79 四次元胃袋
アズサがここまでの運転で疲れてしまったようなのでショッピングモールで昼食を食べる事にした。
教習所でも長時間の運転は知らず知らずの間に疲労が溜まる事があるのでこまめに休憩を入れる様にとも教わっている。
それに俺も試験が終わったからかお腹が空いてきた。
俺でもこんな感じなのだからアズサは気絶しそうな程の空腹感に襲われているかもしれない。
まあ、それは言い過ぎとして、ここのショッピングモールには色々な飲食店がある。
フードコートから各種レストランも完備していており、お安いのからお高いのまで色々揃っている。
それに昨夜のお礼で肉とは別にリリーへのお土産も買って行く予定だ。
ここの一階には美味しい焼き芋屋があってそこの焼き芋が大好物だったりする。
そして車を駐車場に止めて1階に降りると昼食のピークを過ぎているからなのか食べている人の数は多くない。
とは言っても100人近い人が居て、半数以上は各店舗で列を作っているので少し並ぶ必要がある。
それでも週末に来た時は席に座るのも大変な程の人でごった返しているのでこれでも少ない方だ。
「どうする。ここで食べるか?」
「そうだね。今日はガッツリ天丼の気分だからあのお店にするよ。」
そう言って向かって行ったのはこのフードコートにある天丼のお店だ。
何でもそれなりに有名な店からの出店らしく、注文してから天婦羅を揚げてくれる気合の入れようだ。
少し並ぶ事になるだろうけど10人も居ないのですぐに順番は回って来るだろう。
「それなら俺も天丼にするか。」
「じゃあ私もそうするね。」
「みんなお揃いですね。」
ただ、注文する数はお揃いとはいかないだろう。
他のお客さんが受け取る所を見ていると並でもかなりの量があり、その他にも上天丼と江戸前なる天丼がある。
どうやら江戸前が一番大きいらしく、入れる器を選び間違えているんじゃないかと思える程に横や縦にもはみ出している。
あれは恐らく俺でも食べるのは難しいだろう。
そして俺達の順番がやって来たのでまずは俺から注文をする。
「天丼一つお願いします。」
「畏まりました。そちらの女性の方もご一緒ですか?」
「私も一緒~。」
「私もです。」
「それなら私は江戸前を10人前で。」
「じゅ!10人前!?」
すると注文を取っているスタッフは驚きで声が上ずり、カウンターの上に置かれているメニュー表へと手を伸ばした。
そして良く見える様にこちらにズラすと営業スマイルを顔に張り付けて再度の確認を行ってくる。
「こちらはかなり大きな物になりますが大丈夫ですか?」
「構いません。出来ればご飯は大盛りで。」
これが大食い大会ならば、さぞ心強い言葉であっただろう。
しかし、ここは普通のフードコートで挑戦者なんて求めていない。
それに周りで聞いていた他のお客からも驚きの声が上がり、それは周囲から人を集める結果へと繋がっている。
しかし次の瞬間、奥で揚げ物をしている年配のお爺さんから怒号が轟いた。
「何やってんだ!とっとと注文を持ってこい!無駄にお客を待たすんじゃねえ!」
「は、はい!」
そして、その怒号のおかげで無事に注文が通り、料金を払って受け取りの窓口へと向かって行く。
すると先程のお爺さんが此方へとギロリと鋭い視線を向けて来た。
「ここはフードコートでそこらの店よりも見た目は悪いかもしれねーが、注文した以上は残すんじゃねえぞ!」
「もちろんです。私の胃と心を満たしてくれる事を期待します。」
(なんだかいつもと雰囲気が違うけど、なんでそこまで本気モードなんだ。)
すると待っている間に目の前のテーブルが開いたのでそこに座って待つ事にした。
ここなら出て来ればすぐに受け取れるし運ぶ手間も少なくて済む。
そして1杯目が完成し、カウンターへと天丼が現れた。
「なにか写真よりもデカ盛りじゃないか。」
「若けーのがそんなちっちぇー事を気にしてんじゃねえ。早く持ってかねえと冷めっちまうぞ!」
そう言えばアズサが最後に大盛りでとか言ってたからサービスしてくれたのかもしれない。
メニューにはそんな項目は存在しなかったけど、お店のサービスと思っておくことにした。
「お待たせアズサ。」
「ありがとう。それなら3人には悪いけど先に食べてるね。」
「そうだな。なんだかどんどん作ってるから早くしないと冷めそうだしな。」
そう言ってカウンターへ視線を向けるともうじき次の丼が出てきそうだ。
このペースだとテーブルの上に乗りきらないかもしれないな。
しかし、そう考えた直後にアズサから驚くべき言葉が聞こえて来た。
「次はまだかな~。」
「は?」
俺は疑問に思ってアズサに振り向くとそこには箸を手にして次を待ちわびる姿があった。
そして大盛りだった丼はいつの間にか空になり、タレで茶色くなった内面を晒している。
「どうやってあの量を食べたんだ!?」
「え、普通に食べてたよ。」
そんなはずはない!
だって視線を外したのは1分にも満たない間だけだで、その間に食べるなんて普通の人間には不可能だ。
「アケミ、ユウナ。2人は見てたよな。本当に普通に食べてたのか!?」
『コクコク』
『フルフル』
するとアケミは頭を縦に振り、ユウナは横へと振った。
これでは更に混乱するだけなので実際に見てみる事にする。
丁度良い事に次の天丼が二つ出来ている。
俺はそれを受け取るとアズサの前に置いて様子を見守った。
「そんなに見られると恥ずかしいよ。」
「気にするな。早く食べないと次が来るぞ。」
「もう~仕方ないな~。」
そう言って丼を手にするとアズサは箸を動かした。
すると一瞬、ブレたかと思うと凄い勢いで口と丼を往復させる。
それに口は既に動きがシュレッダーのようで噛み砕いた物が胃へとベルトコンベヤーの様に送り込まれている。
「ま、まさかこれはゾーンか!?」
まさかと思って俺もゾーンへと入ってアズサを観察してみると、そこには普通に食事をしている姿が目に飛び込んできた。
そう言えば、この状態だと本人には時間の流れが変わった感覚というのが無い。
敢えて言えば体が動かし難かったり周囲がゆっくりに見える様になるくらいだ。
しかしアズサは食べる事に完全に集中して周りを一切気にしていない。
まさに食べているという事実を無くせば無我の境地とも言えるだろう。
言っては悪いけど、なんて無駄なゾーンの使い方なんだ。
しかも本人に自覚が無いのが一番残念で仕方がない。
この状態を自由に使えれば俺が居ない時でも少しは安心できるというのに・・・。
そして俺はゾーンから抜けると2杯の天丼も数秒で空になった。
「ね、普通に食べてたでしょ。」
「そうだな。普通には食べてたな。」
これでアケミとユウナが首を縦と横に振った理由が分かった。
確かに普通には食べていたけど、異常な速度で食べてたと言いたかったのだろう。
今考えればバイキングでも俺達の何倍も取って来てたのに瞬く間に無くなっていた。
あの時は別に興味がなかったので気にもしてなかったけど、こういうカラクリだったようだ。
そして、その後も丼は次々にアズサの胃へと消えて行き、最後に4つの丼が並べられた。
「ようやく俺達のも来たな。」
「そう言えば私が沢山食べてたからかなり待たせちゃったね。」
そんな事は無いのだけど言っても理解はしてもらえないだろう。
あれから10分程しか経過してないけど、自覚が無ければ気を使われたとしか思えない。
俺達3人は軽く苦笑を浮かべるに留め、ようやく食事へと移った。
どうやら、こうして皆で食べる時にはゾーンには入らない様だ。
きっとあれはさっきみたいに条件が重なった時にだけ起きる特別な・・・何かとしか言いようがない。
「それにしてもここの天丼は美味しいね。」
「そう言えばアズサのには俺達のとは違う具が色々入ってるな。」
「うん。どれも美味しいから箸が止まらないよ。」
そう言ってアズサは美味しそうに天婦羅を口へ運んでいる。
その笑顔はまさに太陽の様に眩しく、あれが大盛天丼10杯目だとはとても思えない。
すると先程のお爺さんが店から出てきて俺達の前で足を止めた。
「良い食いっぷりだったじゃねえか。食ってる姿はハッキリ見えなかったけどよ。」
「そうですか?でも、とても美味しい天丼でした。近くに来たらまた寄りますね。」
「おうよ。嬢ちゃんが来れば売り上げも上がるからよ。いつかまた来てくれや。」
「そうさせてもらいます。」
そう言ってお爺さんは「ガハハ」と笑いながら店に戻って行った。
そして再び天婦羅を揚げ始め、周囲のスタッフへと指示を飛ばしている。
何とも元気なその姿に職人らしさを感じずにはいられない。
その後、俺達は食器を返却口へと置くと次の場所へと向かって行った。
しかし途中にある食べ物と言う名のトラップに尽くアズサが嵌って行く。
「あ、ここのパン屋さん。良い匂いがするよ。」
「ここの惣菜、美味しそう~。」
確かに見渡す限り食べ物が売られている店が並んでいる。
店員もここぞと売り込みの声を出すものだから蜜に引き寄せられる蝶の様に店頭へと向かって行く。
まあ、アズサがそれで気晴らしになるなら良いのだけど本当に何処に入ってるのだろうか。
既にここで5件目で更にかなりの量を食べている。
(まさにブラックホールと言っても良い様な体をしているな。)
ちなみに店によってはお持ち帰り用の物も購入しているのでかなりの量が手元にある。
一部は持ちきれずにアイテムボックスへとこっそりと入れてるけど本当に取得しておいて良かった。
あれは買い物に付き合う男にとっては必須のスキルだと言える。
そして1時間ほどかけてようやくリリーの好きなサツマイモが売っている店へと到着した。
ここまでの距離は30メートルも無かったはずなのに長い道のりだった気がする。
おそるべし四次元胃袋。
俺は店頭で袋詰めされているサツマイモを3つ手にすると店員へと声を掛けた。
「これを下さい。」
「ああ、ありがとね。ん?そっちの娘も欲しいのかい?」
「お願いします。」
(まだ食うのかよお前は!)
ただ、それを言う訳にはいかないので、ここは大人の対応でスルーさせてもらう。
最近は暖かくなってきたとは言っても焼き芋を食べる季節はまだ抜けきっていない。
それに食物繊維の多いサツマイモを食べれば少しは腹も膨らむだろう。
しかしアズサはそれには手を付けず、袋に入れてもらって持ち帰るようだ。
「今食べないのか?」
「私もオメガにお土産を買ってあげようと思って。それに流石にそろそろお腹いっぱいかな。」
「そうか、ようやく天井に到達したんだな。」
恐らくは天丼換算で15杯は食べているだろう。
それでもいつもと変わらないお腹を擦りながらアズサは笑顔を浮かべる。
「ありがとね。またこうして4人揃って遊びに来れて楽しかったよ。」
「そうだな。後は皆で卒業旅行でも行けたら良いんだけどな。」
「あ、それなら私は温泉が良い。」
「何処かに混浴が出来る所はないでしょうか。」
「コラ2人とも。そういう事は家に帰ってからにしなさい。」
「「は~い。」」
アズサさん?
そこは指摘する所が違うのではないですか?
普通そこは混浴はダメですと大人の対応で叱る所では・・・。
「それじゃあ、早く帰って計画を立てようよ。」
「私は誰も来ない様な穴場な温泉を探してみます。」
「あ、でもダンジョンは大丈夫かな?離れると後が大変じゃない?」
「「魔物を狩り尽くすから大丈夫!」」
こういった時に以前の調査が役に立ってくる。
俺達が到達しているのは30階層なので、そこまでの魔物をみんなで一気に殲滅しておけば半月くらいは心配がなくなる。
父さん達も、もうじき教育計画が完成するそうなので丁度良いだろう。
そして、その後の俺達はウキウキしながら車に乗り込むと、安全運転で家路についた。




