60 新しい家族
外に出て受付に向かうと俺達に気が付いた見張りの男性が急いで飛び出して来た。
「お帰りなさい。そちらでは何も異常はありませんでしたか!?」
「そちらでもって事はそっちには異常があったって事ですね。何があったんですか?」
「それが皆さんがダンジョンに入って次の日から1階層から順に魔物が現れなくなりまして。」
俺はてっきり増えた方向で心配していたけど、どうやらその逆が起きているみたいだ。
「そうですか。てっきり魔物が大発生したのかと思って心配しました。」
「あ、すみません。それでこれがその時の調査の結果で。」
そう言って見せてくれた紙には現在5階層までの魔物が発生していない事が記されていた。
俺はそれを見て「ん?」と首を捻る。
「何か思い当たる事でも?」
「いや、丁度俺達が潜っている時期と重なってるなと思って。」
初日が1階層と2階層。
2日目が3階層と4階層。
3日目が5階層だ。
4日目からは増えておらず、6階層では魔物が普通通り発生している。
「もしかして、一度に魔物が湧くのは10階層が限度なのか。それとも100匹が限界なのか。」
今まで俺には一つの懸念があった。
俺達が深くまで潜る様になれば浅い階層の魔物をどうしようかと。
定期的に狩らないといけないのはもちろんの事、誰かが残って担当しなければならない。
そうなるといつまで経っても前に進めなくなってしまう。
今だからまだいいけど、これがもし50階層となるとどうなるか。
そうなった時はこの人数だと確実に進めなくなる。
それに、ダンジョン自体は封印中の邪神から漏れ出た力によって形成されている。
それでも世界中に大量に生まれてしまっている訳だけど分散しているとすれば限界はあるはずだ。
もしかするとそれが今の状況なのかもしれない。
「仮説はあるけど今は何とも言えないな。ちょっとアンドウさんに報告はしておくよ。色々伝える事もあるし。」
「よろしくお願いします。でも、これなら年始にかけてまでは安全に見張りが出来そうです。」
「よろしく頼みます。何かあればすぐに逃げて連絡を下さい。」
「分かっております。」
そして俺達は軽く挨拶を済ませてそのまま家に帰って行った。
まずはお風呂に入ってサッパリしたい。
そして俺は最後に入る事にしてアンドウさんへと電話を掛けた。
「待っていたぞ。」
「お待たせ。それじゃあ報告と仮説を伝えるよ。」
俺はそう言ってアンドウさんに今回の事で判明したことや、先程の魔物が現れなくなった事での仮説を伝える。
そしてその結果、確認の為にダンジョンは監視に留めてしばらく魔物を放置する事になった。
ただし、いつでも対応できるように見張りはしっかり行うと言う事だけど俺達はダンジョンの近所に住んでいるので何かあっても問題ない。
既に町内に向けての警報装置も取り付けられており悪い事が起きればすぐに知らされる事になっている。
その時には俺達のスマホにも緊急アラートが鳴る仕組みなので離れていたとしても駆けつける事が可能だ。
「次にツバサさんを頼むよ。出来れば荷物もあるからトラックが良いんだけど。」
「分かった。すぐに向かわせる。」
そして、電話が終わって少しすると家の呼び鈴がなって来客を知らせてくれた。
いつも思うけどこの人たちは何処に事務所を構えているのだろうか。
来る時間から言って半径1キロ以内であるのは確かだけど、呼んだら数分で現れる。
そして俺が顔を出すとそこには一人の女性が立っていたけど、この人は油断が出来ないとビシビシと伝わってくる。
呼んでおいてなんだけど今すぐ扉を閉めてお帰り願いたい。
「こんにちわ。あなたがツバサさんですか?」
「はい。その通りです!」
「それで、その格好はいったい?」
「はい。これは最近人気のアニメのキャラクターで・・・。」
どうやら聞いてはいけない事を聞いてしまったようだ。
彼女はしゃべり始めると止まらないのか、そのまま10分ほど着ている服にプリントされたキャラとアニメについて語ってくれた。
どうやら、この人は重度のオタクであったらしく世間的に言えば残念なと呼ばれる美人のようだ。
それに、この人ならアンドウさんから携帯を奪えるのも納得でオタクは時としてスペック以上の実力を普通に行使する。
言い換えれば頭のネジが飛んでいる、または飛びやすいとも言える。
「それでですね。このキャラが・・・。」
「いえ、説明は結構です。」
「え、でも話はこれからですよ。」
俺がストップをかけるとなんだか寂しそうな顔で視線を下げてしまった。
しかし、そんな顔をする必要はない。
何故なら・・・。
「いえ、教えてもらわなくても俺も見てましたから。」
「え・・・本当ですか!私の周りの人は漫画やアニメを見ないから話せる人がいないんです。良ければ今度語らいましょう。」
「それは良いですけどまずは仕事をしてください。」
「了解であります!」
そう言って背筋を伸ばしてキリっとした目で敬礼を行っているけど、きっとカエルの侵略者が出てくるのも好きなのだろう。
あれは俺も見てるけど原作も素晴らしく、この人とは色々な意味で話が合えそうだ。
そして家の中に案内すると彼女は席に座る母さんと視線を交わした。
『ガシッ』
「「友よ。」」
そして3秒後にはまるで親友にでも巡り合ったような感じで抱き合って再び語りが始まってしまった。
こうなると長いので俺はテレビをつけると正月に向けての番組の確認を行う。
更に予約が済むとアケミの後に風呂に入ってのんびりしてから席に戻った。
それで1時間以上は経過してるのにいまだに話が続いている。
見るとポットのお湯がかなり減っているのでそれなりにお茶を飲みながら会話をしているようだ。
このままだと1日が終わってしまうのでそろそろ話を終えてもらおう。
「そろそろ良いかな?」
「え、何の話ですか?」
どうやら母さんとの話に夢中で目的を完全に忘れているようだ。
ここは正気に戻させるためにもチョップをお見舞いするのが最適解だろう。
「てい。」
「・・・痛いです。」
彼女は叩かれた頭頂部を指先で擦りながら上目遣いに見上げてくる。
普通ならあざといけど、これもあるアニメのモノ真似だ。
その証拠に彼女の口元は緩んで少し嬉しそうな顔になっている。
「それじゃあ仕事に戻ろう。」
「はい!」
「それで今回はまず。これから渡す木材で杖を作ってもらいたいんだ。」
「杖!それは魔法使い的なあれでしょうか?」
「解釈は任せるけど使うのは15歳の少女でオタクじゃない。常識の範疇で頼む。」
「お任せください。良い彫師を知っていますから頼んでみます。」
「常識の・・・。いや、一般常識の範疇で頼むぞ。」
「分かっていますよ、なんで2回も言うんですか。」
これに関してアナタが信用できないからとは言えない。
常識を拡大解釈して自分の常識に当てはめると、どんな物を作って来るか分かったものじゃない。
だから一般常識と言い直したのだけど、それでも少し心配だ。
オタクな人は時として自分の常識こそが世界の理だと思っている事もあるからな。
「それと木材もだけど鰐の皮がドロップしたんだ。これを使って防具を作ってほしい。」
「サイズはどうしますか?」
俺の常識に当てはめれば良い物ほどアケミとユウナに使ってもらいたい。
でも二人は後衛なのでまずは前衛である俺か父さんかリクさん辺りだろうか。
そして悩んでいると彼女は手に持つスマホをわざとらしくポロリと落とした。
「きゃ~~うっかり~。」
そして、スマホの画面には彼女がコスプレしてポーズを取っている姿がある。
どうやらこの人はコスプレイベントにも参加する強者の心を持った人物らしい。
「自分で寸法とか取れるのか?」
「お任せください。こう見えても服飾系の学校にも行ってました。横のつながりもバッチリです。」
この人は完全に趣味へ向かって全力投球しているらしく、逆に何故こんな所で仕事しているのかが不思議になってくる。
まあ、理由は人それぞれだろうけど、きっと少し前にあった自衛隊が異世界に行く話に憧れてこんなヤクザな仕事に回されたに違いない。
「それならまずは母さんのをお願いしようか。皆の寸法もついでに測ってもらえばこの後の服のサイズも頼みやすいし。」
「そうね。ちょっとお願いしようかしら。」
そう言って母さんは立ち上がると2人で揃って部屋を出て行った。
一応アケミも呼んでおくので終われば俺も呼んでくれるだろう。
そしてしばらく待っていると俺と父さんも呼ばれて寸法を確認し、全員で元の部屋へと戻って来た。
「ついでだからユウナの所も頼むな。」
「お任せください。バッチリ装備を整えて御覧に入れます。」
「ああ、任せませたよ。」
ちょっと余分なお願いもしたけど、それは本人も喜んで引き受けてくれたから問題ないだろう。
そして彼女は玄関を出ると隣のユウナが住む家に消えて行った。
渡す物が渡す物なので後でもう一度来てくれる事になっている。
それに母さんがいつもよりも少し多めに夕飯を準備してるのは気にしない事にする。
これから確実にお世話になると思えば親睦を深める意味でも必要な事だ。
「そう言えば魔物はダンジョンの外でも呼び出せるのかな。」
「そうね、試してみましょうか。」
母さんはそう言って赤い球を取り出すと空中に放り投げた。
すると弾は輝きを放つと形を変えて一匹の子狐へと変わる。
子狐は怯えた様に周囲を見回し始めると体を震わせながらこちらを見て来る。
どうやらダンジョンで見た時の様な凶暴性は無さそうで、なんだか初めて家に来た時のリリーみたいだ。
「おいでおいで~。」
すると母さんはしゃがんで子狐に微笑みを向けながら手を差し出した。
そして、それを見た子狐は恐る恐るその手に近付き匂いを嗅いで顎を乗せる。
母さんは顎を撫でながらステータスを確認すると軽く頷いた。
「絆が上がると懐くのかしら。さっきまで1だったけど今は5に上がってるわ。」
「餌付けしてみたら。」
「そうね。試してみましょうか。」
「リリー、オヤツ持って来て~。」
『ドドド・・・キキーーッ!』
母さんが呼ぶとジャーキーの袋を咥えたリリーがやって来た。
その目はランランと輝き口からは涎を垂らしている。
最近は美味しいお肉をメインに食べているのに、あのジャーキーは別枠のようだ。
「ありがとう。これがご褒美よ。」
「ワン!」
「良い子ね。この子にもマナーを教えてあげて。」
するとリリーの視線がギロリと動き子狐に向けられ、それはまるで厳しい生活指導の教師みたいだ。
「ワン!」
「キュイ!」
「ワン!ワン!」
「ク~!」
何を話しているのか?
リリーが吠えるごとに子狐の姿勢が正されていく。
そしてリリーは子狐の周りをグルリと一周すると床にお座りをして母さんを見上げた。
「ワウ!」
「ありがとうリリー。あなたが居て良かったわ。」
「ワオ~ン。」
そしてまずはリリーからジャーキーを受け取り、それから子狐が受け取った。
既に先程の様な怯えた様子はなく、まるで群れの一員になったみたいだ。
「あら、今ので絆が50パーセントまで上がってるわね。」
「リリーはいったい子狐に何を吹き込んだんだ?」
少し心配になる急上昇ぶりだけど大人しいので問題は無さそうだ。
「それじゃあ、もう片方も出してみましょうか。」
そう言って母さんは先程と同じ要領で今度はドライアドを呼び出した。
するとそこにはゲットした時同様に裸の少女が現れている。
そして敵意を失った彼女はその場に座り込み恥ずかしそうに体を隠した。
「なんだか、こっちの方がエロスを感じるわね。」
「そう思うなら早く何か掛けてあげたら。」
俺は周囲を見回してみるとダンジョンで使用した洗濯前の毛布を見つけた。
それを持って近寄ると、横から肩にかけて体を隠してやる。
「これでも掛けて少し待ってると良いよ。母さんがすぐに何か着る物を用意してくれるから。」
するとドライアドは顔を上げると恥ずかしそうに俺を見上げて頭の枝に花を咲かせる。
すると仄かに甘い匂いが鼻に届くけど、前とは違って不快感のようなものは感じられない。
「あ、ありがとう・・・。」
「喋れるのか?」
「え、あ、はい。何故か分かります。初めて会った時は分かりませんでしたけど。」
もしかすると邪神から切り離されて管理が母さんに移ったからかもしれない。
俺達は神様の力の影響かも知れないけど、言葉を理解し、相手にも言葉を伝える能力がある。
だから魔物も母さんの影響を受けて言葉が通じる様になったのかもしれない。
「あの・・・その・・良ければお名前を教えてください。」
「俺はハルヤだ。あっちが母さんで君の主。その隣が父さんでこっちが俺の妹のアケミだ。」
「・・・はい、覚えました。お父様にお母様。アケミ様に・・・ハルヤ様ですね。それとすみません。私には名前が無いので名乗る事が出来ません。」
「それならハルヤが付けてあげなさいよ。私はこの子に付けてあげるわ。」
母さんはそう言って俺に変な課題を振って来た。
でも、いきなりなのはいつもの事なので俺は少し考えると彼女の頭部に咲く花が目に入る。
その淡いピンク色をした花を見て俺はすぐに一つの名前が頭に浮かぶ。
「それじゃあ、桜花ってどうだ。」
「オウカ・・・。ありがとうございます。私は今日からアナタのオウカです。」
「大げさだな。今日から頑張ってくれよ。」
「お任せください。」
「ちょっと~お兄ちゃんは私とユウナのなんだからね。」
「分かりました。そこに加われる様に頑張ります。」
何やら俺の事なのに俺の関知しない所で変な方向に話が進んでいる。
まあ、この子も子狐同様にこの家に馴染めそうで良かった。
「ふふ、絆が一気に100を越えたわ。まさかマックスが120だったとは思わなかったけど。」
「何か言った母さん?」
「何も言ってないわよ。フフフ・・・。」
母さんはそう言って笑うと抱き上げている子狐に視線を落とした。
どうやら母さんは既に名前を決めたようで悩む事なくその名を口にする。
「それじゃ、あなたの名前は白にしましょう。」
「ク~ン。」
「その子、白くないけど良いの?」
「良いのよ。私の勘がそう言ってるんだから。」
これにより我が家に新たな家族が増える事になった。
部屋は無いけど寝る時は仕舞っておけば問題はないだろう。
それに新年になって少しすれば学校も始まるので関わる時間も自然と少なくなる。
母さんもなんだか燃えてるし、きっと良い方向に進んでいくはずだ。




