37 落ちた乗客
俺は部屋のベットに腰を下ろすとステータスを開いて取得可能な職業を確認する。
するとそこには5つの職業が表示されていて、それぞれに説明が書かれていた。
・剣士
力が強化される。
力と防御に成長補正(小)。
一部のスキルが覚えやすくなる。
・侍
斬撃と速度が強化される。
力と防御に成長補正(小)。
一部のスキルが覚えやすくなる。
・騎士
防御が強化される。
力と防御に成長補正(小)。
自己回復スキルを獲得。
一部のスキルが覚えやすくなる。
・魔剣士
防御が強化される。
力と防御に成長補正(小)。
武器に魔力を込めて斬撃を強化できる。
一部のスキルが覚えやすくなる。
・バーサーカー
力と防御に強化大。
力と防御に成長補正(小)。
一部のスキルが覚えやすくなる。
怒りによって暴走の恐れあり。
この中で剣士は単純な強化と言ったところか。
ただステータスで力が強過ぎる俺にはこれは取る事が出来そうにない。
目立つ所も無いのでこれは却下だ。
そして侍は力ではなく斬撃強化だ。
これは現在の出せる力の範囲で相手に与えるダメージが増加する。
しかも速度が上がるならかなり有用な職業だ。
騎士と魔剣士については俺の求めている防御の数値を上昇させてくれる。
しかも互いに有用な能力が付いているので悩む所だ。
ただ回復はポーションで代用できるので魅力が半減してしまっている。
しかも俺は称号の救命者のおかげで回復系のドロップ率が高い。
もし二つの中でどちらかを選ぶとすれば魔剣士になりそうだ。
そして最後のバーサーカーはかなりの問題児だ。
能力の強化は他を圧倒しているけど暴走の可能性がある。
もし、これを選ぶなら感情を取り戻す事は諦めなければいけない。
それでも家族に手を出されれば恐らくは暴走する事になるだろう。
他の感情が薄い分そこだけは強調されているからな。
ある意味では本当に諸刃の剣になりそうだ。
そして確認が終わった俺はステータスを閉じて溜息をついた。
これから船で移動するので数日は戦闘に関わる事は無くなる。
すなわち魔物との戦闘は無いのでその間にゆっくりと考えれば良いことだ。
すると船の汽笛が鳴り響き出航を知らせてくれる。
これでやっと日本に帰れると思うと嬉しくなってきた。
それに早く帰ってアケミたちと会いたい気持ちが沸き上がってくるので、もしかするとこれがホームシックと言うやつかもしれない。
そして、そのままベットで休んでいると部屋に誰かが来たみたいだ。
「ハルヤ君は居るかな?」
どうやらアイコさんが訪ねて来たみたいだ。
人に聞いたのかそれともオメガに案内してもらったのか。
どちらにしても居留守をしても意味が無いので起き上がると声を返した。
「鍵は掛かっていませんよ。」
俺がそう言うと扉が開いてアイコさんが部屋に入って来た。
腕にオメガを抱えているのでどうやら案内役はアイツみたいなので居留守をしなくて正解だったという事だ。
「これからみんなでご飯にするんだけどアナタはどうする?」
「それはバスに乗ってた人達とって事ですか?」
「そうだよ。船も出航して落ち着いて来たからね。」
「分かりました。ご一緒しましょう。」
1人で食べても良いのだけどこ、の人は言っては何だけど直情型のトラブルメーカーだ。
監視していないと何をしでかすか分からないので、この人を知り合いの居ない所で一人にしてはいけない。
しかも、本人にその自覚が無いのが一番の問題と言えるので俺達は一緒に食堂へ向かうとそこには十数人の人が席に着いて俺達を待っていた。
「やあ、待ってたよ。」
そう言って来たのはリアムの父親であるオリバーだ。
奥さんが居ないのは理事長の所で面倒を見てもらっているからかもしれない。
あの人も言葉の壁が無くなっているはずなので移動中は色々と大変そうだ。
見れば他のバスの同乗者も今は少しだけ元気を取り戻したみたいなので日本に到着するまでにはもう少し元気になっているだろう。
そして今日の料理はみんな揃ってインスタントラーメンのようだ。
確かに軽くて保存する場所に困らないので数日の旅ならこれで十分と言える。
こういった豪華客船では飲料水を作る設備が付いているそうなので水に困る事もなく、自分達で作れるので人員削減にもなっているみたいだ。
そして、こういった温かい食事も久しぶりであろう彼らはインスタントと言ってもとても美味しそうに食べている。
そしてスープも残さず食べた彼らはゴミを片付けると固まって移動を開始した。
「そう言えば皆は何処で寝てるんだ?」
「俺達は後部甲板で風があまり当たらない所に陣を張ってるよ。自衛隊の人達が風よけのシートやテントは準備してくれてたからね。数日位ならあれで凌げそうだよ。」
確かに彼らはその身1つでこの船に乗り込んでいる。
荷物なんてないので必要なのは雨風を凌げる手段と場所だけだ。
それに俺達はかなり最後の方に到着した組なので既に外にしかスペースが無かったのだろう。
もしかするとリアムの妹は出産直後の乳幼児と言う事で母親のイザベラと一緒にどこかの部屋を特別にあてがわれたのかもしれないな。
まあ、実のところを言うと俺も外でも気にはしなかったんだけど。
そして彼らと歩いていると何やら前方で騒がしい声が聞こえてくる。
どうやら出航直前に来た日本人の誰かが自衛隊と言い争いをしているようだ。
「どうして日本人が優先じゃないんだ!」
「仕方ないでしょう。我々も可能な限り人命を救う様に言われているのですから。それに部屋が無いのも数日だけです。」
「そうじゃなくてだな。俺に部屋が無いのがおかしいって言ってるんだ。船内を歩き回ったが日本人じゃなくても部屋に入ってる奴は何人も居るじゃないか。」
「アナタはもしかして彼らを追い出せと言っているのですか!?」
この時点で隊員たちの声に怒気と呆れが混ざり始める。
しかし目の前の男は当然の様にそれに答えた。
「分かってるじゃないか。これは日本から来た救助船だろ。日本人が部屋に泊れないのはおかしいじゃないか。」
どうやら、隊員たちは怒りを通り越して呆れてしまっているみたいだ。
俺の周りの人達は日本語が分かる人がいないみたいで表情を変えてないけど唯一人それが分かる人物がいらぬちょっかいを掛けてしまった。
「あなた何てこと言ってるの!その中には体の弱い人や怪我人。それに妊婦や生まれたばかりの子供も居るのよ!」
「なんだ~お前は!他人はすっこんでろよ!」
そう言って男はアイコさんを突き飛ばすと彼女の体は大きくよろめいた。
ああいう手合いは理屈が通用しないのに変に横やりを入れるからそういう事になる。
隊員たちもそれが分かっているから何とかノラリクラリと最初は躱そうとしていたのに、そろそろ本当に最終手段を取った方が良いのかもしれない。
しかし、ふらつくアイコさんは予想を上回る行動を起こした。
ここ数日の精神的負担や昨夜からの出産の補助。
特に出産に関しては知識はあっても補助をした経験が無かったので特に疲労が溜まっていたのかもしれない。
そのため彼女はふらつくと同時に足を絡ませ、あろう事かそのまま手摺りの外へと落ちて行ってしまった。
俺は焦りと同時に駆けだし手を伸ばすけど足先に掠っただけで掴むには至らなかった。
そして手摺りから乗り出して下を見ると船の立てる白波に消えていく姿が目に飛び込んでくる。
それを見て男は呆然となり、隊員たちは急いで無線を使い連絡を取り始めた。
「女性が1人船から落下した!ただちにスクリューを止めてください!」
その途端に連絡が行ったのか後方に立っていた波が静まり船がゆっくりと停止していく。
それでも落下からかなりの距離があるのでおそらくは完全に停止するのを待っていたら1キロ以上は離れてしまうだろう。
「俺が探す。オメガ行くぞ。」
「ワン。」
「発見できるか分からないからそちらは日本へ向かえ。最悪、他の船で俺達は脱出する。」
「しかし・・・。」
「この船には設備の整った病院へ行かないといけない人間も乗っているんじゃないのか。」
俺は適当に言ってみただけだったが、どうやらあながち間違ってはいないようだ。
隊員たちは表情を歪めると無線で幾つか確認して俺に頷きを返した。
「そちらはお願いします。」
「全力は尽くす。」
今は深夜の1時過ぎで航行時間からすると陸地まではそれ程遠くない。
それにここは後部甲板も近くスクリューに巻き込まれる心配も少ないだろう。
もし巻き込まれていれば捜索は完全に不可能だが鮫の心配もあるので急がなければならない。
「それじゃあ行って来る。」
俺はオメガを連れて浮き輪を手にすると勢いよく海へと飛び込んだ。
そして着水してすぐにオメガに方向を確認させる。
「ワン!」
「良し行くぞ。」
今なら手足を動かすだけでかなりの速度が出せるので浮き輪はオメガに使わせ俺はそれを引いて行く形を取る。
そして、しばらく泳いでいると遠くから人の声が聞こえて来た。
「た・・たす・・けて~」
どうやら動かずに救助を待っているみたいで今のところは無事のようだ。
鮫は激しく動くモノに反応するので正しい判断だが、それを普段から発揮してもらいたい。
しかし、そんな俺の足へと何かが急に噛みつき海の中へと引き込んだ。
(やっぱり居たか。)
俺の足には大きな鮫が食らい付き、肉を食い千切ろうと首を左右に動かしている。
しかし不思議な力で守られているので鮫の咬合力が1トンあると言っても痛みすら感じない。
俺は冷静に観察すると鮫に向けてショートソードを突き立てた。
(確か鮫の脳は鼻先に近い所にあったはずだよな。)
そして刺してしばらくすると体が脱力してプカプカと漂い始める。
どうやら当たり所が良くて一撃で仕留める事が出来たみたいだ。
ちなみにオーストラリアは鮫が多く生息し事故も多いと有名な国だ。
しかもまだここは大陸の近海で餌となる生物も多い。
きっと俺の泳ぐ音に反応して飛び付いてきたのだろう。
俺は海面に出ると周囲をスキルで探って他に鮫が居ないかを確認してみる。
すると居るわ居るわとわんさか集まってきており、明らかにこちらを狙って来ている。
ちなみに俺は魚を食べるのは好きだけど海自体はあまり好きではない。
危険な生物も多くて泳ぎも苦手だからだ。
今はどうやって居るかと言えば海面下は水鳥の足状態になっている。
これが恐らく鮫を呼び寄せている原因だろうと思いながらも剣を持っているので手足を止めたら沈んでしまう。
古流泳法の使い手は武器や鎧を着て泳ぐと言うけど良く沈まないなと感心する。
「そう言えば、支援物資の中にバスの他にもゴムボートがあったよな。」
「ワン!」
そしてオメガが吠えると俺達の前に2メート程のゴムボートが姿を現した。
しかも既に空気が入って海に浮いており、後部にはエンジンも付いている。
使い方は分からないけどこれで泳ぐ必要は無くなった。
俺は素早く足で水を踏みつけると、その抵抗を使ってジャンプし船の上に着地する。
「ワン?」
「俺も思ったよ。もしかしたら水の上を走れるんじゃないかってな。」
「ワン!」
恐らくその通りだと言っているのだろう。
しかし時間も無い事なので俺は急いで備え付けられているオールを漕いでアイコさんの許へと向かった。
どうやら鮫の殆どは俺を目標にしていた様で彼女の近くには殆ど居ないようだ。
それでもどうやら何かを感じ取って様子を窺っているらしく次第に距離が近くなっている。
アイコさんもそれに気が付いているのか先程まで上げていた声さえも潜めている空気を吸った浮力だけで浮いているようだ。
しかし、このままだとどうしようもないので仕方なく作戦を変更する事にした。
「こうなったらオメガがこの船でアイコさんを助けに行って来い。俺がその間は囮の役目をする。」
「ワン!」
これから俺は苦手な海に入り必死で走りながら挑発を使用することになる。
それによってかなりの鮫が押し寄せて来るだろうけどスキルを使えば躱す事が出来る・・・はずだ。
「それじゃあ頼んだからな。」
そう言って俺は海の上に飛び出すと水柱を上げて走り始めた。
「右足が沈む前に左足を出す!」
なんだか昔の漫画でこんなバカな事を言っていた作品があった気がする。
それとも何かのゲームだっただろうか。
何はともあれ俺は水の上を走る事に成功し、それと同時に挑発を使って周りの鮫たちを俺へと誘導する。
「おお~来た来た。」
今回はさっき襲って来た時とは大きく異なり完全に俺を敵、又は餌として向かって来ている。
そのためある鮫たちは海面スレスレを泳ぎ、ある鮫は深く潜って俺へと突撃してくる。
「これがテレビで言ってたシャークダイブか。撮影して投降したら凄いカウントが取れそうだな。」
なにせ俺を追いかけてくる20を越える背びれと、頻繁に飛び上る鮫たちがまるでイルカショーの様な光景を繰り広げている。
ただ問題があるとすれば奴らが欲しいのは小魚ではなく俺だと言う事だ。
そして全ての鮫が俺に向かっている中でボートはゆっくりとアイコさんに向かって行った。
さすがにレベルが上がっていてもチワワが犬かきで押す程度の推進力では弱すぎるみたいだ。
しかしアイコさんも俺のドタバタで助けが来ている事には気付いている様で体勢を変えて周りを見回している。
そしてボートを発見するとそれに向かいオメガと合流を果たした。




