78 運転免許 ②
俺が免許センターに到着すると受験者の窓口前には既に100人近い人達が並んでいた。
そして一番後ろに並んで少しすると受付が開始され、20分も待つ事なく順番が回って来る。
「それでは必要書類と料金をこちらにお入れください。」
俺を担当してくれたのは少し齢のいった中年の男性だけど仕事が早くて瞬く間に処理をして次にする事の指示をくれる。
俺はそれに従って窓口を移動しながら終わると同時に待機場で待つ事になった。
試験まで残り30分ほどなのでトイレを済ませたりして時間を潰していると試験官からの声が掛かったので部屋へと入って行く。
そしてテストが配られた後の僅かな時間をペンを持って待ち続ける。
しかし今の俺でもこの待ち時間というのは精神的に来るものがある。
もしかすると勉強の苦手意識は既におれのDNA深くまで刻み込まれているのかもしれない。
どんなに死にそうな状況だろうと、どんな魔物を前にしてもここまでの緊張は感じないのに。
そして「開始」の言葉と同時にプリントを裏返して問題に目を通す。
確か試験を合格するには90点以上の点数を取らなければならない。
しかし、俺は生まれて今までそんな高得点なんか取った事は一度もない。
俺は問題を読み、冷静に解答欄を埋めていくことで無事に全ての回答を埋める事に成功した。
ただ、マークシートなので埋めるだけなら誰でも出来る。
俺は2人の鬼教官に教わった事を再度思い出しながら間違いが無いかを確認して行く。
こういう問題には俺の様な人間を陥れるための罠が各所に仕掛けられている。
まさにダンジョンを超える恐ろしさに背中へ鳥肌が立つ程だ。
俺は何度も読み直し、ゾーンまで使って時間を引き延ばしながら4回も再確認を行った。
別にカンニングをしている訳ではないのでこれくらいはズルにはならないだろう。
しかし何度見直しても不安は消えず、5回目の途中でとうとう時間となってしまった。
俺達は試験官の指示で退室して行くと合格が発表されるのを待ち続ける。
周りを見ても俺と同じ気持ちの者も多い様で本を捲って確認したり、ウロウロしている者も居る。
目の下に熊がある人もいるので恐らくは俺と同じ徹夜組だろう。
そして再び試験官が姿を現し周りに聞こえる様に大きな声で告げた。
「もうじき試験の結果が画面に表示されます。合格された方はあちらの受付に移動してください。」
すると言葉の通りに画面が表示され、そこには合格した人の受験番号が書かれている。
俺はかなり最後の方に受付をしたので端の方のはずだ。
そのため右の方へと移動して行き番号を確認しながら横に動いて行く。
「え~と・・・0123、0123。・・・あれ?」
見ると番号は0120までしかない。
それ以降は表示されておらずテレビも消えたままだ。
「まさか・・・落ちた!?・・・いや。待て待て落ち着こうか。そうだ落ち着こう。今日は良い天気なんだから外で深呼吸でもして来よう。」
そう思って外を見ると曇天に覆われた雲からは大粒の雨粒と激しい雷鳴が轟いていた。
どうやら緊張のせいで外の天候に気が付いていなかったらしい。
周りの声に意識を向けるとどうやって帰ろうかと悩んでいる者さえいる。
どうやら電車がこの豪雨で止まってしまったみたいだけど俺の場合はいざとなれば走ってでも帰れる。
しかし、そうしていると大きな雷が落ちてセンター内が停電してしまった。
「きゃあーーー。」
「誰か灯りは無いのか。」
「落ち着いてください。すぐに復旧します。」
しかし、いつまで経っても電気が復旧する様子はない。
すると今度は別の方向から声が上がった。
「おい!ここに来る道が崖崩れを起こしたらしいぞ!」
「その情報は本当か!?」
「ああ、今ここは陸の孤島だ。救援が来るまで下りられないぞ。」
この免許センターは駅から山を越えた山の中腹にあり、下りる道は一つしか無い。
ハッキリ言って何でこんな場所に作ったんだと言いたいけど、広い土地が必要で建物だけではなく広い実技試験用のコースなども必要になる。
そうなると安い土地を探す事になるのでその場所がここだったのだろう。
しかし、このままだとパニックが起きてしまいそうだけど少しすると電気が復旧し、蛍光灯が再び点灯して暗くなっていた館内を明るく照らし出された。
するとテレビ画面も復旧し俺はそこに表示されている事を確認して目を疑った。
「番号がある・・・。」
先程までは消えていたテレビも表示され、そこには俺の後に受付をした人の番号も表示されている。
どうやらテレビの一つが調子が悪くて消えたままになっていただけの様だ。
俺はそれを見て拳を強く握り小さくガッツポーズを行った。
これで大手を振って家に帰り皆に報告ができる。
それに何処かへドライブに行ったり泊まったりもできる様になる。
最近は自衛隊のヘリコプターで現地へと向かい、地上へと落ちたりが普通だったけどこれはアズサが出来ない。
元々ダンジョン関係の仕事に連れて行くとアイコさんの例もあって何が起きるか見当もつかないので、アズサには悪いけど一緒に行けるとすれば純粋な旅行くらいだろう。
なので車があれば色々な所へと行く事が出来るようになり卒業旅行も考えていたのでこれで実行に移せるというものだ。
俺は周囲が騒いでいるのを完全に聞き流しながら先の事に思いを馳せる。
すると、その中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おに~さ~ん。試験はどうでしたか~?」
「あ~、あの顔は合格してるよ。顔がニヤついてるもん。」
「そうだね。あれは良い事があった時の顔だね。」
そう言って現れて気楽な声を上げているのはユウナ、アケミ、アズサの3人だ。
もしかして誰かが連れて来てくれたのか。
俺は3人へと歩み寄り、どうしてここに居るのかを聞いてみた。
「そんなのアズサ姉の車に決まってるでしょ。」
「驚かせようってアズサ姉さんが。」
「私も免許は取ってたんだけどハルヤが頑張ってるから言い出せなくて。」
どうやら言い出しっぺがアズサでアケミは共犯、ユウナは巻き込まれた感じみたいだ。
でも過程はどうあれこうして迎えに来てくれた事が凄く嬉しい。
そして、この様な状況を作り上げた張本人も分かった事で俺は外へと視線を向けた。
「そろそろ落ち着いて来たかな。」
「そうだね。さっきまで凄かったけどもう大丈夫かな。」
「最近になって良くあるゲリラ豪雨って奴でしょうか。」
「きっとそうだね。でも途中の道が崩れてるってさっき速報が出てたけど私達帰れるかな?」
俺達の中でアズサだけは心配そうな表情を浮かべている。
しかし、ここには3人も覚醒者が居る時点でその心配は必要ない。
「それじゃあ、ちょっと道を切り開いて帰るか。」
「そうだね。危ない所はこちらで勝手に固めちゃお。」
「土砂は横に寄せておけばっ大丈夫ですよね。」
「そうだな。ポーションの在庫は大丈夫か?」
「もっちのロンよ。」
「私も大丈夫です。」
「それじゃあ行くか。」
俺達は外に出るとまずは目の前の道路を下って行った。
ここから舗装されているとは言っても山道が500メートル程続いており、崩れているのは恐らくは左側の上り斜面だろう。
右が崩れていれば道路が陥没しているだろうけど、もしそうなっていれば2人が魔法で埋め立てて固めてしまえば良い。
そしてアケミとユウナは左斜面の土壌を固めていき、更に崩れない様にしていく。
すると300メートル程下ると大きく斜面が崩れ、木や岩を巻き込んで大きな壁を形成していた。
「うわ~これは大変そうだね。」
「どうしましょうか。」
「なら2人は斜面側を頼む。もしかすると再度崩れるかもしれないからな。」
「「了解。」」
あちら側は2人に任せると俺は手ごろな石や木を力づくで動かし、右の斜面へ投げ捨てていく。
続いて太い木の幹は剣を出して切断するとそれも投げ捨てる。
それを高速で繰り返してある程度減って来ると二人に頼んで土砂を固めてもらう事にした。
「それじゃあ頼むな。」
「うん。」
「任せてください。」
俺が少し離れると2人は土砂から水を抜き取り、更に岩の様に固めてくれる。
しかし皆を救い出した時の鉄骨混じりのコンクリートに比べれば遥かに脆く、武器の性能も上がっているので楽々斬り裂ける。
俺は適当なサイズに斬り裂くとそれをされに投げ捨てて行き1時間ほどで道路を使えるようにした。
「よ~し終わったな。」
「そうだね。早く戻ろうよ。」
「アズサ姉さんが心配です。」
確かに何かをやらかす運命の星の許に生まれているのであの混乱の中に残して来たのは間違いだったかもしれない。
俺達は急いで戻るとセンターへと入って行った。
すると案の定というか既に問題が起きかけている。
「彼女は僕と居た方が安全だ。」
「何を言ってやがる。この娘は俺が家まで送って行くんだよ。」
「車も出せないのに何言ってるんだ。俺の車にはこういう時に備えて色々と整えてある。僕の車に行こう。」
「それなら俺はキャンピングカーで来てるんだ。食料や設備も俺の方が上だ。」
どうやら複数の男から声を掛けられた結果、取り合いに発展している様だ。
殴り合いにはなってはいないけど、掴み合いには既になってしまっている。
アズサは確実に断りを入れているはずだろうに混乱で頭に血が上った者には伝わらなかったようだ。
そんな彼らの許へと向かった俺は男達へと声を掛けた。
「何をやってるんだ?」
「割り込んで来るんじゃねーよガキが。」
「テメーなんてお呼びじゃねえ。試験に落ちたならとっとと帰れ。」
その瞬間に俺の中で何かが切れる音が聞こえた。
せっかく合格して気分が良かったのにそれが台無しだ。
それでなくてもアズサが困っているから虫の居所が悪いというのに。
「お前ら少し落ち着け。」
俺は魔眼を発動すると暴れそうな男共の足を縛る。
すると彼らの視線が此方へと集中し食料としてアイテムボックスに入れておいたリンゴを取り出した。
それを有無を言わさず一瞬で握り潰すと冷たい視線を男共へと投げつける。
「もう一度言う。こうなりたくなかったらコイツから手を引け。そうしないと本気で搾りカスにずるぞ。」
すると男達の首が一斉に縦に振られ一言も喋らなくなった。
俺は視線を切ると同時にアズサの許へと向かい手を振って汁を飛ばす。
手自体は汚れていないのでこれで十分だ。
「大丈夫だったか?」
「うん、ありがとうユウヤ。」
「それよりも終わったから適当な人に報告して免許を貰って帰ろう。」
「そうだね。それと帰りの運転は私に任せて。」
「4人揃ってるから安全運転で良いからな。」
「うん。」
そして近くの人に事情を説明すると確認の車を出してくれた。
これで通行が可能と分かればここでの混乱の殆どは解消されるだろう。
すると確認を終えた事で館内放送が掛かり無事に問題が解決したことが知らせられた。
「ありがとう君。色々助かったよ。」
「いえ、それよりも免許を貰えますか?」
「ははは、そうだったな。最優先で処理するから書類を記入して写真室へ入ってくれ。」
「分かりました。」
でも俺は書類を書くのが苦手なのでテーブルに記入例があってもかなり迷ってしまう。
「ここに記入すれば良いんだよ。」
「あ、ここ抜けてるよ。」
「ここ間違えてます。」
すると3人が俺を気遣って色々と教えてくれる。
なんだか周りから視線を集めている気はするけど一番に書類を書いているからだろう。
俺はそれらを気にする事なく書類を提出すると写真を撮影してしばらくして免許を受け取った。
そして、ついでに傍にあった募金箱へと手紙付きで20万円ほどの寄付をしておく。
書いたのは『これでテレビを買い替えてください。』だ。
あれでは明日からも俺の様に落胆する人が増産されてしまう。
あの思いを味わう人を1日でも早く失くしてもらいたい。
そして、俺は車の助手席に乗り込むとアズサの運転で帰路についた。
「今日も色々あったよね。」
「そうだな。これからはお前からあまり離れない様にしないとな。」
「そうだね。ずっと一緒に居られると良いね。」
「そうだな。」
「え、今の本気!?」
「ああ。そうだけど。どうして驚いてるんだ。」
「あ~!それなら私も~!」
「私もお供します!」
すると俺の言葉にアケミとユウナまで便乗してくる。
しかしアズサの運転が急に荒くなったので近くのショッピングモールへと向かう事になった。
きっとここまで車で来るには初心者には遠いので慣れない運転に疲れてしまったのだろう。
それか既に昼を過ぎているからお腹でも空いるのかもしれない。
運転を変わってあげたいけど人の車を運転出来る程には俺も上手なわけではない。
そのため少し休憩を入れた後に近くの高速道路を使って帰れば安全に帰れるはずだ。
あそこを通れば俺達の住んでいる町までは真っ直ぐに帰る事が出来る。
そして進路をそちらへと向けると気晴らしも兼ねて食事と買い物をして帰る事になった。




