61 オウカ参戦
オウカとハクの名付けが終わって少しすると扉を開けてユウナが現れた。
そしてオウカを見ると俺の許に滑り込んで顔を見上げてくる。
「お兄さん。もしかして魅了されてませんか!?」
「どうしたんだユウナ。俺は正常だぞ。」
「魅了されてる人は皆そう言うんです!」
もしかして酔っ払いが酔っていないと叫ぶノリなのか。
でもステータスを見ても問題はないし、せっかく心配してくれてるんだ。
風呂には入ったけど浄化でもしてもらっておこう。
そうすればユウナも少しは安心するだろうからな。
「それなら、浄化を頼むよ。」
「任せてください。」
そう言ってユウナは俺に浄化を掛けてくれる。
それでもやっぱり俺には変化がないのでユウナの気のせいだろう。
「ほら変わらないだろ。」
俺はそう言ってお礼も兼ねてユウナの頭を撫でてやった。
しかし最近は自然と撫でているけど嫌ではないだろうか。
前まではこんなにスキンシップはしていなかったから嫌われないかと心配になってくる。。
「ユウナこそ俺に撫でられて嫌じゃないか?」
「嫌じゃないです。お兄さんなら一生撫でて欲しいです。」
そう言って来るユウナの瞳は真剣なのでドライアドに魅了されていないか余程心配だったのだろう。
「そうか。それならもうしばらくはこうして撫でさせてもらおうかな。」
「そうしてください。私はいつでも歓迎してますから。」
「む~~。」
するといつの間にかアケミも俺の横に来て頭を向けてきており、さっきお風呂に入ったばかりでなのでとても良い匂いが漂っている。
こちらは既に慣れているので問題無いと思うけどいつもよりも優しく手を動かして撫でておく。
「はいはい。アケミもな。」
俺はアケミの頭も撫でてやるとそのまま嬉しそうに体を寄せてくる。
あまり近づくと撫で難いのだけど、最近ではこの距離感にも慣れて来てしまった。
「そう言えばユウナはお風呂には入れたのか?」
すると俺の何でもない言葉にユウナはサーと顔の血の気が引いていった。
まさか貧血でも起こしたのだろうか!?
「大丈夫かユウナ!?」
「い、いえ、大丈夫じゃないですけど大丈夫です。」
そう言ってユウナはフラフラと立ち上がるとそれまでを思わせない程の速度で飛び出していった。
どうやらお風呂にはまだ入っていなかったようでお年頃な彼女にとって死活問題だったようだ。
「別に臭くないから気にしないんだけどな。」
「お兄ちゃんはそう言う所が鈍感なの。女の子はいつでも綺麗で在りたいものなのよ。」
「そんなもんか?」
オウカに視線を向けると大きく首を縦に振って頷いている。
しか、植物である彼女に体臭が発生するのだろうか。
俺は気になって顔を近づけると匂いを嗅いでみる。
『クンクン』
「ハ、ハルヤしゃま、いったひなにを。」
するとかなり焦ったのか舌を噛みながらの言葉が返って来た。
それにしてもオウカは植物だから青臭いかと思ってたけど花みたいな匂いがする。
コイツが居ればきっと部屋の中も華やぐことだろう。
「オウカは花の匂いがするんだな。」
「え、あの・・・。花はお嫌いですか?」
「いや。昔は苦手だったけど今は大丈夫だ。オウカは良い匂いだな。」
「はい!ありがとうございます!」
オウカはそう言って床に当たりそうな程に頭を下げてしまった。
そんなに大した事は言ってないのに大げさだけど、きっと初めて地上に出たのでこちらの基準がまだ分からないのだろう。
その後、母さんに連れられて出て行ったオウカは俺の使わなくなったシャツとズボンを履いて再登場した。
流石に下着は無いのでパンツはアケミの物を使用している。
ブラに関してはサイズが違ったらしく今は着けていない。
どちらが大きかったかを言えばアケミが少し小さタタタタ・・・。
「お兄ちゃん。」
「はい。何でもございません。」
乙女の秘密はダイヤモンドよりも価値があるのだ。
誰も聞いていないからと言っておいそれと明かす物ではない・・・ようだ。
その後ユウナが家族と一緒に戻って来ると、それと一緒にツバサさんも戻って来た。
彼女の頭の中でどんな壮大な妄想が膨らんでいるかは知らないけど凄いホクホク顔だ。
この人の場合、薄い本を書いてる人とも繋がりがありそうなので変な方向で使おうとしないか心配だ。
オタクは時に創造神すら思いつかない事を思い付くので、そんな事に使おうものなら俺の全存在を掛けてこの人を滅ぼす事になりそうだ。
その後、食事を一緒にしたツカサさんは母さんと話し込んでから夜の11時ごろに帰って行った。
どんだけ話し込んでいたかは時間を見れば明白だろう。
ただ装備についての話も所々でしていたので仕方ないとは思う。
それ以外の話が全体の9割を占めていたとしてもだ。
その間にオウカは食器の洗い方をアケミから習い、ハクはリリーからこの家のルールを学んでいる。
しかし2匹の視線が時々こちらを向くのは何故なのだろうかと疑問を感じる。
頼むから要らない事まで吹き込んでくれるなよと思っていると時間も遅くなってきたのでそろそろ眠る事にした。
「俺はそろそろ寝るよ。」
「あ、それじゃあ私も寝ようかな。」
そうそう言ってアケミは俺達と並んで2階へと上がって行った。
そして部屋に入ると電気を消して久しぶりの布団へと潜り込んだ。
「そう言えば布団で寝るのも久しぶりか。」
俺はそのまま眠気に身を任せると深い眠りへと落ちて行った。
そしてその頃の1階では、ハルヤの母親である恵が新たな家族と話を行っていた。
「アナタ達の寝る所は無いからいったん戻すわね。」
「ク~ン。」
「はい・・・。」
するとハクは甘える様な声を出し、オウカは残念そうに視線を落としてしまう。
メグミはこの僅かな時間での2人の変わり様に不意に苦笑が零れた。
「まあ、近い内に物置になっている部屋を整理して空けておくわ。今はそれで我慢してちょうだい。」
「あ、あの。私は部屋が無くても土があれば外でも構いませんが。」
「駄目よ。アナタはウチの家族になったのだからそんな事は二度と言わないででね」
「は、はい。ありがとうございます。」
しかし、メグミはオウカの意見を即座に却下してみせる。
オウカは驚きながらも素直に頷きを返し、叱られたにも関わらず胸が暖かくなるのを感じた。
そしてそれは彼女にとって初めての体験でもあり、ダンジョンに居た時の記憶では彼女の心は常に冬の様な寒風が吹き続けていた。
しかし、ここでハルヤに出会ってからは胸にはポカポカとした暖かさが宿っている。
だが彼女はその正体が何なのかにはいまだに気付いていない。
「分かってくれれば良いのよ。そうなると室内で過ごすならアレが良いわね。」
そして互いに納得するとメグミは裏口から外に出て、そこに置いてある鉢を手にして戻って来た。
それは以前までサボテンを植えていた鉢で土の粒も荒く解れ易い。
もし、土が気に入あらなければ会話が出来るのだから後で好きなように作り変えれば良く、急場ならこれでも十分だろうと鉢をオウカへと渡した。
「今日はこれにでも入って寝てちょうだい。」
「ありがとうございます。」
そう言ってオウカは服を脱ぐと木の姿となって鉢に入った。
出会った時は1メートル位の若木だったのに今では30センチくらいにまで小さくなっている。
どうやら彼女は植物の姿で居る時は大きさをある程度まで自由に変えられるようだ。
考えてみれば最初に攻撃して来た時は手を10メートル以上は伸ばしていた。
そこから考えればこれ位は容易い事なのかもしれず、これなら急いで部屋を準備する必要は無さそうである。
既に明日は今年最終日の大晦日になるため殆どの店が閉まっているのでどちらにしても片付けが出来ても他の物は手に入らない。
そのためオウカにはしばらく鉢植えで我慢してもらう事にして代わりに少しだけサービスをしてあげる事となった。
「それじゃあ、あなたの寝る位置はあそこね。」
(え!私を何処に連れて行くんですか!?)
そして向かった先は既に深い眠りに着いているハルヤの部屋であった。
メグミは部屋の机の上にオウカを置くと笑顔で手を振り無言で立ち去ってしまう。
そしてメグミはベットで眠るハルヤを見てまるでフラワーロックの様にクネクネ動きだした。
(こ、ここはハルヤ様のお部屋!まさかこんな試練が待ち構えているなんて!)
そう言いながらオウカの中ではドライアドの異性を求める本能が高まっていく。
彼女はそれに抗いながらも怪しく動き続けており、必死に本能へと抗っている。
人の姿になればこの場から離れる手段は手に入るが、そんな事をすれば確実に本能に負けてしまいその先は理性を失った雌へと成り果ててしまう。
そのため手段があるからと言ってそれを使えるかは全く別の話なのだ。
そして次第に感情が高まりオウカの体が次第に大きくなっていくが、このままでは理性が失われるのも時間の問題である。
しかし、そんな危機的状況の彼女に救世主が現れた。
「おに~ちゃん。もう寝ちゃったよね~。」
そう言って入って来たのは隣の部屋で寝ているはずのアケミであった。
「ムフフ、今日は久しぶりにお兄ちゃんのベットに忍び込みに来ました~。」
どうやら、こちらは既に理性という言葉を失った者のようでアケミは猫の様な忍び足でベットに近付くとハルヤの顔を見詰めて頬を染めた。
「それじゃあ。おじゃましま・・・す?」
ここまで来てアケミは机の上で動く影に気が付いた。
そしてそちらに視線を向けると互いに動きが止まり数秒の沈黙が生まれる。
「もしかしてオウカ?」
『コク!コク!』
アケミの質問にオウカは大きく体を曲げて頷いた。
言葉が出せない為にシュールな光景だが、その内心では目の前にある温もりとオウカの存在で天秤が揺れに揺れている。
「どうしてここに居るの?って聞かなくてもお母さんの仕業だよね。」
『コク!コク!』
するとオウカは再び大きく頷きを返してくる。
それに対してアケミは溜息を吐くと仕方ないかと思いながら心の天秤を安定させた。
「しょうがないな~。お母さんには明日キツク言っとくから大人しくしててね。」
そう言ってアケミは静かに布団に忍び込むとハルヤの横に滑り込もうとする。
どうやら他人の目があっても既に止める気は無い様だ。
しかし次の瞬間にはオウカは人の姿になり鉢から飛び出していた。
「ダメ~!!!」
「ちょっと、何で大声出してるの!?お兄ちゃんが起きちゃうでしょ!」
アケミは慌ててその場から離れるとオウカを連れて部屋の外へ出る。
そして扉が閉まると同時にオウカは口を塞いでいた手を退けて声を出した。
「アケミ様こそこんな事しちゃいけません。愛とは同意の上だから愛なのです。」
するとオウカは先程までの事を棚に上げてアケミに説教を始めた。
しかし、言われている方は聞く耳が無いのか、まるで悪魔の様な笑みを浮かべるとある事実を口から零す。
「お兄ちゃんの隣って2つあるの知ってる?」
「2つ・・・それは左右に1人ずつって意味ですよね。」
「オ~イエ~ス!」
その瞬間オウカの脳裏に先程の事がフラッシュバックする。
それは夕食前の事だが、そこには互いに笑顔で頭を撫でられるアケミとユウナの姿があった。
しかし人の手は2つしかなく勇気が出せずに見続ける事しか出来なかった。
立場上でも割って入る事も出来ない彼女は何でも無い顔でそれを見詰め続けるしかなく、それでも自分の気持ちに気付いてほしいと心の中では願っていた。。
「それじゃあお休み~。」
そしてオウカがフリーズしている隙を突いてアケミは再びハルヤの部屋の扉へと手を伸ばした。
しかしその手は横から伸びて来たオウカによって掴まれてしまい行く手を遮られてしまう。
それには流石のアケミも我慢の限界なのか、その目がいつになく鋭さを宿している。
「何?」
「・・・仲良く半分ずつ・・・ですよね。」
「『ニヤリ』そうよ。でも手出しは禁止だからね。」
「『ニヤリ』分かりました。」
しかし、オウカの言葉にアケミの顔に邪悪な笑みが浮かび、それによって女の協定が硬く結ばれた。
2人は同時にドアノブを回して扉を開くと中へ向かって1歩を踏み出していく。
「こんな夜中に何を2人で騒いでるんだ。」
「イタッ!」
「あう!」
どうやら2人の声で目的の人物が目を覚ましてしまったようで扉を開けた先でハルヤが待ち構えていた。
そして、その後はその場で正座させられ5分ほどの説教を受ける事になる。
しかし叱られている方に笑みが絶える事は無く、この日からオウカの部屋はアケミと同じ部屋となったのだった。
それは抜け駆けを防ぐためだったり、オウカの香りがどんな芳香剤よりも良い匂いだったからである。
しかも彼女は自身の意思で匂いの強さや種類を変えられるらしく、まさに女の子の部屋には一人は欲しい理想の存在でもあった。
オウカはその後、家事を手伝いながら各室内の香りを調整する仕事へと就くが、それは彼女の仕事の一端に過ぎない。
いつか思いの届くその日まで、家事にバトルにと奮闘する事になるのだった。




