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65 正月 ①

1人で別れたツバサはハルヤが予想した通り、自分達が使用している事務所へと入って行った。

そこでは既にお茶が用意されており、向かい合っているソファーの片方にはアンドウが腰を下ろしている。

彼はいつもの鋭い表情を5割増しにしてツバサに対面へと座る様に促した。


「座れ、早速だが報告を聞きたい。」

「もう、せっかちですね。それだと女の子に嫌われますよ。お餅を買ってきましたから食べながら話しましょう」


そう言ってツバサはいつものお道化た仕草でソファーに座ると手に持つ袋から餡餅を出してテーブルに置いた。


「出来たてですからまだ暖かいですよ。」

「・・・ああ。」


アンドウは彼女の押しに負ける様に手を伸ばすと簡単なフィルムに包まれた餅の包装を解いて口へと運ぶ。


「頭を使う時には糖分が必要だからな。」

「はいはいそうですね~。そういう素直でない所はハルヤ君そっくりです。」


しかし、そんな和やかな会話がしばらく続くと二人の気配が突然変化した。


「それでは報告を聞こう。」

「はい。結果から言いますが覚醒を確認しました。クラタ アズサにも間違いなく能力は引き継がれています。」


それを聞いてアンドウは表情を歪めて顎を擦る。

実は既にあの家の子とは調べが済んでおり、とある情報が政府より届けられていた。


「俺も最初は半信半疑だったが本当の話だったとはな。まさか生贄の家系なんてものが、この日本に存在するとは思わなかった。」

「私もです。周囲の不幸を引き寄せるなんて少し前なら信じられませんでしたよ。」

「ああ、しかも同時にそれを解決する事の出来る者も引き寄せる。どうりでいつも動きの遅い政府がオーストラリアへの救助船を急いで手配した訳だ。恐らく、最大の目的は人々の救出ではなくクラタ アイコの回収だったのだろう。」

「それが分かっているならどうして国はその家系をどうにかしないのですか?」


不幸を引き寄せる体質。

文字から言えば関わり合いの持ちたくない相手だ。

しかし、それを分かっているなら良い方にも悪い方にも幾らでも利用できる。


「なんでも変に外部から関わると力を発揮しないそうだ。だから、何も知らせず自由にさせているらしい。本人たちも慣れているから自分がちょっと運の無い一般人だと思ってるしな。」

「あれをちょっとと言って良いのか分かりませんね。」

「人は慣れる生き物だ。どんな不幸でもそれが日常なら気にならなくなる。政府としても死なせないために色々やって来たそうだ。あそこの父親は間に合わなかったそうだがな。」

「あくまで不幸を呼び寄せても回避は他人任せと言う事ですね。」

「常に対処可能な人材が揃う訳ではないと言う事だ。だからこれからもユウキ家にはクラタ家をしっかりと守ってもらう。」

「なるべく行動を共にさせると?」

「そのための手段は既に手配済みだ。九十九学園の理事長は政府との・・いや、天皇との繋がりが深い。すぐに了承してくれたよ。」

「もしかして生贄の家系とはそんなに古くから?」

「あんな能力だ。時の支配者が知らないはずはないだろう。先日会って来たが全て知っていたよ。ただ、彼らも今では利用ではなく生活を乱さない範囲で保護を優先してくれと言う事だ。」

「それは難易度が一番下から一番上に上がってる気がしますね。」


そう言ってツバサは表情を緩めて笑みを零す。


「細かな事は休みが終わってからだ。お前は引き続きアイツ等に張り付いておけ。」

「あ、あの。今年の夏は・・・。」

「頑張れば休暇を出してやろう。年末のイベントは潰れてよかったな。」

「そうですよ。突然休みを取り消しにされるこちらの身にもなってください。まあ、それなりに楽しめたので良いですけど。」

「お前の仕事は新年からが本番だと言う事を忘れるなよ。」

「は~い。」


そして、2人は立ち上がると今日の所は解散となった。

そのため自分のデスクに行くと荷物をまとめて帰る準備を始める。


「そう言えば。」

「何ですか?」

「その着物・・・似合ってるな・・・。」

「ムフフ~。そう言ってくれるのはアナタだけですよ。お礼に今日は飲みに付き合ってあげます。」

「奢らないぞ。」

「なら、可愛い私を見物する権利を付けましょう。」


するとアンドウは珍しく笑みを浮かべて溜息をついた。

それは降伏のサインとも取れるが、ある意味では幸福のサインでもある。


「それならしょうがない。飯代分くらいは出してやるよ。」

「さすがツカサです。今日は帰しませんからね。」

「お手柔らかに頼むぞ。」


そして二人は指を絡めて恋人繋ぎにすると夜の町へと消えて行った。




次の日の朝になり、俺は今日ものんびりと過ごしていた。

激動の12月を終えた反動なのか何もない方が落ち着かない気がする。

父さんと母さんは日頃からそれぞれに仕事をしていたので慣れているのか、学生の俺ではまだまだあの落ち着きは不可能だ。

なんだかダンジョンに入って暇つぶしをしたくなってしまう。

仕方ないので友達とスマホでメールをしていると新年早々顔合わせをする事が決まった。


「それじゃあ、ちょっと行って来るよ。」

「行ってらっしゃい。夜までには帰ってくるのよ。」

「分かった~。」


俺は靴を履いて外に出ると待ち合わせをしている公園へと向かった。

話では広範囲に声を掛けて揃って神社へと詣でようという事らしい。

既に一度は行っている人もいるだろうけど新年に集まる口実としては無難な所だ。

そして到着すると意外に多くの人が集まっていた。


「あけおめハルヤ。」

「あけおめ省吾ショウゴ。」


俺と挨拶したのは佐藤サトウショウゴといって俺とは学校でよく話をする間柄だ。

恐らくは一番仲が良くて将来高校時代の親友は誰ですかと聞かれればコイツの名前を答えるだろう。

性格は気さくで話し易くアケミとも普通に会話をしてくれる。

ただ我が家にはアケミも居るし、頻繁にお隣のユウナも来ていたので遊ぶ時はコイツの家にお邪魔している。

仲が良いとは言っても妹であるアケミに気を使うのは兄として当然のことだ。

なら何でショウゴがアケミと普通に話をするかというと、アケミは俺が出かけていると時々何処からともなく現れるからだ。

その際に会話に発展する事もありコイツとは面識もある。


ちなみに普通というが他の奴はアケミの前だと何故か緊張してあまり話そうとしない。

アケミもそう言った連中には気を使って話しかけないので俺の友達で話をするのはショウゴくらいだろう。

まあ今はその中にアズサが加わっているけど。


「それにしてもかなり多いな。40人はいるんじゃないか?」


周りを見ると男が30女が10と言ったところだ。

その中には初めて見る様な顔や話した事のない奴も居る。


「ああ。参加自由って言ったら人が人を呼んでこうなった。それに今日は我が校の一番人気であるクラタさんも来るからな。新年早々その姿を見ようと考えた馬鹿共が多いんだ。」

「ん?クラタって、クラタ アズサか?」

(なんでアイツを見るためにこんなに集まるんだ?あんなのは唯の食欲魔人だろ。)

「学年主席の頭脳とその容姿端麗な姿に我が校で恋人にしたいランキング不動の1位を獲得しているクラタさんだ。なんだ知らないのか?」

(まったく知りませんでした。)


そう言えばコイツは変に行動力があって年に何度か馬鹿みたいなアンケートを学校規模で行っているな。

きっとそのうちの一つが恋人にしたいランキングなのだろう。

確かに見た目だけは良いので本性を知らなければ人気がありそうだ。


「初めて知ったな。それでその本人はまだ来てないのか?」

「ああ、そろそろ来るはずだけどな。・・・ああ、来たぞ。」


ショウゴはそう言って公園の外を指差した。

するとその声を聞いた男性陣の多くはそちらへと視線を向け、女性陣からは棘のある気配が生まれたのを感じ取った。


「アイツは女子から嫌われてるのか?」

「まあ、頭も良くて見た目も良いからな。女子にとって嫌うには十分な理由だろ。部活もしてないし、放課後はすぐに帰ってるしな。」


親子であれだけ食べるなら夕飯の準備も大変だろう。

2年の時に見た時も1人で小さい弁当を食べているのを見かけたことがある。

それならアイツは学校ではずっと空腹を引き摺っているのだろうから早く帰って何か食べたいのも納得できる。

恐らく部活をしないのもすぐに帰るのもそういう理由があるからだろう。

ショウゴからはそう言った噂を聞いた事はないので今までは秘密にしていたと言う事か。

初めてバイキングで出会った時も変装していたから誰もアズサだとは気付かないだろう。


アズサは公園に入ると周囲を見回し、あからさまな2つの視線を受けながらこちらへとやって来た。


「あの、誘ってくれてありがとう。」

「気にしないでクラタさん。来てくれただけでも嬉しいよ。まだ皆集まってないからもう少し待ってて。」

「うん。」


しかし、ショウゴはアズサが動こうとしないので首を傾げている。

まあ、この状況だと居場所はここしかないので当然だと思う。


「そう言えばアズサの所のオメガはどうしてるんだ?」


すると俺の言葉に周囲の視線が一気に集まるのを感じた。

どうやら下の名前で呼んだ事に反応したみたいだ。

しかし、いちいち周りに気を使って上の名前で呼ぶのも面倒臭いのでいつも通りにアズサに接する事にした。

どうせ高校を卒業したら殆どの奴とは2度と会う事もないだろう。

アズサも同様だろうから気を使うだけ無駄な事だ。


「う、うん。今日はお母さんにベッタリ。ハルヤ君の所もでしょ。」


すると今度は周囲からどよめきが生まれてヒソヒソ話が聞こえてくる。

俺は学校では成績が特に悪いので関係が気になっているのだろう。

ただ言える事は俺への圧力が高まり、アズサへの圧力が消えたと言う事だ。

理由は分からないけどこれならアズサも少しくらい楽しめるだろう。


「ああ、ウチは父さんにベッタリだ。でも時々はオメガを借りるからな。野生は無くても現場から離れすぎるのは良くない。」

「うん。でもなんだか夜に出歩いてるんだけど何か知ってる。」

「そう言えばリリーも頻繁に居なくなってるな。もしかすると一緒に訓練でもしてるのかもな。」

「ふふ、そうだね。」


どうやらアズサも少しは緊張が取れて来たみたいだ。

友達がいないのに何で来たのかは分からないけど、学校生活の最後の学期なので友達でも作ろうと自分から1歩踏み出したのかもしれない。

するとそんな俺達を見てショウゴが俺の肩をガッシリと掴んだ。


「お前らいったいどういう関係だよ!?ちょっと前までは何も無かったよな。」

「ああ、真面に話をするようになって2週間たってないな。」


するとアズサが急に慌て始め会話に割り込んで来た。


「ちょっと家が近所で話す機会が増えたの。ほら、私の所は犬を飼ってるし、ハルヤ君の所も犬を飼ってて散歩でも良く合う様になったから。」


それにしても周りがえらい聞き耳を立ててるけど、そんなに気になるなら告白すれば良いのにな。

学校で底辺の俺でも仲良くなれるんだからお前らなら誰かOK貰えるんじゃないか。


「昨日も一緒に初詣に行ったしな。」

「もう~ハルヤ君は黙ってて~!」


俺は話に捕捉を入れただけなのに何故か怒られてしまった。

でも男子から感じる視線の圧力が増して女子からは暖かい視線が向けられるようになっている。

そして、そんな中で女子たちに動きが生まれ笑顔でこちらへとやって来た。


「ちょっと私達とお話しましょ。」

「クラタさんって硬いと思ってたけど意外と面白いのね。」

「ここは女子だけで深く友情を育みましょ。」


そして、そんな女子たちによってアズサは連行される様に連れて行かれてしまった。

その時の顔には「助けて~」と書いてあったけど、あの雰囲気なら放置で良いだろう。

きっとこの機会に沢山の友達が出来るはずだ。


「お前らってもしかして付き合ってんのか?」

「そんな訳ないだろ。タダのご近所さんだよ。昨日だって偶然そういう話になっただけだ。」

「そうか。それで、写真とかあるのか?」

「ああ、あるぞ。ほらこれだ。」


俺は昨日撮った集合写真をショウゴに見せる。

すると男性陣も押しかけて来て俺の手元を覗き込んだ。


「うお~~~!なんだよこれ~!」

「着物なんて完全に本気モードじゃねえか!」

「それに他の娘も可愛いのとか美人まで揃ってるぞ!ちょっとオタクっぽいけど!」

「「「頼む!その写真俺達にもくれ!!」」」


周りから一斉にそう言われ俺はアズサに視線を向ける。

すると無言で首を横に振られたので俺は画面を操作して即座に写真を葬った。


「個人情報だからダメ。これでみんな一緒だろ。」

「「「ノ~~~~~!!」」」

「貴様は悪魔か~~~!!」

「いや、コイツは魔王だ~!!」

「神は我らを見捨てたもうた~~~!!」


すると全員がその場で一斉に地面に手を突いて頭を項垂れている。

それに俺としてもアケミとユウナが写っていたので100パーセント渡す事は無かった。

これに関してはいくら金を積まれようが、命を狙われようが曲げるつもりは無い。

まあ、アズサだけが写っている写真なら考えないでもなかっただろう。


何やらこちらと違い女子の方は今ので話が盛り上がっているようだ。

まさに2面対象とはこういった状況の事を言うのだろうか。


そして、しばらくすると全員が集まったので神社へと移動を開始した。

昨日と違ってアイコさんが居ないから平和な道のりになるだろう。

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