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66 正月 ②

出発するとそれぞれのグループで会話を楽しみながら神社へと向かって行った。

その頃になるとアズサも慣れて来たのか、笑顔で会話する事が多くなってくる。

その表情に周囲の男子は鼻の下を伸ばし、密かにスマホのカメラで写真を撮っている。


(確か同意のない撮影は盗撮になるんじゃなかったかな。)


その時は自己責任でどうにかするだろう。

進学を控えたこの時期に馬鹿な事を考える奴はいないと思う。

それに大半は女子たちが上手く間に入って撮影を阻止している。

スキルも無いのに凄い察知能力なので、あれは俺も見習わなければならないだろう。

アケミとユウナを護るためにも。


そして、しばらく歩いていると昨夜に火事のあったマンションの近くを通りかかった。


「そう言えば昨日ここで出たんだってよ。」

「何が出たんだよ?」

「フライングヒューマンだよ。ニュースにはなってねえけど、この辺だとかなりの噂になってるぞ。」


そう言えば、ここから立ち去る時に周りの人たちがそんな事を言っていたな。

ニュースになっていないのはアンドウさん辺りが手を回したてくれたのだろう。

すると俺達の進む先で挙動不審な男性を発見し、しきりに周りを見回して人の顔を窺っている。

そして俺と目が合うとこちらに向かって駆け寄って来た。


(武器無し、敵意無しか。)

「探したよ。まさかこんなに早く会えるなんてね。警察は何も教えてくれないし、ここで待っていればもしかしてと思ってたんだ。」


男性は俺の前に来ると息を切らせながら笑みを浮かべる。

一瞬誰かと思ったら昨日マンションから助け出した男性のようだ。

口ぶりからして俺を探していたみたいだけどここを通るのは年に一度だけで次に通るとすれば来年のはずだった。

それにしてもフードで隠していたのに良く俺の顔が分かったものだ。


「それで、怪我はなかったですか?」

「君のおかげでね。どうしてもお礼が言いたかったんだ。だから昨日はありがとう。」


男性は俺にお礼を言うと周りを見回し、苦笑を浮かべながら再び口を開いた。


「友達と一緒みたいだね。あまり大事になっても困るだろうから俺は行くよ。縁があったらまた会おう。俺は九十九学園で教師をしているから何かあれば訪ねて来てくれ。」


そう言って彼は名刺を取り出して俺に渡して来た。

あの学園とはこれからも少なからず縁がありそうなので俺はありがたく受け取る事にする。


「分かりました。」

「それじゃあね。」


そう言って男性は俺の名も聞かずに去っていった。

恐らくは警察の対応から察して気を使ってくれたのだろう。

もしかするとまた会う機会もあるかもしれない。

すると俺の横にいるショウゴが驚いた顔で声を掛けて来た。


「おいおい、九十九って言ったらこの辺で一番デカい学校じゃないか。教師も精鋭ばかりで給料も高いって話だぞ。お前あの人に何したんだよ。」

「ちょっと落ちそうなモノがあったから声を掛けてやっただけだよ。」


落としそうだったのは本人の命だけどそこは言わないくても良いだろう。

人によっては本1つ、リンゴ1つでもお礼を言う人は言うからな。

しかしショウゴも周りのメンバーも俺の説明に納得していないのか微妙に首を傾げている。


「そうなのか?それだけじゃない気もするけどな。」

「感謝の仕方なんて人それぞれだろ。良い事をすればいつか返って来るって事だよ。」


俺の言葉にアズサだけは笑ってるけど、そんな態度だと周りから問い詰められて後が大変だぞ。

まあ、頭は良いらしいから上手い具合に誤魔化すだろう。


そして再び歩き始めると今度は昨日の事故現場に到着した。

地面の石柱は砂にして端に避けてあるし事故があったと示すのは抉れた分離帯だけだ。


「そう言えばなんだか今年は警察が多いな。」

「昨日の事故で警戒してるんじゃないか?」


そう言ったものの、ここに来るまでに何人も制服の警官が立っていた。

私服警官がパトロールする事は多々あるけどこんな事は初めてだ。


「警官が居れば馬鹿な事をする奴も減るんじゃないか?」

「そうだと良いけどな。」


そして、神社に到着すると俺達は境内を歩き屋台を見て回り始めた。

あれからずっと働いているのか屋台で仕事をしているのは一緒の人だ。

数少ないかき入れ時なので昼夜を問わず頑張っているのだろう。

するとアズサは再びたい焼き店へと足を運んでいるのが見えた。


「おじさんたい焼き・・・1つ下さい。」

「あ、私も。」

「私もお願いします。」


アズサに続いて店主に声を掛けると皆もたい焼きを購入していく。

それにやっぱり周りには大食いである事を秘密にしているようだ。

すると店主は手際よく個別に商品を袋へと入れ、アズサ以外へと次々と渡していく。


「へい、お待ちー!」


そして、それぞれに受け取ると包みを開けて美味しそうに食べ始めた。

すると店主はその瞬間を見過ごさず、最後に回していたアズサの袋に2匹目を素早く差し込んでいる。


「お嬢ちゃん。いつもありがとね。」

「は、はい。ありがとうございます。」


そう言ってアズサはお金だけはしっかりと払って袋を受け取った。

そしてバレない様に速度を調整しながら2匹食べている事を上手く誤魔化して完食する。


(中々に粋な計らいをするオッちゃんだな。きっと来年はさらに多くのたい焼きが売れる事だろう。)


そして、俺達は参拝者の列に並ぶと女子を前にして少しずつ進んでいった。

そのため、まずは前に並んだ女子が終わる事になり、列から離れていく。

しかしそれを見計らっていたかのように近くで集まっていた男達が動き始め、女子の許へと向かって行った。

すると彼らは女子を囲むように動いて包囲すると軽薄な笑みを浮かべながら声を掛ける。


「ねえ、これから遊びに行こうよ。」

「俺達奢っちゃうよ。」


どうやら俺達と離れたのを見てナンパに出たようだ。

しかし誰もその気がないので固まってこちらへと視線を向けている。


「すみません。他の男子たちと来てますから。」

「良いじゃん、良いじゃん。あんな奴ら放っておいて俺達と行こうぜ。面白い事いっぱい教えてやるからよ~。」

「あの、すみません。お酒臭いです。」


どうやら既にかなり酔いが回っているようで、あまり言葉が通じていないみたいだ。

周りも関わり合いになりたくないのかそこだけ人が寄り付かず、子供連れは逃げる様に離れて行っている。

そんな中で男子の何人かが気が付いて女子の許へと駆け出して行った。


「あの、彼らは俺達の連れで・・・。」

「テメーには聞いてねーんだよ!」


すると男の1人が振り向きざまに蹴りを放ち声を掛けあ男子を容赦なく蹴り飛ばした。

そして倒れた男子を見て男達はゲラゲラと笑い再び女子に視線を移す。


「ねえ、君たちもあんなになりたくないだろ。俺達と来て楽しんだ方がお得だぜ。ゲハハハハハ。」


ここまで来ればナンパではなく脅しを踏まえた誘拐だ。

それを見て他の男子たちも駆け寄ると倒れた奴を庇いながら男達の前に立ちはだかる。


「お前ら良い加減にしろよ!」

「何だテメー!」


すると男は大声を出してこちらを威嚇してきた。

しかし皆にも女子を護りたい気持ちはあるのだろうけど、純粋に敵意を向けられ威嚇された事がある者が何人いるだろうか。

そんな経験が無い者はそれだけで体が震え、こちらの人数が多かろうと竦んで動きが悪くなる。

こんな状態では自分達よりも年上で体つきの良い男達には勝てないだろう。

そして極めつけに男の一人がポケットから何かを取り出してこちらにだけ見える様にチラつかせて来た。


「お前らそんな物・・・。」

「シ~~~。声を出すんじゃねえよ。分かったらお前等はとっととお家に帰りな。そしてこの子たちは俺達がお持ち帰りする。なにせそこに居るのはお前らには勿体ね~上玉ちゃんだからな。だから俺達が美味しく頂いてやるよ。」


周りを見ると皆は顔色を悪くして歯を食い縛っている。

なんでアイコさんが居ないのに、こんな面倒が起こるんだろうな。


そして、この中で冷静なのは俺とアズサだけのようで女子の中には既に目に涙を浮かべている者も少なくない。

警察を期待しているのかもしれないけど一向に現れる様子も無く、もしかするとここには私服警官すらいないのかもしれない。


俺は溜息をつくと皆を軽く掻き分けながら前に歩き出した。


「お前ら、いい加減にしてくれないか。そろそろ帰りたいんだけど。」

「ならとっとと帰りやがれ!」


そう言って先頭の男は俺に駆け寄ると同時に容赦ない蹴り上げを股間に放ってくる。

受けても痛くも痒くも無いんだけど、それだとつけ上がりそうなのでこのタイミングを利用させてもらおう。

俺は向かって来る蹴りを直前で躱すとそのまま相手の踵を取って上に持ち上げる。

ついでに踵を握り潰して動けなくし、空振りをした勢いで後ろに倒れる所を手伝ってやりながら足裏で顔面を踏みつけて地面に押し付けた。

するとピクピクして動かなくなったので良い感じに意識を失ったようだ。

そして俺はそのままナイフを見せびらかしていた男と距離を詰めるとその手首を持ってこちらも握りつぶす。

更に腹パンをくらわせて動けなくなった所で横に居る男の足を払いその場に転がした。

蹴った時に骨が折れる感触がしたけどそれは自業自得だろう。

すると残りの男達がようやく動き始め、二人は俺に向かい1人は傍に居たアズサを人質に取った。


(本当にあの家の人間は運が無いな。)


俺は向かって来た二人の顎を砕いて瞬時に昏倒させるとゾーンに入ってアズサを掴んでいる腕を掴み取り、手が離れた瞬間に後ろに回ってそのまま上に放り投げた。


「お前はもう少し周りに気を付けろ。」

「うん。でもハルヤ君を信じてるから。」


そう言ってアズサは笑顔を向けて来るのでこれは反省をしてなさそうだ。

後でもう少ししっかりと注意しておかないと、こうして常に俺が傍に居るとは限らない。


(ん?俺がコイツの事を気に掛けてるのか?ま~・・・気のせいか。)


「まあいい。騒ぎになる前に帰るか。」

「もう騒ぎになってるよ~。」

「それもそうか。よし、みんなずらかるぞー。」

「「「「お、お~~~!」」」」


俺はそのままノリと勢いに任せてみんなを連れてその場から立ち去る事にした。

その間にたい焼きのオッちゃんがたい焼きの入った紙袋を投げて来たり、餡餅を売っている屋台からは餡餅の入った袋が投げ渡される。

なんだか御捻りを受け取っているような気分だけどくれるなら受け取っておこう。


ちなみに彼らは警察ではなくここで出し物の準備をしていた鬼の皆さんに連行されていきました。

この地域でのヤブの多くはヤクザさんが担当している。

年始早々に開かれる神輿合戦を邪魔された彼らの怒りは大きいだろう。

きっと彼らなりに丁寧な教育をしてくれるはずだ。


そして帰りながらアズサは女子のケアーに励み、男子は意気消沈で歩いている。

いきなりのハプニングがあったがさっきの様に動けただけでも十分に称賛できる。

ただ相手が此方よりも手慣れていて手札も強かっただけだ。

そして、こちらには俺というジョーカーが混ざっていただけなので落ち込む必要はない。

今日の事を悔やむならこれから変わっていけば良いだけだ。


「みんな元気出せよ。次は自分を鍛え直して挑めば良いだけだ。」

「ああ・・・でもお前は凄いよな。いつの間にあんな強くなったんだ。」

「俺も最近はジムに通ってるからな。そのおかげだよ。」

(まだ一回しか行ってないし、やったのは柔軟とランニングだけだけどな。)

「そうなのか?よかったらそのジム教えてくれよ。今度行ってみるからよ。」

「あ、それなら俺も。」

「俺もだ。」


皆に言われて俺はスマホを操作するとジムのホームページを教えておいた。

この中で何人が行くかは分からないけど、今日の事が本気で悔しければ何か行動を起こすだろう。

そして皆の元気が出てきたところで再び会話が弾み始め前方からから1台の護送車がやって来た。

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