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72 帰宅

俺はオメガの許に向かうと作業状況を確認して声を掛けた。


「見つかったか?」

「ワン!ワン!」


見ると他の犬達も一緒に捲れ上がったアスファルトを除去して『ここ掘れワンワン』と地面を掘り返している。

それにどうやら水も漏れていないし、先程近くで火が燃えていたのに引火していないと言う事は、水道管とガス管は無事みたいだ。

この辺は電気や電話回線は電柱に付いているので停電の心配もないだろう。


しかし、犬が前足で掘っているとは思えない光景だ。

まるで掘っているのが土ではなく水を掻いている様な勢いで土砂が周囲へと飛んで行っている。

そして少し待っていると『パキン・・・』という何か細い物が大量に砕ける音が聞こえてきた。

すると途端に犬たちは素知らぬ顔でその場を離れ始め、その場にはオメガだけが残される。


「どうしたんだオメガ?」

「ワン?」


後ろで見守っていた俺とリリーは何が起きてたのか分からず、オメガに声を掛けながら近付いていく。

こちらとしては別に手足くらいは折れても問題ないと考えてオメガたちに任せたんだけど、もしかすると首とかもっと重要な所を傷つけてしまったのかもしれない。


そう思っているとオメガは尻尾を股に挟み、目を見開いてぎこちない動きで俺達に顔を向けて来た。

実際にチワワは目が大きいので常に見開いているのだけど、今の状況からいつもよりも大きく目を開けている気がする。

しかも尻尾が股にクルリと挟み込まれているのでやらかした自覚もあるようだ。


俺は何を仕出かしたのかを確認するために穴の中を覗き込んだ。

するとそこには俺の想像を越える事態が発生しており無意識に目元を手で覆った。


「オメガ・・・流石にそれは俺も庇えないぞ。」

「ク~ン。」


俺が見た先には石で出来た丸い球体が姿を現している。

あまり考えたくはないけどハルアキさんの頭の部分で、滑らかなのはそれが恐らく頭皮だからだ。


今になって考えてみれば人が石化した場合は大きく分けて2通りの状態がある事に考えが至る。

1つは石の膜が形成されて石化するタイプだ。

漫画やアニメではよくあるけど石化が解けると表面がボロボロと崩れるのがこれに当たる。

これなら石化の際に体積は増えるけど細かい所も補強されて崩れ難くなる。


そして、問題は体組織がそのまま石化していき補強されない場合だ。

そのタイプの石化は当然あるはずの体毛同士の隙間が一切補強されていない。

髪の毛の太さを0,1ミリとするなら、そんな細い石は簡単に折れて砕けてしまう。

そこにステータスの持ち主が容赦なく掘り進んでいたなら尚の事だ。

俺はこの時どうして遺跡発掘をあんなに慎重に行うのかを理解した。


(少し遅かったけど。)


まあ、何がどうなったかというとハルアキさんの髪形は見事な落ち武者カットとなってしまった訳だ。

まあ、頭皮までは傷付けていないのでいずれは元に戻るだろうけどこの状況は絶対にバレる。

それに言っては何だけど髪の場合は死んで蘇生した場合でも少しくらいしか伸びない。

ここは少し可哀相な気もするけど本人に我慢してもらうしか無さそうだ。


「よしオメガ。」

「ワウ?」

「髪は初めから無かった事にしよう。」

「ウ~・・・ワン!!」


俺の言葉に一瞬戸惑ったオメガだけど目の前の惨状を見てすぐに考えを変えたようだ。

今では小刻みに震えていた足はしっかりと大地を踏みしめ、凛々しい瞳で俺を見詰めて来る。

股にあった尻尾は立ち上がり嬉しそうにハルアキさんの頭の周りを走り回っている。

なってしまったものは仕方ないので今度は俺も手伝って掘り起こす事にした。


リリーは既に俺達の行動に呆れて離れた所で他の犬たちに指示を出している。

彼らも関わり合いを持ちたくないと顔に書いてあるので周辺の警戒に喜んで出かけて行った。

そして、ようやく掘り起こすと・・・。


「うん。髪は最初から諦めるべきだな。俺は頑張った。頑張ったけど結果が伴わないのだから仕方がない。」


結局まともな髪の毛は残りませんでした。

だからこれは最初から残っていなかったのだろう。

それに最初の時点でアレだったので長さを揃えるために一度はバッサリ切る事になっていたはずだ。


「うん。そうに違いない。」

「ワン!」

「お、オメガもそう思うか?」

「ワン!」


どうやらオメガも俺の意見に賛成の様で自信いっぱいに頷いている。

流石は俺の共犯者だな。


「よし。それじゃあまずはさっきドロップした石化回復ポーションをかけてみよう。」


さっきの百足からは石化ポーションと石化回復ポーションの二つがドロップしている。

それ以外にも魔石や甲殻もドロップしたけどこれは今はどうでも良い物だ。

俺は片手に中級ポーションを持ちながら反対の手で石化回復ポーションを持ってハルアキさんの頭から垂らし掛けた。

もしこれでダメならアケミかユウナに頼んで石化を解除してもらわないといけないな。


しかし、その心配は杞憂に終わり石化は無事に解除され、ハルアキさんはその場に倒れ込んだ。


するとやっぱりと言うか、石化の時の劣化が影響して体中がボロボロだ。

生きているのが少し残念だけど頭の事は秘密にしておいた方が良さそうだ。

俺はオメガにアイコンタクトを向けて頷き合い、同時に友情を交わ合った。


「何を・・している・・・のですか?ガハー!」


どうやら痛みで一時的に意識が復活したみたいだ。

俺は声に出していなくて良かったと心の中で強く思いながら、手に持つポーションをハルアキさんに差し出した。


「これを飲めば傷が回復しますよ。」

「それはまた。しばらく眠っている間に便利な物が出来たのですね。」


そう言って口に流し込まれた中級ポーションを飲み干してハルアキさんは傷を癒した。

すると髪の毛が1センチ程伸びて坊主とは言えない程度には頭皮が隠れる。


(こらオメガ、そんなに人の頭をガン見するんじゃない。お前の目はデカいんだから気付かれるだろ。)


俺はバレない様に意識を逸らす意味合いを込めてまずは話を振った。


「立てますか?」

「ああ、大丈夫だよ。石にされても意識ははっきりしていたからね。」


そこでどうして俺に笑顔を向けるのだろうかと思っているとオメガはまるでコンクールに出ている様な軽やかなステップで移動を開始した。

しかし、それは俺の前に居るハルアキさんによって容易に妨げられてしまう。


「寂しいなオメガ。昔はあんなに懐いていたのに僕の事を忘れてしまったのかな。」

「ワ・・・ワン。」

「それとも一緒にこの頭の事も忘れてしまったとでも言うのかな。なんだかさっきは僕の周りを走り回っていたみたいじゃないか。」

「ワン・・ワン。」


既にオメガはハルアキさんの腕の中で完全な服従のポーズをしており、3年経っても上下関係に変化は無さそうだ。


「まあ今回は助けてもらってるから文句なんて言わないよ。代わりに色々教えてもらう事になるけどね。」

「それなら問題ないですよ。ところでステータスは持ってますか?」

「今はそんなモノがあるんだね。どんな物なんだい。」


俺は簡単に説明しハルアキさんがステータスを得ているかの確認を行う。

そして手本を見せながら説明を行うと無事にステータスが表示された。


「お~、出た出た。」

「それと今日は遅いので細かい事は後で説明します。それよりも早く家に帰った方が良いと思いますよ。」

「そうだね。皆の記憶だとまだ死んだ事になってるから早く帰ろうか。でもちょっと協力してくれないかい。」

「構いませんよ。俺も一度は顔を出すつもりでしたから。」


そして俺達は並んでクラタ家へと向かって行った。

俺もアイツには色々と謝らないといけないな。

既に取り返しのつかない所が多いけど、それは別の所で挽回するしかない。

それに後でアンドウさんにも相談の必要がある。

何せ戸籍上は死んでいるのでそれらをどうにかしてもらわないといけない。

神様も人の意思はどうにかできても書類やデータまではどうにもならないだろう。


そして到着してベルを鳴ら、外から声を掛けると扉を開けてアズサが飛び出して来た。


「ハルヤ!」


更にアズサはそのまま俺に抱き着くと声を殺して泣き出してしまう。

でも、いつもと違う呼び方に俺の頭にはある予感と懐かしさが生まれた。


「お前も思い出したのか。」

「うん。今まで忘れててゴメンね。あんなに約束したのに大学だって・・・。」


しかし俺はそんなアズサの頬を手で優しく触れてから首を横に振った。

謝るのはお前じゃなくこの俺だからだ。

だってアケミとユウナは記憶を失ってもしっかりと九十九への入学を決めている。

この中では唯一、何も努力もしなかったのは俺だけだ。

それに俺はお前とあんなに近くに居たのに・・・。


「謝るのは俺の方なんだ。今まで寂しい思いをさせてごめんな。これからはなるべく一緒に居られるように、お前を護れるように強くなる。だから、昔みたいに一緒に居てくれないか。」


するとアズサは抱き着く力を強めると胸から顔を上げて互いに視線を絡ませる。

そして昔と同じ様に強い意思を目に宿すと大きく頷いてくれた。


「うん!これからもずっと一緒だからね!」

「ありがとうアズサ。」


すると俺の口からはとても自然に感謝の言葉が零れる。

そして、とても良い雰囲気になってきた所でオメガが俺のズボンを咥えて下へと引っ張った。


(せっかく良い所なんだから邪魔をしないでもらいたい。10分・・・いや、30分くらい待ってくれればアズサも落ち着くから。)


そう思っていると、どうやら待てないのはオメガでは無かったみたいだ。

そういえばコイツはハルアキさんが抱えていたのでそれがここに居るという事はそう言う事なのだろう。


「あの~良い所で悪いけど、そろそろ家族の再会に切り替えてくれないかな。僕も早くアイコに会いたくてね。」


そして声のした方へと視線を移すと苦笑を浮かべたハルアキさんが塀の影から顔だけをひょっこり覗かせていた。

それにしても自分の家でもあるのだからもっと堂々と入ってくれば良いのにと思う。

すると同じように視線を移したアズサはまさかの父親の帰宅に驚愕と混乱の声を上げた。


「え・・・?お・・お父さん!何で生きてるの!?ね、ねえハルヤ、人間も魔物とかお化けになっちゃうの?ね、ねえ、ハルヤー!」


やっぱりハルアキさんが予想した通り今も死んだ認識は変わっていないようだ。

ただ俺とアズサの状況から考えれば切っ掛けさえあれば思い出せるかもしれない。

でもここからはハルアキさん自身の役目だろうから、これからしっかりと家族で話し合って今後の事を決めれば良いだけだ。


「それじゃあ、俺は今日の所は帰るから。」

「あ・・ちょっと待って。」


そう言ってアズサは俺の手を掴んで引き留めると手に持っている光るリングを差し出して来た。


「えっと・・・貰い物だけど。ちょっと遅いクリスマスプレゼント。」

「良いのか?」

「ハルヤにしか渡したくないの。」


アズサはきっぱりとそう言うとクリスマスに送ったペアリングの片方を握らせてくる。

そして、その勢いのまま俺の服を掴んで引き寄せると自分から顔に迫って軽い口づけをする。

危うく歯と歯がぶつかる所だったので調整しておいけど、俺の中で避けるという選択肢は一瞬も浮かばなかった。


「初めての・・キス。遅れてごめんね。」

「気にしなくても気分的にはたったの数時間だ。これから幾らでも取り戻せる。」

「そうだね。凄く楽しみ。」


そう言ってアズサは笑って離れると家の中に駆けて行った。

すると横にハルアキさんがやって来て俺の手元を覗き込んでくるけど、キスの件は完全にスルーしてくれるみたいだ。


「貰い物って言ってたけどそれってかなり高いよね。・・もしかして私が居ない間に娘は悪の道へ足を踏み入れたのかな?」

「そんな訳ないでしょ。これは俺がクリスマスに渡したペアリングですよ。」

「そういう事か。君も何だかんだ言ってやる事はやってたみたいだね。」

「本当に偶然の産物ですよ。」


このデザインには覚えがあるし店長のアカツキさんがちょっとサービスしておいたと言っていた。

それに後は本人の勇気次第だとも言っていたので彼女の仕業で確定だろう。

次にあの店に行った時にでも低身低頭でお礼を言っておかなければならないようだ。

それに形はどうあれクリスマスにアズサにもちゃんとしたプレゼントを贈る事が出来たのはあの人のおかげだ。

電車で席を譲るちょっとした縁からだけど良い事はしておくものだ。


「ははは、そうだったんだね。もちろん娘の事だからちゃんと信じてたとも。」

「今のは確実に疑ってたでしょ。」

「ははは、妻と娘には内緒だよ。」


ある意味では素直な人なんだけど俺と一緒で家族の事になると暴走気味になるみたいだ。

でも一瞬前まで殺気と黒いオーラが洩れてたから、もしそんな悪党がいれば根絶やしにされていただろう。

ただし、その時は俺も全力で協力させてもらう。


「それでは俺は帰るので後の事はよろしくです。それとこの人に明日にでも連絡をするようにしてください。ステータスがあるって言ったらすぐ来てくれますから。」


俺は最後にアンドウさんの連絡先を教えてその場から離れた。

門を出る時にアイコさんが扉を砕かん程の開放音と号泣のオマケ付きで出て来たけど、俺は関わり合いにならない事にする。

なんたってご近所さんの反感がもの凄かったからな。


さっきの戦闘時は誰も出て来なかったのでハルアキさんが何かしていたのかもしれない。

魔物を封印できるようなので結界でも張ってあった可能性もある。

そんな事を考えていると俺はある重大な事に思い至った。


「・・・あの人がアイコさんを護る使命があるなら、俺の負担が激減するんじゃないか?もしそうなら、あの人を掘り当てといてマジで正解だったかもしれない。有るか無いか分からない徳川埋蔵金より価値がありそうだぞ!」


アイコさんのトラブル体質に対応できる程の人間には、もはやステータスが必須だ。

アズサなら俺が幾らでも解決するけど二人となると無理になる。

それでなくても平日は学校と自宅で二手に分かれる。

さらに言えばアイコさんは危険なのを知っていても注意浅く出かけるので危険は尽きないだろう。

ハルアキさんの帰宅は下手をしたら日本を救うかもしれないな。


そんな事を思いながら俺は出かけた時とは正反対にウキウキ気分で家の扉を開けた。

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