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73 少女神

家に入ると玄関にはアケミが待ち構えていた。

ただその顔には不安そうな表情が浮かび、手には攻撃力と魔力強化に優れた長杖を持っている。

どうやら警戒気味に家を出たから心配させてしまったみたいだ。

ただ今回に関しては俺の行動もアケミの警戒も正しい対応だった。

俺達はダンジョンの傍という世界でも有数な危険地帯に住んでいるので、これからも警戒を怠らない様にしていこう。

そして俺が無事に帰って来た事でアケミは警戒を解いて俺の手を取った。


「お兄ちゃん大丈夫だった?」

「ああ、それに関しては皆が揃ってから話すよ。メンバーは揃っているか?」

「うん・・・それと、その・・・変なお客さんが1人来てるよ。」


俺はアケミの困った顔に首を傾げると手を引かれてリビングへと向かって行った。

部屋に入るといつもの席にいつものメンバーが座り、その中にはユウナたち3人も含まれている。

そして問題の珍客を探しても視界には誰も見当たらない。

そんな中でユウナが苦笑を浮かべながら視線が下げ、その人物が居る場所を教えてくれた。

するとその先には床に頭を付けて蹲る煌びやかな身形の者がいる。


その見た目はまるで神社で神楽を奉納する巫女のようで赤い袴に金糸で刺繍をしている白い白衣を身に纏っている。

頭は金色に輝く鈴や簪を飾り、それに負けない艶を持つ長い黒髪がオーロラの様に床へ広がっている。

恐らくは見た目から言って少女だと思うけど、今の見える所だけでは判断は難しい。


そして、所謂『土下座』をしている様だけど、何でこんな事をしているのかまったく見当が付かない。

しかもこんな人物に知り合いは居ないのは馬鹿な俺でも分かる事だ。

すると少女と思われる人物は俺が席に座ると同時に顔を上げてようやく話しを始めた。


「此度の事に関して謝罪するのじゃ。」


そして第一声で発せられた声はやはり少女のそれで顔も可愛らしいと思う。

まあ、アケミ達に比べれば大した事は無いけどな。


「その前に教えてくれ。お前は何について頭を下げているんだ?」

「それは・・・クラタ家に関する事でじゃ。」


その瞬間に俺の中での警戒度が一気に跳ね上がった。

どうしてアズサたちの事をコイツが知っているのか!?

それともこれは単なる俺の思い込みでミスリードを誘っているだけか。

すると俺の警戒に気が付いたのか少女はまず自身が何者なのかを話し始めた。


「我はこの周辺を管理する土地神じゃ。人が町を作る前からこの地を管理しておる。そして、お主らの記憶を奪ったのも我なのじゃ。決まりとは言え、お主達には迷惑をかけた。」


何やら変な事を言い出したがこれが嘘ならツバサさんを越えるイタイ奴だ。

しかし一部の者しか知らない事を平然と知っているコイツなら可能性はゼロではない。

それによく聞いていると、この声には少しだけ覚えがあり、しかも俺にとってはかなりの重要人物だ。


「もしかしてお前はあの時の・・・。」

「そうじゃ。我がお主の望みを叶えて蘇生薬を作り出した。あの後、上から滅茶苦茶怒られたが同じ様な者が後を絶たず、同じ事をした神が続出しての。結果として信仰も高まったとしてなんとか許してもらえたのじゃ。そうでなければ、危うく神の座から追放される所じゃった。」


追放されるとどうなるのか知らないけど少女は涙目で震えながらに語ってくれた。

しかも、この事は俺以外は誰も知らない事で知っているとすればあの時に語り掛けて来た正体不明な何者かだけだ。

もし今言った事が真実なら俺達がここでこうして居られるのは全てコイツのおかげとも言える。

それに、あの時にアズサをホブゴブリンから救えたのも結果としてはコイツが蘇生薬を作り出したからだ。

そうでなければあの時の状況で無事に救い出すのは不可能だっただろう。

過程としては死んでいるけどそれも蘇生薬があった故だ。

そうでなければあの時の俺ならアズサを見捨て犯されている間に不意を突く作戦に切り替えていた。

今にして思えば今の俺達の在り様はコイツから始まっているとも言える。


「それが本当なら頭を下げなくても良いぞ。今なら十分な見返りを貰ってるからな。」

「本当か!」

「ああ。それと出来ればついでに皆の記憶も返してくれるとありがたいんだけどな。」


恐らくはここに居る誰もがクラタ家との記憶を失ったままだ。

他の有象無象はどうでも良いけど俺達の記憶くらいは戻してもらいたい。

それに俺が思い出せたのだから他の皆でも可能なはずだ


「うむ、実はそのつもりでここに来ておるのじゃ。しかし、先に言っておくが全ての人間には不可能じゃからな。」

「そこまでは期待してない。ここに居るメンバーだけでも十分だ。」


正確にはアケミとユウナだけでも良い。

父さん達はそんなに付き合いがあった訳ではないので、戻ったとしても大した記憶は無いだろう。


「それなら問題ないのじゃ。」


そう言って少女は手を『パン』と叩くと部屋に光の粒子が広がった。

どうやら光って見えるのは非物質系の何らかの力が可視化した物の様で手に取る事が出来ない。

埃ではなさそうなので後で掃除の必要は無さそうだ。


「これで明日には記憶が戻るはずじゃ。急に戻ると頭への負担が大きいのでな。一度眠ってゆっくりと思い出すと良いじゃろう。」


そう言って少女は立ち上がると先程までとは違い軽やかな表情で歩き出した。

どうやら用事が終わった事でお別れとなるようだ。

色々と聞きたい事はあるけどそこまで多くの事は望めない。

今は助けてもらった事に感謝して送り出すのが一番だろう。


「色々とありがとな。」

「構わん。お主らは守る者として選ばれたのじゃ。それに上の代わりに頭を下げるのも下の役目じゃ。」


すると父さん達は凄い納得したように頷いているので、きっと社会人になるとその辺は大変なのだろう。

だからって泣くのは恥ずかしいので止めてもらいたい・・・。


「そういえば名前は何て言うんだ?」

「我の名か?そんな物はない。呼びたければ好きに呼べば良いじゃろう。」


少女はそう言って笑みを浮かべ期待の籠った目を向けて来るので、変な名前で呼ぶと神罰が下りそうだな。

きっと胸の閊えも解消されて気持ちも高揚しているのだろう。

それに既存の神の名前を付けてしまうと再び怒られてしまうだろうから単純で分かり易い名前が良さそうだ。


「なら、お前は俺達の縁を繋ぎ直してくれたから縁と書いてユカリでどうだ。」

「ユカリ・・・気に入ったのじゃ。今日から我の事はユカリと呼ぶ事を許す。それではまた会おうぞ。」


するとユカリは笑顔と共に光に包まれて消えて行ったので自分の住処に戻ったのだろう。

しかし遠くの方では珍しく消防車の音が聞こえ始める。

最近は聞く事が無かった音に僅かな不安を感じながら説明は明日以降にする事にした。

恐らくは記憶が戻った後の方が納得してくれる所も多いだろう。

そして明日は日曜日なのでもう一度集まる事にしてその日は解散となった。

どの道、休みの日は毎朝ここに朝食で集まる事になっているから時間を指定する必要もない。


そして俺は部屋に戻ると新たに胸に宿った大事な人を思い出しながら眠りに着いた。



次の日の朝、1階に降りるとそこには新たなメンバーが加わっていた。


「おはようハルヤ。」

「おはようお兄ちゃん。」

「おはようございます、お兄さん。」


リビングに入ると、そこには昨日まで居なかったアズサがアケミとユウナに挟まれて朝食の準備をしている。

しかも2人はアズサの事を姉と呼んで本当の姉妹の様に仲良く料理を作っていた。

父さん達も新たに加わったアズサの両親と親交を深めるために今は椅子を増やして談笑している。

俺はそんな輪の中に加わると「おはよう」と返事を返して椅子へと座った。


「それにしても華やかな朝食だね。早朝から誘われた時には驚いたけど来て良かったよ。」

「アズサが加わってるなら味は保証しますよ。あなたが居ない間に料理も頑張っていたみたいですから。」


と言うよりも、あれだけ料理を作って食べていれば上達も早いだろうな。

でも、昔からあんなに食べてたかなと疑問を感じる?


「それにしても、昨日の夜は2人が夜食を作ってくれたんだけど驚いたよ。凄い御馳走だったから食べ切れないと思ってたら2人で殆ど食べ切ってしまいましたから。あれは絶対に自分達が食べたかったからとみ・・・イテテテ!」


すると喋っている最中のハルアキさんから悲鳴が上がった。

見ると、横に座るアイコさんがその腕を掴んで密かに横腹を抓っている。

それを見て周囲に笑い声が広がり明るい空気が広がった。

するとそんな中で料理を作り続けていた3人が此方へとやって来た。


「ご飯が出来たよ~。」


それと同時に大量の料理がアケミとユウナのアイテムボックスから姿を表しテーブルを埋め尽くした。

その量はまさに圧巻で倍の人数でようやく食いきれるかといった感じだ。

しかし以前のバイキングでの事を思い出せばこれでも控え目に作っているのだろう。

その分、料理の種類も多いので俺達は量よりも種類を重視して取って行った。

これなら全ての栄養素を満遍なく取れそうだ。


それにしても、あの絶望の夜にはこんなに賑やかになるとは想像も出来なかった。

この光景を見れば昨日の自称土地神と名乗ったユカリには感謝しないといけない。

すると向かいに座るアズサと目が合い、互いに笑みを浮かべる。


「ム~、お兄ちゃんがアズサ姉と目で語り合ってる。」

「ラスボスの復活ですね。」


そんな事を言いながら2人は俺の口に料理を押し込んでくる。

そろそろ入りきらないし喉にも詰まりそうだから止めて欲しい。

もしかして俺は2人から命を狙われているのだろうか。

それなら窒息などという苦しみ抜いて死ぬ方法よりもスパッと一思いに・・・。


すると意識が次第に薄れ始め、俺は押される様に後方へと倒れはじめた。


「ハルヤ!」

「お兄ちゃん!」

「お兄さん!」


やはりこの世は因果応報と言う事だろう。

約束を守れず九十九学院に行けない俺へ罰が下ったのかもしれない。

そして料理によって声も出せず、視界は闇に閉ざされていく・・・。


そして数分後・・・。


「う・・う~ん・・・。」

「良かった!」

「・・返った!」

「良かったです!」


何か一部聞き取れなかったけど嫌な予感を感じて俺は目を開けた。

すると一瞬しか見えなかったけどアケミとユウナの手にはそれぞれに見覚えのある小瓶が握られていた気がする。

そして、それぞれがもし幻でなければ『お兄ちゃん用』と『お兄さん用』と書いてあった。

それに確かオーストラリアに行く前に2人は俺が死んだらどうのと言ってたのを思い出す。


「もしかして・・・。」

「「あははは~~~。」」


すると2人からは何かを誤魔化す様に乾いた笑いだけが返って来た。

どうやら俺の初めての死亡は魔物ではなく妹とその友達によってもたらされたみたいだ。

ただ、ちゃんと生き返っているし、この2人ならあまり悪い気はしないので俺も大概だなと思いながら苦笑を返して頭を撫でてやる。


「これも一緒に通学できない罰だと思っておくよ。次回からは気を付けてくれよ。」

「「は~い。」」

「それは軽過ぎでしょ!」


しかし、そんな感じに和んでいると別の方向から声が掛かった。

そして、こんな節操のない言葉を発するのは、今のやり取りを見ていたアイコさんだ。


「ん?」


それに対して俺は頭上に?マークを浮かべて首を傾げる。

するとアイコさんは立ち上がってこちらにビシッと指を刺した。


「ん?じゃあいわよ!前から思ってたけどアナタ達は命を軽く見過ぎなの!」

「もしかして、あの時の事をまだ気にしてるのか?ハハハ、大人のクセに細かいなあ。」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「まあまあアイコ。無事に戻って来れたのだから良いじゃないか。」


すると横に座るハルアキさんが優しくとりなしてくれるので、なんだかこの人こそがクラタ家に残っている最後の良心な気がして来たな。

しかしアイコさんにはそんなハルアキさんにまで鋭い視線を向けた。


「もう、ハルアキさんは甘過ぎよ!特にコイツには言うべき事をしっかり伝えないと理解できないのよ!」

「それは人それぞれで理解力が違うのだからしょうがないよ。彼はその・・・アレだからね。」


すると周りが何故か頷いて同意を示している。

何で「アレ」で伝わるのか聞きたいけど、庇ってくれていると思っていればいつの間にかディスられている気がする。


(どうしてこんな会話をしているんだっけ?)


なんだか俺までアレで納得してしまいそうなので床から起き上がると席に戻った。

それにせっかく3人が早起きをして作ってくれた料理だ。

心行くまで、胃が限界になるまで堪能させてもらおう。

俺は再び賑やかになった食卓を見ながら食事を再開した。


その後は朝食を終えて昨日の出来事と情報を共有する事にした。

世界が変化したのは2ヶ月くらい前になるのでハルアキさんは今の事をあまり知らない。

だから分かっている事を説明するだけでもかなりの時間が掛かった。

そして装備は体格が似ている俺の予備を渡して正式な物は後日としてもらう。

そのため俺達の装備担当であつツバサさんを呼ぶと、一緒にアンドウさんもやって来た。


「手は繋がないのか?」

「仕事だ仕事!」


耳をすませば朝の陽ざしを遮るためにカーテンが閉まる音が聞こえて来た。

きっと女性陣が気を利かせてくれているので、これなら外からは何も見えないはずだ。


「お前らサーモグラフィーって知ってるか?別に直接見なくてもどんな動きをしてるかくらいは分かるんだぞ。」


どうやら科学の力は俺達の良心を無効にする程に発達してしまってるようだ。

せっかくの計らいなのに諦めてカーテンを開けるしかないのか?

・・・イヤまだだ!

まだ何か方法があるはず・・・。


「俺達で取り囲めば・・・。」

「そんな事したら異常に思って他の奴が確認に来るから止めてくれ。それと今は仕事の時間だからな。公私混同はしない主義だ。」


しかし、それはアンドウさんの考えであってツバサさんとは違うようだ。

先程から俺達の会話に表情を明るくしたり暗くしたりしているので何を考えているかは何となく分かる。

きっと監視がどの角度から見ているのかは知っているのだろうから隙を見て手ぐらいは繋ぎそうだ。


(その際は全力でサポートしてやろうじゃないか。俺はアレだけど空気は読める高校生なのだ。)

「良いから話に入るぞ!今日は話す事も多いからな!」


そう言ってアンドウさんは溜息を零しながらリビングへと向かって行った。

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