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早朝に目を覚ますと部屋から抜け出して外へと向かった。
そこはまだ空が暗く、周囲は静けさに包まれ穏やかな時間が流れている。
しかし、その一角には息を殺して潜む軍勢がおり、こちらへとゆっくり迫っていた。
「やっぱり来たか。」
ハルアキさんの占いで近い内に四天王ナンバー3であるブレーンが攻めて来る事は予想されていた。
そして昨日の昼過ぎにここには死神たちの避難民が到着し、護衛には100人が同行している。
このままだと時間が経つにつれて戦闘員もここに慣れて連携が強固になり、住まう者同士で連帯感が生まれる可能性がある。
既に昨日の時点で異世界食事処のサクラを中心にして良い関係が築かれつつあるので遠い未来の話ではないだろう。
しかし、そうなってしまうと敵には都合が悪く、手が出し難くなるので攻めるなら早い内だろうと予想はしていた。
そして目標は死神たちではなく、ここへ移住している神々の奪取や俺達に対する暗殺か一撃離脱のどちらかだ。
混乱に乗じて何割かを連れて行けば人質にも出来るので奴等からすれば強いカードを手に入れた事になる。
しかし残念な事にそれを実行に移すには遅過ぎたと断言しておこう。
「マルチ。敵の数は?」
「総数341。」
「ハルカ。ブレーンは何処に居る?」
「後方で玉座みたいな椅子を準備して踏ん反り返ってるわね。」
「ゲンさん。朝の体操の時間ですよ。」
「向こうから来るとは手間が省けたわい。」
「トウコさん。朝食があっちから来ましたよ。」
「神喰丸はいつでもOKよ。」
「トワコ達も大丈夫か?」
「私はいつでもウエルカムよ。」
「ねえ、私は~。」
「はいはい。エヴァも頼むぞ。それとエクレは戦闘直前まで寝るな。」
「む~・・・あと5分。」
「神の戦闘で5分あったら終わってるぞ。」
あちらも既に奇襲に失敗した事は分かっているだろうから姿を晒して進軍を開始している。
死神たちには最終望遠ラインを任せてあるので戦うのは俺達だけだ。
「それなら行くぞ。」
「了解。『メタモルフォーシス タイプ ゴーグル』」
「久しぶりに体を重ねられるわね。『神武装・金剛龍鱗』」
「私だって待ち侘びてたのよ。『神武装・風殻衝覇』」
「早く終わらせて二度寝する。『神武装・雷速天翔』」
『私も準備完了です!』
「ステラも久しぶりだな。今日は頼むぞ。」
『お任せください!ハ、ハルヤ様!』
俺は皆を纏って完全武装を整えると、更に天羽々斬の剣、正宗、聖剣を手にした。
そしてクオナが来た時に渡してくれた俺専用にカスタマイズされたSソードを装備する。
これはマルチが収集したデータを元にして強度を最優先にして作ってくれた物なので、今の俺が使っても壊れる事はないそうだ。
そして、もう1つはアンドウさんが最新の科学技術とスキルによって作り出した獄卒の剣M:Ⅱ(マークツー)になる。
絶対に名前を決めたのはツバサさんだと思うけど、こういうのは俺も嫌いではない。
「さあ、久しぶりに全力で行くぞ。」
『収束轟砲で狙い打ちますか?』
「それをするとオウカが整えた島に傷が付く。それに皆が揃っているここを攻めて来た事を全身全霊で後悔してもらわないとな。」
俺は邪神達のサイズに体の大きさを合わせると緩慢な動きで進軍を開始した。
すると前方向から10体の邪神が一斉に飛び掛かってくる。
その全ての攻撃を素の状態で弾き返し、容赦なく破壊の力を乗せた攻撃で葬って行く。
「なんだコイツは!尋常じゃない硬さだぞ!!」
『風塵障壁も展開してないのに凄い防御力ね。』
『私は楽が出来てベスト。』
「エクレはサボるな。全力で迅雷加速を使用しろ。」
『む~・・・ハルヤは神使いが荒い。『迅雷加速Maxスピード』』
せっかく早朝から起きてくれた2人には悪いけど、今日の敵の大半は俺の方で頂かせてもらう。
そして全てが緩慢になった世界で300の敵を一瞬で葬って見せた。
「後は任せましたよ。俺はこの先に居る奴に用があるので。」
「これはまた一段と強くなったようじゃな。」
「死体くらいは残してくれると有難いのだけど。」
「そこに居る奴等だけで諦めてください。」
「な、何が起きた!?」
「仲間が一瞬で消えたぞ!!」
「貴様等の相手は儂等じゃから安心せい!」
「跡形もなく喰い尽くしてあげるわね。」
「「「ギャーーー!!」」」
アイツ等の強さではあの2人に勝てないだろう。
強そうなのは先程の戦闘で倒し終えているのでその程度の相手しか残してはいない。
そしてハルカの情報通り後方には金色に輝く豪華な椅子が設置してあり、そこにはファムの記憶にあった顔と同じ奴が座って固まっていた。
「よう。大将が高みの見物か。」
「わ、我は四天王の中で最も知力に優れ、あらゆる情報を分析する頭脳派なのだ!」
「その割にはこちらの戦力評価が甘過ぎたようだな。」
これも昨日の時点で皆が来てくれたおかげとも言える。
死神たちが加わった事で時間的な猶予を奪って行動を読み易くさせ、面による攻撃にも対応が出来るようにした。
結果として奴等は早朝の奇襲による一点突破をするしかなくなり、一網打尽にされる形となっている。
これが1日前ならこの数が前面から攻めて来た時に対処が間に合わず、犠牲となる者達が出たはずだ。
その対応で場合によっては信用を失ってしまい内部崩壊していた可能性もある。
「お前に敗因があるとすれば1つだけだな。」
「貴様が我よりも優れているというのか!?」
「俺に知能を期待するな。お前に勝っているのは力とお前が負ける理由になった運だけだ。」
「運・・・運だと!!そんなその場限りの奇跡の残りカスみたいな物に負けたというのか!!」
「俺にとっては残りカスでも十分だ。チャンスがあれば成功を手繰り寄せれば良いだけだからな。それにお前はファルを洗脳して悲しませた。お前の罪は万死どころか億死に値する。俺が居ない間だからと言って許されるとは思うなよ!!」
そして手に持っている剣を縦横無尽に走らせると椅子諸共ブレーンを粉々に切り裂いた。
特にコイツは精神干渉のスキルを持っているので最優先で倒したいと思っていた相手でもある。
ただ今迄は正確な居所が掴めなかったので保留にしていたけど、あちらから攻めて来た上に姿まで晒してくれて助かった。
「これで残りは1人か。」
最後の1人はマジャリと同じで完全な武闘派らしく、今は世界を滅ぼすために出掛けているそうだ。
邪神の中では働き者の部類に入るらしいけど、世界を壊す事を頑張らなくても良い気がする。
戻ってくるタイミングは不明との事なので、それまではのんびりとこの世界を作り変えて行こう。
ついでなので3番島も高さを揃えて中央島の日照問題を可決しておく。
既に邪神しか住んでは居ないけど、奴等も規則正しく日の光を浴びれば少しくらい心を入れ替えるかもしれない。
そして2番島に戻るとあれからずっと仮眠室に閉じ籠っていたバレンとフィリアが清々しい朝の空気の中を散歩していた。
足取りは昨日に比べると軽やかで、指を絡めて繋いでいる手が2人の関係を現している。
するとフィリアの方が俺に気が付くと並んでこちらへとやって来た。
「おはようございます。」
「おはよう2人共。昨日は・・・寝て無さそうだな。」
「こ、これまでの事があるから朝まで語らっていただけだ!」
「肉体言語でか?」
「もう~揶揄わないで下さい。それよりも創造に関する基礎を教えると約束をしたのでそれを伝えようと思いまして。」
「そんな約束もしたな。でも先に言っておくけど、そんなに頭は良くないからな。物理とか数学とか基礎理論とか言われても理解できない可能性がある。」
「神にとってそんな物は無いに等しいので言いません。それよりも創造の力が何に作用するのかを知ればアナタになら十分だと思います。」
「それなら良かった。」
そして、このまま立ったままなのもなんなので椅子のある所まで移動して話を聞く事にした。
この程度で疲れる事はないとは言っても、俺は何かを習う時には座っていた方が説明が頭に入り易い。
それに創造や再構築を実演する必要があるかもしれないので大がある場所の方が何かと都合が良いだろう。
「それなら早速教えてもらおうか。」
「はい。まずは認識の違いがあるようですからそちらから教えます。アナタは創造と再構築を別々の力だと思っているようですが本当は同じ力なのです。そして想像は全てを作り変える能力の事を指します」
「全ての定義が分からないんだけど。」
「全てには無も含まれているのです。すなわち無を再構築すると反転して有が生まれます。相応の力が必要になりますが無は全ての基礎となり、あらゆる物に変化させる事が可能なのです。ですからあそこにある世界樹も再構築を使い無から全てを作り出している事になります。」
そういえば強力な邪神に滅ぼされた世界にはその場に何も残らない事も少なくないそうだ。
てっきり近くにある小惑星でも集めて材料にしたり、世界樹同士て物資をシェアしているのかと思っていたけど、その考えは間違いだったようだ。
「それなら俺にも無から何かを生み出す事が出来るって事か。」
「とっても大変な訓練が必要になりますけど可能だと思います。ちなみに私は他の創造神の許で100年ほど訓練を積みました。それから500年ほどかけて研鑽を重ねて幾つか世界を作るのを手伝った事もあるのですよ。」
「それは凄いな。それで最初に作るとしたら何かオススメはあるか?」
「鉱物などが良いと思います。それと宝石などは綺麗に作るのが難しいので練習にはピッタリですよ。何処の世界でも価値があるので換金にも使う事が出来ます。」
(でも本当は鉱物の中で宝石が一番と言えるくらいに難易度が高いのですけど、これも教える側としての威厳を保つためです。)
(たしかフィリアも最近になって真面な宝石が作れるようになったと言っていたような気がするが・・・。)
「それなら少し試してみるか。俺の世界でも宝石を売れば生活費の足しになるからな。」
それにフィリアが言うように以前に見に行った世界でも町には宝石商が存在しており、裕福な者は装飾品を身に着けて自身を着飾っていた。
手作りの宝石なら皆へのプレゼントにも出来るし一石二鳥かもしれない。
「まずは最初だからダイヤモンドを作ってみるか。」
婚約指輪は誕生石を使った物を作ったので結婚指輪には永遠の愛を誓う意味でもダイヤモンドが一番だろう。
作り過ぎたらお金に変えられるだけでなく形が悪かったり中に気泡が入ってもアズサ達に頼めば簡単に整えてもらえる。
「え~と・・・まずは完成品をイメージして材料はポイントを指定するだけで良いか。・・・再構築。」
『ズシン~~~!!』
「一応出来たな。」
「そ、そうですね。・・・あ・・え~と・・・えぇ~~~!!」
「大きく作り過ぎだか?」
「ちょ!待ってください!最初からこんな事は無い無い無い無いです!」
「少し落ち着いたらどうだ。」
ポイントの指定が甘くて掌ではなく横の地面に落ちてしまったけど、鑑定でもガラスや水晶ではなくダイヤモンドとなっている。
大きさは1メートルくらいはあり、形は歪だけど半分は成功と言えるだろう。
「ねえ、朝から何をやってるの?」
「ああ、さっきので起こしちゃったか。実はフィリアが再構築の指導をしてくれてるんだけど、それでダイヤモンドを作ってみたんだ。」
「そうなんだ。でもそれだと誰か買ってくれる人が居るかな?」
「アズサの方で上手く加工できないか。形も悪いし場合によっては砕いて換金するしかないと思うけど。」
「それならこっちで分割して手頃なのを作っとくね。トウコさんとも相談すれば売るにしても手頃なサイズが分かると思うから。」
そう言ってアズサは大元から整形されたダイヤモンドを幾つも作り出すと、更に人の頭くらいを分離させてそれぞれにアイテムボックスへと収納した。
きっと最初の小さな物が装飾品に加工され、足りなければ分離させた塊から新しく作るのだろう。
一番大きいのはトウコさんの所に持って行って適度なサイズに解体されると思うので、後は任せても良さそうだ。
「待たせたな。・・・それでフィリアはどうして萎れてるんだ?」
「触れないでやってくれ。それよりも先に昨日話していたステータスについて教えてもらいたい。」
「そうだな。ただ先に確認をするけどレベルの表示はどうなっているんだ?これは本来なら邪神から生まれた魔物を人間が倒す事でその力を吸収し、成長と強化をする事を目的に作られている。神にステータスを与えたことがないから俺自身も分からない事が多い。」
「それなら俺達は揃ってレベルが1になっている。幾つものスキルはあるが、それも以前から身に着けた覚えのある物が殆どだ。」
「それならまずはレベルを100まで上げてもらうか。2人はこれから地球に行ってダンジョンの魔物を倒してレベルを上げてくれ。紹介状と案内を付けるから後はその指示に従ってくれれば大丈夫なはずだ。」
レベルにはリミッターが付いているので場合によっては恵比寿か弁財天に声を掛けて解除を頼まなければならない。
もしかするとイレギュラーである可能性もあるので場合によっては調整の必要もあるだろう。
そして説明をしていると案内役をお願いしようと思っていた人がこちらへとやってきた。
「その話の流れだと案内役は僕の事かな?」
「良いタイミングですね。俺は回廊の出口が何処なのか分かりませんからお願いします。」
そして互いに初対面という事で自己紹介と互いの立場を説明しておいた。
まあ、ハルアキさんはここでは神出鬼没だし、バレンとフィリアはさっきまで部屋に籠って居たので仕方が無いだろう。
「それと修行のついでにツクヨミかユカリに頼んでイザナミ様と会わせてあげてください。どうやらここを指定したのはあの人のようですから。」
「それだと2人はここでの戦いに参加させる必要は無いということで良いのかな?」
「フィリアの特性を考えれば修復作業を手伝ってもらった方が良いでしょう。バレンはその護衛を担いますから急ぐ必要は無いと思っています。」
「それなら上手くお願いしておくよ。」
「それと帰ったばかりなら手土産としてヒュドラの肉を持参してください。あれなら解毒や旨味の面で納得してくれるはずです。サクラに保管してあるのでアズサかミーナに声を掛けて良い所を切り分けてもらってください。」
「ハルヤ君はそういう所がぬかりがないよね。」
「機嫌を損ねた時のあの人は容赦ありませんからね。きっと死神の国がどうなったのか聞けば分かりますよ。」
「藪は突きたくないから遠慮しておくよ。そういう訳で2人にはこれから僕と同行してもらって地球へ行ってもらうから付いて来て欲しい。」
「世話になる。」
「色々と便宜を図ってもらいありがとうございます。」
そして3人は地球へと旅立って行ったので、新たに発生していた問題も一応の解決となった。
実の所を言うと死神達から見てバレンとフィリアは異端者として認識されている。
文化や意識に根付いた思いは簡単に消せるものではないので、場合によっては諍いの種になる事も考えられた。
だから今は距離を取ってもらい、その間に状況を改善するつもりでいる。
もう少し落ち着いたら死神たちには他の島へと移ってもらい、そこを中心にして生活をしてもらえば良いだろう。
今は護衛の面も考えて一緒に暮らしているけど、残っている最後の四天王であるカルマを倒せばこちらも解決する。
それに今朝の襲撃で邪神の数もかなり減らす事が出来た。
このまま中央島はゲンさんとトウコさんに任せ、俺は最後の決戦に向けて準備を整えるだけだ。
そうして数日もするとゲンさん達に恐れをなした多くの邪神が泣き付いて来るようになり、再びファムの仕事が忙しくなり始めた。
もはやどちらが邪神なのか分からない有様で、町の何割かは廃墟の様になっている。
直すのは難しくないけど、もう少し穏やかに制圧してもらいたい。
その間にも幾つかの世界が修復を終えてここに居る神々の受け皿となり、新たな体制の許で時間を刻み始めている。
そしてその更に数日後のこと。
俺は1つの決断を下す事にした。




