36 討伐終了(仮)
俺達の参加でコボルトの群れも急速に数を減らしていった。
その中でも特に俺の殲滅速度が速いので500程度ならアッという間だ。
本当に鰐男達でレベルとステータスを強化しておいてよかったと思う。
それに今では狼犬のタイラーの活躍が著しく、レベルと魔石で強化された魔力はコボルトを1撃で葬るまでに成長している。
そしてコボルトの装備は両手のナイフを主武装としている様でこれが押されている原因のようだ。
それに強靭な口と鋭い牙が追加され剣1本では対応しきれていない。
それでなくとも数で劣っている状態でよく今まで持ち堪えたと思えるくらいだ。
おそらく後方の魔法使いたちが上手く立ち回ってくれたのだろう。
そんな状況で俺達の戦い方は簡単と言って良く、前衛はとにかく全力で攻撃を行うだけだ。
攻撃は最大の防御とも言うけど俺達の攻撃をコボルトは片手で受け止められないので両手で受け止める事になる。
これで両手のナイフを封じてその間にタイラーが止めを刺している形だ。
もいろん体力の消費が激しいのでポーションを大量に持たせたリアムをサポートにつけてある。
どうやら今も仲良く1人と1匹はポーションを飲んでいる様だ。
「ワン。」
「はい、タイラー。」
タイラーが横に向かって一声吠えるとリアムはポーションの瓶の蓋を開けてその口に差し出した。
それを咥えて口に流し込むと再び魔法攻撃を始めて魔物を倒し始める。
リアムの精霊魔法は使えば後は自分で動いてくれるので彼自身は手が空いている。
それを利用してサポートを頼んだけど以外に相性が良さそうだ。
しかし、そんな有利な戦況で突然の悲鳴が俺の耳に届いて来た。
「ぐあーー!な、何だコイツは!?他の奴らと強さが段違いだぞ!」
声の聞こえた方向へと視線を向けると、そこには山吹色のコボルトが蘇生組の1人と戦っていた。
こうして近くで見ると骨格から違う様で、普通のコボルトは足が犬に近い印象があるけどアイツだけは完全に人の様な形をしている。
恐らく、コボルトと言うよりも狼男であるウェアウルフやライカンスロープと言った類の魔物かもしれない。
力も他のコボルトとは違い、攻撃を片手で受け止めているので周りと比べると明らかに格上の存在と言える。
その為このまま見ていれば犠牲者が出るのも時間の問題だろう。
「今行くから少し待ってろ。」
「ちょ、その間に殺されちまうよ!」
「なら死ぬまで戦え。」
「お前やっぱり異常者だろ!」
喋りながらでも戦えているので少しは余裕があるのか、なんとか相手の猛攻に耐えているようだ。
しかし僅かな間で次第に均衡は崩れ体に傷が刻まれており、中にはかなり深く入った攻撃もあるようで傷から出た血が服を赤く染めている。
そして最後に狼男のナイフが相手の剣を大きく弾くと鈍く光る刃が胸を貫こうと襲い掛かった。
しかし直前にタイラーの魔法がナイフを弾いてくれたおかげで命が救われた男は何とか態勢を整える事が出来た。
「グルルル!」
すると狼男はタイラーを睨みつけて標的をそちらへと移したようだ。
既に限界だったので好都合だが、周りの者もその突進を止められないでいる。
「グオアーー!!」
そして群れから完全に離れると怒りに満ちた瞳を向けて加速し、間合いに入ると同時にナイフを大きく振り上げた。
その動きは大雑把で先程までの洗練された攻防が嘘の様に思える。
きっとここに至るまでに空から徹底的に挑発していたのでその影響が残っているのだろう。
俺はなんとも不意打ちしてくれと書いてあるようなその背中に追いつくと一切の躊躇なく剣を振り下ろした。
「ガアアーーー!」
「やっぱり不意打ちは楽で良い。」
しかし他所から「卑怯だぞ」とか「アイツならやると思った」などと声が聞こえてくる気がする。
命を懸けた戦場なのだから裏切らない限り何でもありなのが俺の考えなのだが、ここではあまり理解をされないようだ。
(それにプライドでは命は拾えないし腹も膨れないのだよ諸君。)
そして怒りの視線が此方に向けられた瞬間にその足をタイラーの魔法が貫き更に速度を奪う。
まさに絶好のタイミングと見事な不意打ちに手が空いていれば拍手を送りたいほどだ。
「タイラー、アナタまで・・・。」
「少し前までは誇りある狼犬だったのにな。」
「きっとハルヤの影響だな。」
「私達の知るタイラーはもう居ないのね。」
なんだか再び酷い言われようだがタイラーとは今後も仲良くして行けそうだ。
この狡猾さがあれば国に戻ってもトマス達は優位に戦闘が行えるだろう。
「良くやったなタイラー。」
「ワウ!ワウ!」
タイラーは大きく尻尾を振りながらまるで勲章でも貰う時の様に胸を大きく張って力強い声を上げる。
その間にも当然攻撃の手を緩めず隙を見ては魔法を放ってダメージを与えている。
俺は挑発と連続攻撃の合わせ技で狼男の注意を引きつけて相手のダメージを蓄積させる。
そしてタイラーの攻撃に耐えられなくなって膝を付いた時を見計らい振られている途中のショートソードに剛力を使用し一気に力を高めた。
「これで終わりだ。」
するとその攻撃は素早い対応によって剣筋にナイフが滑り込まされた。
そして剣とナイフが衝突し先程と同様に防いだと思ったのか、相手は反対の手にあるナイフで反撃に出ようと体を動かす。
しかし、今回の攻撃は俺の本気の一撃なので片手で止められるはずもなく、そのままナイフを押し切って狼男の体を大きく斬り裂いた。
するとタイラーは止めにと態勢が完全に崩れた所に石槍を大量に飛ばしハリネズミの様な姿へと変えてしまう。
それにより狼男は消え去りこの戦いでの最大の難関がクリアされた事を教えてくれる。
だがこれで戦いが終わった訳ではなく、コボルトの数が減っていると言ってもまだ此方よりも数は多い。
安心するのは目の前から全ての魔物が消えてからなので俺とタイラーは再びコボルト討伐に加わると最後の1匹が消え去るまで戦闘に参加し続けた。
そして終わってみれば俺のチームからの犠牲者はゼロで一時的に危ない所はあったけど死者を出さずに戦闘を終了した。
もう一方のチームは40人の中で死者が10人に負傷者多数。
ただし、死んでも死体はあるので戦闘が終了して既に蘇生は終わらせてあるので結果だけ見れば今回の戦いは俺達の完全勝利と言える。
これで避難可能日数に余裕が生まれて更に多くの人が脱出できるだろう。
しかし、俺はそろそろ時間なので急いで戻らなければならない。
船の出航までそんなに時間が無いからな。
「リアム、そろそろ行くぞ。」
「え~~魔石とアイテムはどうするの?」
「それは適当にオメガが拾ってくれてる。他のは相手にくれてやれ。早くしないと家族と離れ離れになるぞ。」
「そ、そうだった!早く皆の所に帰らないとね!」
「お、おい。もう行くのかよ。」
俺が走り出そうとするとトマスが焦って声を掛けてくる。
しかしあまり時間が残されておらず、シンデレラならもうじき魔法が切れる時間だ。
「俺達の船は今夜の0時に出発なんだ。それじゃあ縁があったらまた会おう。」
俺はそう言ってリアムの所に行くと一緒に駆け出して港へと向かって行った。
そしてオーストラリア軍に話して車を出してもらい急いで町へと戻って行く。
走っている最中に運転をしている軍人から色々とお礼を言われたけど全てが彼らの為と言う訳ではない。
俺が珍しくこんな人助けの様な事をしたのも、今後ここには来たくないと思ったからだ。
恐らくこれからここは日本とは比べ物にならない程の激戦地になる。
でもこれだけの事をしておけば簡単には声は掛からないだろう。
その間に俺は日本でじっくりと自分を鍛え直してバランスを整えなければならない。
とにかく早くこの極振り状態のステータスとスキルを改善する必要がある。
ハルヤ
レベル21→24
力 85→91
防御 58→64
魔力 21→24
それに今回の戦いでステータスにも変化が起きている。
まず剣術が剣術(二刀流)に変化した。
これは最近になって両手に剣を持って戦う事が多かったからだろう。
俺は盾を上手く使えないのでこれはありがたい。
そして、もう一つの変化は職業が選べるようになった事だ。
ログには『魔物を倒して神の力を一定以上取り込んだことで職業が解放された』と書かれている。
恐らくはレベルだけでなく魔石による強化も含めての結果だろうけど、俺が経験値と思っていたのは神の力だったようだ。
恐らくは邪神の力だと思うけど、もし俺が完全に死ぬ事があればため込んだ力が邪神に戻って行くのかもしれない。
最低でも俺を倒した魔物は確実に強化されるだろう。
もしかすると一度死ぬと期間によって一定量の力の消失に繋がりレベルダウンが起きるのかもしれない。
実験する気は無いけどそう考えると気を付ける必要がある。
俺は町に到着するとすぐに時計を確認したが、これなら十分に間に合いそうだ。
それに深夜と言う事でかなり人も減っている様で道も空いて車が走り易くなっている。
それでも今尚、何万人と言う人がこの町で避難の為の順番を待っている状態なので、きっと何日も碌に眠れていない人も多いだろう。
そして何とか時間内に船へ到着すると俺達は車から降りて入り口前にいる自衛官たちに声を掛けた。
「ただいま。」
「ただいま~。」
俺達の声に彼らは顔を上げると素早く立ち上がって敬礼で応えてくれた。
「お帰りなさい。聞きましたよ。魔物の群れの到着を遅らせてくれたそうですね。」
「偶然だけどな。でも次の群れは無理だ。出来るだけ早く避難を完了させるしかない。」
「相手はそんなに強いのですか?」
俺は先日のアイコさんを助けた時の事を話して説明を加えた。
あの時の群れはかなり小規模な集団だった。
恐らく普通サイズの鰐男が最も下位でその次があのボス鰐男だろう。
ゴブリンで言ったらホブに相当すると考えられるけど更にそれらを統率する存在が居るとすればランクで言えば2つは上の敵が群れを率いているはずだ。
今の俺なら恐らくはもう一つ上でも倒す事が出来るが代わり1匹倒すだけで体はボロボロになり他の相手は出来なくなる。
しかも今日の様子から考えて他のメンバーでは前衛があまりに弱すぎる。
鰐男は鋭い爪に強靭な顎に加えて更には強力な突進力を持っている。
今日戦っていたメンバーで挑んでも5分と経たずに奴らに蹂躙されてしまうだろう。
それをどうにかしようとするなら軍隊に協力してもらうしかないけど、ここに来て他国の航空戦力以外はほとんど見かけていない。
数千の魔物を相手にするにはあまりにも戦力が足りなすぎるので最低でも湯水の様に使える弾薬と大口径の機銃が100は欲しい。
それでも機銃の使用限界や故障などを考慮するとかなり厳しい戦いになるだろうから戦闘中のレベルアップや魔石による強化がカギになりそうだ。
「そうですか・・・。」
「だから俺達も出来るだけ早くここを離れよう。」
「了解しました。それとこれがあなたの部屋番号です。」
「部屋が取ってあったんだな。」
俺は部屋番号が書かれた紙を受け取って船に上がると船員に聞きながら鍵を受け取りなんとか部屋へと到着した。
そして、ここに来るまでにも部屋に入れない人がいたる所で座って休んでいるのを見つけ、自衛隊員が言っていた様に既にかなりの人が乗り込んでいるのが分かる。
こんな状態なのに喧嘩が起きないのは日本人が多いからか、それともここまで逃げてきて疲れ果てた者が多いからか、それとも銃を持った自衛隊員が目を光らせているからか。
何はともあれ部屋がある者としては余計な諍いに巻き込まれない様に大人しくしておく事にした。
今の内に職業についてしっかりと把握しておこう。




