58 久しぶりのダンジョン ⑥
どうやら、父さんと母さんは俺と違ってテイマーが選択可能なようだ。
もしかしたらリリーの飼い主だからかもしれないので日頃の行動でも職業が変わるのかもしれない。。
それと母さんは職業名の剣の所が槍になっているだけで他の違いは無さそうだ。
そしてリクさんとナギさんに関しては完全に俺と一緒だ。
そのためリクさんが魔剣士を選択し、ナギさんは騎士を選択しており、既に何にするかは決めていたみたいだ。
「防御の強化はその時の数値から5割増しと言ったところか。」
「私も同じよ。ただスキルで自動回復を覚えたわ。」
「俺は魔刃ってスキルを覚えたぞ。後で試してみよう。」
2人とも互いの結果を口にして情報を共有し合い、俺はそれらを今後の為にノートへと纏めておく。
学校の授業だと碌にノートも取らないのにゲームとかこういう事なら苦にならないから不思議だ。
それに恐らく職業を選択できるようになったのは日本では俺達が最初だろう。
他の国は分からないけど人数が多いという事は魔物の数が限られている状況で取り合いになっているかもしれない。
もしかすると俺達が世界中で見ても最速である可能性もある。
「父さんと母さんはどうするの?」
「俺は侍だな。武器もそうだけけどハルヤの戦い方を見て俺にも向いていると思ったんだ。それにリリーが凄いガン見してるしな。」
父さんが侍と言うまでリリーは父さんから一度も視線を外さず、尻尾も垂れさがっていた。
恐らくは自分が居るからテイマーは選ばないでという無言の意思表示だったのだろう。
でも、今は尻尾を激しく振って体を擦り付け、喜びを全身で表現している。
どうやらウチの飼い犬は自己主張が強いらしく父さんもリリーが可愛いので腰を下ろして体中を撫でまわしている。
まさに飼い主と飼い犬の完全なWIN・WINな関係だ。
しかしそんな中で母さんは容赦なく爆弾を投下した。
「私はテイマーを選ぶわ。」
その途端リリーの尻尾が止まり口を半開きの状態で目を見開いた。
見ようによっては背後に『ガ~~~ン』と効果音が付きそうなほどだ。
でもリリーの一番は父さんなのですぐに立ち直り再びジャレ始めている。
「それで、なんでテイマーなの?」
「だって、テイマーよ。いつか人が増えたらモンスターバトルが出来るかもしれないじゃない!」
なんだか凄い力が籠ってるけどそんな日が来るだろうか。
テイマーになるためにはそれなりに努力しないといけないのでかなり大変だと思うんだけど。
でもモンスターを題材にしたゲームが大ヒットして社会現象になっている。
もしかするとリアルモンスターバトルでダンジョンの人気が急上昇するかもしれない。
帰ったら早速アンドウさんに提案してみよう。
「まあ、リリーも母さんにはそれほど拘って無いみたいだからそれでも良いんじゃない。どっちみち、いつかは誰かが試さないといけないんだし。」
俺達である必要はないけどやっぱり望んだ職業を選ぶのが一番だろう。
でも魔物をテイムしたらどうやって飼えば良いのだろうか?
そして、父さんは侍を選択し、母さんはテイマーを選択した。
すると母さんの目の前に3センチほどの赤い球が現れて地面に落ちずに浮かんでいる。
「これって何かしら?」
「ちょっと待って。鑑定してみる。」
何もしていないのに浮いてるのが怪しいけど、タイミングから言ったらテイマーの職業に必要な何かだろう。
それでも何かの罠や魔物だといけないのでまずは安易に触れずに確認から行う。
「捕獲玉らしいよ。」
「なんだ。モンス〇ーボー〇じゃないのね。」
「流石にそれは不味いでしょ。」
母さんはがっかりしているけど流石にそこは本人も分かっている様ですぐに復活して目の前の捕獲玉を手に取った。
すると今度は和紙のような紙がヒラヒラと舞い降りてくるので母さんはそれを見事に掴み取ると視線を落とした。
「う~んと。テイマー獲得おめでとう。これであなたも今日からトレーナーです。あなたがこれと思った魔物を5体まで捕獲し立派に育て上げましょう。」
「何それ。何かの広告チラシ?」
「さあ、でもそう書いてあるわよ。」
見るとそれ以外にも色々と詳しくテイマーについて書かれていた。
テイムした魔物は捕獲玉を経由してステータスの中に収納されるらしい。
呼び出す時はイメージすればそれに対応した球が現れそれを放れば魔物が出てくるともある。
それにテイムした魔物は死ぬ事が無く、限界が来れば一時的に使用不可能になるだけで時間が経過すれば復活して使用可能になるそうだ。
魔物の能力はステータスで確認できるらしく、意思もあるのでコミュニケーションも可能と書いてある。
ただし強い魔物ほど邪神との繋がりが強くテイムは難しいらしい。
恐らくは俺が先日倒した特殊個体であるゲイザーの様な魔物だろう。
又は下の階層になるほどテイムが難しくなると言う事だ。
このスキルを取り入れた奴は絶対にオタクに違いなく、どうやら母さんの同類が神側にも居るみたいだ。
それに何でこのスキルだけこんなに詳しく書いてあるのだろうか。
俺達のなんて一部のスキルが覚えやすくなるとしか書いてないのにこの職業だけ詳細に書いてある。
魔物と意思を通わるための念話。
魔物を強化するための進化。
しかも絆ゲージとか言うのが別にステータスに追加されるらしい。
これって俺達の使っているステータスプレートを考えた奴と絶対に違うだろ。
何?このあからさまな特別扱い。
これを見た後だと俺達が冷遇されてる気がしてくる。
母さんはまるで宝くじを当てた様に凄いニコニコして説明を読んでいるので、これは期待に胸を膨らませている時の顔だ。
きっと待ちに待ったゲームが発売し行列に並んで最初に購入した人がこんな顔をするのだろう。
その後、母さんは説明書を熟読してそれを俺の持つノートに張り付けた。
ここまで優遇されてるとこれだけで覚醒希望者が増えそうだ。
それとも俺が邪推しているだけで神様は今の日本の状況を憂いているのか?
それなら他の職業も手厚くサポートして欲しいんところだ。
そして最後はアケミとユウナだけど2人は魔法使いなので俺達とは根本的に違う。
まず魔導士があるのはリリーと同じだけど、その後が全く違っていた。
・巫女
浄化の力により全ての状態異常を回復させられる。
防御と魔力に成長補正(小)。
特殊スキル 交神・神降ろしが使える。
処女性必須
・歌姫
仲間のステータスを強化できる。
力と防御に成長補正(小)。
賢者
攻撃・回復の魔法の効果が上がる。
巫女の適性があれば浄化も使用可能。
防御と魔力に成長補正(小)。
一部のスキルが覚えやすくなる。
鬼嫁
力と防御に強化大。
力と防御に成長補正(小)。
一部のスキルが覚えやすくなる。
怒りによって暴走の恐れあり。
巫女はある意味言えば凄いスキルだな。
神との会話も可能となるので色々聞けそうだ。
でも処女を失うと消えてしまう恐れのある職業なのでもうじき年頃な2人には辛いかもしれない。
本人が望めば反対はしないけど出来れば選んでほしくない。
2人にはこれからも自由に生きてもらいたいからだ。
そして歌姫は完全な支援職だ。
歌を聞きながら戦うのは魅力的だけど、2人はこれからも魔法使いとして仕事して欲しいのでこれは却下するしかないだろうな。
そうなると賢者が一番有力になる。
スキルも増えやすくなるし2人には巫女の適性がある。
浄化によって呪いも払える様になれば俺達としても助かる。
そして最後のは字面からしてアウトだろ。
何だよ鬼嫁って!
それよりも誰の嫁になるんだ!
もうじき結婚できる歳だと言っても他人にはまだやらんぞ!!
結婚したいなら俺や父さんよりも強くなって出直して来い!!!
まあ、本音はこの辺にしてそろそろ本題に入ろう。
「2人はどれにするんだ?」
「巫女は無いかな。」
「歌姫もちょっと。人前で歌うのは恥ずかしいです。」
「鬼嫁にはちょっと引かれるよね。」
「え!私は好きな人とは甘々な家庭が築きたいよ。」
「ん~それもそうね。なら賢者かな。」
一瞬ドキッとしたけどユウナの説得で事なきを得た。
リリーといい、アケミといい、どうしてこんな恐ろしい職業を取りたがるんだろうか。
これならまだ巫女の方が幾分かマシに思えてくる。
しかし2人は賢者を選択したので状態異常対策が強化され進むのが楽になる。
「これで全員が職業持ちになったね。それと母さんは槍はどうする。」
「そっちの方がカッコいいから持ち変えるわ。」
この中で母さんが一番ブレないのは言うまでもない。
俺は先程手に入れた槍を母さんに手渡すと使い心地を確認している。
「それで、これの攻撃力は幾つだったの?」
「300ってなってたよ。この中だと一番強い武器だね。」
「なんだかゲームっぽくなってきたわよね。」
特に母さんはそんな気がするだろうけど気を緩めている訳ではないので大丈夫だ。
もしもの時は俺のスキル漢探知に仕事をしてもらえば良い。
しかし、そう考えた時に俺の脳内で電流にも似た閃きが生まれた。
(あれ、考えてみるとこのスキルってアイコさんと相性抜群。イヤ・・・最悪じゃないか?
だって、そう考えた途端に危機感知も五月蠅い程に反応してる。これは余程の事が無い限りあの人の前でこのスキルは使わない方が良さそうだ。)
俺は軽い危機感を感じながら下に降りる階段を見つけて次の階層へと向かって行った
するとそこには見るからに弱そうな小さな子狐が待ち構えていた。
「お兄ちゃん。可愛い狐さんがいるよ。」
「あ、でも気を付けてください。あの狐の尻尾は5本ありますよ。」
先程の狐モドキが3本だったのでそこから考えれば、この見た目が子狐の方が強いと言う事になる。
すると子狐は尻尾の毛を膨らませて「シャーーー」と猫が威嚇するような声を出した。
そして突然尻尾の一つが炎に包まれながら巨大化し襲い掛かってくる。
俺達はそれを躱すと次は風と水の刃や土の棘が襲って来た。
見るとそれぞれの尾が別々の属性を纏ってユラユラと揺れている。
そして、最後の尾にはスパークが起こり、こちらに向かって電撃が飛んで来た。
俺は飛んでくる直前に漢探知のスキルを発動しサーベルを地面へと突き立てる。
そのため手には直撃して激しく痺れたけど電撃自体は地面に逸らす事が出来た。
ただ、今の電撃の効果はダメージよりも麻痺効果に重点を置いているのか軽い火傷を負っただけだ。
それでも回復させなければしばらく剣は握れないだろう。
きっとスタンガンを当てられるとこんな感じなのかもしれない。
しかし、そんな状況の中で一人だけ目を輝かせている者が居た。
「ハルヤ!あの子欲しいわ。」
(はい!その人とはもちろん俺の母さんです。そんな事を言い出すんじゃないかと思ってまだ攻撃を仕掛けておりませんよ。)
「じゃあ、セオリーに則ってまずは死なない程度にダメージを与えてみる?」
「そうしてちょうだい。殺さない様にだけ気を付けてね。」
「了解。」
尾の攻撃は厄介だけど来ると分かっていれば躱せない攻撃ではない。
ただし電撃は攻撃速度が早いので俺のスキルを駆使しても躱す事は不可能だ。
それでもあの攻撃は撃つ前に溜が必要みたいだから先程の様に防ぐことは出来る。
俺は炎を掻い潜り向かって来る石の棘を斬り裂きながら子狐に迫る。
すると風刃と水刃が襲い掛かって来たので素早く横に飛んで躱し空中を足場にして一気に距離を詰めた。
「まずはその面倒な尻尾からだ。」
尻尾は5本あっても他の動物同様にお尻の所から纏まって生えている。
俺はその部分にサーベルを走らせて全てを同時に切り取った。
「ギャウ!」
するとその直後に母さんから最高のタイミングで赤い物が投擲される。
それを見るとどうやらこの瞬間を見計らって捕獲玉を投げ付けたみたいだ。
そして玉は子狐に当たると『ゴスッ』と生々しい音を立てて地面に落ちる。
どうやらまだ捕まえられるような状態ではないと言う事だろうけど、母さんの容赦ない投擲は子狐に少なくないダメージを与えたようだ。
「もしかしなくても、後は手を出さなくてもいい気がするな。」
最大の攻撃手段である尾と先程の不意の投擲でもはや走るだけの力も無いのかその場から動こうとしない。
するとその横に落ちていた捕獲玉が消え去り再び母さんの手の中に戻る。
どうやら落としたり置いた所が分からなくなる心配はなさそうだ。
そんな事を考えていると母さんは野球のピッチャーの様な見事なフォームで再び捕獲玉を投擲する。
その速さは先程を大きく上回っておりコントロールも抜群で母さんにこんな才能があるとは今まで知らなかった。
そして今回の命中時には『ドスッ』と『バキッ』の音が重なり肉と骨が砕けた音が聞こえてくる。
どうやら現実のモンスターゲットはかなり生々しいみたいだ。
すると今回は先程と違い捕獲玉が輝き、子狐は黒い霞になって吸い取られていく。
どうやら捕獲玉で相手を倒すとゲットできるみたいだ。
(最初から最後まで本当に生々しいな。)
ただ説明だと邪神との繋がりを断ち切る必要が有るそうなので仕方ない気もしてくる。
魔物は俺達を敵としか見てないので確実に殺しに来ている。
そんな相手に友情を語っても攻撃が返ってくるだけだ。
現に第二ダンジョンでは魔物に対話を試みた何人もの人が魔物に連れ去られて殺されている。
例え母さんがスキルの念話を覚えたとしてもそれが改善に繋がる見込みは低そうだ。
おそらくあのスキルはテイムした相手とのコミュニケーションの為のものだろう。
そして俺が考察していると捕獲玉は消え去り母さんの手元へと戻っていく。
すると母さんはその弾を掲げて嬉しそうに声を上げた。
「初の魔物ゲット完了よ!」
『『『パチパチパチ』』』
その宣言に周りは拍手で応えて祝福を送ってくれている。
そしてすぐに自分のステータスを開くと魔物のステータスの確認を始めた。
「どうやらこの子は私達で言う所の魔法使いタイプみたいね。力が低くて防御がそこそこ。魔力も高いわ。」
「すぐに出せそうなの?」
「それは無理そうね。横にカウントダウンが付いてて12時間のくらい残ってるわ。まあ、倒して回収してるから戦って死んでもこれ位のクールタイムが発生するのかもね。」
「レベルはどうなってるの?」
「今は1みたいね。スキルも殆どが使用できなくなってるから育てる楽しみも盛り込まれてるみたい。」
それは育てる苦労の間違いじゃないだろうか。
せっかく14階層の強い魔物を捕まえても1からとなると大変だ。
ただ、この辺の魔物ならまだ落ちたレベルを取り戻すくらいは難しい訳じゃない。
それにその方が好きに育てられて自分に合った育成が出来そうだ。
さすがゲーム脳っポイ神様が考えた職業なだけはある。
そう言えばオタクの聖地のには幾つか神社とかもあったはずで商売の神様を祀っている所もあるみたいだから少し怪しい。
でも日本には八百万も神が居るから断定は出来ないだろう。
「それなら今回は諦めて次からって事で良いかな。」
「そうね。まずは絆を強める所から始めましょう。抱き上げて電撃を受けると大変だわ。」
それはどこの電気鼠の話をしているのだろうか。
でも確かに誤射があっては堪らないのでまずは仲良くなる所から始めよう。
そして俺達はこの階層の敵を倒し尽くしてから先へと進んでいった。




