
俺はその背中を見送ると再びアーロンへと振り向いた。
「それじゃあ行くか。」
「す、すまねえな。家族の時間を潰しちまって。」
「気にするな。問題が起きれば全員の時間が潰れる事になる。俺1人で済むならそれに越した事は無い。」
「お前って漢だな。」
「それじゃあ仕事の時間だ。」
意識を切り替えて馬鹿の相手をしに行くとしよう。
そして外に出るとアーロンと共に1台の車に乗り込むと、そこには日本人の運転手が居てこちらに頭を下げて来る。
「今回は突然お呼び出しして申し訳ありません。」
「気にしなくても良い。それよりも早く向かいましょう。この間にも予定を早めて勝手に突撃しているかもしれません。」
「そうですね。分かりました。」
そう言って運転手の男性は車を走らせ始めた。
俺はダンジョンまでの道を知らないので誰かに案内してもらわないと目的地まで辿り着けない。
てっきりアーロンが運転するのかと思っていたけど、確かアメリカで免許を持っていても日本で運転するためには国際免許証とかいうのが必要なんだったかな。
オーストラリアは非常時だったから運転を任せたけど、日本ではちゃんと運転は控えているみたいだ。
その後4時間ほど車を走らせ21時になる前にはダンジョンに到着する事が出来た。
これならダンジョンに入る前に夕飯くらいは食べられそうだ。
そして車から降りようとすると誰かが此方に駆け寄って来るのが見え、アーロンは車から降りると手を振って応えた。
「今帰ったぞー。助っ人も一緒だー。」
「アーロンさん大変です!」
「何かあったのか!?」
「はい!彼らが時間を切り上げて出発してしまいました!そろそろ突入して2時間になります!」
「そうか分かった。ハルヤどうするんだ!?」
するとアーロンは素早く状況を整理して俺の意見を聞いて来る。
通常なら装備を整えて急いで追いかける場面だろう。
しかし俺は夜にカニを食べるためになるべく買い食いを控えて、我慢して耐えてあの場に居たのだ。
だからまずは飯を食わせてもらおう。
「それならまずは飯を食わせてくれ。準備をそれからだ。」
するとアーロンからは力強い頷きが帰って来る。
流石、俺の事を戦友と呼ぶだけあって分かっているようだ。
しかし報告に来た少年は俺の声を聞くなり表情を強張らせ震えはじめた。
「ま、まさか・・お前は!?」
俺は車から降りると声の震えている少年に視線を向ける。
しかし顔に見覚えが無いので誰かと勘違いしているのではないだろうか
「何処かで会ったか?」
「そんな事を言ってやるなよ。オーストラリアじゃ蟻相手に肩を並べてただろ。」
俺が首を捻っているとすかさずアーロンが分かりやすい説明をしてくれる。
ただ、あの時に居た人数は確か8人くらいだったけど印象に残っているのはあの時に反抗的だった少年の腕を切り落としたことくらいだ。
でも腕は覚えているけど顔までは覚えていないな。
「ん~と・・・あの時に8人いた奴らの1人かも?」
「8じゃねえよ6人だ!それにどうして腕を切り落とした奴の顔すら覚えてねーんだよ!?」
どうやら最初から記憶違いをしていたようで人数すら違ったようだ。
そしてようやく記憶が呼び起こされ、あの時の事が頭に浮かんでくる。
「あ、ああ。あの時コボルトのボスと戦って泣いてた奴か。」
「泣いてねーし余計な事を思い出すんじゃねえ!」
「そんな事よりもどうしてここに居るんだ?お前らは4月から俺の所で訓練を受ける筈だろ。」
「ここへは荷物持ちで派遣されたんだよ!それにあの後全員がアイテムボックスを取らされたんだ。まあ、おかげで後方で安全に楽させてもらえるけどな。」
「ふ~ん。それは良かったな。」
それなら、あれから3ヶ月近くもまともな戦闘はしていないということになる。
それは鍛えがいもありそうだけどコイツ等は早速ダンジョンに叩き込む事にしよう。
「それで他の奴らも来てるのか?」
「ああ、全員来てるぜ。それよりもお前がどうしてアーロンさんと一緒に来てるんだよ!」
なんだか俺とアーロンで凄い態度が違うな。
何て言うか、先日のアケミの卒業式で見た不良少年の子分たちみたいだ。
もしかしてアーロンはこう見えて意外と面倒見が良いのかもしれない。
「もしかして、アーロンがコイツ等の面倒を見てるのか?」
「まあな。俺はヘリのパイロットでもあるからコイツ等を運ぶのも仕事の内だ。覚醒者同士だし今は一緒の窓際族ってところだな。」
「なら飯を食ったら最初にお前らの実力を見せてもらおうか。」
「ちょっと待てよ!俺らを数に入れるんじゃねえ!」
どうやらしばらく戦いから離れていたせいで牙が抜け落ちてしまっているので精神から鍛え直す必要がありそうだ。
これならオーストラリアで命令違反の末に死んだ時の方がまだ良かった。
あの時には戦意だけは持っていたから愚直でも戦う意思を見る事が出来た。
仕方なく俺は刀を取り出すとそれを抜き放ち少年へと向ける。
「今回は首が飛ばされたいみたいだな。良いからまずは全員をここに呼んで来い!」
「飯の後じゃないのかよ。」
「気が変わっただけだ。お前らを半殺しにしてからじっくりと飯にすれば良い。」
すると呼ばなくても騒ぎを聞きつけて他の奴らも集まって来るので、どうやら今も仲は悪くないみたいだ。
「久しぶりだなお前ら。」
「ぎゃーーー!」
「出たーーー!」
すると殆どの奴がお化けでも見た様に顔を青ざめさせると叫び声をあげた。
どうやら仲が良いのは人間関係だけでなく、戦闘面においても同じのようだ。
「これはかなりの重傷だな。」
「まだ怪我はしてない様に見えるぞ。」
「これから精神を叩き直して代わりに体が重症になるんだよ。それよりも早く構えないと本気で殺すぞ。あの時と違って蘇生薬は大量にストックがあるからな。死にたくない奴から掛かって来い。最後に来た奴はもれなく死んでもらう。」
「ヤバイ!アイツはやると言ったら必ずやる奴だ!」
「だからここに来たくなかったんだよ!」
「何を悠長な事を言ってるのよ!1番手は私が貰ったからね!」
「狡いぞ!一斉にかかれば全員が1番手だだろう!」
そう言って全員が一斉に飛び掛かって来るけど、それはお前らの考えであって相手がそう思っているとは限らない。
「全員が一番って事は全員がビリでもあるんだよな。」
「「「「「「な!」」」」」」
俺は予告通りに容赦なく全員の首へと一撃を入れて胴から切り離した。
そして、ほとんど同時に頭が地面へと落下し、血を吹き出しながら体が地面へと倒れる。
「やっぱりお前はクレイジーボーイだな。」
「日本に帰ってからも良く言われるよ。」
その後、俺は彼らが完全に死ぬのを待ってから体と首を重ねて蘇生薬を使い生き返らせた。




