83 中学卒業
俺は朝になると太陽が上るよりも早く目を覚ました。
自分の事なら無理だけど可愛い妹とその友達の為ならばこの程度は苦行の内にも入らない。
僅かに残るぶり返しの睡魔をポーションを飲んで一気に追い払うと服を着替えて下へと降りて行った。
そしてリビングに入るとそこには既に父さんとリクさんの姿があるり、どうやらあちらの気合は俺を遥かに凌駕しているようだ。
「おはよう。」
「待ってたぞ。飯を食べたら戦場へ出発だ!」
「さあーさあー!ハリー!ハリー!時間は止まってはくれないぞ!」
なんだか父さんはいつも以上にやる気だし、リクさんはいつもと性格が違う。
これが子を持つ親と言うものなのだろうか。
「少し待って。アズサがサンドイッチを作ってくれてるからそれを持ったら出発しよう。」
そして冷蔵庫からサンドイッチの入った箱を取り出すとそれを収納して準備を完了させた。
「「それでは行くぞー!」」
「おーーー!」
うるさくするとまだ寝ている母さんやアケミを起こしてしまうので、小声で掛け声を行い静かに家から出て行った。
時刻は朝の5時とまだまだ早く、開門までは2時間はある。
父さん達は既に去年の卒業式から下見をしているそうで、大まかな開門時間から親族の案内まで全てを網羅していた。
それによると毎年こうして並ぶ者が必ず居るそうで怒られる事は無いらしい。
そして門の近くに到着すると丁寧に案内板が置かれ、更に歩道で他の通行者を妨げない様に赤い三角コーンとポールを使ってしっかりと区切られている。
なかなかに気の利いた計らいに感心しながら門の前まで行くと既に何人かがカメラケースを手にして並んでいた。
しかし3月と言っても早朝の今の時間はまだまだ寒い。
俺達のような覚醒者には関係は無いけど普通の人には大変な時間帯のはずだ。
それに普段なら白い目で見られそうな俺達の行動も、ここに集まる同類からするとありふれた一般的なことのようだ。
そう思いながら近寄ると、ここに居る全員がまるで真冬の北海道にでも行くような格好をしている。
しかもキャンプで使うような椅子まで持参しており、気合の入れようがどれ程なのかを物語っている。
そう言えば、以前に見たテレビで限定商品を買う人がこんな感じに並んでいた。
流石にテントや寝袋は無い様だけど、かなり早い時間帯から並んでいたのは確かだ。
今はその人数が2人と少ないけど俺達が3・4・5番目だ。
俺は撮影をしないので5番目に並び前を父さん達に譲る。
すると、さも持ってましたと言う感じに小さな椅子を取り出して腰を下ろした。
(あれ?俺は持って来てないのに2人は持参してるよ。出来れば教えておいてもらいたかったんだけど。)
でも、両方とも体つきが大きいので小さな椅子が軋みを上げている。
するとそれぞれにスキルの魔刃の応用で椅子を魔力で包み込んで強化する手段に出た。
これは明らかにスキルの無駄遣いとしか言いようがないけど、顔に出さずに呆れていると前に居る人達が話しかけて来た。
「間に合ってよかったですね。」
「はい。もっと並んでいると思いましたが運が良かったですよ。」
「ははは、私は去年に続いて下の息子が卒業しますが、去年は今の時間ならもう20人は並んでいましたよ。」
「そうですね。私も去年に下見に来た時は驚きましたが今年はダンジョンの事もあってみんな警戒していたのでしょうか。」
「そうかもしれませんな。」
「「「「ハハハハハ。」」」」
そう言って父さん達は世間話をしながら互いに笑い合っている。
ここでも実は最初から持っていたんですよと言わんばかりに服のポケット経由でアイテムボックスから取り出した暖かい缶コーヒーを渡している。
そして相手がそれを受け取った所で経験者だという男性から卒業式の情報収取を始めたので、これが社会人の実力かとまさに驚くほどの手際の良さだ。
それにしても危険があると言っているのにこうして暗い内から並ぶのだから親の愛情とは凄まじいものだ。
まあ再び目の前にダンジョンが生まれて魔物が湧いたとしても俺達がここにいる時点で即座に魔物たちは全滅する事になる。
しかし、それから10分ほど経過すると太陽が昇り始め、朝焼けに街が照らされ始めると続々と人が集まり始めた。
その数は50人を超えており、どの人もエスキモーの様に分厚い防寒着を身に纏っている。
しかも全員が椅子を持参しているので立っているのは俺一人のままだ。
なんだか「何故アナタたけ立っているんですか?」と周りから問われている気がするのは単なる被害妄想だろうか・・・。
そして開門の時間になり、俺達は案内役の教師に先導されて会場となる体育館へと向かって行った。
「それでは順番に中に入ってください。」
すると誰もが走らず、しかし競歩の様な早歩きで席に着いていく。
そして、無言でビデオカメラを取り出すとメモリーや電池を確認し始めた。
流石2年連続と言う人は手慣れており、準備を終えると正常に稼働するかのチェックを行っている。
他の人も同様に席へ着くと緊張感が表情に浮かび準備に余念がない。
着ていた服はどうするのかと思えば後から来た奥さんに渡しているのであちらは車で来ているのだろう。
校庭には何台も車が並んでいるので大変な役はお父さんが請け負うのは何処のご家庭でも同じらしい。
ただし、それを本人が大変と思っているかは別で全身から活力が漲っている。
そして式が始まり卒業生が会場に入って来た。
俺達は中央寄りの位置を取っているので歩いて来るアケミとユウナの姿が良く見える。
2人とも俺達に気付くと小さく手を振って笑顔を向けてくれる。
そして式は滞りなく進み、無事に終了を迎えた。
1人だけ壇上に上がる時に躓いてコケた男子が居たけどあれ位はご愛敬というもので、きっと笑いと言う思い出を提供してくれたのだろう。
そして卒業生たちが退場して行くとそれらを全てカメラに収めた父さん達も立ち上がり帰る準備を始めた。
「俺達は帰るからお前はアケミ達と一緒に帰ってやれ。」
「そうだね。その方がユウナも喜ぶだろう。」
そう言って2人は足早に会場から立ち去って行った。
きっと今から帰って録画した映像をDVDに録画して永久保存版にでもするのだろう。
俺は人が疎らになり始めた会場から出ると2人を探して周囲を探し始める。
「確か卒業したらそのまま帰る流れだからこの辺に居る筈なんだけどな。」
そう思って探していると校門の近くに人が集まっているのを見つけた。
どうやらこちらでも恒例のアレが行われている様で、その光景を周りの大人たちは微笑ましく見守り、その中心には2組の男女が向かい合っている。
「僕のボタンを受け取ってください!」
「俺もお願いします!」
これは中学を卒業する奴らの最後の足掻きと言うか・・・まあ、告白という恒例行事だ。
今は男子が女子に自分のボタンを渡しているけど持ち物だったら何でも良かったりする。
時には携帯ストラップとかペンなどもあり受け取ればそれがカップル誕生のサインだ。
女子から持って行く事もあってその方が成功率が高いらしい。
そして女子2人の反応はと言うと・・・。
「ごめんなさい。私には心に決めた人が居るから。」
「私もです。だからこれからも友達でいてください。」
そう言って断りを入れているのはアケミとユウナだが、セリフを聞く感じだと2人が俺の傍から離れる日もそう遠い日ではなさそうだ。
俺は大きな寂しさを感じながらも目の前の光景を見守り、挑戦者が居なくなるまで静かに待ち続ける。
しかし、さっきアケミが告げた「心に決めた人」というのが決め手になったようで次第に告白しようとしている者が増えている。
どうやらそのが自分ではないかと思っている者が集まり初めてしまったようだ。
そうなると周囲の大人たちの視線も暖かいモノから呆れ混じりへと次第に変わっていく。
それになんだか以前のアズサを見ている様で妙なデジャブを感じずにはいられない。
成績が良い者はそれを鼻にかけ、スポーツ推薦を受けた者などはそれを理由にアプローチを掛けている。
ハッキリ言って成績では人間性は測れないし、今のこの時期に何らかのスポーツで他人より秀でていると言って何になるのだろうか。
まあ、俺のこの時期はアズサが居なくなった直後だったので恋とか愛に興味が持てなかっ
たので少し羨ましいのかもしれない。
俺はそう思って自虐的に笑うと、ここの中学のOBとして後輩たちに心の中でエールを送った。
しかし、これだけ集まれば色々な奴がやって来る。
中にはガラの悪い奴らも居て順番を抜かして2人の前にやって来た。
「待たせたな。本命の登場だぜ!」
「さすが兄貴!2人が見とれてますぜ!」
兄貴と呼ばれた男は数人の子分を引連れて堂々と2人に声を掛けた。
1人ならともかく、2人同時とは勇気を通り越して無謀としか捉えようがない。
それでも自信があるのか周りの奴らがはやし立てるからか、男は自信に満ちた顔で返事を待っている。
するとそんな男を前に2人は容赦なく言葉というナイフを突き立てた。
「「違いますけど。」」
「グハ~!」
「あ、兄貴!しっかりしてください!」
そう言って心に大ダメージを受けた男は力なくその場に膝を付いた。
きっと俺もアズサに告白した時に勘違いだったらあれ以上のダメージを受けていただろうな。
しかし、そこで引き下がれば良いものを、男達は逆上してアケミとユウナに突っかかって行った。
「おうおう、兄貴に恥を掻かせやがって!」
「女のくせに男を選好みしてるんじゃねえよ!」
「待たねえかテメー等!」
しかし子分の罵倒を止めて男は立ち上がると2人へと歩み寄った。
登場こそ悪い態度だったが、もしかすると子分と違ってこちらは潔い性格なのかもしれない。
「コイツ等は照れてるだけだ。周りに人が居るから恥ずかしくて言い出せねーのよ。」
「そうだったのか!」
「なら仕方ねーな。」
しかし予想は大きく外れ、止めるまでは良かったのにその男も子分と同じように暴走を始めた。
今では2人とも男達に取り囲まれ逃げ道を塞がれている。
しかも周りで見ていた者はそんな男達に罵倒を浴びせるも睨まれただけで黙り込んでしまう。
大人に関しては教師を呼びに行く者も居るけど口を出さない。
恐らくはあからさまな不良な見た目に後になっての報復が怖いのだろう。
未成年は何をしでかすか分からないのが今の世間では常識となりつつあるので仕方のない面もある。
ただ、このまま放置したとしてもあの2人なら簡単に切り抜けられ、確実に毛先程の傷も付かないだろう。
でも、これ以上あの表情を見続けるのは俺にとっては耐えがたい苦しみだ。
そして男がアケミに手を伸ばし始めた直後に曇った表情が一転し笑顔へと変わる。
それはユウナも一緒でその視線は男の方向へと向けられていた。
ただし、その男の顔からは少しズレているけど、なにやら勘違いをさせたようだ。
「どうやら、俺の一人勝ちだったみたいだな。」
「それはどうかな。」
男はその笑顔が自分に向けられていると勘違いしてしまったらしく顔には愉悦を浮かべていた。
しかし俺が男の腕を掴んだ時点でその顔が驚愕に変わり、掴まれている手を視線が辿ってくる。
「何しやがる!」
「それは俺のセリフだ。捻り潰されたくなかったら大人しく家に帰れ。」
「黙りやがれ!テメーが誰か知らねーが俺達の邪魔をするんじゃねえ。」
そう言って俺に向き直ると掴まれた腕を振り払って睨みつけて来た。
するとアケミとユウナは包囲を抜けて俺の後ろに隠れるように移動してくる。
「あ、テメー等!ク、クソがー、せっかく上手くいきそうだったのに邪魔しやがって。」
「これで上手くいったらお前ら犯罪者だぞ。」
すると男は足元に唾を吐きつけると口元を歪めて笑みを浮かべた。
どうやら本人にもそれなりに自覚があっての行動らしく、これはお仕置きが必要のようだ。
「ケッ俺たちゃ未成年だからな。ちょっとやそっとバカやっても問題ねーんだよ。それともお前が相手をしてくれるのかよ。」
う~ん、これは脅しと受け取っても良いのだろうか。
それとも宣戦布告と受け取るべきか・・・。
どちらにしても互いに未成年同士ならコイツの理論で言えば問題なさそうだな。
と言う事で言質も取れた事だし死なない程度に捻り潰すことにした。
「それじゃあ、最初に言いだしたのはお前らだからな。手加減はしてやるがなるべく死ぬなよ。」
俺はそう言ってゾーンに入ると縮地で相手の前に移動しその足を踏み付ける。
「ギャーー!」
「あ、足がーーー!」
「イテーーー!」
まずは男達の片足をプレス機に掛けた様に潰してやる。
更に右肩を軽く握って骨を砕き、踏み砕いた方とは反対の足の太腿を軽く殴って骨を折る。
下手に蹴ると恐らくは足が吹き飛んでしまうからな。
これくらい痛め付けると立っている者は誰も居なくなり、呻き声と悲鳴が周囲へと木霊する。
「そろそろ良いかな。頼めるか二人とも。」
「しょうがないな~。まあ、お兄ちゃんの頼みなら仕方ないけど。」
「これは後でお返しが必要ですね。」
「私もそれに賛成~。」
なんで助けた方にペナルティーが付いてるんだろうか?
ここに立った事に後悔は微塵もないけど、ちょっとした理不尽は感じてしまう。
「もしかして助けない方が良かったのか?」
「その場合は私は今日から不良になろうかな。」
「私はもうご飯を作ってあげませんからね。」
するとお返しとして凄く滅茶苦茶な事を言われてしまった。
でもアケミをグレさせる訳にはいかないし、ユウナの作るご飯も美味しくて捨て難い。
それなら何をさせられるかは疑問だけどお返しくらいは安い物だ。
「分かったよ。それなら今度、2人のお願いを聞いてやるからアイツ等を治してやってくれ。」
「交渉成立だね。」
「この人たちも最後に少しだけ役に立ってくれました。」
なんだか最近のユウナはとんでもない事を口にするようになってきている。
今後が少し心配だけど今は何も言わずに見守る事にしよう。
そして魔法による治癒によって証拠を完全に消し去った俺達は何食わぬ顔でその場から歩き始めた。
どうやら俺の容赦のなさに周りも完全に怯えてしまっている様で、まるで危険人物を見る様な視線を向けてくる。
進む先の人垣が左右へと別れ、俺は向けられている視線を気にする事なく受け流して校門へ向かって行く。
「待ちやがれ!」
「まだ来るのか。意外と根性があるな。」
すると後ろから声が聞こえて来たので、意外に思いながらそちらへと振り向いた。
短い時間でもあれだけの痛みを味わって心が折れないのは大したものだ。
すると男は傍の花壇に刺してある園芸用の木の杭を引き抜き、俺に向かって走り出した。
その瞬間に2人へ被害が飛び火しない様にスキルの挑発と漢探知を使用し、男のターゲットを俺に限定させる。
そして突きの態勢に入った男は間合いに入ると同時に顔に向けて全力で突きを放ってきた。
「「「きゃああーーー!」」」
「アイツ切れやがった!」
「逃げろー!」
すると周りから悲鳴や俺を心配する声が上がり、殆どの人が傍から離れていく。
しかし俺はそれを無視して足を止めたまま一切動く事をしない。
当然アケミとユウナにも変化はなく、眉1つ動かす事なく俺の横に待機している。
そして直撃と共に杭は圧し折れ、木片が俺と男の間に飛び散って飛散していく。
しかし、これがもし一般人に行った事なら確実に殺してしまうだろう一撃だ。
しかも直撃の直前にこの男は確かに笑っていたので、これは更なるキツイお仕置が必要のようだ。
今では杭を弾き返された事に驚愕しているけどそれだけでは軽すぎる。
命を狙った者に対しては命で償ってもらう。
俺は魔眼を発動し男の足を縛ると威圧を仕掛けて男の精神へと負荷をかける。
「うわーーー!ど、どうなってやがるんだ!足が動かねぞ!あ、ああ・・・く、来るんじゃねえ!あっちに行きやがれ!だ・・・誰か助けてくれーーー!」
俺の威圧でようやく心が折れたのか半狂乱になって周りへと助けを求め始めた。
しかし、それに応える者は無く、子分たちも既に意識すら保てていない。
「こ、こんなの・・・反則だ・・・。」
「殺し合いに反則なんてあるはずないだろ。お前は一度あの世で反省でもしてくるんだな。」
「や、やめろ!止めてくれよ・・・殺さないでくれーーー!」
「人を殺そうとする者は同じように命を掛けるべきだ。お前は俺に牙を剥いた時点で選択を誤った。」
拳を握ると見える様にゆっくりと振り被り、死んでも構わないと思いながらその顔面に一撃を入れる。
すると顎や顔の骨が砕ける音が聞こえ、男はベクトルに逆らう事なく大きく後方へと飛んで行った。
その突然の光景に周囲は再び言葉を失い、静かになった中で男が地面に落ちる音だけが響く。
しかし倒れた姿を見ると首から上はちゃんと残って生きているので無意識に自制が働いたのようだ。
これでもまだ来るようなら次はダンジョンにでも放り込んでみる事にする。
精神面でのやんちゃが収まれば良い戦力になるかもしれない。
俺は興味を失い背中を向けると、そのまま2人を引連れて家に帰る事にした。
「帰ろうか。」
「そうだね。これで次は高校生活か~。」
「その前に卒業旅行が控えてるよ。」
「あ、そうだった。温泉楽しみだね。」
「そうだな。」
周囲を置き去りにして俺達はいつもと変わらない様子で家路を歩いている。
しばらくして先程の場所がざわつき出していたけど主犯格の男の顔面が砕けただけだ。
死人は出ていないしちょっとした喧嘩なので問題はないだろう。
俺達はその後も旅行の話に花を咲かせながら和気藹々と進んで行った。




