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59 久しぶりのダンジョン ⑦

次がようやく15階層だ。

頃合いとしてはここを終えれば休みを取って折り返す頃合いだろう。

3日ほどかけて潜ったけど状態異常の対応で予想よりも多くの時間を使ってしまった。

予定では20階層くらいまでは行けると思ったんだけど出来れば転移陣が20階層にも存在するのかの確認を取りたかった。

でも今回の長期探索は得た物も多い。

車の運転と一緒で急いでも何か大きく変わる訳ではないので地道に進んで行くしかない。

しかし、階段を下りていると体に異常が出始めた事を感じ取り足を止めた。


「なんだか変だよね。」

「そうね。体がピリピリするわ。」


この状態を言い表すなら正座して足が痺れた感覚が体全体から感じると言ったところか。

あれほど酷くはないしまだ動けるけど一度足を止めてステータスを確認してみる事にした。


「ああ、これが原因か。」

「毒と麻痺のダブルパンチか。」

「回復させてみる?」

「頼む。」


そしてアケミとユウナは皆に回復魔法を掛けてくれる。

すると状態はすぐに回復するけど少し待っていると再び表示が現れた。


「これはダメージ床かしら。」


ダメージ床はゲームならお馴染みのトラップだ。

その上に乗ると状態異常になったり徐々にダメージを受けていく。

でも俺の意識を集中してようやく感じ取れるくらいのスキル反応は床ではなく周囲全体から感じ取れる。


「ワウ!ワウ!」


するとリリーが吠えてしきりに鼻を鳴らす。

それでこの状態が何処から来ているのかの見当がついた。


「空気・・・かな?」

「そう言えば少しフローラルな香りが漂ってる気がするわね。」


俺はすかさず目の前にある空間を鑑定してみる。


「なんか空気中にドライアドの胞子とか言うのが漂ってる。効果は毒、麻痺、魅了だって。」

「それで今の状態なのね。」

「魅了の方が出てないのは上手くレジスト出来たからなのね。」

「そうみたい。でもこれだと先に進めなかな。胞子が濃くなると効果が高まるかもしれないし。」

「そうね。摂取する毒の量で症状が変わるのはハルヤ君が実証してくれたわよね。」

「しょうがないからここで時間を潰して耐性習得を待とうか。」


恐らくだけど耐性は使い続けると次第に成長する。

一応無効に進化するそうなので再びここでスキルの強化も行う事になった。


それに今回の事で分かった事がある。

魔物は階段には足を踏み入れないけど攻撃は可能と言う事だ。

致死性の攻撃で無かったから良いけど、火竜の様な存在に遭遇して逃げる際はタイミングに注意しなければならない。

階段に寝げ込んで火でも吐かれたらそれだけで全滅の可能性もある。

最悪、誰かが犠牲になる事も視野に入れて行動しなければならない。


「それにしても、こんなに状態異常のオンパレードだとは思わなかったな。」

「後は眠りと石化だけど眠りはともかく石化は厄介だよね。」

「そに関してはハルヤの魔眼がまた役に立ちそうだな。」

「あ、そう言えば魔眼使ってると片眼の色が変わってたよね。」

「ちょっとカッコ良かったです。」

(止めて!アケミとユウナに言われると心の傷が拡大してしまう!)


これでは何があってもこの2人には、厨二戦士の称号は絶対に見せられない。

もし知られると今のキラキラした瞳の輝きが消えてしまいそうだ。


それにしてもあの称号を考えた奴は誰なんだ。

会ったら絶対に一言文句を言ってやる。

しかも効果が片目の色が変わるだけってどんだけふざけてるんだ。

でも、テイマーの職業を考えた奴と同じ様なニオイがそこはかとなく感じられる。

これに関しては初詣の時にでも一言もの申してやる。


その後、標高の高い山を登る様に少しずつ体を慣らしながら階段を下っていく。

すると先程までは見えなかった胞子が次第に濃くなり始め、周辺に黄色い霧の様に見える様になった。

視界を遮る程ではないにしても、これは魔物の一部で毒を含んでいる。

あまり気にならないとは言っても気分が良いはずはない。


「なんだか花粉症になりそうだね。」

「そう言えば花粉症って魔法とかポーションで治るのかな。」

「どうだろうな。俺は花粉症気味だったけど覚醒した頃から症状が出なくなったし。」

「あ、そうだよね。お兄ちゃんってこの時期には目が赤くなってた。」

「最初は気のせいかと思ってたけどな。ただ、治ったのか俺に花粉が届いてないのかは分からないんだよな。」


アレルギーは体の過剰反応だけど長い期間で発症しなければ自然に治るものもあると聞いた事があるので、それで言えばいつかは治るのかもしれない。


そして階段が終わり先に進むとそこには再び広い空間が広がっていた。

どうやらこの階層はフィールドタイプのようで、視界に映るのは広い草原とそこに点々と生える疎らな若木たちだ。

そして中央の丘には葉を落とした大きくて歪な巨木が1本生えている。

幹が太いのでアフリカにあるバオバブのようにも見えるけど、それからは明らかに魔物の気配を感じる。。


それにしてもこの胞子の効果なのかドライアド本体の気配を感じる事が出来ない。

丘の上にある巨木の確認は最期にするとしても、ここには必ずドライアドが居るはずだ。

そしてどうやら、ここに来て新たなスキルである漢探知の出番のようだ

これなら魔物が居ても俺にだけ攻撃が集中しし、挑発と違って周囲に影響を与えないのも助かる。

それにドライアドがどんな魔物かも分からないので今の状況だと団体さんとの戦闘はなるべく回避したい。


そして、しばらく進むと索敵ではなく危機感知に反応があった。

そちらに視線を向けると腕くらいの太さがある蔓が頭上から襲い掛かってくる。

しかし、ようやく魔物が現れたようだけど、それを見た母さんは再び嬉しそうな声を上げた。


「あ、あれは蔓の鞭ね!そうよね!きっとそうよ!」

「まあ、こうなるよね。」


それにしても息子が攻撃されているのだから興奮する前に心配して欲しい。

しかも捕獲玉を出して既にゲットする気でいるみたいなので俺は攻撃を躱しながら向かって来た蔦の大元へと視線を向けた。

するとそこには周囲にある若木の一つが枝を伸ばし俺に腕を振り下ろした状態で止まっている。

そして俺の足元に伸びている蔦は縮む様にそちらへと引き寄せられ、それと同時に姿を変えていった。

若木は地面から自ら根を引き抜くと幹の中央が割れてそれが滑らかな肌をした足へと変わる。

そしてそのままお腹、胸へと姿が変わり先程伸ばしていた枝は細くしなやかな腕となった。

最後に頂上付近が顔となり葉は腰まである髪へと変わっていく。

頭に少しだけ植物であった時の名残として枝がはみ出し、肌が緑がかってているけど見た目はアケミ達と同じくらいの少女になった。

恐らくは擬態か何かの能力を使っているのだろうけど、どこから見ても美少女と言っても良いだろう。


昔の俺ならその一糸纏わぬ姿に目を逸らすか赤面していたに違いない。

今だからマジマジと観察できるけど、あまり見ているとアケミとユウナの視線が刺す様に厳しくなる。

出来れば葉っぱや蔦でも良いから大事な所くらいは隠して欲しかった。

このままだと俺だけが針の筵なので早く母さんの望みを叶えてしまおうと思う。


「母さん。ゲットするの?」

「もちろんよ。胞子(奉仕)に蔓。鍛えがいがあるわ。」


なんだかホウシの意味が2つ頭に浮かんだけどきっと大丈夫だろう。

まさか可愛いからってご奉仕メイドなんかにはしないよね。

まあ、トレーナーは母さんなんだから好きに育てれば良いと思うけど。


俺は人の形を取ったドライアドに接近するとサーベルで切りつけた。

すると硬い物を叩いた様な感触が手に伝わりドライアドは後ろへと弾き飛ばされる。

どうやら手加減しすぎて太刀筋が見切られてしまったらしくドライアドは手を木の盾に変化させて防御している。

きっとこちらの攻撃を防ぎきれないと判断して咄嗟に後方に飛ぶ事でダメージを最小限に止めたのだろう。

今までの突進だけしかしてこなかった魔物に比べれば頭が良さそうだ。


「#$%?+*#%。」


そして立ち上がると同時に目に怒りを宿して何かを叫んでいる。

すると風が巻き起こり風刃となって襲い掛かって来たので、この辺の階層になると魔物も魔法を使う様になるみたいだ。

威力としては受けたとしても掠り傷程度だろうけど、それでも服はダメになってしまうので、サイドステップで躱しながら接近する。


「詠唱が出来るって事は声帯があるって事だからテイムしたら喋れるようになるかもな。」


そして俺の後ろでも母さんが「あの子喋った!」と大はしゃぎしている。

まるで病気の子が完治して車椅子から立ち上がった時の様な喜びようだ。

俺は接近すると今度は手加減は無しでサーベルを振り、殺すのではなく腕の切断を重点に置いた攻撃を放つ。

それによってドライアドは肩から先を失い再び後ろに下がろうとするが俺はそれに合わせて間合いを維持するように動き今度は右足を切断する。


「斬っても血は出ないのか。断面もアスパラガスみたいだな。」


手が蔦の様になっているので年輪でも見えるかと思っていたけど、それは表面だけで中は野菜を思わせる見た目だった。

それに痛みを感じないのか戦意は失っておらず残った足を鞭の様にしならせて蹴りを放ってきた。

俺は更にその足も斬り飛ばすと最後に胸を抉ってみる。

それでも血は流れず手には肉を抉った時と同じ感触が伝わって来るだけだ。

これは首を斬り落とすしかないかもしれない。

それに切り落とした手足を見ると消えずにまだ残っている。

もしかすると接ぎ木の様に合わせておくと接合出来るのかもしれない。

わざわざ敵で試すつもりは無いので仲間に出来た時にでも試してみるとしよう。

それか、もし喋れる様になれば聞いてみても良いだろう。

しかし植物系の魔物は初めてだけど生物で言う所の急所が何処か分からないのでなかなか死なず抵抗が緩む気配がない。

殺すのが目的でないので首を飛ばさなかったけど、失敗しても良いからそろそろ一度は試してみるしかなさそうだ。


「悪いけど一度首を飛ばすよ。」

「それならちょっと待って。」


そう言って母さんはドライアドの前にしゃがむと捕獲玉を持っていない方の手を差し出した。

その瞬間にドライアドは牙を剥き母さんの手に噛みつこうと迫る。

まさか何処かの心優しい少女の様にそのまま噛みつかせるつもりかと思っていると母さんの手は蛇の様に滑らかに動きその口が閉じない様に顔を強く握った。


「があーー!」

「わざわざ口を開けてくれるなんて良い子ね。」


そう言って母さんは捕獲玉を口にねじ込んでそのまま押し込むというまさかの行動に出た。

見ている方としては完全な拷問にしか見えずハッキリ言って容赦がなさ過ぎるので良い子には見せられそうにない。

俺も容赦なく手足を切り落として胸を抉ってるから言える立場じゃないかもしれないけど、もう少し穏やかな絵面でなければテイマーになろうとする人が増えない気がする。


「ウウウアアアアーーーー。」


そして母さんは球を吐き出される前にドライアドを放り投げるとそのまま自分の手で首を刎ねて止めを刺した。

すると捕獲玉は正常に作動してドライアドを取り込み母さんの手の中へと戻ってくる。

もし今後リアルモンスターバトルの大会が開催される日が来てもこの光景は絶対にテレビでは放送できないだろう。

こんな方法で魔物を捕まえている事が分かれば普通の人は確実にドン引きする。

大会の開催すら危ぶまれるかもしれないけど未来のもしもを考えるよりも、まずは今の事を考えることにした。


「満足した?」

「ええ、確認は後でするからまずはこの階層を片付けてしまいましょ。」

「そうだね。ドライアドがどんなのかも分かったからまずは丘の周りを移動してドライアドを狩り尽くそうか。」

「それが良いわね。さっきの娘が居なくなったからこの辺の胞子が薄くなってるわ。他のドライアドを全部倒すと、この部屋の空気も少しは良くなるんじゃない。」


そう言われてみると胞子が薄くなって少しだけど索敵に反応があるので、このまま胞子が濃くなる前に探して倒してしまおうと思う。


「それじゃあ。リリー達は魔法で俺が指示した若木を燃やしてくれ。」

「ワウ!クシュン!」

「お任せ~。」

「任せてください。」


そして木なら炎に弱いかなと予想して魔法を放ってもらうと見事な程に炎上した。

どうやら人の姿をしていなければ動けない様で3人が同時に放った魔法は瞬く間にドライアドたちを焼き尽くしていく。

さっきの俺の苦労は何だったのかと思うくらいに呆気ないけどで弱点属性があるとこんな感じだ。

本当にダンジョン探索には魔法使いは欠かせないと実感する瞬間でもある。

そしてドライアドが居なくなり、周囲に広がっていた胞子が完全に消えると丘の上の巨木に変化が現れた。


「ウオア~~~~!!」

「ハルヤ君。本命が動き出したぞ。」

「恐らくはエントでしょう。リリーたちは火の魔法で牽制してくれ。」


俺が3人に言うと次々に魔法が撃ち込まれて枯れ木の様な体が燃えていく。

それでも本体の幹が太いため、枝などの細い所は燃えても本体までは焼き崩せない。

その間にエントは足である根を地面から抜くとこちらへとゆっくりと向かって来た。


「ねえ、お兄ちゃん。」

「何だ妹よ。」

「あれって全速力なのかな?」


確かにエントはドライアドと違って木のままの姿で歩いて来る。

でもその速度は遅くて人が歩くくらいの速度しか出ていない。

しかも攻撃手段であろう枝はアケミたちの魔法で燃え尽き、どうやって攻撃してくるのか見当もつかない状況だ。

まさか、こんなに弱いはずはないだろうと思いながらも俺達はエントの動きに合わせて移動を続け魔法を放ち続けた。

他のダンジョンならどうか知らないけど、俺達には回復手段であるポーションが十分にあるので体力切れも無い。

わざわざ危険な接近戦をしなくてもいいなら時間が掛かろうとこれが一番だ。


「それにしてもタフだな。」

「そうだよね。・・・あ、見てあそこ。幹に穴が開いたよ。」

「そうだな。どうやらバオバブみたいに中が空洞になってるみたいだ。」


幹の太さだけで5メートルはあるので焼き尽くすのに時間が掛かりそうだと思ていたけどこれならもうじき倒せそうだな。

母さんを見てもドライアドには興味があったのに、あのエントには何も感じて無さそうだ。

それに既に興味すらないのかその目はステータス画面に釘付けになっている。

そして哀れなエントは碌に戦闘も出来ないまま俺達の前から消えて行った。


「お、敵としては雑魚だったけどドロップを残してくれたぞ。」

「ホントね。でも雑魚だったのはこちらの魔法の火力が高かったからで前衛だけの接近戦なら苦戦していたかもよ。」

「そうだね。それにしても雑魚のこのドロップは何に使うのかな。」


しかし、皆で雑魚雑魚言いながら鑑定して見てもエントの木材と出るだけだ。

縦横2メートル位の巨大な幹のような木材で何に使うのかが全く分からない。


「もしかして槍の柄とか弓じゃない。それにゲームとかだと魔法使いの杖にも使われるわよ。」


そう考えると何処かで一度加工してもらわないといけない事になる。

これもアンドウさんにお願いしてみるしかなさそうだ。


「それじゃあ、これは持ち帰るとして一度寝てから帰ろうか。」

「そうね。今回は色々な事があったから疲れたわ。」

「俺も賛成だな。家の大掃除も残ってるしな。」

「大丈夫だよ。実は浄化には周りを綺麗にする効果があるんだよ。換気扇とかの汚れは任せて。」

「本当かアケミちゃん!」

「あれが家の中で一番大変なのよね~。」


アケミの発言にリクさんとナギさんが喰いついた。

たしかに1年の汚れで一番大変なのがあそこだからどの家でも苦労しているだろう。

俺も毎年手伝うけどあれ以外の所は掃除機と雑巾で終わるからオマケみたいなものだ。


「うん。今年は私に任せて。というか私達が居れば大掃除も一瞬で終わっちゃうよ。」

「「「「お~~~!」」」」

『『『『パチパチパチ』』』』


これには皆も大喜びで拍手喝采している。

使えるものは遠慮なく使うつもりだけど何とも庶民的な利用法だ。

この時期になるとニュースとかでお寺のお坊さんたちが頑張ってお堂の中などを掃除している光景を目にするけど、きっとそういった事に使われるためのものでもあるんだろう。

最後に仏壇もしっかり綺麗にしてもらっておけば神様?も文句は言わないだろう。

仏壇の場合は神様と違うので神棚を作る必要があるかもしれないけど、とにかくこんな素敵な力を授けてくれた神様に感謝しておかなければならない。


その後、俺達はダンジョンを逆に進み残った魔物を全て倒しながら地上へと出て行った。

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