55 久しぶりのダンジョン ③
現れた巨大鰐はそれと同時に大きなライズを行い湖の静寂を破壊した。
そして、波立つ湖面から顔を出すと、ゆっくりと尻尾をくねらせながらこちらへと向かって来る。
しかもその大きさは15メートル以上はあり、大蜥蜴と違って尻尾も太く、外皮も鎧の様に硬くて分厚そうだ。
まさにこの階層のボス・・・いや、エリアボスと言ったところか。
確実にこのダンジョンでは今までで最強の敵だろう。
しかし、俺達の所まではまだまだ距離があるので、今の内に試せることは試しておこう。
「リリー、今の内に撃てるだけ撃ってダメージを与えてくれ。」
「ワン!」
俺の言葉に応える様にリリーは何度も吠えながら石槍を飛ばしていく。
それらは巨大鰐に命中するとその背中に命中してダメージを与えている。
しかし悠々と泳ぐその姿からそれ程のダメージは与えられていないようだ。
やっぱり鰐男同様に背中の防御は固いと言う事かもしれない。
「ちょっと先に様子を見て来るよ。」
「気を付けてねお兄ちゃん。」
「何かあったらすぐに助けに入ります。」
俺は二人に頷くと水面を歩いて奴の方へと向かって行った。
するとその姿は水中へと隠れてしまい下へと潜水を始めている。
どうやら、この湖はかなりの水深があるみたいで70メートル以上は潜れるようだ。
そして急激に方向を変えると俺に向かい一気に浮上して来たが、この動きは海に落ちた時に出会った鮫で経験済みだ。
しかも奴らの方が微妙に速度が早かったので泳ぐことに特化した鮫と、そうでない鰐とでは比べるべきではないのかもしれない。
俺は飛び出してくる前にその場で高く飛び上って先程のコイツのライズを参考に高さ調整を行う。
ゾーンに入っていればこれ位は簡単なので俺は奴の攻撃を躱しつつその体へと剣を走らせた。
「頭部は固いな。顎下は問題なし。首回りも硬い。背中は・・・本気なら斬り裂けるけど皆にはキツそうだ。腹は・・・あ、深くやり過ぎた。尻尾は全体的に硬く鱗が鋭いな。それならコイツの最大の武器は口と尻尾か。」
俺は敵の周りを螺旋状に移動しながら弱点を探して剣を走らせてダメージを検証する事で倒し方については鰐男と大差がない事が分かった。
ただしコイツは2足歩行ではなく足が8本あるので8足歩行だ。
弱点である腹は地面を向いているので普通に接近戦だと戦い難い。
俺は水面近くまで行くと素早くその場を離れ皆の許へと戻って行った。
そしてその間に消費した体力を回復させるためにポーションを口に流し込む。
ゾーンに入ると全力で動ける分、体力の消費が激しいので長期戦の時にはポーションは欠かせなくなりそうだ。
そして戻るとすぐに先程の情報を皆にも伝えて作戦を伝えておく。
「ただいま。あいつの弱点は体の下側みたいだから魔法で集中攻撃すれば問題なく倒せそうだよ。」
「それだとウチは魔法使いが多いから余裕ね。それにハルヤが大きな弱点を作ってくれたし。」
先程の弱点を探す際にうっかり深く斬り裂いた場所の事を言っているのだろう。
予想よりも腹の部分が柔らかくて内臓近くまで斬り裂いてしまったから、もう一押し攻撃すれば筋肉も貫けるそうだ。
そして上陸してすぐに巨大鰐は俺達に向かって突撃して来た。
鰐は意外と足が速いと言うけど、まるでアクセル全開のトラックが突進してくるようだ。
しかし、そんな事では俺達に動揺は生まれないので、3人の魔法使いが同時に呪文を紡ぐ。
「「土よ。」」
「ワン!」
すると奴の進行方向の地面が蠢き、通過する時を狙って円錐形の巨大な棘が突き出して巨大鰐の腹部を襲う。
当然その一つは俺の付けた傷に直撃し背中を体内から突き上げている。
それ以外の攻撃も外皮を貫いており巨大鰐の体を浮き上がらせた。
「攻撃開始。」
そして、完全に動きを封じた所で前衛人が駆け寄り、巨大鰐の腹に刃を突き立てる。
「ハルヤは簡単に斬り裂いていたが思っていたよりかは硬いな。」
「そうだな。俺達だと全力でやっとと言ったところか。」
「ハルヤ君は予想以上に成長したのね。」
ちなみに俺は背中側から攻撃を行いテストを行っている。
最初に使ったのはいつも使っている鉄の剣で攻撃力100。
そして次に使っているのは虎男から奪った鉄のサーベル、攻撃力150だ。
結果だけ言えば攻撃力が50上がっただけで手応えはかなり違う。
形状の違いもあるのだろうけど剣だと叩き付ける感じで、サーベルだと滑らかに切り裂く事が出来る。
それに敵が硬いので少しの違いがとても掴み易いので、これはしばらくサーベルで戦ってみても良いかもしれない。
それに長さが今の俺には丁度良く、以前から俺にこの剣は長すぎると思っていた。
ただ、相手の大きさに合わせるためにも拘りは持たないつもりだけど、今は未熟な面もあるので選り好みをさせてもらう。
それに、もし打ち直しが可能ならば反りのある武器を作ってもらった方が良さそうだ。
そして次第に体力を失った巨大鰐は何も出来ないまま消えていった。
どうやら尻尾に関しては横へ滑らかに動いても上下の可動域が狭かった様でまともな攻撃が出来なかったようだ。
これがもしゲームなら嵌め技として登録されるか、修正パッチを当てられるレベルだろう。
せっかく派手な登場をしたのに哀れな鰐である。
そして俺達の前にはとうとう装備品やポーション類ではないドロップアイテムが登場した。
「これってもしかしてドロップ素材?」
「きっとそうね!初めてだけど剥ぎ取りしなくて良いから良かったわ!」
俺達は何処かのモンスターを狩るハンターの様に剥ぎ取りが出来る訳ではない。
当然、近所の焼き肉屋の店長なら自力でどうにかしてしまいそうだけど俺達にはそう言った知識も不足している。
まあ魔物の解体なんて誰もした事は無いだろうけど8本足の鰐ならなおの事だ。
そして、俺達の前にあるのは簡単に言えば鰐革だ。
俺が全力で斬らなければならないくらいに硬いので強度は保証されてるけど、これを普通の人が加工できるのかが分からない。
鑑定すると防御力300と出てるけど、初めてなのでこれが高いのか低いのかも分からない状況だ。
そのため一応は高いと見て回収だけしておく事にした。
「リリーしばらくこれを持っててくれ。」
「ワン!」
リリーは吠えるとそれを臭ってからそっぽを向き、俺に影に入れる様に首を振って示して来る。
まあ人間には分からないレベルの臭いなんだろうけどなんだか酷い対応だな。
「良し入ったな。それじゃあ次に行こうか。」
「ああ、その前にここでご飯にしないか。昼はとっくに過ぎてるだろ。」
すると、父さんが時計を示して時刻を教えてくれる。
確かに既に時刻は13時を大きく過ぎてもうじき14時になりそうだ
「そう言えばダンジョンでは飲み食いしなくて良いから忘れていたよ。」
それに魔物が居なくなればここは平和で静かな湖の畔に早変わりし、せっかくなのでここでご飯を食べる事にした。
腹が減らないからと言って食べない理由にはならないのだ。
そしてキャンプ気分で準備を行い、飯盒を焚いて串に刺したソーセージや野菜を火にかけて焼いていく。
やっぱり家族でこういう事をすると、とても楽しく感じる。
そして食事を終えて小休止をしている間に俺は先程のドロップアイテムを調べる作業をしていた。
「お、とうとう念願のアイテムがドロップしたぞ。」
「何があったの。」
「私も気になります。」
そう言って目をキラキラさせながら二人は俺の手の中にある小瓶を見詰めてくる
これが手に入ったら皆にも早くスキルを覚えてもらおうと思ってたんだよな。
そして俺は2人にいつもの笑みを向けながら中身の正体を告げた。
「これは毒だよ。」
「え・・え~~~。そんなの要らないよ!」
「何に使うんですか~!」
すると母さんが此方にやって来て会話に加わってくる。
前からこの事については話しているのでこちらは言わなくても既に理解してくれている。
「毒耐性の事を言ってるのね。」
「そうだよ。今の段階で俺達には余分なスキルを取る余裕はないからね。努力で覚えられる事は自力でどうにかしないと。」
そうしないと俺達は恐らく今後を生き残れない。
他の人達は俺達が進んだ足跡からさらに最適な選択を選ぶだろう。
でも俺達は既に始めた時から余裕が無くてスキルの構成もその場で必要なものを覚えて戦っている。
それにこの毒は俺達に効果がある事が実証されているので、今後の安全性の為にも可能な限り早めに習得しておきたい。
それにここに毒があると言う事はあの大蜥蜴は毒を持っていたと言う事に他ならない。
この階層以降からは毒持ちや状態異常を使う魔物が増える可能性もあるので耐性は必須の項目となる。
「俺も試すからみんなで頑張ろう。」
「う~~。」
「はい・・・。」
こうやって見ると2人もまだまだ子供のようだ。
辛い事を避けて行こうとする所は可愛らしくはあるのだけど、ダンジョンで死なせない為にもここは心を鬼にしなければならない。
「それじゃあ俺から。」
そう言って俺は手に傷を付けて毒を垂らす。
これは土地が違っても耐性の効果が出るのかの確認と効果が何処まで持続するかの実験だ。
ステータスを見ると毒耐性があってもちゃんと毒状態になっている。
でもそれほど体調に変化が見られないまま表示は消えて毒状態が解除された。
「量が少ないからかな。」
そう思って俺は毒の瓶を口に付けて一気に飲み干した。
すると頭痛に吐き気に加えて腹痛にも襲われるけど我慢できない程ではない。
そして最初に比べると時間は掛かったけど無事に毒状態は解除された。
「結構便利だな。毒を盛られても動く事は出来そうだ。」
その間にも皆はそれぞれにナイフを持って手に傷を作り毒を垂らしている。
ただ今回は回復魔法を使える2人と1匹が居るので解毒ポーションを消費する必要はない。
解毒は回復魔法に含まれているらしいので回復はそちらに任せ、ポーションはもしもの時の為にそれぞれに持っておく。
そして無事に皆も耐性を手に入れた所で下級ポーションを飲んで次へと向かって行った。
「ここからはまた洞窟みたいだな。」
さっきの階層が広くて見晴らしの良い所だったので少し閉塞感を感じる。
それでも次第に感覚が慣れてくるころになると離れている場所に魔物の気配を感じ取った。
「最初から複数の敵だな。」
「初見で複数はあまり良くないな。」
「そうだね。様子を見て減らしてこようか。・・・あ、気付かれたみたいだ。一直線にこちらへ向かって来る。」
気付かれたのならしょうがないのでここで迎え撃つ事になった。
どんな魔物かは分からないが、状況が悪いので最初から全力で行かせてもらう。
「戦闘準備。」
俺の声で皆は武器を握り直して敵の接近に備える。
すると前方から大きな人型の魔物が3匹、口に笑みを浮かべてやって来た。
「どうやらここは大猿の階層みたいだ。」
「もしかして狒々かしらね?」
「そうかも。日本ではそれなりに有名な魔物だよね。」
「そうね。人を馬鹿にして笑う悪戯者。それと女の子が大好きだったかしらね。」
なんだかそう言われるとアイツ等の視線が女性陣に向けられている気がするから不思議だ。
ここは早めに教育的指導で処理した方が良いのかもしれない。
「ちょっと始末してくるよ。」
思い立ったら即行動が俺の身上だ。
恨むならお前らを女好きと伝承に残した奴らを恨むんだな。
俺は距離を詰めると最初の一匹目を間合いに捉え肩から腹にかけて両断し、次のサルはそのまま角度を変えて腹部を両断。
残った一匹はそのまま顔面を蹴り飛ばし、よろめいたところを切り上げで胴から顔面にかけてを斬り裂いて始末した。
「やっぱりこのサーベルの方が切る動きに対しては楽に振る事が出来るな。」
そして、この階層は俺達男性陣がともかく頑張って制圧した。
やっぱり娘を持つ親バカな父親(一部の兄も含む)はこういう時に力を発揮する様だ。
まさにバーサーカーが舞い降りた様な獅子奮迅の活躍に職業にでも目覚めたのかと心配になる程だった。
今のところはまだ職業に目覚めていないそうなのだけど、もうそろそろのような気がする。
俺との日数差を考えれば今日くらいが怪しいけど恐らくは最初に職業が選べるようになるのはリリーだろう。
魔石の吸収が少なかったのでそれさえ補えばそろそろのはず。
そして予想通り戦闘終了後にリリーから声が上がった。




