357 四天王ナンバー2
ファルの転移で城の前に移動するとそこには遮る物は何も見当たらず警備すら誰も居なかった。
あるのは天を突き刺す様な高く巨大な城と、その周りを囲む様な巨大な神殿群だけだ。
ファルの言う事が確かならこの神殿の1つ1つに上位の邪神が住んでいるのだろう。
その数は数千にも及び、外周部の牧歌的な雰囲気と違い巨大な町を形成している。
そして城へと足を踏み入れるとあちらこちらの転移陣を使いファルの私室へと向かって行った。
「一気に転移で行けないのか?」
「曲がりなりにも城だからね。普段に転移が可能なエリアは限られているの。残念だけど私の私室の近くには設置されていないのよ。」
確かに言っている事は正しい様に聞こえるけど、見た感じでは転移を妨害する物は無さそうだ。
そうなると警備の面や転移による事故を避ける為という意味合いが強いと思うけど、女王の私室の傍に転移の可能なエリアを設置していないのはおかしな気がする。
もしかするとこれも誰かの仕組んだ微妙な嫌がらせかもしれない。
それに城の中を観察しているとファルの様にルールを守っている奴は居ないみたいだ。
これなら次回からは転移で部屋の近くまで移動しても問題は無いだろう。
そして進んでいると前方の通路で道を塞いでいる2人の邪神と遭遇した。
なんだか昔のRPGゲームみたいな絵面なのでちょっと心躍る光景だ。
ただ今は楽しんでいる時間は無いのでちょっと通してもらおう。
女王であるファルが居るので素直に道を開けてくれるだろう。
「お前たち、そこを通してもらうぞ。」
「お、女王様じゃねーか。通りたければ通行税を払いなよ。」
しかし俺の予想は会話を始めて数秒で打ち砕かれた。
そういえばハルアキさんも城で変なちょっかいを掛ける奴が居ると言っていたのでコイツ等みたいなのが後を絶たないのだろう。
小学生でもあるまいし、こんな幼稚な事をして恥ずかしくないのか。
そして俺は大人なので何かを言い返そうとしているファルの肩に手を置くと笑顔でそっと下がらせた。
「何だお前は!」
「ここは俺達の通路だぞ!」
「ならこの城は今から俺の物だ。お前等が場所代を払え。」
すると2人は互いに顔を向かい合わせると大笑いを始めた。
しかし城の所有権は王女であるファルが持っているはずだ。
まさかこんな事をしている奴等がここは皆の所有物ですとは言い出さないだろう。
「ガーハハハ!もしかしてお前は新参なのか。」
「この城はそこの無能王女の物じゃないんだぜ。」
「ここは我らが主の四天王様の物なのよ。」
「文句があるなら行ってみろ。・・・グギャ!」
良く回る舌だけど所詮は虎の威を借る狐か。
手加減してやったのに殴っただけで消し飛んでしまった。
ちょっと壁を幾つか突き破って穴を開けてしまったけど、他にも同じ様な所が何カ所もあったので日常茶飯事に違いない。
ただ倒壊しないか心配なので後で周って修復しておこう。
「お、お前!俺達に手を出してタダで済むと思ってるのか!?」
「それなら既に1人へ手を出してるんだ。お前の口も塞いどかないとな。」
「ま、待て!助け・・・『グシャ!』」
これで道を塞いでいる奴の1つは居なくなったな。
しかし障害は1つではなく、これから幾つも同じ様な事を考えている暇人が待っている。
そんなのを一々相手にしていたら壁が無くなってこの城が倒壊してしまいそうだ。
「ここからはショートカットするか。」
「待って!ここから先には転移可能エリアは無いのよ。」
「そんなのを律義に守ってるのはお前だけだ。つべこべ言ってないで行くぞ。」
「ちょっと・・・キャッ!」
俺はファルを抱き寄せると転移を使って邪魔をしそうな奴等を飛び越え目的の相手から少しは慣れた場所へと移動した。
そこには俺の良く知る姿のオウカが何処かの誰かから声を掛けられている。
ただ、仲良くお喋りしているなら俺もここまで急いで来たりはしない。
「なあ。俺の女になれよ。王女の侍女なんてしてるより良い生活をさせてやるぜ。」
「止めてください。私には既に仕えるべき人が居るのですから。」
「そんなにあの無能王女が良いのか?」
「あ、あの方とはまた別の人です!」
「おい!なに顔を赤くしてるんだよ!まさかそいつは男なのか!?」
すると強引な誘いを掛けていた邪神の手がオウカへと迫った。
しかし、その手は途中から近付く事は出来ずに体ごと後方へと遠ざかっていく。
何故なら俺が腕だけを巨大化させて掴み上げ、後方へと放り投げたからだ。
そして邪魔な壁が無くなった事で俺の姿が見える様になるとその顔に笑顔が戻って来る。
しかも以前と同じように頭には枝が伸びており、そこにある蕾が開いて桜の様な花を咲かせた。
「ハルヤさん!」
「待たせたなオウカ。でもこんな危険な任務に志願したと聞いたから驚いたぞ。」
「ごめんなさい。本当は御生まれになった時には戻る予定だったのですが、そちらの王女様が、その・・・。」
「頼りないし、心配だったんだな。本当にオウカは面倒見が良いんだな。」
俺は少し小柄なオウカの頭を撫でてやると久しぶりの会話に花を咲かせた。
しかし、さっき投げた邪神が戻って来ると何の躊躇もなく拳を向けてくる。
せっかくの再会なので手加減してやったのに、やはり邪神には俺の優しさは伝わらないらしい。
「俺のオウカに手を出してんじゃねえよ!」
そして1メートルほどもある拳はその場から動かない俺へと見事にクリーンヒットした。
しかし、この程度の拳なら1ミリだろうとこちらを動かす事は出来ない。
恐らくはこんな所に居るので上位の邪神だろうけど、今の俺には全く脅威と言える存在ではない。
「フラれた男が何を言ってるんだ?」
「な!?俺の拳は山だって跡形もなく吹き飛ばすんだぞ。」
「もしかしてそれは砂山の間違いじゃないか?」
「い、良い気になるなよ!お・・お前なんてなー!・・・マジャリ様に言いつけてやるー!」
すると邪神は誰かの名前を告げると逃げる様に転移で消えて行った。
どうやらマジャリというのがアイツの上司の様だけど今までの流れから四天王の1人だろうか?
「マジャリって誰なんだ?」
「マジャリは四天王の中でも第2位に位置する方です。とても好戦的で弱い者虐めが好きという性格破綻者です。」
「ハハハ!オウカも言う様になったな。」
「あの方の嫌がれせは城の中でも有名です。私やファム様も何度も手をあげられました。」
「・・・そうか。・・・そいつは早急に挨拶に行かないといけないな。」
「あ、あの・・・ちょっと失言でした。ハルヤさんも来たばかりならあまり無理をしないでくださいね。」
「大丈夫だ。ちょっとだけオ・ハ・ナ・シをするだけだから。」
ただし肉体言語でだけどな。
それに俺の家族に手を出してタダで済むと思うなよ。
そして黒い笑みを浮かべているとオウカに服を握り締められたのでそちらへと意識を戻した。
すると先程まで暗い顔だった顔に再び笑顔が戻りこちらを見詰めているのに気付く。
「その・・・今も家族と思って貰えて嬉しいです。」
「当たり前だろ。それでユリだった時の記憶は・・・。」
「すみません。そちらに関しては完全に消えてしまっています。」
「そうか。」
「でも、ハルヤさんへの思いだけは記憶が消えても残っています。だから私は以前よりもずっとアナタの事が大好きになりました!」
するとオウカは以前には無かった積極的な言葉を口にして強く抱き付いて来た。
俺はそれを優しく抱きしめて返すとユリを殺した時に決意した気持ちをそのまま口にする。
「それなら今度は俺が幸せにしてやる。だからあんまり危ない事はするなよ。」
「はい。ハルアキさんからも色々と話は聞いています。まずはアズサさんへご挨拶に行かないといけませんね。もしかしてファル様も一緒ですか?」
「まあ、怒られるのは俺だけだから多分大丈夫だ。」
「フフ!以前と一緒でアズサさん達に頭が上がらないのですね。神様になっても変わってないみたいで安心しました。」
「ああ、頭が上がらないどころか、頻繁に頭を金棒で叩かれてるよ。」
「そうらしいですね。私も早く皆さんと合流したいです。」
それは俺を好いてくれる女性としてなのか、同じ様に金棒を振るいたいからなのかどちらなのだろうな。
出来れば前者であってくれる事を願って止まない。
「ねえ、そろそろ私の部屋に行って話をしない?」
「そうだな。来客を迎える準備くらいはしておかないと。」
「やっぱり来るかな?」
「来てくれないと俺から出向かないといけないだろ。」
それに視界の1つにはさっきの奴が偉そうにしている邪神へと俺の事を話しているのが見えている。
しかもその顔は怒り心頭と言った感じで歪んでおり、報告に向かった奴を殴り殺してしまった。
そして、こちらに視線を向けるとロケットが発射したような衝撃で部屋を破壊し転移を使わずにこちらへと向かって来る。
「どうやら部屋で出迎える準備は不要みたいだ。」
「やった!それなら部屋は荒らされなくて済みそうね。」
「それでしたら、ハルヤさんを迎える準備だけしておきます。」
「なるべく早く片付けるよ。」
「早く帰って来てくださいね。・・・あは!なんだか新妻みたいです。」
それにしても以前に比べてオウカはとても自然に笑う様になっている。
感情表現も豊かで姿や仕草が人間らしくなった。
きっと俺の知らないオウカとして生きた時間と僅かに残っているユリの気持ちがそうさせているんだろう。
出来ればその間も俺の傍に居て守ってやりたかったけど今となっては悔やんでも仕方がない。
こうして無事に再会が出来ただけでも良しとして、オウカがここで受けた苦しみについては利息を含めて倍返しにしておけば良いだけだ。
そして城から出てこちらに向かって来るマジャリへと顔を向けた。
奴は城に居た時からずっとこちらを捉えているので俺の視線に気付いているか、似た様な能力を持っているのだろう。
そして話が出来るくらいまで近付くと互いに睨み合って動きを止めた。
「お前が四天王のマジャリか?」
「そう言う貴様は無能王女についている金魚の糞か。」
「どんな説明を聞いたか知らないけど、お前の部下は他人の家でのマナーを知らないようだな。」
「お前こそ、ここの事を何も知らと見える。無能王女に唆されて何を勘違いしているか知らんが、このイビルフェローズでの実質的な支配者は俺達四天王だ。お前には格の違いというのをしっかりと教えてやろう。」
「ああ、俺は神様1年生だからな。じっくりと教えてもらおうか。」
そして睨み合いと同じタイミングで距離を詰めると互いに大振りの右ストレートの構えを取った。
もちろん狙っているのも相手の顔面以外に選択肢はない。
「死ねーーー!」
「くたばれーーー!」
そして互いの拳はノーガードだった左頬を見事に捉えた。
しかしその結果は互いに大きな違いとなって現れ大きなチャンスとなる。
俺は相手が四天王である事を考慮し、全力で殴りながらも防御もしっかりと固めていた。
そのため殴られた部分は抉れてしまっているけどこれくらいなら簡単に修復が出来る。
しかし、マジャリは怒りで冷静な判断を失い、自分の力を過信して俺を侮っていた。
そのおかげで奴は首から上を消失させ、一瞬だが意識を飛ばしている。
だが、さすが四天王と言うだけあって持ち前の再生能力によりコンマ1秒以下の速度で失われた頭を再生させた。
それでも俺という敵を前にしてその僅かな時間は完全な命取りだ。
ただし、この僅かな時間で出来る事はあまりにも少なく、剣を出す時間さえない。
ならばもっと原始的、いや野性的な方法でダメージを与えるだけだ!
俺は殴った瞬間から姿を変え、狼とライオンの頭を追加で生やすと奴の両肩へと牙を立てた。
しかも意識の無い状態では碌に防御も出来ず、牙は肉を切り裂き骨を切断し完全い切り離した。
そしてその腕もすぐに再生を始めたけど俺の目的はそこではない。
俺は山羊と鯨の頭も生やすと噛み切った腕はそちらに任せ今度は足へと牙を立てる。
その流れ作業によりマジャリを捕食し力を奪って自分の力に変えていく。
しかし、どうやら意識が回復したようで体の再生が急加速し元の姿へと戻ってしまった。
俺は咄嗟に距離を空けながら4つの頭は奴から切り離した手足を捕食する
その姿にマジャリは驚きながらもこちらの意図を正確に見抜いて見せた。
「俺を食って力を奪っているのか!」
「さすが四天王だな。この一瞬で見破られるとは思わなかったぞ。」
「だが、その程度の事で俺を上回れると思うなよ!」
「そう思うなら掛かって来い。格の違いを教えてやろう。」
「舐めるなよ下級がーーー!」
やっぱり言葉に挑発を乗せて正解だった。
本人は気付いていない様だけど、俺が神になって間もないという言葉を勝手に信じ侮りが抜けきっていない。
よっぽど自分の強さに自信があるのか、それとも唯の自信過剰なのか。
この様子では後者で間違いなさそうだ。
それに相手と向かい合った時には既に勝負は始まっている。
俺はコイツを四天王の1人と思った瞬間から俺の持てる全能を持って分かる事、分からない事を徹底的に調べた。
もちろん鑑定も行ったけどこれは名前以外を見る事が出来なかった。
しかし、それも情報の1つとして重要性は高い。
何故ならこれまでの経験で鑑定が通用するのは自分と同列の存在か遥かに格下の対象のみと分かっている。
なので今までに神には鑑定があまり通用しなかったけど俺が神になった事でその問題点が解消させた。
そして、それでも格上の相手は鑑定できず、同格なら名前と幾つかの能力を知る事が出来る。
それによりマジャリは俺と同格である事を知る事が出来たので相手を油断させて全力を出させず、逆に俺は全力で戦いに挑んだ。
その結果がこうして目の前で現実になろうとしている。
「もうお前は俺の敵に成り得ない。」
「クソ!何で貴様程度に俺の攻撃が躱されるんだ!」
「お前が俺よりも弱いからに決まってるだろ。」
「そんな訳がねえ!何かカラクリがあるはずだ!」
ちなみに俺が奴を食って奪った力は奴からすれば1割程度だろう。
しかし、同格の相手に1割の力を奪われたとなればこちらは強化されるので2割の差が出来てしまう。
しかも何かされているとしても今のマジャリには冷静な判断能力が欠如している。
そのため戦闘経験は俺の遥か上を行っているのだろうけど、その攻撃はとても読み易い。
そして俺はそろそろ勝負を着ける為に向かって来た拳を躱すとカウンターで拳を叩きこんだ。
しかし今度はしっかりと防御は固めていた様で原型を止めたまま遠くに見える自分の城へと飛んで行っている。
俺はそれを追って追い付くと、更に追撃を加えて蹴りを放ち城へと奴を叩き落とした。
だが、この程度で奴が死んだりしないのは分かりきっている。
俺はマジャリを追って城へと突入すると最下層で横たわっている所へと拳を叩きつけた。
「ガハ!貴様・・・ここまでしてタダで済むと思うなよ。」
「思ってないから安心しろ。俺は家族に手を出した奴には絶対に容赦しないと決めているからな。まずこれはオウカの分だ!」
「ゴハ!」
「そして、これがオウカの分!これもオウカの分!」
そして俺は容赦なく拳を叩きつけるとマジャリを地面へと沈めていく。
更に衝撃波は周囲の地面を吹き飛ばし島自体に巨大な地震を起こさせた。
「ゴハ!・・ま、待て!グフ!・・ここままでは・・ガハ!島が崩壊するぞ!」
「それがどうした!」
既に立っていた城は基礎の陥没と大地震で倒壊し跡形もない。
そして地盤にも巨大な亀裂が入り高度も大きく下げている。
「ば、馬鹿な・・この俺が・・こんな奴に!」
「これで止めだ!」
そして、俺は殴りながら背中から4つの首を生やし至近距離からの轟砲を放った。
その1撃はマジャリを消滅させ島の底を貫通して海面に巨大な水柱を上げさせる。
「・・・ちょっとやり過ぎたか。」
感覚を広げて探れる範囲を探っても海には人はおろか生物さえ居ない。
恐らくは大丈夫だと思うけど苦情があったら知らないフリをしておこう。
そして轟砲の範囲外で残っていた足を喰って力の足しにすると俺は飛び上って島を見下ろした。
「なんとか原型を保ったまま浮いてるな。高度も中央と同じくらいになったし邪魔なしろが無くなって日当たりも良くなった。」
ただ、ここで踏ん反り返っていた上位の邪神たちがかなり生き残っている。
まあ、戦いの余波で死ぬのは余程の間抜けか雑魚だけだろうから当然だろう。
しかし向けられている視線はどう見ても敵対ではなく恐怖だ。
おそらくは俺とマジャリとの戦いを見て敵わないと悟ったのだろうけど今は戦っている暇は無い。
どうやらオウカがお茶の準備を終えて待っている様なので急いで戻る事にしよう。
ただし今後の事を考え少しだけ忠告をしておく事にした。
「先に言っておくが、お前等が無能王女と呼んでいるファルマリスは今日から俺の婚約者になった。手を出したらマジャリと同じ運命を辿ると思え。それとこの島と中央は俺が暫定的に支配する。文句のある奴は遠慮なく言って来い。」
俺は周囲の奴等へと一方的に告げると中央の城へと戻って行った。
すると対角線上にあるハルアキさんが管理している島も高度を落として中央の島と同じくらいの高さへと変わっていく。
どうやら四天王として俺達に賛同し、自分もファルの味方である事を目に見える形で示してくれたようだ。
それは同時に他の2人の四天王と意見を違え、決別するという意思表示でもある。
これで残りの四天王がどう動くか注意深く観察する必要がありそうだ。
後で再びハルアキさんとも会って今後について話し合っておこう。




