367 意外な被害
海に到着するとフェンリルが沖に向かって遠吠えを始めた。
すると海岸に向かって大きがな影が近付き、水柱を上げて長い首が姿を現した。
顔や上半身はドラゴンに近く、前足は太くて強靭な爪を備えている。
後ろ脚は無くて下半身は鯨の様な鰭になっており全長は30メートルくらいはある。
その視線はフェンリルへと向けられており、今のところ敵意は無さそうだ。
「数年ぶりだなフェンリルよ。今日は何用でここへ来たのだ?」
「単刀直入に言うが我等と同様にこちらの方の配下になってもらいに来た。」
するとその視線が俺へと向けられるとスキルによる鑑定を行っているようだ。
見られる事はないと思うけど神獣と言われる存在で不可能ならば1つの答えに辿り着けるだろう。
「どうやら神に類する方とお見受けするが私も神獣としての誇りがある。弱き者の下に就く事は出来・・・。」
「どうした?」
「配下にならせて頂きます!!」
言っている事は最もだと思い鯨の半獣人になって身長を100メートルくらいまで大きくしてみた。
それだけで掌を反したかのように長い首を使って頷き提案を了承してくれたので無駄な戦いをする必要は無さそうだ。
ちょっと息を吐いた時に轟砲を放ってしまい、沖の方に大きな水柱が立っているけど、被害が出そうな所に港は無いので放置しても良いだろう。
「それなら海で戦争をしようとする奴等を上手く制圧してくれ。それと周りにも声を掛けて協力を仰いでくれると助かる。」
『『『コク!コク!』』』
「お前等は陸と空だろ。」
『『『コク!コク!』』』
「まあ、後は仲良くやってくれ。周りの奴が邪魔をするなら俺も説得に立ち会うからその時には声を掛けてくれ。」
「「「了解であります!!」」」
何故か目が死んだようになっていて虚空を映し出しているけど、今日はこれで終わりにするので大丈夫だろう。
後は大まかな役割や俺がこれから行う事を説明し、分からない事は念話で聞くように伝えてある。
そして、ここから離れて魔族の第2陣の傍に転移すると、その中から弱い個体を選んで大陸へとばら撒いた。
これで他の国も対岸の火事とは思わなくなり、魔族の相手がどれだけ大変なのかが分かるだろう。
そして城の部屋に戻ると明日に備えて短い睡眠を取った。
朝になって目を覚ますと、意外な知らせが通信機によりもたらされていた。
「おお、起きて来たか!昨日の今日で朝から急かすのは悪いと思っていたのだが、起きて来てくれて助かった!」
「何かあったのですか?」
この大陸の国々が通信機を使って連絡のやり取りをしている事は既に分かっている。
慌てようからすると俺のばら撒いた魔族の件で間違いは無いだろう。
被害を最小限にするため王都の傍を狙って送りつけたので早々に発見して討伐されているはずだ。
「それが魔族が各国の王都を狙って別動隊による同時攻撃を仕掛けたのだ!しかも幾つかの国では王都が陥落し、中には暫定国王を立てている所もあるようだ!」
「は?・・・王都陥落?」
「流石に驚いているようだな。」
(あまりに斜め上の事態に開いた口が塞がりません。)
「どうしてそんな事に・・・。」
「それに関しては今回の事で判明したのだが魔族は勇者の血を受け継ぐ者を嗅ぎ分けられるようなのだ。100年前の勇者は子を残さなかたが、その後に召喚された勇者にはそうでなかった者も居る。そのため王族の中には勇者に姫を付けて身籠らせた所が多く国の中枢にはその血を継いでいる者が多いのだ。」
それで何となく理解できたけど魔族たちは最優先目標が定められていて、それが勇者の血を受け継ぐ者という訳だ。
確かにトップを始末するのは多大な混乱を相手に与えるだけでなく、もしかすると遺伝によって強い力を持つ者も居るかもしれない。
それを真先に始末する事は理に適っているけど、レベル60前後の雑魚に城門を突破されただけでなく城まで陥落させられるってどれだけ油断してるんだ?
最低でも王都には数千から1万の兵が居た事も確認しての作戦なので、これは想定を越えて被害が大き過ぎる。
これでは完全にこの国が滅びる事を前提にして各国が示し合わせていたとしか思えない状況だ。
「それで魔族の方は倒せたのですか?」
「主に貴族と王族に多大な被害が出ているが騎士たちによって無事に討ち取られている。悪い言い方だが、近くに目標となる者達が居たおかげで町への物的被害と市井の者達への被害は出ていないそうだ。」
それについては俺の方でも確認が終った所だ。
王都では一番外周にある防壁の扉が破壊され、そのまま地面を抉った様な足跡が城の方へと続いている。
そのまま貴族が住まう住宅街を蹂躙して城へと向かい、そのまま開いていた門から侵入して王族を殺して周ったようだ。
防壁に付いていた扉と違って城門の方は破壊されておらず、跳ね橋に足跡が刻まれているので間違いはない。
緊急事態だから勇者召喚までしたのではないかとツッコミたいけど、全ては自分達が招いた油断によるところが大きい。
無事に撃退していた所は用心の為に城門を閉めて備えをしていた所だけど、この状況で各地から貴族達が王都へと集まっていたようでそちらの被害は甚大と言える。
奇しくも時間帯が深夜という事で日本にダンジョンが現れた時に似ており、被害を大きく拡大させたようだ。
「それで各国の対応はどうなっていますか?まさか被害報告だけという訳ではないでしょ。」
「それについて相談をしようと思っていたのだ。まず、国王が殺された国は魔族と戦うために兵を派遣してくれると言っている。」
「それなら良い話じゃないですか。」
「ただし国王の葬儀が終わるまでは兵を動かせないと言って来た。しかも葬儀の日取りは未定のままだ。」
「それはつまり魔族の強さにビビッて我が身可愛さに引き籠ったと。」
「そういう事だ。」
まさかここまで役に立たない連中だとは思わなかった。
元凶である魔族をどうにかするか発生している理由を解消しないと終わりは無いのに、その事を無視して何もしないのは滅びを先延ばしにするだけでしかない。
まあ一緒に召喚されたあの3人と同じ世界の血を引いていれば当然と言えるかもしれないけど、これまでどんな教育を受けて来たのだろうか。
ただ俺の世界でも優秀な奴が馬鹿みたいな事を平気でする事もあり、以前までの九十九学園でも選民意識から努力を怠り落第する者が何人も居た。
だから優秀な奴の血を引いているから凄い事が出来るのではなく、想いを突き通すだけの覚悟がある奴こそが凄いのだという良い例なのかもしれない。
「そういえば国王が無事だった所はどうなっているのですか?」
「そちらは更に酷い事を言ってきた。今回は勇者が7人も居るのだから半数を後方に下げて魔族の別動隊が来た時に対応させろと言っている。」
「あ~・・・それなら丁度良いのが居ますね。実は印象が悪くなりそうなので秘密にしていたのですけど、前線に向かった事になっている勇者3人は途中で進路を変えて後方に逃げているのです。」
「なんだと!・・・い、いや。確かに今回に関しては好都合と言えるか。今の段階で逃げるという事はこの状況に対処が出来ないと言っているようなものだからな。彼等には後方で魔物を相手にレベルを上げてもらい他国との緩衝材となってもらおう。」
しかし、これで言うべきことが全てなら国王は表情を歪めたりはしないだろう。
俺に話があるような事を最初に言っていたので何か大事な話があるに違いない。
「何か言い難い事があるのですか?」
「実はこの大陸で最も力のある帝国が勇者を自国へ招待したいと言って来ている。」
「もしかしなくてもアンの事ですか?」
「若い女性の・・・?」
「シ~~~!命が惜しいならそれ以上は言葉にしない方が良いですよ。」
「フフフ!ちゃんと聞いてるわよ。」
「うおー!?い、いつから居たのだ!」
「少し前からよ。そう・・・ほんの少しね。」
国王の方はギリギリセーフと言ったところだけど、予想していた通り何処からともなくトウコさんが現れた。
声に出しては言えないけど、この人は精神年齢が推定170歳で肉体年齢は三十路へと突入している。
見た目が二十代中半と若く見えるけど何処をどう取っても微妙な御年頃と言えるだろう。
そんなトウコさんに若くない方の勇者なんてレッテルを張れば魂さえも残さず消されてしまう未来が待っている。
ツクヨミたちも永遠の18歳と言っているので実年齢に該当する話は如何なる時においてもデリケートに扱わなければならない。
そして、この状態のトウコさんを差し置いて勝手に行動すると怒られそうなので、ちゃんと御伺いを立てる事にする。
今も黒い笑顔を浮かべながら呪詛を垂れ流して呪いを飛ばしており、横で聞いている国王が巻き込まれて意識を失っている。
急いで浄化して遠ざけたから大丈夫だと思うけど、いずれは帝王か皇帝?もポックリ逝くことになりそうだ。
しかし、こんな事で死なれては俺の気が済まないし、何の見せしめにもならない。
「ここは少し落ち着いてもらえませんか。」
「フフフ。アナタの事だからもっと酷い未来を用意しているのよね。」
「もちろんですよ。これよりこの大陸全土に向かって宣戦布告と国家解体を含んだ降伏勧告をしようと考えています。ハッキリ言って人類存亡レベルの問題が起きている時に自分達のことしか考えられない国家に存在価値は無いでしょう。当初から立てていた計画を前倒しして早々に片付ける事にします。」
「戦国方式で良いのね。」
「なるべく死人は必要最小限でお願いしますよ。魔族は俺とアンで相手をするので任せてください。」
「何やら面白い事になっておるな。」
ここでゲンさんも現れたので説明はトウコさんに任せる事にした。
自分で言うのもなんだけどポロっと地雷発言をすることは自覚しているので今の状況で聞かれると後が怖い。
今はそっとしておいて報復が終わり落ち着いてくれるのを待つのが一番だろう。
そしてアンも起きて来たのでそちらは俺が説明をする事にして、各自で別れると行動を開始した。
ゲンさんとトウコさんはこの大陸の国々をシバキ倒しに向かい、俺とアンは禁書庫に侵入し高速で必要な情報を仕入れて行く。
この世界には気になる事が幾つかあったけど、ここにはその手掛かりになる物が幾つも転がっていた。
おかげでこの後の着地点も見つけられたのでそこへ向かって突き進むだけだ。
「それにしても、この問題を引き起こした勇者はクズ以下だな。」
「当時の国王が日記に綴ってますが、これでは彼等が可哀想です。」
「早くこの状況を改善して正常に戻さないとな。」
次の日からは準備を整えたラルティーネを連れて前線へと向かって行った。
そこには俺が作った頑丈で大きな砦があり、外壁の所には監視の兵が待機している。
外に出る事は考慮していないので扉は無いけど、彼等は持っていた道具から縄梯子を作って出入りを可能にしているようだ。
「まさかラルティーネ姫まで一緒に来られたのですか!」
「私もアナタ方と一緒にここで戦おうと思います。兵士の方にばかり命を懸けさせるわけにはいきません。」
「それでしたら早くお入りください!魔物がすぐそこまで迫って来ております!」
「それについてはこちらに居る2人の勇者様に任せれば大丈夫です。」
「勇者様も来て頂けたのですか!」
「まあ、話は入ってからにしようか。俺とアンは少し魔族の相手をして来る。」
「お願いします。」
「お任せください。」
そしてラルティーネを砦に入れて説明を任せ、俺達はあと数キロで到着する魔族たちの所へと向かって行った。
「ここは私の方で対処しておきます。」
「任せるよ。好きにやってくれ。」
「はい。行きますよレーヴァテイン!」
『今こそ良い所の見せ時ですね!』
「『燃え尽きなさい!』」
アンはレーヴァテインを実体化させると一振りで巨大な炎を生み出してこの辺り一帯を魔族と共に焦土へと変えている。
更に赤く溶けた大地に降り立つと剣を突き刺し次の一手を繰り出した。
「『大地よ隆起し炎を吐き出せ!火山招来』」
そして、大地が火を噴きながら盛り上がると標高2000メートルを超える山脈が出来上がっていく。
もちろん山脈という事は長い山が列なり、それは陸続きだった魔族の領域を完全に閉ざしてしまった。
しかも山頂の至る所ではマグマが流れ出し、熱せられた地下水脈が地上に噴出して天然の露天風呂を作り出している。
「凄いぞアン!!」
「そ、そうですか!」
俺はアンの許へと向って抱き上げると吹き出すマグマの中で回りながら盛大に褒め称える。
その間に簡易的な目隠しになる壁を作ると、地面の形を整えてからそこへと飛んで行った。
「さっそく一風呂入ろうか。」
「ハルヤは本当に温泉が好きですね。」
せっかく湧いた温泉なので本当の意味での一番風呂に入る事になった。
アンが大胆にもタオル1枚で入って来た時には少し驚いたけど、アズサ達も3人の時にはやっているので大丈夫だろう。
その間に温泉を鑑定すると毒性は無く、効能として治癒の効果があるようだ。
ここは火山が近くて危ないのでパイプを作って離れた場所まで流れる様にし、後で砦の人でも入れるように砦型巨大温泉施設を作っておこう。
そういえば道後の温泉も神様にまつわる話があって、治癒の効果があると言い伝えられていた。
きっとあそこと一緒でアンの神としての力が作用して温泉の効果が高まったのだろう。
まさに気分的にもここはアン神(心)の湯と名付けたら良いかもしれない。
「さて、サッパリした所でもう一仕事やりに行くか。」
「・・・はい。」
「あ~今日は討伐日和だな~。」
「・・・。」
「2人の時間は楽しめたのかな?」
「いや・・・これには深い理由がございまして。」
「ふ~ん。それなら温泉に入ってゆっくり聞かせてもらおうかな。」
「仰せのままに致します。」
温泉から2人で出るとそこにはアズサを含めて他の皆が待ち構えていた。
こういうのを灯台下暗しと言うのか周辺にはさっきまで誰も居らず、魔族の方に意識を向けていたので気付けなかった。
俺達は再び温泉に戻ると2人で揃って正座させられ、今は一緒に無罪を主張している。
「そういう訳で来たばかりでやる事が多かったから戻れませんでした。」
「私はちょっと浮かれていたから・・・その・・・こういう機会はなかなか無いから。」
「仕方ないから今回の件は不問とするけど、次からは気を付ける様に。」
「え~~~!アズサはアンに甘いよ~!」
「ワラビの時とは状況が違うでしょ。それにここの温泉はアンが作ったんだから考慮してあげないと。それにアンなら抜け駆けしてタオル1枚でハルヤと入るてことはしないわよね。」
「・・・もちろんです!」
ここでアンも僅かに悩んだけど、真実を伝えるとワラビの時の様に恐ろしいお仕置きが待ち構えていると判断したようで真実は伏せる事にしたようだ。
俺もそれには賛成なので、この秘密は墓まで持って行く事にしよう。
歯切れの悪かったアンに疑いの視線が集まっているけど、それも少しすると温泉に溶けるようにして消えて行った。
「それなら役割分担をしないとな。」
「ワラビはもう分かってるな。」
「この大陸に居る人の思いを1つに纏めれば良いんだよね。」
「ああ。ゲンさん達には連絡を入れたから終った所から順に回ってくれ。」
そこにハルカとアンが加わる事になり、戦闘能力の低いワラビの護衛を務める事になった。
「マルチは調査用ナノマシンを出して情報整理を頼む。特にこの世界の宗教関係と召喚陣について調べてくれ。」
「分かりました。」
「他の皆は魔族退治だ。エヴァも今日だけは全力で暴れても良いぞ。」
「そう言ってくれると思ってたわ!」
「でも大元は潰すなよ。」
「分かってるわ!任せておきなさい!」
エヴァの場合は分かってても興奮するとやり過ぎるから気を付ける必要がある。
念の為にアケミとユウナを同行させてエクレとトワコは予備戦力としてここで待機してもらう。
正確にはエクレは温泉に浸かったまま寝ているのと、トワコは仕事の骨休めをしてもらうつもりだ。
普段から教師として頑張っているので、こういう時くらいはのんびりとしてもらいたい。
「そういえば皆はどうやってここに来たんだ?」
「クオナさんが派遣してくれた優秀なサポーターさん達がハルヤが召喚された現場を分析してここを突き止めてくれたの。」
「優秀過ぎるのも問題だな。」
「何か言った?」
「いえ、皆と会えて心の底から感謝しております。」
「そうよね。それと今日の朝に分かった事だけど、最後の四天王になってるカルマの向かった世界が分かったの。」
「あ~・・・何となく俺も分かってる。」
「それなら良いけど油断しないでね。」
「そのつもりだから大丈夫だ。」
そして魔族の殲滅と大陸の掌握は任せる事が可能になったので、俺は一番の問題となっている場所へと向かって行った。




