64 大晦日 ②
俺達は揃って外に出るとまずはアズサの家へと向かって行く。
「なんだかお母さんも一緒に行きたいって言い出したの。」
「良いんじゃないか。俺とユウナの所も皆来てるかし1人だけの除け者にしたら後でヘソを曲げそうだしな。」
そして到着するとアイコさんは既に家の前でオメガと一緒に待っており、これでメンバーは全員集合した事になる。
若干一名、最大級の心配の種が増えたけど、このメンバーならどうにかなるだろう。
そして俺達は2キロほど離れた神社へと歩き始めた。
時刻は夜の22時過ぎで歩いても1時間ほど到着なので年内には到着できるだろう。
・・・そう思っていた時期が俺にもありました。
神社に向かって進んでいると周囲が騒がしくなり、遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。
どうやら何処かで火事が起きているみたいで周囲に薄っすらと煙が漂っている。
それにしても何で周りがこうもざわついてるんだろうか?
人によっては上に向かってスマホを構え写真を撮ってる奴まで居る。
まさかこんな夜中にUFOでも飛んでいるのだろうかと思いながら敢えてそちらへは視線を向けないようにする。
しかし、その異常に気が付いてしまったトラブルメーカーのアイコさんが声を上げてしまった。
「あれを見て皆!」
(見たくありません。)
俺はわざわざ見ない様にしていたのにこう言われては見るしかない。
そして、そちらに顔を向けると30階はありそうな高いマンションの上層階が火事になっており、煙が立ち昇っている。
しかもベランダには取り残された人が居るようで下に向かって手を振っていた。
「あそこからなら人がゴミの様に見えるだろうな。」
「何言ってるの!あれは助けを呼んでいるのよ!」
見ると梯子車も届かず、救助が難航しているみたいだ。
上層階になるとホースが届かなかったり、ポンプ車の圧力が足りずに消火が上手く出来ない事があると聞いたことがある。
それにしても今年最後の日に火事とは運が無い人だな。
「仕方ないからちょっと拾って来るか。」
「助けるんじゃないの?」
「偶然たまたま空を歩いていて、偶然たまたま人を拾うのは助けるとは言わない。それで命が助かってもそれは偶然なだけだ。」
するとアイコさんはヤレヤレと溜息を吐いてから苦笑を浮かべた。
面倒事に巻き込まれたくないだけなんだけど、変な方向で誤解をしてしまっているようだ
「素直じゃないのね。」
「そんなんじゃないって。」
俺はその言葉を背に受けて走り出すと、上着のフードを頭から被ってマンションの壁を駆け昇る。
そして屋上に到着するとそこからベランダを伝って問題の部屋へと到着した。
するとそこでは1人の男性が咳込みながらも下に向かって助けを呼んでいる。
俺はベランダの手すりに足を付けるとその男性へと声を掛けた。
「助かりたいか?」
「え、何処から・・・。」
どうやら俺が突然現れたので驚いて混乱してしまったようだ。
なのでもう一度だけ確認を取る事にする。
それで助かりたいと言わなければこのまま煙に巻かれてこんがりと焼け死んだとしても本人が選んだ結果だ。
「助かりたいなら助けてやるぞ。」
「は、はい!助かりたいです!」
するとかなり焦りながらもしっかりと自身の意思を伝えて来た。
俺はそんな男性を背負うと階段を上る様にベランダから飛び出し、今度は下りる様に梯子車の頂上へと向かって行く。
そして到着すると次はそこに居る隊員に声を掛けた。
「こんばんはシバタさん。こんな所で会うなんて奇遇ですね。」
「お前は・・・ハルヤ君か。奇遇と言えば奇遇だが、少し見ない間にそんな事まで出来る様になったのか。」
「ええ、それなりにですけど。それとこの人をお願いします。」
俺は助けた男性を以前に知り合ったレスキューのシバタさんへと引き渡しておく。
もう一人横に乗っているけど、こちらは俺を見て固まっているので役に立ちそうにない。
「こちらは任せろ。出来れば消火も頼みたいが・・・流石に無理か?」
「善処しましょう。」
あのままだと周りを巻き込んでかなりの部屋が燃えてしまいそうだ。
せっかくの連休に住む場所を失うのは辛いだろうから消火できるか試してみよう。
俺は男性を預けるとすぐに部屋へと戻り窓を突き破って部屋へと入った。
「まずは水道管を切り取ってみるか。」
俺は部屋に入ると同時に息を止めてキッチンの水道管とトイレの水道管を台所にあった包丁で切り裂いて水を噴出させる。
でも、これだけだと燃え盛る部屋の一部しか火は消えない。
良くてキッチン周りと床の火が消える程度だ。
そのため玄関から出て周りを見回し消火ホースを探した。
あれなら狙った所に水がかけられるので効率的に消火が出来るはずだ。
そして、少し離れた所に赤い消火栓ボックスが有り、そこからホースを取り出すと先端を手にして部屋へと戻った。。
それにしても長い時間を息を止めて作業をするのは辛いので以前ミサイルに乗って日本に帰って来た時の様に酸素ボンベくらい借りてくればよかった。
そして、しばらく消火活動を行っていると他の消防隊員が現れ消火を開始する。
どうやら階段を使って地上からホースを持って来たみたいだ。
そのおかげで火の勢いが衰えていき、しばらくすると殆どの火は消し止められた。
すると消火活動をしていた隊員が俺の許へとやって来て声を掛けてくる。
「そこの君もこの状況でよく頑張ったな。・・な、そんな恰好で消火活動をしていたのか!すぐに救護班に連絡を。」
「ああ、大丈夫です。それじゃあ俺は帰りますから後をお願いします。」
俺はそれだけ言ってベランダとは反対側から飛び降りると闇に消えて行った。
あまり目立ちたくないのでこれで問題ないとおもうけど何かあればアンドウさんが処理をしてくれるだろう。
その後、俺は少し遠回りをして皆と合流すると何食わぬ顔で神社に向かって歩き始めた。
すると周りからは火事の話やフライングヒューマンとか言う単語が聞こえてくる。
きっと数日中には変な噂がネットに流れているだろう。
学校でも変な話題が出るかもしれないけど惚ければ誰にも分からないはずだ。
そして、しばらく歩くと山を登り始め次第に歩道も狭くなり始めた。
道路も片側一車線になり道もカーブが増え始める。
実はこの辺の道は事故の多発地帯でもある。
なだらかなカーブばかりなのに何故かと思うかもしれないが、人は急カーブは警戒して減速するけど、そうでなければアクセルを踏んで加速する者も少なくない。
そういった人が下り坂、カーブ、不注意などが重なって事故を起こす。
運転をするなら車を走る棺桶にしない為にも、しっかりと危険性を理解したうえで運転しなければならない。
特にスマホなどを操作しながらの運転なんて論外だ。
どうしてもスマホの操作が必要ならば邪魔にならない所へ停車して使用するべきだろう。
特に今日の様な参拝者が多い日などは。
そんな事を考えながら歩いていると横を1台の車が通り過ぎた。
ここは街灯が表の道路に比べて少ないため車内の光が良く見えるけど、どうやら片手運転をしながらメールを打ち込んでいるようだ。
いつもなら取るに足らない行為と無視するところだけど、今はこういった時に力を最大限に発揮する人が同行している。
その結果は目で見て明らかで車は不自然にカーブを曲がり切れず、そのまま歩道へと突撃していった。
恐らくはスマホの明るさでコースを誤り、急いで曲がろうとして路面の砂溜まりにタイヤを取られてしまったのだろう。
しかも瞬間的にエンジンが大きな唸りを上げたのでブレーキとアクセルさえも踏み間違えたようだ。
こうなると何をしても止まるはずはなく、車は暗がりを歩く親子へと分離帯を飛び越えて向かって行った。
あそこでブレーキを踏んだなら分離帯に衝突してギリギリ止まっていただろう。
そして、このまま見ているだけならあの親子は明らかに命を落とすことになる。
直前までは幼い娘と手を繋いで幸せそうに歩いていたのに、両親は咄嗟に子供を庇ってその場にしゃがみ込んでいる。
あれだと身長の低い子供は助かるだろうけど、大人は頭に車のバンパーが直撃して即死してしまう。
もしかすると腹ばいならやり過ごせたかもしれないけど、あの一瞬で咄嗟にあそこまで動けたのだから賞賛に値する。
ただし既に我等の後衛は動いているので絶対に死ぬ事は有り得ない。
「「土よ!」」
「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
普通の人ならリリーの鳴き声が1回に聞こえたかもしれない。
それ程の早業が繰り出され、親子に襲い掛かる車の下から幾本もの石柱が高速で飛び出し始める。
それにより凶弾と化した車は上に大きく弾かれ誰も居ない場所へと落下した。
もしかすると運転手は死亡したか大怪我をしたかもしれない。
しかし、それは本人の自業自得なので幸せな親子を轢殺すのに比べれば仕方のない事だ。
もし、全ての命が同じ重さだとしても、両親と子供の合わせて3つの命が確実に救われ1つが失われる
これなら神様が天秤で計ったとしても十分に元が取れているだろう。
そして助かった親子は何が起きたのか分からず、その場で呆然と動かなくなっている。
周りの人達も同様なので俺の方で警察を呼んでおく事にした。
「すみません。今から言う場所で事故が起きたので警察官をお願いします。」
『分かりました。救急車は必要ですか?』
「それなら1台はお願いします。後は到着した警察の方に判断してもらいます。巻き込まれそうだった人に怪我はない様ですがショックを受けてますので。」
『分かりました。すぐに向かわせます。』
恐らくは火事の現場が近いのであちらから数名が回されるだろう。
それまでに俺はスクラップとなった車に歩み寄り中を覗き込んで確認をしてみる。
「う・・いってーーー!何が起きたんだ!?」
どうやら生きてはいるようだけど下から突き上げられたため車の運転席は潰されハンドルの下に足が挟まれている。
怪我の割には痛みを感じていないのか頭を押さえて唸っている程度だ。
しかし足元には血だまりが出来ているので何処かに怪我を負っているのは間違いない。
もし、何かが突き刺さっている状態ならそのままポーションや魔法で回復させた場合、傷はどうなるのだろうか。
まったく興味もなく、知り合いでもない男なので実験してみたい気持ちに駆られてしまう。
すると俺の横からアイコさんが顔を覗かせ声を掛けて来た。
「今のアナタって凄い邪悪な笑みを浮かべてたわよ。」
「ご冗談を。俺はポーションや回復魔法の今後の運用について考えていただけですよ。」
「怪しいわね。まあ、それよりもコイツをどうするの?」
「何処から出血してるか分からないから手が出せないな。死んで気になる相手ではないけどコイツに使う蘇生薬が勿体ない。」
「そうね。あれは貴重だから普通はおいそれと使える物じゃないのよね。」
単純にながら運転をしていて事故ったのを知ってるだけなんだけど、勝手に解釈してくれるならそれでも良いだろう。
説明も面倒だし遠くからパトカーの音も聞こえ始めている。
警察が来れば被害者は保護してくれるだろうから、そうすれば俺達もここから先に進める。
そして、予想通り警察が到着すると救助と保護を開始したので、その後に俺達はその場を離れて神社へと再び進んで行く。
そして次第に周囲は明るくなり始め、屋台などの露店が姿を見せ始めた。
祭りではないのでそれほど多いわけではないけどたい焼き、餡餅、タコ焼き、綿飴などが売られている。
当然クラタ親子は光りに吸い寄せられる蛾の様に食べ物が売られている屋台へと突撃していった。
しかし、こういう時に売っている物は値段が高いのが普通だけど、この年末年始の屋台に関してはそんな事はない。
たい焼きは一つは100円だし、タコ焼きは1パックが300円だ。
ただ、ここの餡餅はこの辺では有名な和菓子店が出店しているので1つが5センチくらいの平餅サイズが100円と少し高い。
それでも餡子が美味しくて人気があり、飛ぶように売れているので毎年行列が出来ているほどだ。
ウチも毎年買って帰っているので後で並ばなければいけない。
そして神社に到着した頃には既に0時を越えており、俺達は互いに向き合うと新年の挨拶を行った。
「あけましておめでとう。」
「おめでとうお兄ちゃん。」
「おめでとうございます。」
「あの、その・・おめでとう・・ございましゅ。」
「おめでとうハルヤ君。卒業までよろしくね。(出来ればその後も。)」
「おめでとうございます。今年の夏こそイベント行くわよ~。」
普通なら0時丁度にここで挨拶するつもりだったのに無駄に時間を使ってしまった。
だが恐るべきはアイコさんパワーだ。
歩いて1時間の道が3時間も掛かってしまっている。
それにしてもこの2人は新年早々から良く食うな。
しかも既に顔見知りなのか、店主は2人が来た途端に商品をヒョイヒョイ袋に入れて纏めていた。
もはや注文の必要が無いほどに知名度があるみたいだ。
まあ2人であれだけ買えば年に一度でも記憶には残るだろう。
タコ焼きに関しては1人5パック。
タイ焼きに関しては詰めただけ買い取っている。
新年のおめでた効果があるからってちょっと買い過ぎだろ。
タコ焼き店の人なんてかなり高齢なんだからそんな買い方したら天に召されてしまうぞ。
しかもタコ焼き店ではストックしてあるものが全て無くなり、他のお客さんは焼けるのを待っている状況だ。
焼きたてが食べられるのでお客たちは気にしてはいない様だけど。
それでも焼いている人は額に汗を掻きながら大忙しだ。
(俺も後で買って帰ろうかな。)
そして行列に並んでそれぞれに縄を揺らして鈴を鳴らす。
その際にアイコさんとアズサの鈴が落ちて来たのは御愛嬌だ。
それにこんな事もあろうかと周りの皆は構えていたから問題ない。
ただアズサまで落ちて来たのは予想外だったので一瞬だけ動くのが遅れてしまった。
アイコさん曰く・・・。
「今年はとうとうアズサも落ちて来たわね~。」
「う~。去年までは何ともなかったのに~。」
どうやらアイコさんに関しては毎年の事のらしく、それで鈴を見ながら揺らしていたのだろう。
なかなかに手慣れた感が伝わってくるけどアズサは今年からというのが気になる所だ。
もしかしてあの不幸体質は後天的発症の遺伝的な物なのかもしれない。
しかし、その後は大きな問題が何も起きる事なく俺達は帰路についた。
ただ帰っている途中でツバサさんだけはちょっと用事があると言って別の方向へと向かって行った。
もしかしたら彼女が使っている事務所は年中無休で開いているのかもしれない。
そうなれば誰かが居るだろうから先程買った餅でも差し入れに向かったのだろう。
ああ見えて律義な性格なのかもしれないな。
その後、俺達はそれぞれの家に帰ると風呂に入って布団に潜り込むのだった。




