80 ダンジョン視察
俺が運転免許を取ってから数日が経過している。
今では俺も車を購入し、練習と車の慣らしに余念がない。
ツキミヤさんのアドバイスでは買ってすぐの車は余り乱暴に運転するとエンジンが傷みやすくなるそうだ。
詳しく言われても俺には理解が出来ないのでかなり大雑把な説明だったけど走っていて動かなくなると困る。
なので今はアイドリングをしっかりして急加速、急発進をしない様に運転している。
ちなみに車は6人乗りのミニバンでシートが大きくゆったりしている。
ネットで調べると6人乗ると荷物が乗らないと書いてあったけど俺達には関係ない。
それに何故か母さんが5人以上乗れる車にしなさいと強く推して来たので仕方のない部分もある。
そして今日の俺が何をやっているかのかと言うと九十九学園の理事長である九十九源十郎さんと一緒に現場の視察をしている。
もちろん、現場とはダンジョンの事で俺のカードを使って同行者として入ってもらっている。
まずは最初の目的地として4階層へ向かい、そこでホブゴブリンと戦いたいとの事だ。
初陣でそれかと思うかもしれないけど、この人はハルアキさんの師匠で魔物との戦闘経験が既にある。
それにハルアキさんと同様にステータスを既に持っているため、魔物との戦闘も可能だ。
ちなみに先日の実験で俺は既にホブくらいなら殴られたとしても怪我すらしない事が判明している。
ステータスにある防御の検証の為に行った事だけど、棒立ちで攻撃を受けるのは高所から飛び降りるのとはまた違った迫力があった。
ちなみに、俺の今のステータスは・・・。
ハルヤ
レベル34→45
力 127→165
防御 105→155
魔力 34→45
魔石によるプラス分も含めてかなりの強化が出来ている。
それにようやく防御が力に追いついて来てくれたため、最近では体が壊れる事が無くなっている。
更に装備品のおかげでステータスは更に倍くらいまで強化され、鉄壁を使えば更に倍だ。
これだけ上がればホブの攻撃が弾ける様になったとしてもおかしくはない。
そして4階層に到着するとホブを探して歩き始めた。
「それにしても思っていた以上に魔物が居らん様じゃな。」
「ああ、それは安全のために魔物の間引きをしているからです。ただ数日後に旅行に行こうと思っているんですけど、ダンジョンを放置できないので30階層まで魔物を狩り尽くす事にしています。ダンジョンの法則で1日に増える魔物は100体までで、下の階層から優先して補充される事が分かってますから。」
「そりゃあ便利じゃのう。儂らの頃は巫女が神の神託を聞いてその場所へと向かっておったが。」
「そう考えるとダンジョンの方が楽そうですね。最初は混乱もありましたけど、落ち着いてしまえばある程度はこちらで調整できますから。」
「そうじゃのう。儂も資格を得て少し通ってみるか。タロウの奴もレベルを上げれば昔の様に動けるようになると言っておったからな。」
タロウと言うのは病院理事長のオオサワさんの事だ。
彼は孫のマキちゃんと一緒に時々ダンジョンに入ってレベル上げを行っている。
最初から精神面が半端なくタフな人だと思っていたけど今では肉体的にもタフになりつつある。
先日レベルが20を越えたと言っていたのでもうじき職業も得られるだろう。
あの人なら俺達とは違った職業を選べたとしても不思議ではない。
ちなみにハルアキさんもだったけど、ツクモ老のレベルも1からスタートになっている。
恐らくは新規に取り入れたシステムだからだろうけどその方が成長に体を慣らしやすいだろう。
ただ、この人の全盛期は凄そうなので感覚としては若返るか力を取り戻すと言った感じかもしれない。
「それなら魔物がちょうど見つかりましたから一気に追いつきましょうか。」
「フォッフォッ、老人に無理を言いおるわ。じゃが久しぶりに暴れてみようかの。」
そう言ってツクモ老は目の前から迫って来るホブゴブリンへと向かって行った。
しかし走る様子はなく、歩いている姿はまるで町中を散歩している老人のようだ。
しかし、そんなツクモ老へとホブは容赦なく手に持つ剣を振り下ろした。
「力はあるが見え見えの攻撃じゃな。これでは目を瞑っていても避けられるわい。」
そう言ってツクモ老は最小限の動きで剣の軌道から逸れると気合の籠った拳を突き出した。
その一撃は見事なカウンターとしてホブの腹を捉え、そのままめり込んで行く。
もしこれが一般人なら、表面の力場に阻まれて変化すら与えられない。
しかし変化はそれに止まらず、気によって増幅された衝撃は腹から背中へと突き抜けるとホブの体を破裂させた。
それと同時にホブは霞となって消え去り、そこには拳を突き出したツクモ老だけが残される。
そして拳を引いて姿勢を正すとステータスを開いた。
「ウム、お主が言っていた様にスキルが2つ選べるようになっておるな。」
「俺が見た感じでは攻撃力は十分ありますから防御系のスキルを取る事をお勧めします。」
「うむ、じゃが既に格闘、気功、身体強化、見切り、索敵、縮地、威圧、直感など色々覚えておるな。これは普通の事なのか?」
「普通じゃないと思いますよ。」
(なかなかに凄いな。)
俺が頑張ってレベルアップと共に覚えたスキルを既に半分くらいは持ってるようだ。
しかも、それが全てで無いのは今の言葉からでも分かる。
きっと、それだけの修羅場を生き抜いて経験を積んで来たのだろうけど、やっぱり俺達の様な速成栽培とは大違いだ。
もしかすると父さん達が担当する幼い子供たちもこんな感じになる者が居るかもしれない。
そして俺はツクモ老へと素直な感想の言葉を返した。
「それはきっとツクモさんのこれまでが形になって表れた結果です。俺が知っている人でそこまでのスキルを持っている人は初めて見ました。」
「うむ、そう言われると悪い気はせんな。これからも精進を続けるとしよう。」
これからは自身で苦手な所や人の身でどうにもならない所はレベルとスキルが補ってくれる。
もしかしなくてもこのままレベルを上げれば日本では最強になるかもしれない。
「それならスキルで剛力と鉄壁を取得すればバランスよく強化が出来ますよ。」
「ならばそれを取っておくか。・・・お~。凄い効果じゃな。一気に10年は若返った気分じゃ。」
「そのままレベルを上げれば効果が高まりますから頑張ってください。」
ツクモ老は全身に気を漲らせ、体を動かしながら状態を確認している。
それに以前まであったギックリ腰や高齢による関節炎などは既にポーションで治療済みなので最初に出会った時の老人の動きとはかけ離れている。
どうやら完全復活どころか更なる強化も遠い未来の話ではなさそうだ。
「よし!それでは行こうかの。」
そしてツクモ老は歩き出すと次々に魔物を倒していった。
5階層 ノーマルトロール
6階層 ミドルトロール
7階層 オーガ
8階層 熊
9階層 虎男
この辺の魔物は余裕で倒し、しかも全てが一撃で葬られている。
レベルも簡単に10を越え最早止められる者は居ないかに思われた。
しかし10階層に到着した時にとうとうその快進撃も歩みを止める。
ここの階層には毒持ちの大蜥蜴が現れるエリアで速度に優れており、しかも毒を持っている厄介なヤツでもある。
そして何故ここで足が止まるかと言うとツクモ老の戦闘スタイルに理由があった。
「この魔物には少々間合いが足りんな。」
「そうですね。やっぱりこの大きさに素手は無謀ではないですか?」
大蜥蜴は噛みつきを主体とした戦法で攻撃を仕掛けて来る。
しかし首も長くて大きく躱さなければならない。
その後に側面から攻撃を仕掛けるのがセオリーだけど、高速で動く足が邪魔をして体に手が届かない。
だからと言って足を攻撃すれば直後に鋭い尻尾が迫って来る。
俺達の様に武器を持っていれば対応は可能だけど素手で攻撃するとどうしても1歩か2歩は踏み込みを深いしなければならないので回避が難しくなる。
今回は咄嗟に背中に飛び乗って倒す事が出来たけど、毎回これではかなり危険だ。
せめて何かの防御手段を得る必要がある。
「一旦戻って相談してみますか。」
「そうじゃな。今日は下見をしにきただけじゃから危険を冒す必要は無かろう。それに儂は格闘家と言う訳ではないから次回からは武器を持参すれば良いだけじゃ。」
どうやらこの人の底はまだまだ深いようだ。
てっきり素手での戦闘が得意なのだろうと思って丸腰でも気にしなかったけどまさか武器も普通に使えるとは。
まあ、確かにハルアキさんが封印していた魔物を素手で倒せるかと言われれば明らかに無理がある。
昔はステータスによる強化がなかった事を考えればなおさらだろう。
ただ、そろそろ時間も丁度良いので俺達はこのタイミングで帰る事に決めた。
「それならダンジョンで手に入れた武器などの金属を職人が加工すれば追加効果の付与された良い武器が出来ますよ。」
「おお、そうか。それならば次の時までには作って貰っておくかの。」
そう言って楽しそうな顔をすると俺達は転移陣へと向かって行った。
まさかここまで来るとは思っていなかったけど、おかげで帰りはショートカットできる。
そして、外に出ると受付を済ませて俺達は家路についた。
「今日は世話になったな。」
「いえ。それとアンドウさんに言えば許可証は発行してくれると思いますよ。日本は現在戦える人が少ないですから。」
「わかった。儂も知り合いには声を掛けておこう。今では生き残りも少ないが少しは助けになるじゃろう。」
「お願いします。」
ここはともかく第2ダンジョンの増員は急務だ。
あそこは少ない人数で何とか頑張っているけど、それだとどうしても限界がある。
もうじき人数が増えると言っても合わせても5人くらいだろう。
子供の覚醒者が此方に来る事を考えればかなり厳しいはずだ。
そして今では我が家で夕食を食べる様になったアズサを迎えに行くために俺は家とは逆方向へと歩き出した。
最近はあちらから来るので行ってはいなかったけど、ここから近いのですぐに到着できる。
しかし到着すると何故か見慣れている風景がいつもと明らかに違って見える。
俺は何度か目を擦り、門から中をのぞき込んだりして状況を確認する。
「どう見ても家が無くなってるよな。」
そこには家の基礎も含めて建物が完全に消失し、地面にぽっかりと穴が開いている。
ただ、電線、水道管、ガス管は問題なく処理が終わっている様で漏れていたり破損している形跡はない。
その事から突発的な異常事態が起きたのではなく、計画的な何かが行われたのだと分かる。
俺は即座にスマホを取り出すとアズサへと連絡を入れた。
『どうしたのハルヤ?』
「お前の家が消えてるんだけどどうなってるんだ?」
『フフ。家に帰ればすぐに分かるよ。』
そう言って電話が切れてしまったので俺は仕方なく家に向かって走り出した。
ここから家までは150メートルくらいだろうか。
俺はそれを10秒未満で完走すると見慣れた光景と同時に見慣れない風景に顔をほころばせる。
「まさか、隣の家で何かしてると思ったらこんな事になってるとはな。」
見ると俺の隣の家がアズサの家と入れ替わっている。
覆いで隠して何かをやっているのは知っていたけど、こんな事を企んでいたとは思わなかった。
恐らくはゴチャゴチャやっていたのはガス管の位置や水道管などの位置をこれから設置されるクラタ家に合わせていたのだろう。
それにこんな事が出来るのはアイテムボックスがあるからだ。
前の家を撤去した後にちゃんとした基礎を敷いてその上に設置すれば家が傾く心配もない。
明らかにこんな事をする人間はアンドウさんかツバサさんだ。
善意だけと言う事はないだろうけど、毎日あの距離の夜道を歩かせるのも心配だったので俺としては少しホッとしている部分もある。
この辺は人が減って夜になると人通りもなく家の灯りも少なく人を襲うにはもってこいの条件が揃っている。
毎日送ってはいたけど迎えには行っていなかったので2人には事情を聞いて感謝を伝えておくことにした。
そして俺は家の扉を開けて中に入るとそこにはいつもの光景が広がっており、外は変化したけどこちらはいつもと変わらない様だ。
敢えて言えばアイコさんがニヤニヤしながらこちらを見ているくらいか。
それに凄く何かを言って欲しそうなので仕方なく話を振る事にした。
「まさかこんな事になっているとは思いませんでしたよ。」
「そうでしょ。最近は毎日ここでご飯を食べてるから家ごと引っ越して来たのよ。」
「土地の準備はアンドウさんが?」
「そうよ。少し前に家に来て、あそこに移動してもらいますとか言われた時は頭がおかしいんじゃないかと思ったけどね。」
ん~・・・アイコさんに常識関係でこうも言われるとはアンドウさんも可哀そうに。
俺から見ればこの人よりもアンドウさんの方が常識的な世界で生きてるんだけどな。
でも、これは本人には言わない方が良いだろう。
なんだか横に居るハルアキさんも温かい目を向けてる事だし。
「でも、これで本当にご近所さんだな。」
「まあ、ご近所を飛び越えてお隣さんになっちゃったけどね。引っ越し蕎麦って送るんだっけ?貰うんだっけ?」
「送るんじゃなかったか。でも送ったとしても殆どは2人の胃に収まるだろうけど。」
「それもそうね。この辺も住んでる人が減って配るとしたらここに居る人くらいよね。たくさん買って来るから明日は御蕎麦にしましょ。」
そう言えば年越し蕎麦も作らなかったからしばらく食べてないな。
それに茹でるだけなら作るのも簡単そうだ。
そして、全会一致で明日は蕎麦にする事が決まった。
来週は卒業式もあるので久しぶりの登校になり、それが終われば殆どの者とはしばらく会う事も無くなるだろう。
俺も高校生最終日として気合を入れないといけないようだ。




