75 意外な再会 ①
ヒョウドウさんからの説明は事前にアンドウの野郎から聞いていたのとほとんど違いが無かった。
恐らくは既に採用される事を知っていた奴はそこだけは事前に知らせてくれていたようだ。
そのため俺達は夕食の席を利用して既にある程度の計画の流れは作ってある。
後はそれを細かく文章にして提出するだけで問題はないはずだ。
まあ細かくって所が一番面倒なんだけど、俺の担当する相手は主に実戦を取り入れた実習になる。
ただし俺達の担当するクラブやサークルに自由参加は存在しない。
入る前にアンドウさん達によって作成された同意書にサインし、親類3人以上の同意があって初めて参加が許されている。
これは親や本人による無謀な参加を阻止するためで世間的な対策でもある。
ただし3人以上のサインが不可能な場合は個別に審査が入り、その理由が正当なものであった場合は免除される。
例えば親類が誰も居ないといったケースがそれに当たるそうだ。
それと何らかの才能が認められて国から請われた場合も本人の同意だけで参加は可能だ。
今回はそういった奴も何人か居るそうなので少し楽しみでもある。
そういった事が全て目の前の紙にも書いてあるのだけど、ヒョウドウさんが丁寧に説明をしてくれたので俺でも理解が出来て雇用契約書にサインを書いた。
それと意外な事に学生との交際は禁止されていなかったので聞いてみると・・・。
「君たち4人に関してはその辺がちょっと特殊だと聞いてるからだね。それに本気なら学園側も無理に止めたりしないよ。でも不祥事を起こせば厳しい対応が待ってるから気を付けてね。昔その事で学園側に訴えられて何億も賠償金を請求された人が居たから。」
確かに入学金だけで1人数百万も払うのだから風評被害でもあろうものならそれくらいは簡単に行きそうだ。
しかも裁判になれば表にも出て確実に職を失うので余程の馬鹿でもない限りは手を出さないか、凄い巧妙に隠れてやるだろう。
後日にでもオメガと一緒に学園内を見学だな。
そして俺達は学園に入るためのセキュリティーカードを貰い理事長に挨拶に向かった。
高齢の為に最近は滅多に来ないそうだけど俺達の顔を見るために来てくれたそうだ。
それ以外にも理事会の役員が2人来ているそうで失礼の無い様にと念を押された。
きっと一番若くて高卒である俺の事を心配しての事だろう。
会社で揉まれた経験のある父さんズに関しては、あまり心配して無さそうだった。
そして部屋の前に来るとヒョウドウさんがノックを行い中に声を掛ける。
「皆さんを連れて参りました。」
「入りなさい。」
すると扉の向こうから声が聞こえ、俺達はヒョウドウさんに続いて部屋に入っていく。
そして中に入ると正面には大きな観音開きの窓があり、外から日差しが差し込んでいる。
その手前には大きな机があり、その向こうに顔に皺の刻まれた眼光の鋭い老人が豪華な椅子に座り顔の前で手を組んでいた。
まるで何処かの司令官の様だけど眼光の鋭さはその比ではなく、普通の者なら人殺しと見間違えるか泣いて逃げ出すだろう。
まさに威圧で空気まで震えている様なので言っては悪いけどこれを老人と言うなら他のお年寄りに失礼と言える。
そして、その手前には対面する形でソファーが置かれ、そこには話に聞いた理事会の役員?という人が2人座りこちらに笑顔で手を振っていた。
「どうして二人がここに居るんですか?」
「ははは、驚かせるために先回りして待っておったのよ。」
「フフフ、この学園に高卒で雇われる子は初めてだからお祝いを言いに来たのよ。」
そこに居るのは病院の理事長であるオオサワさんと宝石店の前店長で電車でも出会ったアカツキのお婆さんだ。
どうやら2人がさっき聞いた役員であるらしいので世間とは本当に狭いものだ。
しかし、ここだけ見ると完全に裏口採用に思われてもおかしくはない。
すると先程から大気を震わせている学園の理事長が立ち上がりこちらへとやって来た。
そして大きく腕を上げると俺の肩へと向けてゆっくりとその手が乗せられた。
それだけなのに俺の体重が何倍にもなった様に感じられ鎖骨あたりの骨が折れたのを感じる。
なかなかに手痛い歓迎だけど俺は表情を変える事なくその手を掴むとゆっくりと肩から降ろした。
そして下級ポーションを飲むと同時スキルを発動。
「良ければもう一度どうぞ。」
「フム、聞いていた以上に骨のある坊主じゃな。」
そう言って爺さんは先程の何倍もの重圧を俺に掛けて来る。
しかしそれを完全に耐えきるとニヤリと笑みを浮かべた。
そして肩にある爺さんの手に指を軽く当てると同じ事をしてやり返した。
「何と!たった2回で気の扱いを会得したのか!?」
気と言われても良く分からないけど、爺さんの攻撃を受けた時に格闘のスキルが反応して使い方が分かる様になった。
2回目をやってもらったのは油断で骨を折られた意趣返しで、やって見せたのは相手の度肝を抜くためだ。
それにしても気というのは普通の人が使っても覚醒者に有効のようだ。
恐らく扱える人は少ないだろうけどこれからは注意が必要になる。
「楽しんでもらえましたか?」
「ウム、大変気に入ったぞ。気が向けば儂の所を訪ねて来い。もっと色々な事を教えてやろう。」
「ありがとうございます。」
その後も父さんとリクさんにも同じ事が行われ二人とも平然とした顔で耐えきった。
ちなみに父さんは気を受け流し、リクさんは魔刃の応用で服を魔力で覆い気による圧力を跳ね返してみせる。
理事長はそれぞれの対応に納得を示すと最後にハルアキさんの許へと向かった。
「久しいなハルアキ。」
「さすが師匠です。私の事を思い出されたのですね。」
「フム、定められた事とは言え、弟子の事を忘れるのは辛いものだ。しかし、よくぞ生きて戻って来た。」
「はい。これからも使命に励みます。」
どうやら2人は以前からの知り合いだったみたいだ。
師弟関係と言う事はハルアキさんも気を使えるという事になる。
それに考えてみれば一般人が魔物に勝つのは不可能に近い。
しかし気が扱えれば今の様に防御の上からでもダメージを与える事が出来る。
かなり有効な手段な上に不可抗力とは言え俺も気が使える様になった。
今後も手が空いていれば指導してもらえそうなので自身の強化の為にも頼らせてもらおう。
そして俺達は軽く会話をすると部屋を退室する事になった。
その際にオオサワさんとアカツキ婆さんも用が済んだので一緒に退室して行く。
しかし、その時にハルアキさんだけは理事長から呼び止められてしまった。
「ハルアキ、少し話がある。」
「分かりました。」
そして2人だけで部屋に残る事になったので俺達は先に車へと戻る事にした。
きっと久しぶりの師弟の再会で内々の話でもあるのだろう。
「ハルアキ、孫娘は元気にしておるか?」
「はい。アイコも無事なようです。全ては先程のハルヤ君のおかげですね。」
もしハルヤが行かなければ確実に愛する妻であるアイコは死んでいただろうとハルアキは確信している。
そのため、この時のハルアキは心からの感謝を込めてハルヤを賞賛した。
そして、その思いは正確に伝わり理事長は笑顔で大きく頷きを返す。
「そうか。・・・それでアズサの方はどうなっておる?」
「既に覚醒しハルヤ君を相手と決めた様です。」
「ならば、あの少年にはこれから苦労を掛けそうじゃな。」
「それを本人の前で言うと怒られますよ。」
そう言ってハルアキは笑い、理事長も頼もしく思い声をあげて笑う。
「うむ、アズサにも幸せになって欲しいからな。我ら贄の一族としてはそう願うばかりだ。」
「はい。きっと彼なら死んでもアズサを護ってくれるでしょう。」
「ならばお前も励めよ。若い者に抜かれぬようにな。」
その時、ハルアキは心の中で大きなため息が零れた。
技術的なものはまだまだ勝っているものの、総合的なものでは確実に負けているからだ。
そのため明確な事は言わずに今後の方針だけを軽く言葉にする。
「今後も励みます。」
「期待しておるからな。」
そして何とかその場をやり過ごしてハルアキは部屋を後にした。
その時、口からは無意識に安堵の息が零れる。
その後ハルアキはその場から逃げる様に駆け出すとハルヤたちと合流した。
俺達は車を走らせ家に向かっていた。
そして帰り道にある河原で見慣れたバイクが止まっているのを発見し、父さんに声を掛ける。
「父さん何処かに止まれる?」
「ああ、少し待ってろ。」
そして少し先にあるパーキングに止まると俺達は車から降りて道を戻り始めた。
「どうしたハルヤ?」
「さっき河原にフランチェスカが見えたんだ。きっとツキミヤさんが居ると思う。」
ツキミヤさんは覚醒者となった事で警察の中でも特殊な扱いを受けている。
定期的にダンジョンに入ったり、なんだかよく分からない事件が起きるとそこに行って危険が無いかを確認したりする。
基本的には空振りだけど危険があったとしても死ぬ事が無いので悪く言えば良い様に使われてるのだ。
しかし本人はそんな事は全く気にしておらず、バイクを公費で乗り回せるとあって大喜びしていた。
そして河原に到着した俺達はそこで調査しているツキミヤさんを発見する事が出来た。
「何してるんだ?」
「おお、ハルヤか久しぶりだな。」
そう言って立ち上がるといつもの様に歯をキラリと光らせる。
なんだか最近はレベルが上がった為か、以前よりも光が強くなった気がする。
もしかしてあれはスキルの目くらましでも使っているのだろうか・・・。
「それにしても一人で捜査は大変だな。今は何を調べてるんだ?」
「実はここに放してあった山羊が先日から消えたそうなんだ。前にも外国人の労働者が盗んで食べた事件があっただろ。もしかして魔物でも残ってるんじゃないかって俺に仕事が回って来たんだよ。」
そう言えばそんな事もあったなと俺は以前に見たニュースを思い出した。
確かにどちらもあり得ない事ではないので安全確保のためにまずは魔物の可能性を消しに動いたのだろう。
これで魔物ではないとなれば普通の警察官が正式に捜査に来るはずだ。
いざとなればオメガも居るので犯人が見つからない事は無いだろう。
しかし、なんだかこの場所には以前にも感じた事のある気配が漂っている気がする。
もしかして気を扱えるようになった事で気配に敏感になっているのかもしれない。
「こっちは調査したのか?」
「いや、まだ来たばかりで周囲は確認していないな。もしかして魔物の気配がするのか?」
「いや、それとは違う気がする。」
俺は気配を追って歩き出すと川に掛かる大きな橋の下へと辿り着いた。
そして気配は橋を支える橋脚から感じられるので俺は水上を歩いて気配のある所に向かい、軽く手で触れてみる。
すると触れた所を中心に光の波紋が広がり指が橋脚に沈んでいき、片手が埋まった所で一度引き抜いてみる。
そして確認すると怪我もしておらず、引き抜く事に抵抗も感じない。
なので今度は上半身まで体を入れると中には大きな空間が広がっていた。
「ここは何なんだ?」
中は太陽も無いのに明るくまるでダンジョンの中を連想させる。
ただ、それに比べれば規模は小さく、30メートル四方と言ったところだろう。
中心にはボロ小屋が設置され、その横には探していた山羊が放し飼いにされている。
どうやら健康状態は良さそうで今も周りを気にする事なくムシャムシャと足元に生えている草を食べている。
俺は中に入るとアイテムボックスから出した刀を手にして小屋に近づき扉に手を伸ばした。
おそらくは山羊を盗んだ犯人がこの中に居るはずだ。
俺はそう思って扉の前に立ち手を伸ばした。
すると相手も出て来るところだったらしく中から扉が開かれていくけど、姿を現したのは俺の知る人物の1人だった。
「山羊泥棒はユカリだったのか。」
「お、お前は・・・へ?泥棒?山羊?」
するとユカリは俺の言葉に首を傾げ周囲を見回し山羊に気が付いた。
「あー、お前達。また勝手に入って来ておるのか!ここの草はお前達の餌じゃないと言ったであろう!」
そう言って山羊を叱りつけると言葉が分かるのか頭を下げてこの空間から飛び出していった。
どうやら人が見に来た時にだけ山羊がここに草を食べていただけで、日頃は外でも生活してるみたいだ。
しかしどうして神であるユカリがこんな所で生活してるんだろうか。
てっきり何処かの神社か社に住んでいるのかと思っていたのでここでの再会は予想もしていなかった。
それに土地神が管理するエリアはこんなに広い範囲なのか?
しかし以前見た時のユカリは汚れ一つない服を着て髪も美しい黒髪をしていた。
でも今は服には綻びが何カ所もあり髪には白髪も混ざっている。
それに何処となくだけど顔もやつれている様に見えるのは気のせいではないだろう。
もしかすると何か困った事でも起きているのかもしれないので事情を聞いてみる事にした。
「ユカリは何か困った事は無いか?」
「え、あの・・・丈夫じゃよ。」
すると無理やり作ったような笑みを浮かべて大丈夫だと言って来た。
しかし、そんな顔をして言った言葉が信用できるはずもない。
俺はユカリから視線を外すと背後にあるボロ小屋へと視線を移した。
「これで大丈夫って言えるのか?」
ボロ小屋だけあって今にも崩れそうな作りで壁には中を覗ける様な穴がいたる所にある。
神だから寒さを感じないのかもしれないけど夜になればかなり冷えそうだ。
それにこんな小屋で一人で暮らすのは寂しいかもしれない。
しかし、ユカリはあからさまに視線を逸らすと再び「大丈夫じゃ」と返して来た。
こんな強がっている状態では話が進まないので、まずは問題を排除する必要がありそうだな。
もちろん問題というのはこのボロ小屋そのものの事なので刀を抜くと何も言わずに横薙ぎを放ち柱の一つを切断する。
するとバランスを崩した小屋はゆっくりと軋みを上げながら倒壊を始めた。
「な!何をするのじゃ!?」
「これで住める所はなくなったな。」
「おのれ~!この仕打ちはどういう事じゃ!事と次第によっては貴様を呪ってやるぞ!」
「なら、屋根のある所でゆっくりと呪ってくれ。お前はしばらくウチで生活してもらう。」
「へあ?」
俺はそう言ってユカリを肩に担ぐとそのまま外へと出て行った。
そして、川の上に立つと岸で帰りを待っている皆の許へと向かって行く。
「ま、待つのじゃ。空間を回収する。『パン』」
そう言って手を一度叩く動作を見せたので、きっと今ので空間は回収されたのだろう。
先程から橋脚に感じていた違和感も無くなっているので持ち運びが可能な便利空間のようだ。
そして皆の所に戻ると連れて来たユカリを地面へと降ろした。
「父さん。今日から居候させてやって欲しいんだけど。」
「この子なら構わないぞ。でも部屋が無いけどどうするか。」
「本人に聞くのが一番だと思うよ。ユカリ、何か必要な物は無いのか?」
するとユカリは遠慮がちに何が欲しいのかを言い始めた。
「家に住むなら神棚が・・欲しいのじゃ。それと・・お供えがちょっとでもあれば・・十分じゃな。」
「それならこれから買いに行くか。父さん何処か良い所ないかな?」
「それなら僕に任せてよ。伊達に巫女の護り役はしてないからね。」
そう言って名乗り出たのは様子を窺っていたハルアキさんで、良い店を知っていると言うので任せても良さそうだ。
そして俺達は車に戻ると彼の誘導に従って山の方向へと進んで行った。




