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70 異変

装備を確認し終えてもうじきベットに入ろうとした所で突然足元が揺れたのを感じ取った。


「地震か?」


しかし、何か嫌な胸騒ぎがする。

それに震度が2以上はあったと思うのに全くスマホに通知がなく、いつもならあれくらい揺れるとすぐに速報が入るはずだ。

俺は不審に思ってスマホを手にすると念のためにアンドウさんへと連絡を入れて確認を取る事にした。

素人が調べるよりもあの人の方が正確で細かな情報を集めることが出来る。

そして数度のコールの後に電話が繋がり軽い挨拶の後に本題へと入った。


「さっきの地震について何か知ってるか?」

『地震、そんなものがあったのか?俺は気が付かなかったがお前の気のせい・・・で終わらせるのは危険か。すぐに調べてみよう。もしダンジョン絡みなら大問題だからな。』

「分かったら時間を気にせずいつでも連絡を頼む。」

『了解した。』


長話をしている時ではないので簡潔に話を済ませるとどちらともなく電話を切った。

そして俺の中では先程の胸騒ぎがいまだに燻ぶっている。

それは何か重大な事を見落としている様な、大事な事を思い出せずにモヤモヤしている感じに似ている。


そして晴れないモヤモヤを感じているとスマホが鳴り響き待っていた連絡が来た事を知らせてくれる。

俺は思考を切り替えて戦闘時と同じに感覚を研ぎ澄ますと、スマホを手に取り通話ボタンを押して耳に当てた。


「もう調べ終わったのか。」

『まあな。特に振動に関してこの周辺には実験的に一定間隔で振動計を設置してある。気象庁の様な細かな測定は出来ないがお前が言う様な事を調べるくらいなら簡単な事だ。』

「それで、結論はどうだったんだ?」

『いつも以上に結果を急いでいるみたいだな。』


やっぱりアンドウさんは鋭いから隠しても無駄か。

俺の気分的な事で確証が無いから何も言わなかっただけなんだけど、それでも時としては重要な事もある。


「ちょっと胸騒ぎがするだけだ。確証は何もないけどな。」

「そうか。なら俺が調べた事を伝えよう。まずは周囲に居る俺の部下の報告からだが地震を感じ取った者は誰も居ない。」

「誰もか?もしかして、俺が2階にいるから余計に揺れていただけか?」

「いや、俺の部下にはお前よりも高い所に待機している奴も何人か居る。そいつ等も揺れは感じていなかった。」

(どう言う事だ?それなら俺の完全な勘違いだったと言う事か。)

「そして、次に伝えるのは町に設置した振動計のデータだがそちは何故か地震が発生したことを示している。しかも範囲が狭く震度は4を超えている。これだけの地震を感じられていない時点で何かが起きている。または起きようとしている可能性が高い。」


それだけの揺れを人は感じないのに機械だけが検知していると言う事は何かの異常が発生していると見ても良いだろう。

しかもこの近所だけと言うのが特に引っ掛かる。

それに俺の中ではスキルではない別の何かによって警鐘が鳴り続けている。

それがさっらに不安を増幅して俺から落ち着きを奪っていく。

なので、まずは行動に移す為に装備をベッドの上に広げて確認を行いながら電話に応えた。


「そうだな。ちょうど良く明日は日曜だ。俺の方でも警戒を強めて周囲を見回ってみる。」

「頼む。それと何か起きるまで俺達には何も感知できないかもしれない。お前の方でも誰が今の地震を感じる事が出来たのかを確認して同行者を選んだ方が良い。」

「そうするつもりだ。」


そして俺は通話を終了させると部屋を出てまずはアケミの部屋の扉を叩いた。


「アケミ、まだ起きてるか?」

「起きてるよ~。夜這いなら入って来ても良いよ~。」

「そうか。なら今日は戻るか。」


夜這いでないなら入るなと言われては仕方ない。

しかし俺が扉の前から離れようとするとアケミが慌てて飛び出して来た。


「嘘嘘、冗談だよ。お兄ちゃんなら何時でも何処でもウエルカムだからね。」

「いや、それは良くないだろ。・・・まあ、それよりもさっき地震があったけど気付いたか?」

「ん~・・・地震?」


俺の質問にアケミはしばらく悩むと首を傾げたので、どうやらアケミは気付けなかったみたいだ。

それなら仕方ないなと思いながら俺はその頭を軽く撫でてやる。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「何でもない、ちょっと出かけて来るから家を頼んだぞ。」

「う、うん。分かった。・・・すぐに帰って来るの?」

「ああ、この辺を一周してくるだけだ。」


俺はそれだけ告げると自室へと戻って行った。

素直に言えばアケミなら必ず付いて来ようとするだろう。

家の中が必ず安全とは言えないけど今のアケミなら何があっても簡単には死なないはずだ。


俺はその後、装備を整えて父さんと母さんにも声を掛けて非常時に備えてもらい家を出た。


そう言えば今日もリリーの姿が消えていたので勝手に出掛けているようだ。

もしかすると獣の直感が働いて何かを感じ取ったのかもしれない。

そうなるとオメガも町に出ているかもしれないので見つけたら協力してもらう事にした。


俺は完全武装で靴を履くと扉を押し開けた。

しかしそこは夜のはずなのに光に包まれていてまるで昼間のように明るい。

そして玄関の前には幼い少女が俺に向かって手を差し出していた。


「迎えに来たよハルヤ君。」

「お前は誰だ?」

「また寝ぼけてるの?早く行かないと置いて行かれちゃうよ。」


そう言って俺の手を取るとそのまま走り出した。

その時に見えた顔は何処となく見覚えがあるけど誰だか分からない。

しかし俺が数歩も走らない内に周囲から光が消え去り少女の姿も掻き消えた。

だが少女に繋がれた手の温もりは残り、俺の胸に懐かしさが込み上げてくる。

そして俺の本能が巨大な声で叫びを挙げ、この温もりは忘れてはいけないものだと教えてくれている。


俺は手を繋いだ時の感触を胸に刻むように何度か握り締めると不思議なほど自然に心に染み込んできた。

しかし、そんな事が今の俺に起きるはずはないので何らかの状態異常を疑い、ステータスを確認してみる。


「・・・異常は無しか。どうなってるんだ?それにアイツはいったい誰だ?あちらは俺を知っている様だけど俺はまったく記憶にない。・・・気にしてもしょうがないからまずはダンジョンの確認に向かおう。」


俺はそのまま走り出すとダンジョンの方向へと向かって行った。

ここからなら全力で走れば数秒で到着できる。

しかし走っていると再び目の前が光に包まれ前が見えなくなってしまう。


「またか。このまま突っ切ってみるか。」


しかし、その途端に俺の背後で泣き声が聞こえ始めた。

声からして女の子だが、気が付くと前意識がそちらへと吸い寄せられるように向けられている。


「ヒック、痛いよ~。」


そして俺の足は地面に張り付き、その場から離れる事を全力で否定している。

それに泣いている少女を置き去りにしようと思う度に俺の中の何かが悲鳴を上げ全身を駆け巡りながら痛みを与えていた。

恐らく、今の俺では少女をこのままにして駆け出す事は不可能だろう。

俺は溜息をつくと少女の許へと歩み寄って地面に膝を付いた。


「どうした?」

「ヒック・・お膝を擦りむいちゃったの。」


そう言って少女は擦りむいた膝を見せるので俺は再び溜息を吐くとジャケットにあるポケットの一つを漁った。

これくらいなら下級ポーションで十分だろうけど、何故か俺が手にしているのはポーションではなく1枚のハンカチだった。

俺は不審に思い何度か試してみるけど、幾ら繰り返してもハンカチしか出て来ない。

まるで狸か狐に化かされているみたいだけどポーションが取り出せないと言うなら仕方ないのでハンカチを膝に巻いてやると立ち上がった。


「後は自分でどうにかしろよ。」

「ん!」


しかし、少女は両手を突き上げると子供が良くやる抱っこのポーズを取った。


「おんぶして。」

「は~仕方ないか。」


拒否して行こうとしても再び足が動かず、他に選択肢は無さそうだ。

しかし背中に背負う時に見た少女の顔と身長は先程よりも明らかに成長していた。

そして俺がしゃがむと少女は俺の背中に飛び乗って首に腕を回して来る。

もしこれが罠なら俺はこの瞬間に死んでいるかもしれない。

しかし背負った瞬間に感じたのは痛みではなく見た目からは想像できない程の重さだった。


「重!」

「てい!」

「痛!」

「女の子にそんな事言っちゃダメ。そんなハルヤ君とは結婚してあげないよ!」

「俺に元々そんな幼馴染はいねえよ。」

「居るよ。・・・だから早く思い出して。」


そう言って周囲は再び夜に戻り背中の少女の姿は消えた。

でも痛みを感じた事よりもあの時の重みに何処か懐かしい物を感じる。

もしかすると洗脳されているのではと思いステータスを確認しても、やはり何も表示されていない。


「一体なんだって言うんだ?」


するとある家の前を通りかかった時に再び光に包まれた。

そこは昔は空き地で子供の遊び場でもあった場所なので、よくアケミとも一緒に遊んだのを覚えている。

たしか俺が小学3年から6年の間だったか。

その後はアケミはユウナと知り合ってここには来なくなった。


そう思っていると空き地で4人の子供が仲良く遊んでいた。

見ると一人を除いてどの顔にも見覚えがある。


「あれはアケミとユウナ!それなら、あれはもしかして俺か!」


そこには俺の記憶にある様なアケミと俺が居る。

ユウナの幼い時の顔は見た事はあるけどここで遊んだことは無い筈だ。

それになんであの中にさっきから出てくる少女が混ざってるんだ!


これは明らかに俺の持つ記憶とは違う。

もしかすると俺はパラレルワールドの自分の幼い時でも見せられているんじゃないかと思えてくる。

そんな時に俺の横から男の声が聞こえた。


「君の頭は思ってた以上に頑固だねえ。」


俺はその声のした方向へと視線を向けると柔らかい笑みを浮かべた男がこちらに顔を向けていた。

ただ、この場に居る時点でただの人間であろうはずはない。

ステータスチェックは問題ないとしても気配もなく現れたこの男は油断できない存在と言える。

それにその姿にも何故か懐かしさを感じるけど顔だけでなく体の見える所はいたる所に罅が入っていて今にも砕けてしまいそうだ。


「そりゃどうも。それでお前は誰だ。俺にはお前の記憶も無いんだけどな。」

「フフ。まあ、あの少女の保護者だよ。」

「その保護者が何をしに来たんだ。」

「君の人生の矛盾を教えてあげにさ。」

「矛盾だって。」


俺が問い返すと男は真面目な顔でコクリと頷いた。

どっちみちここでは何かできる訳ではなさそうなので今は男に付き合ってやる事にする


「君は昔から頭が悪い。それは自覚してるね。」

「ああ。先日アズサにも言われたからな。」

「なら、どうして君があんな真面な高校に進学できたのかな。」


その瞬間、俺の中に膨大な矛盾が生まれた。

確かに俺には逆立ちしても不可能な高校だ。

もしあそこに俺が通うなら1年やそこらではなくまさに小学生から俺をあそこまで導いた人間がいる筈。

しかし俺には塾に行った記憶も親から勉強を厳しく教わった記憶もない。

それに親友と認めるショウゴとの出会いは高校に入ってからだ。

なら、誰が俺をあそこまで導いた?

今になって思えば俺一人では絶対に達成出来るはずがない今の状況に膨大な矛盾が生まれている。


「君は自分の事はよく分かっているみたいだね。なら、早く僕の事も思い出して欲しいな。もうあまり時間が無いんだよ。」


男がそう言った途端に周囲は再び夜へと戻った。

すると目の前にはダンジョンがあり、見るからに異常は無さそうだ。

俺は先程の事を考えながら次はどの方向へ行こうかと思考を巡らせる。

すると先程の少女が俺の横を駆け抜けて夜の闇へと消えて行った。

どうやら次に進むべき道も準備されているようだ。


ここまででも白昼夢を見ているような状態でいつの間にか到着している。

恐らくはどちらに進もうと行く道は変えられないだろうから、このまま最後まで付き合ってやる事にする。

俺は次第に心のピースが嵌って行くような感覚を感じながら少女が消えて行った方向へと歩き始めた。

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