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63 大晦日 ①

今日は今年の最終日である大晦日。

大変だと思われた大掃除はアケミの大活躍によって帰って来たその日の内に終わり、今はのんびりとした時間を過ごしている。

まさか今年をこんな気分で過ごせるとは思っていなかった俺としては、夜までの時間をどう使うかで困っていた。

テレビは特番一色で今は見たい番組も無く、今月はダンジョン騒動でエンターテインメント系はかなり自粛されている。

特にラノベや漫画がそれにあたり、ダンジョンに関わる書籍は全て発売が延期された。

仕方ない事とは言っても読者としては心が痛む所だ。


そして、年末になって大きく変わった所と言えばツバサさんが我が家に今日も来ている事だろうか。

何をしに来たのかと聞けば秘密の一点張りなので理由も聞けず、母さんとアケミに加えてオウカまでも一緒なのでここには俺しか居ない。


そして父さんは今年納としてリリーを風呂に入れている。

今では覚醒者となってしまったリリーは普通のペットショップでは毛の1本すら切る事が出来ない。

だから父さんが入れているのだけどリリーとしてはこちらの方が嬉しそうだ。

ただ以前から半分以上は家で洗っていたのでそれほど変化は無いと言える。


そして仕方なく俺がする事と言えば撮り溜めたアニメを見るくらいだ。

でもこれに関してもダンジョンのニュースで放送が延期になっているものが多々あるので見る物は少ない。

仕方なく俺はスマホを取り出してメールなどを確認する事にした。


「そういえば返してないのが結構あったな。」


見ると友達からの安否確認がかなり溜まっている。

俺は誰から来ているのかを確認して送信し、無事である事を知らせる。

すると「遅ーよ」とか「安心したぜ」という様なメールが多数返って来た。


「これを見てて思い出したけど今日の夜はアズサとも約束してたな。」


その事を思い出した俺は一応メールを送って確認を取っておく。

あれでも急に予定が入って無理になっているかもしれないからだ。

俺の方はアケミとユウナがすでに確定しているのでアズサが行かなくても初詣に向かう事は決定事項だ。

本当に唯の確認なので返信が無ければ夜にでも家に向かって確認すれば良いだろう。

そして少し待っていると「大丈夫です。」とメールが返って来た。

これでメンバーが確定したので後は夜を待つだけだ。


「あれ、またアズサからメールだ。」


見ると、「今家を出ました。」ときた。

何処かに出かけるのかと思っていると次には「家の前に到着しました」と送られて来た。

もしかして何処かの羊さんの様な事でもしているのかと思って立ち上がると家のベルが鳴ったので本当に現れたみたいだ。


「はいはーい。」


俺は鍵を開けて顔を覗かせるとそこにはしっかりとアズサが待っていた。

約束までかなり時間がある筈なのにこんなに早く何をしに来たのだろうか?


「このメールは冗談かと思ったぞ。」

「ちょっとはしゃいでみたの。」


そう言ってテヘペロを素で行ったアズサを見て苦笑が浮かぶ。

どうやら助け出した頃に比べれば大分元気になっているみたいだ。

元の状態がどんな性格だったのかは知らないけど、これなら新学期からも学校に通えるだろう。

俺も冬休みが終わればまた学生生活が始まるのでしばらくはそちらがメインになる。

今のところ新たな依頼は無いのでこの町にある第一ダンジョンに潜りながら卒業までは一時的に元の生活に戻りそうだ。

ただ転移陣があり、10階層の手前まではショートカットが出来るのであまり心配はないだろう。


「そう言えば何で家に来たんだ?」

「急にツバサさんって人に呼び出されて来たの。知らない人だけどハルヤ君の家なら安心かなって。」


確かにウチなら余程の事が無い限り安全だ。

本当の意味で矢でも鉄砲でも大砲でも持って来いと言える。

でも、矢の方は少し微妙か。

鉄砲だったら簡単なのにな。

そしてアズサを家に上げると俺はツバサさんの居る部屋の前で声を掛ける。

入る前に絶対に覗かないようにと恩返しの鶴のような事を言われたので中には入らないけど、素直な気持ちを言えば見るのが少し怖い。

今の俺をこんな気持ちにさせるのだから、あの人はある意味で凄い人だと思う。


「ツバサさ~ん。アズサが来たよ~。」

「は~い。今行きま~す。ハルヤ君は絶対に来ないでね~。」


すると胸に刺さる様な言葉を言いながらツバサさんが姿を現した。

現在の彼女たちは物置にしていた部屋を片付けて何かをしている。

何をしているのか知らないけど初詣に行くまでには教えてくれるだろう。


「アナタがアズサちゃんね。聞いてた通り良い素材してるわ。」

「素材?ねえハルヤ君。この人何を言ってるのかな?」

「あまり気にしたら負けだ。母さんとアケミも居るから取って食われる事は無いと思うけど、これも社会勉強と思って諦めて行って来い。」


俺はそう言ってアズサの背中を押してツバサさんに任せる。

するとタイミングを合わせた様にユウナも姿を表した。


「お待たせしました。それではお願いしますね。」

「ええ任せて。それじゃあ二人ともこっちに来て頂戴。」


そして3人が姿を消すと俺は再び暇になってしまった。

俺はその後、仕方なくテレビを見ながら時間を潰していると上の階から楽しそうな声が聞こえてくる。

この様子だとアズサも無事にあの集団へと加わる事が出来たみたいだ。

そして夕方前になる頃にはみんな一度集まってテーブルを囲み、早めの夕食となった。


「食い尽くすなよ。」

「わ、分かってるわよ。残り物で我慢するもん。」


テーブルの上には既にアズサが来る事を考慮してかいつもの2倍の料理が置かれている。

これでも足りないのかと思いたいけどコイツの胃の内容量は俺の20倍はある。

きっと今ある料理を食べ尽くしても腹八分目にも届かないだろう。

しかしアズサの食べっぷりを見て横に居るツバサさんが小声で話しかけた。


「そんなに食べても大丈夫なの?」

「あ、私食べても大丈夫な体質なんです。」

「何ですと~!」


そしてツバサさんはオーバーリアクション気味に驚くとアズサのお腹に視線を落とした。

しかし既に5人分は食べているはずなのにそのお腹には僅かな変化すら見られない。

あれを体質と言って良いのか不明だけどスキルを持たないアズサにはそうとしか言いようがない。

きっと、化学が進んだ遥かな未来になれば、この秘密も解明されるかもしれないが今は便宜上で四次元胃袋とでも名付けておこう。

まさに現代における人体の神秘と言えるだろう。


「うう~私なんて最近は衣装に合わせて体を作るのも大変なのに~・・・。」

「それならもっとゆったりした衣装を着れば良いだろ。」


言っては何だけど彼女の着るコスプレ衣装は少し際どい。

見た目が良いから許されるけど、今の世の中ではアニメキャラの衣装も千差万別だ。

人によっては男装もするので拘りさえ捨てればいくらでもある。

ただし、それを時に許さないのがオタクと言う生物なのだ。


「それだとなんだか負けた気がするのよね。衣装は体の一部だけど、あれは勇者で言えば聖なる鎧なのよ。それを着れないからと言って投げ捨てる勇者が居る?答えは否だよね!私達は聖なる鎧を纏い、イベントという魔王に立ち向かう勇者なのよ!!」


なんだか急に火が付いてしまったらしく、まるで狂信者の様な顔で熱弁して目を輝かせる。

しかし、それも次第に下火となり椅子へと腰を下ろしているけど、その姿は何故か燃え尽きたボクサーを思わせる。


「そう言えば、今年のイベントはどうなったんだ?」


ここから日本最大のイベントが開かれる会場は遠い。

1000キロ以上離れているので昨日だけでなく今日まで家に居れば参加は出来ないだろう。

なにせイベントは年末の最終日を含めて4日開催される。

昨日も今日もここに居ると言う事は殆ど参加していない事になってしまう。

それをこのオタクが良しとするだろうか?

しかも、この話題になると白い灰になっていたのに更に崩れ去ってしまったのでこれはかなりの重傷のようだ。

するとそれを見て居たたまれなくなった母さんが小声で理由を教えてくれた。


「今年の冬のイベントは自粛して中止になったのよ。」

「ああ、それでこの家に入り浸ってるのか。」

「突然の事だったらしくて有休も出してたから暇になってたみたい。このままだとスライムに転生しちゃいそうだから優しくしてあげてね。」

「了解。」


なんで家に来てるのかと思えば何て事は無い。

俺と一緒で暇だったからという事か。

しかし、優しくしようにも既に手遅れなので復活するのを待って好きそうな話題でも振ってやろうと思う。


そう思って時計を見るとアニメ専門チャンネルで俺の好きなアニメの劇場版を放送する時間になっていた。

テレビも適当な番組を惰性で流していて誰も意識すら向けていないのでちょっと変えさせてもらう。

そして良いタイミングで番組が切り変わると放送局のロゴが流れている所だった。

するとその時に流れている音を聞いたスライム・ツバサさんがピクリと反応する。

そして番組が始まった音を聞くと映像を逆再生させた時の様な奇怪な動きで椅子に座り直し目を見開いて番組を見始めた。


「私これを映画館まで見に行きました!!」

「俺も行ったぜ。臨場感が堪らんかったな。」


どうやら気付け薬としては丁度良かったみたいだ。

元気が出た様なので俺達は食事を再開し、その後アニメが終わる2時間ほどをテレビの前で過ごした。


「は~面白かったです。それでは準備に行ってきますね。」

「そう言えば昼くらいから何かやってたな。」

「もうじきわかりますよ。楽しみにして待っていてくださいね。」


ツバサさんは笑顔でウインクすると女性陣と一緒に消えて行った。

当然、それにはリリーも含まれる様で母さんが当然の様に抱えて連れて行っている。

こうなると男性陣は暇なので年末恒例の歌番組でも見ながら時間を潰す事にした。


「父さん達は何をしてるか知ってるの?」


すると二人は顔を見合わせて笑い合っているので、どうやら心当たりがあるらしい。


「ハルヤよ。未だに分からないとは情けない。」

「何父さん。俺は勇者でもないし死んでも居ないよ。」

「ハルヤ君。今の内に出来るだけ女性を褒める言葉を思い浮かべておくんだ。そうしなければきっと後悔するぞ。」

「ん?何の話をしているんですか?」

「すまんなリクさん。こいつは我が家で最大のニブチンなのだ。」

「これはみんな苦労しそうだね。」


何か二人は分かりあっている様に互いに酒を酌み交わして喉へと流し込んでいる。

以前までの父さんはお酒があまり飲めなかったのに今では酔う気配すらない。

恐らくは耐性系のスキルのどれかが働いているのだろう。

可能性があるとすれば毒か幻惑のどちらかだろうからきっと俺も二度と酔うと言う感覚を味わう事はないだろう。

一度は味わってみたかったのだけどちょっと残念だ。


そんな事を話していると2階から降りてくる足音が聞こえてきた。

そして扉が開くとそこから皆が一斉に部屋へとなだれ込んで整列し、その姿を披露してくれる。

どうやら俺の知らない所で年末の最後の計画を立てていたみたいだ。

皆はそれぞれに色とりどりの着物に身を包み笑顔を浮かべている。

アズサとオウカが少し恥ずかしそうなのはこういった服に慣れていないからだろうか。

半数以上の視線が俺に向いているのでリクさんの助言通り、いくつか言葉を考えておいて正解だった。

これなら先日のショッピングモールと同じ失態を犯さなくても済みそうだ。


そして母さんとリリーは父さんの所へ、ナギさんは夫であるリクさんの所へと向かう。

しかし残っているそれ以外が俺の所へとやって来ている。


(あれ?なんか多くないか?アケミとユウナの分しか考えてないんだけど。)


何はともあれ、まずはアケミからだ。

口が二つあればユウナと同時に感想を述べたいのだけど人間の俺には不可能だからな。

まずは一人ずつと言う事で家族であり妹であるアケミから声を掛ける。


「アケミは赤が良く似合うね。まるでお城のお姫様みたいだ。」

「ふふ、ありがとうお兄ちゃん。」


そして、次はユウナへと視線を向ける。


「ユウナは明るい色が似合うね。まるで雪の妖精が舞い降りたみたいだよ。」

「ありがとうございます。いつか私を溶かしに来てくださいね。」


そして、次はオウカだ。


「オウカは花柄が似合うね。花園にいるみたいで可愛いよ。」

「あ、ありがとう・・・ございます。」


そして問題は後の二人だ。

アズサはまあ分からなくないけどツバサさんが何で混ざっている?

確かに父さんズの所に行けないのは分かるけど彼氏くらい居ないのだろうか。

写メを撮って送れば褒めてくれるくらいには美人なんだけど。

でも美人に思うのと美人に感じるのとでは大きな違いがある。

あくまで思うだけなので感情面では何も感じるものが無い。

これを言葉で表せば「フ~ン」なんだけど、これだといけないのだろう。

それに顔は不安そうだけど目が期待してるから頑張らないといけない・・・と思う。


「あ、アズサは・・・。き、綺麗だよ。」

「そこで何で視線を逸らすの!」


ちょっと本心が出てしまったみたいだけど、これもリハビリの一環だと思って真面目に考えよう。


「それと、神社に着いたら危ないからあまり離れるなよ。」

「なんだか褒めてない気がするんだけど。」


どうもアズサだと上手く言葉に出来ない。

思考と感情が上手く噛み合わないので混乱気味になる。

するとアケミが溜息をつくとアズサに耳打ちを行った。

その途端にアズサの顔が赤くなり両手を握りしめながらボソボソと声を上げた。


「な、なら、しっかり守ってね。」

「ああ、変なナンパが集りそうだからな。」

「さ、最初からそう言ってくれれば良かったのに・・・。」


最後は小声過ぎて聞き取れなかったけど機嫌は回復したみたいだ。

そして次に一番問題の人物であるツバサさんに視線を向けた。


「それは特注か?」

「分かる!知り合いにプリントしてもらったの。本当は最終日はこれを着てイベントに参加するつもりだったのよ。」


彼女の着物はイタ車もとい、イタ着物だ。

着物には彼女の好きであろうキャラが表現されており、帯も一体になっているのでバッチリ1つの絵として完成している。

この人はもしかすると力の入れ所を間違えているんじゃないだろうか。

ただメンタルだけは途轍もなく強そうな事は伝わってくる。

そしてこの様子だと皆で初詣なんだけど、この人と歩いてると俺達も仲間と思われるのではないだろうか。

俺達は通常の一般人なんだけど出来ればその辺の理解が欲しい所だ。


「オタクの殆どは自分の事を一般人と言うらしいですね。」

「頼むから俺の心を突然読むな。」

「いえ昔のオタクな知り合いと同じ様な顔をしてましたからつい。」


きっとその人は本当にオタクではなかったのだろう。

でもオタクにオタク認定されるとは可哀そうなヤツだ。

でも、その考えだと俺も同類なのか?

泥沼にはまってしまう前にここは早めに終わらせてしまおう。


「絵の完成度は素晴らしいな。」

「あれ~私の事は心配してくれないんですか~?」

「誰がお前に声を掛けるんだ。近くに来た奴は皆ドン引きで逃げ出すわ。」

「ひ、酷い。前の彼氏と、その前の彼氏と。その前の前の彼氏と一緒の事言ってます。どうして趣味に理解が無いんですか?」

「お前の見た目なら少し自重すればより取り見取りだろ。まずは相手に合わせる事も覚えろ。」


すると何故かツバサさんは「テヘへ~、褒められちゃった。」と照れ始めた。

これの何処が褒めていると言うんだ。

感情が動き難い俺でも流石に引くぞ。


何はともあれ声も掛け終わったので皆で出かける事となった。

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