48 買い物 ④
俺はさっきまで話をしていた女性の許へと向かって行った。
「それではこちらにどうぞ。」
そう言って俺は皆が先程まで入っていた部屋へと案内された。
そしてテーブルの上にはそれぞれ3つのアクセサリーが置いてあり、どうやらこの中から選べという事のようだ。
「それではこちらがあなたの妹さんが選んだ物で、こちらがそのお友達が選んだ物です。そしてこれがあなたの同級生の物になります。」
そう言って見せてくれたのはアケミの誕生石であるダイヤモンドの付いたアクセサリーだ。
土台も最初の店と違い黄色く輝いているので恐らくは金が使用されているのだろう。
ユウナの方はエメラルドで緑の輝きが彼女のイメージにとても似合っている。
しかし、その横にあるアズサの方はあまり見栄えが良くない。
カットの形は似ているけど、くすんだ色をしており土台の色も並べてみると白っぽいのが分かる。
そのためまずは材料の確認から入る事にした。
「これは何金ですか?」
「あら、値段が気になるの?」
「いえ、なるべく体に害のない物が良いなと思って。」
すると彼女は口元に手を当てて笑うと質問に答えてくれた。
「今回は24の純金ですので少しお値段が高くなっています。指輪やイヤリングで30万円。ネックレスだと70円ってところですね。でもこちらは18金でお値段が3割は安くなってます。それにこの石はアレキサンドライトで店員がルビーを進めたのだけど断られたそうなの。」
どうやらアズサは見えない所でも遠慮して安い方へと流れたみたいだ。
本人がそれで良いならと一瞬思ったけど何故かテーブルの上に新たな商品が並べられた。
「これが一応サンプルね。デザインとサイズは合わせてあるわ。」
サンプルと言いながらも確実にそう思っていないのがその目から伝わってくる。
しかし、俺も並べられた2つを見て思いが口からこぼれ出る。
「やっぱり赤いルビーはアズサに似合いそうだな。」
「私もそう思います。」
そう言ってテーブルニコリと笑っているけど、見た目に反して目がギラギラしていて凄く若々しい印象を受けてしまう。
それは置いておくとして、デザインとサイズが一緒なら少しの違いくらいは気にならないだろう。
俺は最初に置いてあったアクセサリーの乗るトレイを端へと追いやって3つを並べ直した。
そして、それぞれを見比べてどれにするかを考え始める。
しかし困った事に値段だけで見ればネックレス一択なんだけど俺の勘がそれは違うと告げていた。
なのでここはプロの意見を参考にするべきかもしれない。
「そう言えばアクセサリーには色々な意味があるって聞きましたけど。」
「確かにそういう事を気にする人は多いですね。でもあの子たちはアナタの選んだ物が欲しいのだと思います。だからご自身が良いと思う物を購入し贈ってあげるのが一番です。」
そう言われてしまうとこれは凄い難題な気がする。
イヤリングにするか指輪にするか。
特にアケミとユウナは仲が良いからか同じデザインのペアリングを選んでいる。
きっと未来の恋人にでも送ろうと考えているのだろう。
でも、俺が送った物を贈られたら恋人も嬉しくない気がする
それならイヤリングにするかと思っていると目の前の彼女は紙の上に丸を描きそれをペンでトントンと叩き始めた。
人には自分で選ぶようにと言っておきながら、どうしてそんなあからさまな意識誘導を始めるのだろうか。
でも事情を聞いても教えてくれそうな気配はなく、それなら最初から指輪にしなさいと助言をくれるだろう。
そして俺はプロである彼女の助言を聞き入れて指輪を選択する事にした。
「それなら指輪にします。それにしてもそんなあからさまな事をしなくても良いでしょう。」
「あら、何の事ですか?」
そう言って手元の紙を丸めてゴミ箱に捨てると証拠隠滅を図った。
俺はその姿に変わった人だなと感想を抱くとカードを渡し会計を済ませる。
「あなた若いのにお金を沢山持ってるのね。」
「まあ、色々と成り行きでね。」
今回は全てを一括で払っているので俺の若さなら驚かれても当然かもしれない。
恐らくこんな買い物をする高校生も日本ではそんなに多くはないだろう。
彼女はプレゼント用に箱に入れた指輪を包み終わると最後にニコリと笑みを零した。
「ちょっとだけオマケをしておいたので何時かを楽しみにしてください。」
「何時って何時ですか。」
「それは秘密です。その子が勇気を出す時が来たら分かる事ですよ。」
それだけ言うと彼女は俺に指輪の入った袋を差し出した。
俺は首を傾げながらそれを受け取ると中を確認する。
するとそこにはちゃんと分かる様に名前の書いたレターカードが張り付けてあるのでこれなら中身が分からなくても間違える事は無いだろう。
そして俺は部屋から出ると袋から箱を1つ取り出しそれをアズサへと手渡した。
「少し早いけどお礼とクリスマス プレゼントな。」
「あ、ありがとう。一応大切にするわ。」
「別に要らなかったら売って金に換えても良いぞ。」
「そんな事しないわよ!」
すると何故か怒らせてしまったみたいだがもしかして反抗期だろうか?
横でアケミとユウナはクスクス笑い、先程の女性は頬に手を当てて苦笑いをしている。
そして彼女は再び俺の許へ来ると名刺を差し出して来た。
「色々あって紹介が遅れましたが私はここの店長をしている暁 巴といいます。以後、お見知り置きを。」
「ああ、もしかするとまた来るかもしれないのでその時はよろしくお願いします。」
「その時は婚約指輪か結婚指輪だと嬉しいですね。」
アカツキさんは朗らかに微笑んでいるが、この顔を見ると今朝のお婆さんに面影が似ているなと思える。
でも俺が他人を愛して結婚できるかは不明なので今は心を取り戻すために頑張るしかないか。
「それに関してはアズサに期待だな。」
「な、何言ってるのよ!私はそんなつもりで手伝うんじゃないんだからね!」
「あらあらこれが巷で有名なツ・ン・デ・レってものなのね。見てる分には可愛いわ~。」
「ちが~~~う!」
俺達はそんなアズサの咆哮を聞きながら店から出て行った。
そしてその後の店内では。
「店長、あの子に指輪を1つ追加して良かったのですか?」
「良いのよ。店内を滅茶苦茶にされて客足が遠のくのに比べれば大した損害じゃないわ。それにあの子達にはなんだか運命を感じるのよね。」
「それなら構いませんが・・・。」
「フフ、アナタもまだまだね。きっとあの子達との付き合いはとっても素敵なものになるわよ。」
「こういう時の店長の勘は当たるから怖いですよね。それならそれを楽しみにして仕事に励む事にします。」
こんな会話が店内でされているとはハルヤたちも知る由もない。
そして、俺達は夕方が近付いてきたので駅へと向かっていた。
意外と時間が掛かってしまったが、これまでの人生で一番短く感じた1日かもしれない。
「それじゃあ帰ろうか。アズサも帰るだろ。」
「ええ・・・。そ、それとアドレス交換しない。そうしないと色々と大変だし。あと、初詣とか・・どうするの?」
もしかしてコイツ・・・。
「もしかして、友達が居ないのか?」
「そ、そんな事ない・・わよ。」
なら、どうして尻すぼみに声が小さくなるのだろうか。
そう言えばクラスが一緒の時も周りの人と一緒に居る所をあまり見なかったな気がする。
「それなら、俺達は大晦日に初詣に行くから一緒に行くか?それまでにはアイコさんも戻って来てるだろうし。」
「あれ?お母さんの事、名前で呼んでるの?」
「ああ、苗字だと名前が被るし色々と苦労を共に?したからな。」
すると俺の言葉のイントネーションをちゃんと聞き分けたアズサは苦笑を浮かべながら全てを理解してくれたようだ。
流石は生まれて今までずっと一緒に生活してきただけの事はある。
「ごめんなさい。お母さんがまた迷惑をかけたみたいで。」
「どうやらそっちでもトラブル体質は変わらないんだな。」
「ははは・・・。」
するとアズサからは乾いた笑いが返って来たけど、一度は死んでいるので直っている事を期待しよう。
そんな事を考えていると俺の足元へと何かが駆け寄って来た。
「ワン!」
「え!もしかしてオメガなの!?」
「ワン!ワン!キュ~ン。」
もう帰って来たのか。
まだ少し時間が掛かると思ってたんだけどオメガがここに居ると言う事はそういう事なのだろう。
でも、そうなるともしかして・・・。
「こらーーー!この馬鹿ハルヤーーー!!!よくもあの時はやってくれたわねー!」
「お、お母さん!」
声のした方向を見るとそこには元気いっぱいに蘇生したアイコさんがこちらに向かって走ってくる所だった。
その間にも自転車に引かれ掛け、何も無い所で躓き、フラついて茂みへと突っ込んでいる。
「なんか悪化してるな。」
「ハルヤ君。お母さんに何したの?」
「いや、一般人は船に乗せれないって言うから首を刎ねてオメガのアイテムボックスに・・・。」
「あ~~~聞こえな~い!」
「お前が勝手に聞いたんじゃないか。それにアイツが船から海に落ちたせいで大量の鮫には襲われるし大変だったんだぞ。アズサもアイツの傍に居て良く今まで生き残ってたな。」
俺が遭遇した内容だけで普通なら5回は死んでる確信があるぞ。
するとアズサは遠くを見る様な目をして哀愁を漂わせるようにフッと息を吐き出しているのでそれなりには苦労をして来たようだ。
そう言えばゴブリンの村でも最後まで理性を保っていたしメンタルだけを見れば常人よりも遥かに強いのかもしれない。
「何かあったら俺に言えよ。少しくらいは助けてやるからな。」
「うん。どうにもならなくなったらお願いするかも。」
「いや、どうにもならなくなる前に来いよ。手遅れになったら・・・。ああ、死んだらまた生き返らせれば良いか。」
「やっぱり早めに相談するね。」
すると俺の言葉にアズサはすぐに前言を撤回して考えを改めた。
もしかすると俺に一度は殺されていた事を思い出したのかもしれない。
そして、しばらく待っているとアイコさんはようやく俺達の前へと辿り着いた。
しかも平和な町中のはずなのに少し見ない間にボロボロの姿に変わっている。
もしかしてこの人が力を手に入れたら最初から変なスキルを持っているのではないだろうか。
例えば不運とか不幸とか。
最低限でも称号にトラブルメーカーは付いてるはずだ。
今思えば近所にダンジョンが出来たのはこの人が住んで居たからではないかとさえ思えてくる。
だってこの人の居たオーストラリア大陸は危うく滅びる所だったのだから・・・。
そう考えるとアイコさんは日本で最もステータスを得てはいけない人物ではないかと思えてくる。
今以上にこの体質が強化されたら世界が滅びるかもしれない。
そう言えばさっきは気になる事を言っていた気がする。
「アイコさんは死んだ時の事を覚えてるのか?」
「死んだんじゃないでしょ。あなたに殺されたのよ!」
どうやらしっかりと覚えているみたいだ。
と、言う事はやっぱり死んで記憶が消されるのは本人にとって辛く感じた一定期間と言う事か。
それにこうして覚えていると言う事は痛みは無かったと言う事だろう。
「でも帰って来れて良かったな。」
「まあ、そこは感謝してるわ。でも魔物を一掃するなら私は死に損じゃないの?」
「あの時は死ぬ事も覚悟してたんだ。だからお前だけは逃がしたんだよ。」
どうやら誰かから群れを一掃した事は聞いたみたいだが、あれは偶然色々な条件が重なって奇跡的に勝てただけだ。
恐らく何か1つでも欠けていたら俺は日本へは帰って来れなかっただろう。
「そうだったのね。それにしてもアナタ達って仲が良かったの?聞いていたのと随分違うみたいだけど。」
「いや、偶然会っただけだ。そう言えばアズサに聞こうと思ってたんだ。」
「な、なに?」
「なんでそんなに警戒するんだ。実は最初に会った時に凄い量を食べてただろ。何処に入ってるんだと思ってな。」
コイツの腹はあれだけ食べたのに細いままだ。
丼換算をしたら確実に10杯は越えているであろうはずなのでコイツの胃は四次元にでも繋がっているとでも言うのだろうか?
それとも親の異常性を引き継いでコイツは胃に魔物でも飼っているのか。
するとアズサは恥ずかしそうに顔を赤くして咆哮を上げた。
「知らないわよ!だっていくら食べても太らないし、いくら食べても半日くらいでお腹空いちゃうんだから!」
そんなに気にする事なのだろうか?
それにしてもこちらは大食か・・・。
「あ、今なにか変な事考えなかった?」
意外と鋭いな。
でもそろそろ時間も良くなってきたので話を切りあげて電車に乗ろう。
「まずは帰ろうか。アイコさんも久しぶりの自宅だろ。積もる話はまた今度にでも。」
「なんだか話を逸らされたような・・・。」
「アズサも苦労してそうね。」
(お前が言うな!)
(お母さんのせいでしょ!)
きっと俺とアズサの心は完全にシンクロしたはずだ。
そして、ようやく帰路につく事ができたけどアケミとユウナに腕を掴まれているのでまるで連行されている様に電車へと乗り込んだ。
それになんだか腕を掴む2人の力がステータスを越えて強い気がする。
ただ先日の件で体もかなり鍛えられたはずなのに骨がミシミシと鳴っていたのは俺の勘違いだと思いたい。
2人とも魔法使いだから力はそんなに高くないはずなので、きっと車両が軋んでいたのだろう。
そして、その後は大きなトラブルもなく無事に家へ帰り着く事が出来た。




