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46 買い物 ②

「お兄ちゃん、こっちこっち。」

「こちらに私達が良く行く洋服店があるんです。」


そう言って2人は俺の手を握ると嬉しそうな笑顔を浮かべて誘導を始めた。

それにいつも思うけど手に伝わってくる感触が滑らかでとても柔らくて温かい。

でもこうしてずっと握っていたいと思うのは俺の我儘な事なのだろう。


そして店の前に到着すると二人の手が離れ俺の口からは不意に「あっ」と声が漏れてしまった。

しかも2人にもその声が聞こえてしまった様でその口から耳を撫でる様な笑い声が零れている。


「後でまた繋ごうね。」

「今日は始まったばかりですからね。」

「・・・そうだな。」


そんな2人に対して俺は顔が赤くなるのを感じながら精一杯の思いで言葉を返した。

すると満足そうにニコニコした表情を浮かべ自分も頬が緩むのを感じながら店へと入っていくと服を選び始める。

そして幾つかの組み合わせを決めるとそれを持って試着室へと向かって行った。


俺はそれを店の前にあるベンチに腰を下ろしてしばらく待っていると、中から俺を呼ぶ声が耳に届いてくる。


「お兄ちゃ~ん、ちょっと来て~。」


その声に軽く返事をすると腰を上げて店内へと入って行く。

ちなみに俺がこういう形で買い物に付き合うのは今日が始めてだ。

そして当然こうして女の子と買い物に来るのも初めての経験となる。

こういう時に何をすれば良いのか分からないので呼ばれれば行くしかないだろう。

例えそこが女性しかいない店内であろうとも下着店ではないのだから気にする必要は無い。


「どうしたんだ?」

「服のコーディネートが終わったので見てもらいたいと思いまして。」


俺が到着して声を掛けると横の試着室からユウナが顔を出した。

でも少し覗いている肩からブラの紐が見えているのでカーテンの裏では服を着ていないのだろう。

いくら何でも無防備なので俺はユウナの額を人差し指で軽く押してカーテンの中に戻させる。


「誰かに見られたらどうするんだ。」

「ム~、ちょっとしたサービスタイムなのに。」

「そういうのは家だけにしなさい。」

「え、家なら良いの!?」


すると横の試着室から今度はアケミの顔が飛び出してくる。

こちらはちゃんと服は着ているみたいで来る時とは違う柄が見えている。

しかし、なんでここでアケミが喰いつくのかは不明だが、家では普段からやらかしてるの自覚が無いのだろうか?

布団に忍び込もうとするわ、風呂に乱入しようとするわ毎日が戦いとなっている。

洗濯物に自分のパンツを混ぜて持って来た時は本気で頭を抱えたくなった。

俺達は兄妹なのだけど、最近はその事実が薄らいでいるようなので、戒めも含めてこちらは少しきつめに額を弾いておく。


「調子に乗るな。」

「イタッ!もう、お兄ちゃんは妹に優しくないんだから。」

「これも愛の鞭です。」


アケミは赤くすらなっていない額を擦りながら笑顔でそんな事を言って来る。

まあ、コイツは妹だからこれ位が丁度良いだろう。


(もし血のつながりが無ければもっと自然に仲良くなれたのだろうか・・・。)


そんな考えが頭を過ったけどそれはあり得ない事だ。

俺は頭を振って馬鹿な考えを追い出すと首を捻っているアケミに笑みを浮かべた。


「あんまり試着室を独占してると店員に怒られるぞ。」

「そうだね。それじゃあ可愛い私達の試着会を始めま~す。」


そう言ってカーテンが開き着ている服を披露してくれる。

アケミが選んだのはその長い足を強調する黒いレギンスとジーンズの短いスカート。

上は赤い大きめのセーターを着て頭には白いフワフワのベレー帽をかぶっている。


すると先程とは違う意味で魅力的に変身したアケミに息と動きが止まってしまった。

そんな俺を見てアケミはニヤリと笑うと俺の首に手を回して体を寄せてくる。


「に・あ・う?」


アケミの顔は獲物を揶揄う猫のそれだ。

しかし、捕えられた獲物にそれを気にする余裕があるはずがない。


「とても似合ってるよ。」


だからこんなありきたりな言葉しか出て来なかった。

でもアケミはそれでも満足なのかパッと笑顔を咲かせると試着室へと戻って行く。

すると隣の試着室が開き今度はユウナがお披露目を始めた。

こちらは黒のオーバーニーソックスで足を覆い、その上は黒いショートパンツとそれを覆う様に赤と黒で柄を付けたスリットの入ったスカートを履いている。

ユウナは肌が白いので間に覗く素肌が強調されてとても眩しい。

上はノースリーブのキャミソールにVネックで肩周りの開いた緑のニットセーターを身に纏っている。

来る時は大人しい服装だったので今回は少し大胆にしたみたいだ。

ついさっきまでとのギャップに目が奪われてなかなか言葉が出て来ない。

そんな俺に彼女は容赦なく抱き着くと上目遣いに見上げ目を細めた。


「似合ってますか?」


どうして女の子はこうも服装一つで印象が変わるのだろうか。

先程まではおっとりしていたのに今ではアケミの様に勝気な印象を受ける。

そんな彼女に呑まれてしまい再びあまり良い言葉が浮かんでこない。


「とても可愛いよ。」

「やった!」


こんな言葉しか掛けてあげられないのに嬉しそうに拳を握ると笑顔で試着室へと戻って行った。

そんな俺達を見て傍に居る女性の店員さんが声を掛けてくる。


「両手に華ですね。」

「妹とその友達ですけど。」

「そうですか。言い難いのですが試着されてのスキンシップはお控えください。」

「はい・・・すみません。」


俺の責任ではないけどここは素直に頭を下げ、先程の服はそのまま購入させてもらう流れで話はまとまった。


「あの、それなり御高いですが大丈夫ですか?」

「はい。お金だけはそれなりにありますので。」


2人に見せてもらった服の値段は一つでも0が4つ付くお値段だった。

そのため二人合わせると20万を超えてしまったけど2人を飾る物としては妥当だと思う。


(それにしても女の子の服って高いんだな。俺の服なんて上から下までを合わせても1万にもならないのに。)


そして会計を済ませた俺達は服をロッカーに預けて次の買い物へと向かって行った。

その後、幾つかの小物店を周ってかた近くのホテルに向かい、そこのレストランで行われているバイキングへと向かった。


「あ、ここ一度来てみたかった所だ。」

「私もです。ケーキの種類も多くて、それを目当てに来る人も多いそうですよ。」


ここは昨日の夜に探していて偶然に見つけた場所だけど、どうやら当たりの場所だったみたいだ。

ユウナが言う様に多種多様なケーキが並べられ、周りを見ても男性よりも女性の数の方が多い。

それにお客さんの流れも目に見えて分かれており、男性はここで焼かれているケバブへと向かい、女性はサラダやケーキに集中している。

中には料理を全種類コンプする勢いで皿に盛る強者もいて中々に料理と客層は豊富のようだ。

これでお値段が2000円なら学生には敷居が高くても一般の人なら十分に食べに来るだろう。

ちなみにここは夜になると夜景が一望できるレストランになり、クリスマスシーズンと言う事で今年中は予約でいっぱいだった。

俺達は未成年だし良い子は家でホームパーティーさえしていれば良いだろう。

それに2人も大学に行く頃には、こういったレストランで一緒に夜を過ごす相手くらいは見つけていると思う。

それまでは俺がこうして時々連れて来てやれば良いだろう。

2人の美貌と性格ならそんなに長くは続かないだろうけど。


そしてスタッフからここの説明を受けて席に座ると料理を取りに向かった。


「さて、何にするか・・・。」


ここは料理の種類が多くて悩むな。

好き嫌いはないけど昨日の事もあって体が肉を求めている気がするゲマ・・・ゴホン。

気を取り直して俺はちょうど少なくなっているケバブの列に並ぶと、まずはこれから食べてみる事にした。


「どれ位食べるね少年。」

「それなら適当に2キロ位お願いします。」

「ハハハ、少年も面白い事を言うな。さっきもそんな事を言う御嬢ちゃんが来たよ。」


そう言ってその視線はフードファイターの様に大量の料理を食べている人物へと向けられた。

ただし帽子にサングラスを着けたその顔からは素顔すら想像できず、胸の膨らみから女性である事が何となく分かる程度。

しかもその顔や体の輪郭は細く、あれだけの物を食べられるようには到底見えない。

しかし、テーブルの上には使われて汚れてしまった皿が幾つも並び、既にかなりの量を食べている事を示している。

すると彼女は俺を一瞬だけ見た後に何故かサングラスと帽子の位置を確認すると少し体の位置をズラして食事を再開した。


「どうした少年。知り合いだったのか?」

「いえ、俺の知り合いに大食いの女性はいませんよ。」

「そうかい。俺の見立てだとお前さんと同い年位でかなりの美人だと思ったんだけどな。」

「ははは、それこそ俺には縁のない存在ですよ。」


そう言って笑い合っている間に俺の皿には焼けたばかりのケバブが山の様に乗せられ、それを受け取ると席へと戻って行った。

するとアケミとユウナも戻って来ていて二人の皿には色とりどりの料理が少量ずつ盛られている。

どうやら少しずつ食べてなるべく多くの料理を楽しむ事にしたらしい。

でも俺が戻ると二人は俺の手にある皿を見て何やら怪しい笑みを浮かべている。

もしかして俺の肉を狙っているのだろうか。


「「ピヨピヨ。」」


すると二人は何故か俺を見て子鳥の真似を始めた。

そして、その視線は俺と肉を行ったり来たりしているので、もしかして俺に食べさせろと言う遠回しな意思表示なのだろうか。


「食べたいのか?」

「「ピヨピヨピヨ!」」


俺はその元気な返事に苦笑すると箸で肉を一切れ掴みアケミの口へと運ぶ。

するとアケミはそれをパクリと食べると咀嚼して飲み込んだ。


そして次はユウナにも同じ事をすると彼女は頬を抑えて美味しそうに食べ始めた。

なんだかとても楽しいのだけどあまり騒ぐと周囲に迷惑が掛かる。

それになんだか僅かに索敵のスキルに反応があるのでそちらに視線を向けると大学生っぽい男連中がこちらに視線を向けていた。

女性陣からは暖かい視線を向けられているのにこの温度差は何だろうか。

それにサングラスで見えにくいけどフードファイターの女性からも鋭い視線を感じる気がする。

楽しく食べている分には文句はないだろうから手を出して来るまではどちらも放置といこう。


その後は先程みたいなおふざけは控えて互いに食べさせ合いながら食事を楽しんだ。

だってお返しと言われれば断る理由もないし、俺もそれに返さない訳にもいかない。

流石に1つのコップに3本のストローが刺されていたのは断ったけど、こういうのもなかなか楽しい。

しかし食事可能な時間が半分を過ぎた頃にとうとう俺達に向かって来る者が現れた。


彼女は皿に料理を力任せに積み上げ、その帰りに俺達・・・と言うよりも俺の前にやって来て足を止める。


「ユウキくんはその子達と仲が良いのね。その調子だとリハビリは必要ないのかな。」


そう言って彼女はサングラスをズラして目元を俺に見せる。

何処かで見た気がするけど中々思い出せない。


「だれ?」

「クラタよ。ク・ラ・タ・ア・ズ・サ。どうして忘れてるかなあ。」

「ああ、クラタだったんだな。悪い悪い、あまりにも印象が違ってて分からなかった。お前の私服って初めて見たからさ。」


クラタを見ると靴はローヒールに足首まである黒いスカート。

上には赤いシルクの様なシャツに腹回りにはレース調のコルセットの様な物を巻いている。

それが胸下まであるので細い腰とその上の胸を強調しているのだけど普段の真面目な印象からはかけ離れているので気が付けなかった。


「そんな事はどうでも良いの。それより思い出したなら色々話がしたいのだけど良いかな?」


俺に聞かれても今日の主役は俺ではなくアケミとユウナだ。

2人が良いなら俺に反対する気は無い。


「こう言ってるけど2人は良いか?」

「お兄ちゃん、その人は誰ですか!?」

「なんだかとても仲良しな感じですけど彼女さんじゃないですよね!?」


なんだか2人の視線と言葉が痛くて怖い。

それに最近は見る事が無かったけどアケミもご機嫌斜めのようだ。

ここはしっかりと紹介をして機嫌を直してもらおう。


「彼女なら名前を忘れる訳ないだろ。この人は去年のクラスメイトでクラタだ。」

「アズサで良いわよ。」

「そうか。ならアズサだ。今回オーストラリアにはコイツの母親を回収しに行ってたんだ。」


ここまで言って2人の気配がかなり和らいだけど、それでも向けている視線はまだまだ厳しい。

そんな中でアズサはさっそく本題へと入った。


「それで、お母さんはどうだったの?」


流石にこの問いには先程の様な棘は含まれていない。

今は純粋な疑問と不安があるからだろう。


「そっちは船で帰って来てるはずだ。到着の予定までは分からないけどな。」

「そうなのね・・・。ありがとう。」


そう言ってアズサは顔を俯けながらモソモソと料理を口へと運ぶ。

この状況でも食べ続けられるのはある意味で凄いメンタルだと関心すらしそうだ。

そんな彼女も少しして視線を上げると今度はアケミたちへと視線を向ける。


「それでそっちの可愛い2人は誰なのかな。」


なんだか母親の時よりも真剣な顔だがやましい事も隠すべき事も無いので紹介はしておこうと思う。

それに幾つか聞きたい事がるので少し会話に付き合う事にした。


「それなら紹介するけどこっちの可愛い方が俺の妹だ。」

「妹のアケミです。お兄ちゃんは誰にも渡さないんだから。」

(ん?今なんか変な事言わなかったか。まあ良いか。)


「それとこっちの可愛い方が妹の友達な。」

「今の所は友達のユウナです。お兄さんは誰にも渡しません。」

(ん?こっちもなんか変じゃなかったか。まあ良いか。)


そして紹介を終えてアズサを見ると何故か頭を抱えている。

もしかして食べ過ぎで血圧が上がり過ぎたのだろうか?


「大丈夫か?」

「ええ、なんだか色々と分かった気がする。でもユウキくんは普通に接してるのね。」

「ああ、俺の事もハルヤで良いからな。それと普通って当然だろ。アケミは妹だしユウナはその友達だぞ。今日は2人のクリスマス・プレゼントを買いに来ただけだからな。」

「それが普通?一応聞くけど何を買ってあげたの?」

「服一式かな。合わせて200kほど使ったけど二人にならそれくらいは安いだろ。」


するとアズサは何故か再び頭を抱えてしまったが、もし体調が悪いなら2人に頼んで回復させるべきだろうか?

でも食い過ぎに魔法の効果があるのか疑問に感じるところだ。


「ツキミヤさんが言ってた通りハルヤ君の常識と感覚はおかしくなってるのね。」

「ああ、誰に聞いたのかと思ったらツキミヤさんか。それは聞く手間がはぶけた。」


俺の事を話したのはあの人を含めても数人しかいない。

誰から聞いたのか確認したかったので名前が出た事で理解が出来た。

ツキミヤさんにはリハビリの件を何度か話しているので、あの面会の時にでも聞いてしまったのだろう。


「そうね。実はリハビリをするつもりなら私が手伝おうと思っていたの。ほら、きっと事情を理解して協力してくれる人って簡単には見つからないでしょ。学校が始まっても私なら接点もあるし。」


確かに俺の状況を説明するのは難しいだろう。

理解しろと言って出来るものでもないし長期的に見ればこいつが適任かもしれない。


「それならお願いするか。何度も同じ説明をするのは面倒だからな。」

「ちょっと待って。」

「待ってください。」


すると横に座る2人から待ったが掛ってしまい、視線がアズサに向くと真剣な顔で反論する。


「お兄ちゃんには私達が居るから大丈夫です。」

「私だっています。あなたの協力は必要ありません。」

「そうなのハルヤ君?」


なんだか互いに視線で火花を散らせているように見えるのは俺の幻覚だろうか。

それにアズサの声にまたも棘が含まれている気がする。

でもこれはこの2人には頼めない事なのでまずは軽く断っておくことにした。


「いや、2人には無理なんだ。」

「「どうして・・・。」」


俺の言葉に二人は見事にハモった声を上げ、絶望したような表情を浮かべる。

しかし、その表情も次の説明ですぐに吹き飛ぶ事になる。


「だって、お前らには俺の感情が働くからだよ。」

「「ああ、そうか!」」


すると二人は再び同じ声を上げて手に平に『ポン』と手を打ち付ける。

今の説明で納得してくれたようで良かったが実は家族の中で俺が一番他人への関心が薄い。

これは今後も生活していく上では確実にマイナスになり、俺があと何年生きられるかは分からないけど今回の海外遠征では明らかに問題が生じていた。

完全に元に戻る事はないだろうけど少しはマシにしておきたい。


「だから一般人のコイツに頼むのが一番なんだ。」

「そうだね。お兄ちゃんは私達以外には反応しないもんね。」

「そうですね。お兄さんなら安心して他の女にも任せられます。」


なんだかユウナが少しずつ変な方向へ突き進んでる気がするけど、もう少し優しくしてやった方が良いのだろうか?

何はともあれ俺は理解をしてくれた2人の頭を撫でてやる事にした。

すると擽ったそうに笑みを浮かべると俺の手を受け入れてくれる。


「本当に、何も知らなかったら恋人みたいだね。」

「そうか。これ位は普通だろ。」

「普通じゃないから言ってるのよ。」


その後、俺達はアズサの食事時間が来るまで食事を続け、その場を後にしていった。

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