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81 高校卒業

今日はとうとう卒業の日がやって来た。

俺は制服に袖を通してこの3年間を思い起こす。

今にして思えばアズサが居ない時間の方が長く、少し前までならそれなりに楽しかった思い出も色あせて見える。

それでも楽しかった事には変わりはなく、俺はここ最近の事を思い出して笑みを浮かべた。

キツイ体験も多かったけど何とか全てを捻じ伏せて最良と呼べる今に辿り着いている。

そして最後に鏡を見て不備が無いかを確認すると1階へと降りて行った。


「おはよう。」

「おはよう、お兄ちゃん。時間ギリギリだけど大丈夫?」

「なに!?」


アケミに言われて時計を見ると、確かにいつもの家を出る時間になっている。

どうやら、思っていたよりも思い出に浸り過ぎていたみたいだ。

俺は急いで靴を履いて外に飛び出すと学校へと向かい走り出した。


「うおーーー!」

「あ、お兄ちゃん。そんなに急がなくても歩いても間に合うよ~・・・って行っちゃた。もう、アズサ姉が居ないとダメなんだから。でも、登校したらきっと驚くだろうな~。」


家を飛び出した俺は走りながら周囲の気配を探り、誰とも会わないように学校へと向かう。

こんな車みたいな速度で走っていれば高校最終日に変な噂が広がってしまうかもしれない。

以前はフライングヒューマンとか言われていたので今度は何と言われるか。

一部には確実に俺だとバレるのでショウゴ辺りにはメールでツッコミが届くかもしれない。


ちなみにいつも一緒に家を出るアズサは卒業生代表の挨拶があるとかで、最終確認で先に登校している。

それに世話になった先生にも挨拶があると言って今日は別行動だ。


そして、いつもは30分は掛けて歩いて登校する道のりを2分で走破し、学校の手前で停止すると服装を整えてから校門を潜った。

すると周囲に人は疎らで校舎に掛かる時計を見るとまだまだ時間に余裕がある。


「今度は早くき過ぎちまったか・・・。」

「ようハルヤ。こんなに早く登校するなんて1年の時以来じゃないか。」


すると背後から声が掛かり振り向くと登校してきたショウゴがこちらに歩いて来る。

俺達はいつもの様に軽い挨拶を交わして合流すると校舎へと並んで歩き出した。


「お前って俺が教室に入ると必ず居たけど、こんなに早く登校してたんだな。」

「いや、それはお前が遅いだけだ。いつもチャイムが鳴る1分くらい前に教室に滑り込んでただろ。」

「フフフ、3年生になってからは30秒前だ。」

「自慢になってねーよ。そう言えばクラタさんは一緒じゃないのか?あの人のおかげで最近はお前が言う程には遅くに登校しなくなってただろ。」


流石にアズサを俺のギリギリ登校に巻き込む訳にはいかない。

それに、皆との朝食を食べる為には早起きが必要不可欠なので最近は余裕を持って登校していた。

ただし起きなければ叩き起こされるので今日が特別だっただけだ。


「アイツは卒業生代表だからな。今は最期の打ち合わせだよ。」

「そうか・・・。そういや、お前って卒業したらどうするんだ?やっぱりアソコでバリバリやんのか?」


ショウゴの言うアソコと言うのはダンジョンの事だろう。

秘密にしてもらっているので聞かれても困らないように気を使ってくれたようだ。

そして最近は忙しくてショウゴにはその辺の事を何も言っていない事に気が付いた。


「そういえば言ってなかったな。俺は4月からツクモ学園で働くんだよ。」

「・・・・・・は?」


するとショウゴはたっぷり数秒は沈黙すると疑問に首が折れ曲がった。

しかもなんだか目がいつもと違い、闇を宿している様に焦点が定まっていない。

何を動揺しているのか知らないけどもう一度だけ言っておこう。

コイツとはこれからも少なくない付き合いがあるだろうしな。


「だから・・・。」


しかし、俺がもう一度言う前にショウゴの手が俺の肩をガッチリと掴む。

そして凄い早口で言葉の濁流が噴き出しこちらに押し寄せて来た。


「そうじゃねーよ。あ!もしかして裏口採用か。あの時の人が紹介してくれたのか!?どんな仕事すんだよ。給料って良いのか?将来安泰じゃねーか。成績最下位のお前がどうやって合格したんだよ。大学卒業したら俺も雇ってもらえるように頼んでくれよ。」


コイツがこんなに動揺している所は初めて見る。

そう言えば前に九十九で教師をしているヒョウドウさんから名刺を貰った時もショウゴは色々と知っていた。

もしかすると就職先の一つとして狙っているのかもしれない。

でもコイツは大学への進学組で俺が4年後どうなっているか?生きているかも分からない。

それに俺の場合は裏口と言うよりも色々な思惑が重なった結果こうなっている。

それについては話す訳にはいかないだろうけど、未来にどうなるかは本人の頑張り次第だろう。


「それなら大学で勉強頑張れよ。俺は命を懸ければ馬鹿でも出来る仕事をしながら待ってるからな。」

「くそ~、そういう言い方は狡いぜ。でもあの学園がダンジョン関係の求人を出したのは本当なんだな。確かにあれならお前にピッタリだよ。」


そして俺の仕事内容に心当たりがあるのか、落ち着きを取り戻したショウゴは大きな溜息を零した。


「そう言う事だ。アズサの父親も採用が決まったし俺の父さんも一緒に働くしな。」

「それってもう家族ぐるみだろ。お前らマジで付き合わねーの?」

「ん?そう言えば何も言った事が無かったな。後で聞いてみるか。」

「か~~~余裕かましやがって。・・・てか、お前ら付き合いだしたのかよ!」

「だから確認は取ってねえって。」

「何言ってんだよ。言えば即OKだろうが!は~俺も早く彼女を作りたいぜ。」

「頑張れよショウゴ。」

「今だけはお前が憎いぞ。早く爆発してしまえ!」

「ハハハ、俺を爆破できる奴が居るなら戦ってみたいもんだな。」


そして俺が上履きの入った下駄箱を開けると中から大量の封筒が落ちて来た。

なにやら全てに果たし状と書いてあるけど、どうやら最終日にして一斉に挑むつもりのようだ。

読むとどれも同じ時間に同じ場所を指定しているので確実に全員が結託しているのだろう。

これなら連名で一通に纏めれば良いのに地球の資源を無駄にしやがって。


それと卒業式が終わった後なので学校には迷惑は掛かりそうにない。

ただ今後の事を考えるとちょっと本気を出してみるのも良いだろう。

変に希望を持たせて後で付き纏われても面倒だしな。

最悪その後の相手の出方が悪ければアンドウさんに消されるかもしれない。


そして俺は果たし状を近くのゴミ箱に捨てるとそのまま教室へと向かって行った。

しかし、ショウゴはそんなゴミ箱に手を入れると1枚の封筒を拾い上げる。


「どうしたんだショウゴ?」

「いや、よく見ろよ。これは果たし状じゃないだろ。」


見ると他の封筒は黒や白であるのに対し、それだけはピンク色をしている。

気にも留めてなかったのでショウゴに言われて初めて違いに気が付いた。


「そう言えば一つだけ校舎裏だったな。俺をそんな所に呼び出すとは1対1で戦いたい猛者が残ってたって事か。」

「ちげーだろ。これってどう見てもラブレターじゃねーか!お前って最近本気で鈍いよな。」


そう言われてしまうと返す言葉もない。

どうやら今の俺には果たし状とラブレターの区別もつかない様だ。

俺はショウゴからピンクの封筒を受け取るとその場で開いて再び内容を確認する。


「お前ってデリカシーって知ってるか?」

「デリカシー?それは食べて美味いものなのか?」

「いや、もう良いです。」


そして俺は読み終わるとそのまま校舎裏へと向かって行った。

書かれている内容によると目的の人物は既にそこで待っているようだ。

しかし俺は次第に足を速め最短距離でそこへと向かって行く。


「世話の焼ける親友だな。あのまま行かなかったらクラタさんは卒業式を欠席になってたぞ。」


後ろで僅かにショウゴの声が聞こえた気がするけど、俺はすぐに全神経を前方へと向ける。

ハッキリ言って窓も壁も全て突き破って行きたい気持ちでいっぱいだけど、それをするとせっかくの卒業式が台無しになってしまう。

俺は拳を握ってグッと我慢すると窓を開けて外に飛び出した。

そして書かれていた校舎裏に到着するとそこには一本の早咲きの桜が満開の花を咲かせている。

その下では俺を呼び出した人物が俯き気味に顔を下げ、足元に落ちたピンクの花弁を見詰めていた。

しかも頭上で綺麗に咲き誇っている桜とは対照的にその顔には不安が感じられる。

俺は即座に駆け寄るとその人物へと声を掛けた。


「待たせたか?」

「ちょっとだけね。」

「それにしては花まみれだな。」


そこに待っていたのは今では家族と同等かそれ以上に大事な存在となったアズサだ。

しかし、その髪や肩には上から粉雪の様に舞う桜の花びらが化粧を施し、長い時間ここにいた事を教えてくれる。

一瞬払おうかとも考えたけど桜色も良く似合うなと思い行動には移さなかった。

するとアズサは表情を緩めると大きく深呼吸をするとキリリとした表情を浮かべる。


「あ、あのね。・・・その。」


しかし気合は伝わって来るけど勇気が足りないのかいまだに言葉が続かない。

それならと、ここは男としての根性を示そうと考えた。


「言い難い事なら俺から先に言っても良いか?」

「え、あ・・うん!ハルヤから先にどうぞ。」

「分かった。ス~~~ハ~~~ス~~~ハ~~~。よし言うぞ。」

「う、うん!」

「え、あ・・・その。なんだ。」

「うん。」


でも実際に言おうとすると心拍数が跳ね上がり頭がくらくらしてくる。

しかし、目の前ではアズサが俺の言葉を期待して待っているので俺は蘇生薬を手にして勇気と一緒に言葉に絞り出す。

ちなみに蘇生薬は俺の勘違い、又は想いが通じ合ってもショックで心臓が止まってしまった時の保険のためだ。

それ程までに今の俺の心臓は胸を突き破りそうな程の激しい鼓動を刻んでいる。


「アズサ。」

「はい。」

「ずっと前から好きだったんだ。」

「私もです。」

「お、俺と・・・付き合ってくれないか。」

「はい!」


するとその瞬間を狙っていたかのように校舎から割れんばかりの歓声が響き、まるで地鳴りの様に周囲へと轟いた。


「「「わあああ~~~~!!!」」」

「新たな伝説が生まれたぞーーー!」

「告白の木の噂は本当だったのね!」

「リア充~破裂しやがれ~~~!」

「後は最後にボタンを交換するだけね!」


どうやらモタモタしている内に人が集まって見せ物になっていたようだ。

しかし、ここは実習棟の裏なのでここが見える教室は使っていないはず。

ならばこの告白劇を誰かが皆にリークした奴が居る。

でも、そんな事が可能な男は1人だけだろう。

我が親友のショウゴよ。

後で覚えておけよ。


それはさて置きボタンってなんだ?

俺は残念ながら自爆ボタンなんて持ってないぞ。

まあ、告白成功後に即死亡なんてないだろうから別の物だろう。

敢えて言えばフラれた奴には必要かもしれない。


それに噂とか伝説とかショウゴが好きそうな話題だけど、俺はそういった事には詳しくない。

そのため少し困っていると見ている生徒たちからボタンコールが巻き起こった。

よく見ると教師までそれに加わり良い笑顔で声を張り上げている。


「「「第2ボタン!」」」

「「「第2ボタン!」」」

「「「第2ボタン!」」」


ああ、そう言う事か。

告白が成功したら互いのブレザーに付いている第2ボタンを交換するんだな。

この高校のブレザーのボタンは縫い留めているのではなく、裏からプラスチックの留め具で固定してあるタイプだ。

だから引き千切る必要もないし、交換した後で付け直せば卒業式でも悪目立ちしない。

ただ、ここの高校は男子のボタンが黒。

女子のボタンは赤となっている。

交換すれば周りに誰かと付き合っていると丸分かりだけど、この状況で隠すのは不可能だろう。


そして俺達は互いのボタンを取り外すと右手に握り、相手の左手へと乗せる。

まるでダンスでも申し込んでいる様な格好だけど、互いに渡されたボタンと一緒に相手の手を握り返し視線を交わし合った。

これが俺達しかいないのならこのままキスでもしそうな勢いだけど、今はまだ高校生で傍には教師も控えている。

そういう事は後日に残しておいて、俺達は手を放すと笑顔でボタンを付け直し制服を整える。

そして最後に互いに手を取って校舎に向くと観客となった一同に手を振った。


「「「うおーーーー!」」」

「見せつけやがって!」

「俺も大学で彼女作るぞー!」

「来年は私達の番ね!」


そして俺とアズサは手を繋いだままその場を去り、それに伴って他の生徒や教師たちもそれぞれの場所へと散っていった。


余談だが今日の事が新たな伝説の始まりとなり、これから何年もこの高校の風物詩となったそうだ。

後にそれを知った2人は互いに苦笑を浮かべて笑いあったという。




そして卒業式も無事に終わり、俺は指定された場所に立っていた。

そこは学校の校庭でもうじき指定された時刻になる。

しかし何故か一人として相手が現れず待ちぼうけをくらっている。

それに待っているのは俺だけではなく、アズサも後ろで待っていて帰れずにいた。

もし、このまま時間になって誰も来なければ1秒たりとも待つ事はせずに帰ろう。

価値のない俺の時間だけならともかく、砂金よりも貴重なアズサの時間を無駄にする訳にはいかない。

これで後になって挑んで来る者が居れば容赦なく叩き潰そう。

間違えて殺してしまっても生き返らせれば良いだけだ。


「ハルヤ~時間になったよ~。」

「分かった~。それなら帰るか~。」


スマホを確認していたアズサが大きな声で時間が来た事を教えてくれる。

俺もそれに声を上げて返すとアズサの許へと向かって行った。

すると傍に来た俺にアズサは階段に座ったままで手を伸ばしてくる。

その手を握って立たせると、そのまま指を絡めて繋ぎ直し校門へと向かって行った。

昔は手を繋ぐ時に幼かったアケミやユウナが間に入っていた。

だからこうして直接手を繋ぐのも俺達が小学生の時以来で、恥ずかしい様な嬉しい様な気持ちが胸を満たして来る。

それはアズサも同じなのか少し頬を染めながら笑顔を向けてくれる。

そして俺達は互いの想いを感じながら高校生としての最後の登校を終えて学校を後にした。

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