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84 旅行 ①

卒業式のその日に家にはアンドウさんがやって来た。

そして開口一番に俺へと言葉を駆けて来る。


「面白い事をやったな。」

「面白いんじゃなくてお仕置な。」

「まあいい。今日の問題は簡単に終結したからな。子供とは言ってもあからさまな殺人未遂で目撃者も多い。相手も喜んで納得してくれたよ。」

「それは良かったな。それで、今日来た用件はそれだけか?」


この人がこの程度の事で一々ここまで来るはずがない。

穏便に終わったというなら電話で終わらせるだろう。


「それに関してだが数日後にお前たちが行く旅行についてだ。」

「まさか中止しろとか言わないよな?」

「いや、今回の件もあって同行者として監視を付ける事になった。」


俺はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。

アズサもだけどアケミとユウナも楽しみにしているし、ハルアキさんが戻って来てからは初めての旅行になる。

色々な祝いを兼ねた計画なので中止にするとなると皆が落ち込むのは避けられないだろう。


「それで誰を同行させるんだ?いつものツバサさんか?」

「ツバサは女性陣の監視として同行する。そして男は・・・。」


その瞬間アンドウさんの顔があからさまにニヤついた。

これは悪い笑みではなく本当に嬉しそうな、そんな笑い方だ。


「この俺が同行する事になった!」

「なんだか職権乱用した気がするのは気のせいか?」

「そんな事はないぞ。俺以外は殆どの者が有休を消化しているし今年に入って休みを取っていないのは俺だけだから妥当な選択だろう。それにこれも仕事なんだから公私混同は慎むつもりだ。」

(それをいつものキリっとした表情で言えば説得力もあるんだけどな。)

「ところで部屋はどうするんだ?」

「公費削減の為にアイツとは相部屋だな。」

「旅行してていつもの仕事顔だと怪しまれないか?」

「そこは溶け込むために満喫している様に見せかけるだけだ。」

「それって普通の恋人同士の旅行と何が違うんだ?」

「おそらく何も変わらんだろうな。まあ、緊急事態が起きれば別だがそんな事は絶対に起こすなよ。」


すると最後だけ凄く真剣な顔で言われてしまった。

そういえば職場内での恋愛は禁止とか言ってたから、こんな事でもしない限りは一緒に旅行も出来ないのだろう。

ここは男として温かい目で見守ってやろうじゃないか。

それに顔も知らない相手が同行されると俺達はともかく、アズサとアイコさんが楽しめないくなる。


「それなら今回の温泉旅行には2名追加だな。」

「ああ、それと俺達は少し遅れて合流するから最初は好きに動いても良いぞ。」

「場所を見失ったりしないのか?」


観光地と言える程には人は居ないだろうけどそれなりに走り回る予定だ。

スマホがあると言っても合流は大変だろう。


「問題ない。お前らの車には発信機が取り付けられているからな。何処に行ってもすぐに見つけられる。」

「勝手に人の車になんて物を付けてるんだよ。」

「何を言ってるんだ。車が盗まれてもすぐに発見できて便利だろう。」

「・・・確かにその通りだな。」


なんだか言いくるめられている様な気はするけど俺自身も確かにと納得してしまっている。

ここはプラスに考えてアンドウさんの言い分に従っておくことにした。

旅行先で車を失うなんて御免こうむりたいからな。



その後、俺達は数日中に全ての準備を完了させて家の前に集合していた。


「忘れ物は無いか!」

「ワン!」


父さんの掛け声に応えたのは初めて旅行に同行するリリーだ。

残しても困る事は無いけど、それを言うと凄く拗ねてしまいそうなので連れて行く事にした。

それに伴って当然オメガも同行する流れになり、泊まるホテルもペットOKな場所だ。

ただし問題があるとすれば第三ダンジョンが近くにある事だろうか。

年末年始は自粛ムードだったために旅行者が少なく、偶然も重なって今日から宿泊する宿しか空きが無かったそうだ。

まあ、俺達は総勢で12人も居てプラスでペット可のホテルとなれば選択肢は自然と絞られてくる。

仕方のない事とは言っても少しの不安材料で延期にする訳にもいかない。


ちなみにアンドウさん達が後で合流するのはあちらのダンジョンの視察に行くそうだ。

遅れていたゲートが完成したらしいのでそれの確認や、そこで戦っている覚醒者の様子を見に行くそうだ。

あそこでは自衛隊がやらかしてくれたので他の2カ所に比べて神経を尖らせている。

素早く仕事を終わらせて早々に合流すると言っていたけど、俺達の監視も仕事なのでそれを忘れていないだろうか。

まさか行と戻りの観光スポットを周ってからという事はないはずだ。


そして車に乗り込み俺達は目的地へと向かって行った。

乗っているのは俺を運転手にアズサ、アケミ、ユウナ、オウカ、ユカリの6人だ。

土地神が土地を離れて良いのかと最初は気になったけど一時的に代役を立てたので大丈夫との事だ。

きっと先日来た毘沙門天様か恵比寿様が手を回してくれたのだろう。

何ともオタクな神様だけど有名なだけあって少しは役に立つみたいだ。


そして旅行と言えばその場その場で立ち寄った所での買い食いが楽しみの一つだろう。

俺達は朝食を取らずに車に乗り込むと高速道路に入って最初のパーキングエリアへと向かって行く。

そして到着するとすぐに車から降りて建物へと突撃して行った。


「ここは石窯で焼いたパンが人気なのよ。久しぶりに来るから私達の顔も覚えられていないはず。」


どうやら既に何かをやらかした後の様だ。

ただ、ここのパン屋は個人経営ではないので人の入れ替わる事もあり、久しぶりなら問題ないだろう。

そして中に入ると多くの人がパン屋で列を作り、次々に出される焼き立てのパンをトレイに乗せて行る。

値段は少し高い様だけど石窯焼きと言う付加価値と旅行で財布の紐が緩んでいるのようだ。


そして列は順調に消化され俺達の番がやって来た。

すると我らがフードファイターの2人は俺達にトレーを配り、流れる様にしてパンを乗せて行く。

まさに買い占めるつもりかと思う程の量を取るものだからハルアキさんもその陰でタジタジだ。

こんな事をするから相手から出入り禁止を言い渡されるのだと早く気付いてもらいたい。

それでも一応は気を使っているのか少しは残している様だ。

ただ、次々にパンが焼けている様なので少しすれば補充されるだろう。


「アズサ、次もあるから程々にな。」

「アイコも周りに迷惑をかけてはいけないよ。」


そして2人を何とか納得させるとレジに並んで会計を始めた。

10人が山盛りのパンをトレイに乗せて来れば会計も大変だろう。

俺はこの日パンの会計だけで10万円を超すのを初めて目にした。


「あ、ありがとうございました。また・・・またのお越しをお待ちしてます。」


会計をしてくれた店員さんたちも俺達に微妙な視線を向けて来る。

今回はもう来るなとは言われなかったけど、あまりにも他のお客さんへ迷惑を掛ければ最終的には入店を断られる様になるだろう。

今後はしっかりと注意して1カ所で集中した買い占めをさせないようにしないといけない。


「それじゃあ、あそこで飲み物でも買って車に戻るか。」

「そうだね。お腹がペコペコで背中と引っ付いちゃいそうだよ。」

「ハハハ、アズサ姉に関してはそれはないよ。」

「そうですね。それよりも何でお腹と背中がもっと離れないのかが不思議です。」


2人の言っている事は最もだけど何でアズサはそこでショックを受けてるんだ?

ただ、これに関してはユカリですら分からないそうなので既に人体の神秘すら超越している。

もしかすると本当に宇宙と繋がっている四次元何たらみたいになっているのかもしれない。

まあ解剖して見る訳にもいかないのでこの話題は触れずにおこう。

そして車に乗り込んだ俺達は戦利品の分配を始めた。


「それで我のパンは何処じゃ。大きな甘煮のサクランボが乗っておる奴じゃ。」

「お前も家に来てから甘党になったよな。」

「良いではないか。神にだって楽しみは必要なのじゃ。それにあの地には甘い物が少なすぎるぞ。」


俺達の町は都会と言える程の場所ではないのでそういった店は少ない。

スーパーやコンビニなどにある市販の物だとユカリは満足しないので、こういった旅では甘い物を食い漁るつもりのようだ。

そしてパンの入った紙袋を漁っていたアケミがユカリのパンを見つけた様だ。


「あ、あったよ。これがユカリの分ね。」

「おお、感謝するのじゃ。」


そう言ってパンを受け取ったユカリは見た目相応に幼い顔で笑みを浮かべる。

そして他のメンバーも同じパンを手にすると包みを開いて食べ始めた。


「みんなお揃いですね。」

「揃って食べる甘味は格別なのじゃ。」


そして、いくつかのパンを食べ終えた頃になるとリリーとオメガの散歩も終わったようで電話が鳴り出発を知らせてくれる。

ここからしばらく走るので俺は手を拭いてハンドルを握りしめた。


「次は100キロほど先にあるドックランが目的地だな。」

「オメガとリリーを遊ばせるのね。」

「そうだな。特にリリーは車での長距離移動は初めてだからな。酔わないと思うけど定期的に散歩をさせてリフレッシュさせるみたいだ。」


ヘリでの長距離移動は経験あるけど陸路は初めてだ。

空とは揺れ方が違うのでこまめに休憩を入れる様に計画を立てている。

そして、俺達は車を走らせ次へと向かって行った。

道路は混んでおらず順調に進む事が出来たので1時間ちょっとで目的地へと到着する。

そして車を下りた俺達は犬たちが集まっている場所へと向かって行った。

見ると大小様々な犬が柵によって区切られたエリアを歩き回っている。

そんな中にリリーとオメガは優雅な足取りで入って行くと自由に歩き始めた。

すると周囲の犬たちの視線がリリーへと集まり一斉に動き始める。


「あら、この子が気になるのかしら。」

「良ければ仲良くしてやってください。」


リリーを連れているのは父さんだけど慣れた感じに犬同士の交流を進めている。

そして相手はシェパードの様で体格で言えばコーギーであるリリーの3~4倍はありそうだ。

そんな大型犬はリリーへと近寄るとその場に伏せをして平伏してしまった。


「あら、こんな可愛いワンちゃんなのに。」

「キュ~ン。」


しかし、その姿には凛々しさはなく、まるで甘える子犬の様だ。

更に周囲から集まって来た犬達も同じように平伏し、中には仰向けになってお腹を晒す者まで居る。

それを見て周りの飼い主たちも何かを感じたのか、最初は笑っていた顔が次第に引き攣り始めた。


「ワン!」


しかしリリーが一声あげると何でもなかったかのように散っていき平穏が戻って来る。

周りの飼い主は訳が分からず首を傾げてばかりのようだ。


「何だったのかしらね?」

「さあ、家のリリーはモテますからそれが原因かもしれませんね。」

「そうかしら?」


父さんも誤魔化すのが大変そうだけど、恐らくはリリーが選んだ職業である獣の統率者の影響だろう。

でも家の周りの犬たちは普段と何ら変わらないので気付かなかった。

ただ、こんな事が頻発しても大変なので父さんが後で何かを言っておくだろう。

その後はリリーとオメガも普通の犬を装ってドックランを満喫した。

しかし置いてあった高跳び台で2メートルの高さを飛び越えた時には周りの視線を再び集める事となった。

まあ、今のリリーなら余裕だろうけど、大型犬でもなかなか飛べない高さを飛ぶのは少しマズイ。

結果として俺達は早々に退散を余儀なくされてしまった。

アレに関しては父さん達が悪乗りしたのが原因なので叱られる事は無いだろう。


そして、ここで有料の高速道路を走るのは終わり、今度は無料のバイパスへと道を変えて走る。

ここの道には多くの道の駅に直結していて色々な物を見る事が出来る。

そして、最初の道の駅にあるのは名産のコンニャクを使た煮物だ。

この辺は山間部なために気温が低く、おでんの様に味付けされたコンニャクがとても美味しい。

これに関しては流石のフードファイターも早食いが出来ずに時間をかけて食べていた。


「あっつ!でもこれが美味しいのよね。」

「なんだかお酒が欲しくなる味だね。」

「お、ここの売店に地酒が売ってるぞ。これは買いだな。」


そして外の椅子に座って大人たちを待っていると、こちらをリリーがジッと見上げて来る。

俺が視線を向けると顔を逸らし、代わりに風になびいている暖簾に視線を向けた。

そこには地域特産ブランド比婆牛と書いてあり、どうやらあちらをご所望のようだ。

どうやら、リリーも旅を楽しむために先日の借りを返せと言っているようで再び視線を戻すとこちらをジッと見て来る。

コイツのおかげで運転免許が取れてこうして皆とドライブが出来ると考えれば安い買い物だろう。

そう思って俺は店に入るとお肉のコーナーへと向かって行った。

するとそこにはモモやサーロインなどの肉がパックに入れられてドンと置かれている。

中々のサイズと高級肉独特のサシの多さにこれなら納得してくれるだろうと幾つも籠に入れて行った。

1つでないのは単純に量で感謝を表しているからで、籠をもってレジに並んで購入するとそれをリリーの前に積み重ねる。


「これでどうだ!?」

「ワン!ワン!ワン!」


リリーは珍しく俺の買った物を貰って狂喜乱舞し、尻尾を激しく振りながらその場でグルグルと駆け回る。

そして周りで誰も見ていないのを確認すると素早く自分のアイテムボックスへと収納し普通の犬の様に振舞っている。

すると父さん達も買い物を終えた様で店内から姿を表し、リリーとオメガに声を掛けた。

しかもその手には先ほど見た物と同じパックが握られているおり、空かさずそちらへと駆け寄って行く。


「リリーこの肉は美味しいらしいぞ。テールを買って来てやったから帰って食べような。」

「キャン!キャン!キャン!」


するとリリーはその場で跳ねまわり、俺の時を上回る喜びを見せた。

ちなみにテールという部位は中心に骨の塊がありそのままだと人間が食べるなら大変な部位だ。

でも犬は骨と肉、両方が大好物なので父さんの選択は犬視点で正しい。

すると直後にリリーは俺に視線を向けると胸を張って大きくな鼻息を吐き出した。

まるで「お前はなってないわね」と言われたような気分だ。

しかし今回は先日のお礼なのでグッと我慢して耐える事にする。

こんな所で飼い犬とマジ喧嘩をしてもバカに思われるだけだ。


そして俺は敗者としてアズサたちに暖かい目で見られながら車へと戻って行った。

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