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50 ジムへ

俺はテレビを見ながら先日のダンジョンについての動向を確認していた。

どうやら日本に関しては良い方向へと進んでいる様で否定的な事は言っていないようだ。

だだしテレビ局は政府の意向を尊重する傾向が強いらしい。

しかも過去に例のないダンジョンが発生したとなれば世論の流れを調整するのは当然だろう。

そして俺達の事は他国に合わせる形で覚醒者と呼ぶようにしたみたいだ。


その他にもダンジョンの名前が付いたみたいで、この近所にあるのは第一ダンジョン。

俺達が初めて遠征した所を第二、先日のを第三としている。

安直だと思うけど、どうやら第四、第五のダンジョンが出現する事も考慮されているみたいだ。

しかし前例がないので何が起きてもおかしくはないので俺達もその点は既に話をしている。

それに最下層というものが存在するかも分からず終わりがあるのかも分からない。

とにかく出来る事と言えば潜り続けて自身を高め続けるしかないということだ。

それだけが今は地上を安全にできる唯一の方法なのだから。


「お兄ちゃん、ご飯できたよ。」

「ああ分かった。」


俺は立ち上がると席に座って朝食を食べながら昨夜の事をみんなに切り出した。

もちろんアケミとユウナの件ではなく、ダンジョン内での長期遠征についてだ。


「そろそろ本格的にダンジョンへ潜ろうと思うんだ。可能なら泊まりも考慮してる。」

「そうねえ。父さんとも相談してるんだけど、年末の長期休暇を利用してダンジョンに潜ろうかって話してるの。年末までの4日を使えば大晦日とお正月の三が日は家で過ごせるでしょ。」


確かにそれなら良いかもしれない。

それにここ最近は忙しかったので少し休養にもなる。

ただ、それだと時間が勿体ないので時間短縮で10階層までは制圧しておくべきだろう。

皆のレベルだとそれまでは魔物と戦っても時間の無駄だろうから少し調整が必要になりそうだ。

レベルを聞くと皆も既にレベルが21まで上がっていて、俺とは少しレベルに差が出来てしまったけど一緒に行動していればレベルも揃って来るだろう。


「そう言えば母さんたちの指輪には強化の効果が無いんだね。」

「どういう事!あなた達の指輪には何かあるの?」

「そう言えばリリーが以前使ってた首輪にも無かったから、もしかするとダンジョンが出来た後になってからじゃないと意味が無いのかな。それとも何か意味が無いといけないとか。」


俺は鑑定のスキルが無い母さんたちに現在分かっている事を伝えておいた。

アケミとユウナも効果が分かるとステータスを確認して凄くニマニマしている。

あちらは俺からだけなので強化は20パーセントだろうけどステータスの数値が上がって嬉しいみたいだ。


「決めたわ!今日にでもさっそく二人で指輪を買いに行くわよ!」

「私もそうするわね。そうと決まればお父さんに電話して今日は定時に帰って来てもらいましょうか。」

「ああ、でも現地で待ち合わせした方が早いんじゃないかな。」


母さんズは予定を立てると父さんズに電話をかけて待ち合わせ時間を話し合っている。

そして、何故か今日もお出掛けとなり皆で移動を始めたのだけど、お金があると言っても行動力がある。


その後、到着すると皆は服を見て回ったりと楽しそうに買い物を始めた。

アケミとユウナも昨日来たばかりだけど入った店は多くない。

今日は母さんたちに付いて行くそうで俺も途中までは付いていこうと思っていたのだけど、流石に女性下着の店に入るとなると話は別だ。

仕方なくここの近くにあるジムへと足を向けることにした。


「ここが父さん達がいつも通ってるジムか。」


到着すると立派な10階建てのビルがあり、まだ平日の朝だと言うのに多くの人が中でトレーニングをしている。

それに正面はガラス張りになっているので中の人を確認すると若い人たちが気軽に運動をして汗を流しているのが見える。


「よし、まずは入ってみるか。」


俺は意を決してジムに入ると受付に向かってそこに座る女性に声を掛けた。

こういう大きな所だから見た目は綺麗で子供に対しても笑顔を受けべ手くれる。


「こんにちは。初めてですけどどうすれば良いですか?」

「それでしたらこちらの用紙に必要事項を記入してください。身分証はお持ちですか?」

「学生証でも良いですか?」

「はい。」


俺は学生証を渡して受付を済ませると彼女は受話器を手にして連絡を取り始める。

そして、少しすると一人の男性が俺の前に現れた。


「君が入会者だね。それでは準備をしながらここの説明をしよう。」


そして奥に入ると通路も白くて綺麗で施設自体が新しい物だと分かる。

こういった所を利用するのは初めてだから比較は出来ないけど、これなら気分よく何度も来れそうだ。

俺は奥のロッカールームへと案内され、そこでこの施設の使用説明が始まった。


「このジムは君の様に何も持たずに来た人の為に着替えを準備してある。今日は初回で無料だけど次回からは有料になる。受付で受け取ったリストバンドを使って後で清算するシステムだ。」


そう言ってそのまま服を借りる受付に案内してくれる。

その横ではサイズ別の下着も売っているので次回から来る時は色々と準備して来ることにした。


「それとロッカーは君の手首にあるバンドに番号が書いてある。そこに手荷物などは入れられるから自由に使ってくれ。帰る時に忘れ物をしない様にな。それと着替えるついでに君の体を見せてもらう。」


俺は指示に従って下着姿になると服を着る前に男性の元へと向かった。

こうして見ると先日のダンジョンで体に筋肉がかなり付いたのが分かる。


「おお~君は何処かでトレーニングでもしていたのかい?」

「いえ、ジムに来るのは初めてです。ここには更なる発展の為に来ました。」


男性は俺の体を触ったり動かしたりしながら確認すると口元に手を当てて唸り声をあげた。


「確かに引き締まった良い筋肉をしている。だが少し柔軟性に欠けるな。もし通ってくれるとしてもまずは柔軟を主体としたトレーニングになる。それでも構わないかい。」

「柔軟をしないとどうなりますか?」

「そうだね。俺達は強くて柔らかい筋肉と関節を大事にしてる。それに体が硬いのは怪我の元だしスポーツをするにしても体の稼働を制限してしまう。自身でトレーニングをしていると体だけ鍛えて柔軟を怠る人も多いね。」


男性はそう言いながらその場で自分の体がどれだけ柔らかいかを披露してくれた。

そう言えば格闘家やスポーツをする人の多くも体がとても柔らかいそうだ。

それでも怪我が絶えないので殺し合いをしている俺だと体が硬いのは死活問題に発展するかもしれない。

やはりジムに来てプロの意見を聞いたのは正解だったようだ。


「それでも構いませんよ。鍛錬は私生活で出来ますから。」

「良く言った!最近の若い人はなかなか続かなくてね。そういえば自己紹介がまだだったけど俺の名前は小泉コイズミだ。今日から君の担当は俺に任せてくれ。」

「それならお願いしますコイズミさん。」


そして俺は服を着ると一階のトレーニングルームへと連れて行かれた。

話によれば1階が初心者エリアで体が出来上がるにつれて上の階へと上がって行くそうだ。

最上階にまで行くと、もはや筋肉の塊と化したその肉体は世界レベルと言える程だと教えてくれた。


「それじゃあ始めるけど君は特に下半身が硬い。手伝ってあげるからそこに座ってくれ。」


俺は指示された通りにマットに腰を下ろすと柔軟を始めた。

痛みが無いのは称号のベルセルクの効果だろうけどこうして体を動かしながら確認するとどれだけ硬いのかが分かる。

そして1時間ほど軽い運動で体を温めながらストレッチを続けるとそこで一旦終了となった。


「あまりやり過ぎると体に良くないからね。今日はこれ位が丁度良いと思うよ。」

「トレーニングはしないんですか?」

「今日は初日だからね。家でする時も体を壊さないように無理な筋トレは避けるようにね。体力が余ってるなら今はランニングがお薦めかな、」


コイズミさんはそう言ってランニングマシーンを指差した。

それならと俺はその上に乗ると速度を上げて軽く走り始める。

どうやら最大で25キロくらいまでは速度が出せるみたいなのですぐに速度を上げて走り始めた。

やっぱり体感的には早く感じないのでランニングならこれ位がベストのようだ。

あんまりドタバタ走ると迷惑だから静かに足を付けて走らないと注意を受けてしまう。。


俺は意識を足裏に集中させながら足を動かすことで足音をおさえ、今ではマシーンの動く音以外の音以外は殆ど聞こえてこない。

すると横からコイズミさんが声を掛けて来たけど、慌てている様に見えるけど何か起きたのだろうか?


「ユ、ユウキ君!それはオーバーワークだぞ!」

「え?そうなんですか。俺はあんまり速く走ってないんですけど。」


俺がなんでもない感じに答えるとその顔が驚きに染まっていくのでもしかしてやり過ぎてしまったのだろうかもしれない。

マラソン選手の走る速度が10~20キロの間なので、そこから考えると止められるのも当然だと思える。


「は~・・・もしかして君がテレビで紹介されていた覚醒者なのかい?」

「え、あ、はい。一月で体が急成長して筋肉が付いたので調整でここに来たんですよ。父さんも来てますよね。」

「あのユウキさんの息子さんか。そう言えば最近あまり来ないと思ったらそう言う事だったのか。」

「他の人には秘密でお願いしますね。」

「分かったよ。でも、そう言うならあまり目立たないようにしないとすぐにバレてしまうよ。」

「可能な範囲で気を付けます。」


俺は速度を落として足を止めると一応口止めをしておく。

いつかは明るみになるだろうけど、今は世論の方向性が不透明なのであまり有名になると後になって困るかもしれない。

するとコイズミさんは親指を立てるとニカリと笑顔を浮かべた。


「こちらとしては顧客の秘密は守るから心配しなくて良いよ。落ち着いてきたら覚醒者が通うジムとして宣伝しても良いかな?」

「今は顔出しNGでお願いしますね。」


そしてランニングを終えた後に少し体をほぐしてからシャワーを浴びてジムを出て行った。

ここは予約制ではないので手が空いたらまた来させてもらえば良いだろう。

家でも出来る簡単なストレッチも教えてもらったのでアケミとユウナに頼めば手伝ってもらえる。


そして時間も昼前なのでみんなで合流すると昨日と同じホテルのレストランへと向かった。

流石に昨日の今日でフードファイターはいないだろう。

そう思って店に入ったのだけど何故かそこには昨日に倍する光景が広がっていた。


『ハムハムハム!』

『バクバクバク!』

「やっぱりここの料理は安くておいしいわね~。帰って来たら真っ先に来たかったのよ~。」

「お母さん、ここが出入り禁止になったらこの辺のお店で残ってる所が無いんだから少しはセーブしないと。」


何やら二人の親子がテーブルの上に料理を並べ・・・、いや、積み上げて会話をしている。

しかもセーブしてと言っている人物の方が積まれた皿と料理が多いのは俺の目の錯覚だろうか。

それに調理している人を見ると微妙に顔を引きつらせている。

そこから見ても彼女らが元手を大きく上回る料理を食べているのは言うまでもない。

もしかしてオーストラリアに行く前にツキミヤさんがあそこの家は金使いが質素と言っていたのは全てを食費に充てているからかもしれない。


それにしてもあそこだけ異様な雰囲気に包まれており、テーブルの上もだけど帽子とサングラスで顔を隠しているので怪しさが噴き出している。

もしかすると顔バレを警戒しているのかもしれないけど、あの食べっぷりだと隠す意味がないと言っている様なものだ。

もしかして巷で有名なバイキング荒らしで顔写真でも出回っているのだろうか?


俺は溜息をつくと案内のスタッフに言って隣の席へと案内してもらう事にした。


「すみません。あの人達の横にお願いします。」

「よろしいのですか!?」

「たぶん知り合いなんです。話をしたいから隣で。それに話してると食べる速度は遅くなりますよ。」


最後は小声で告げると彼らは快く俺達を隣の席へと案内してくれた。

それにあの二人は食事マナーが悪い訳ではないので隣でも別に構わない。

普通の客だとあの食べっぷりを見ているだけで食欲を失ってしまうかもしれないが俺達に限ってそれはないだろう。

なにせアンデットが居るダンジョンで焼き肉が出来るメンバーなのだから隣が墓場だろうと文句は言わない。

そして席に案内されると覆面フードファイターの2人に声を掛けた。


「2人とも元気そうで何より。」

「ハ、ハルヤ君!?」

「ハルヤ!」


俺が声を掛けると2人はこちらに向いて声を上げたけど、口に食べ物が入ってるのに活舌が異様に良い。


(もしかして腹話術の達人か?)


食べる速度は落ちたけどそれでも食べ続けてるから呆れるよりも感心させられる。

でもこんなアズサに常識を学び直して大丈夫なのだろうか。


「それにしても今日も良く食べてるな。」

「い、良いでしょ!プライベートでいくら食べても。ここはそういうお店なんだから。」


でもさっきの会話や店員の顔はそうは言ってなかったのでどんな店にも限度はあると思う。

それにこれは完全に見栄か言い訳だと思うけど後ろに座っている母さん達から声が掛かった。


「ハルヤ、その人たちは誰なのかしら?」

「私も知りたいわね。名前で呼び合うなんて仲も良さそうだし。」


そう言えば母さんたちはこの二人の事を知らないのでザックリとだけど説明をしておくことにした。

見るとクラタ家の二人は帽子とサングラスを外して顔を晒しているので体裁を取り繕う程度の意識はあるようだ。

ただ、スタッフが陰から二人の顔を確認してるからここではもう会えないかもしれない。


「それじゃあ紹介するけど、こちらが俺の元クラスメートでダンジョンから殺して回収したアズサ。」

「ちょっと何よその紹介は!?」

「真実だろ。」

「う~~~。」


アズサは凄く不満そうな顔をして唸っているけど反論はなさそうだ。

そして俺はもう一人のアイコさんを紹介することにした。


「それでこっちがその母親でトラブルメーカーにして俺がオーストラリアから殺して回収したアイコさん。」

「何よその紹介は!?」

「反論が出来ない程の真実だろ。」

「う~~~。」

「アナタの場合は唸っても駄目だ。」


アイコさんに関しては完全に氷の視線で反論を許さない。

この人に関しての認識の齟齬は命に関わる重大な問題になる。


そして、後は母さんとナギさんを紹介しておいたけど、こちらは本当にサラッとで良いので簡単だ。


「そうだったのね。それはそれは。これからダンジョンの近所に住む者同士、仲良くしましょ。」

「そうね。ハルヤ君はあげないけど今後は協力し合えると良いわね。」


何かナギさんの目が少し怖いけど、これからは顔見知りとして仲良くやって行けそうだ。

なのにクラタ家の2人は何故か表情を引きつらせて無言で口の中の食べ物を飲み込んでいた。

明日からは1日1話の投稿になります。

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