356 到着 イビルフェローズ
俺とファルは再び時空の狭間へと足を踏み入れた。
今回は事前に互いの同意の上で腕を組み?足場も定かではない不安定な場所を歩いて行く。
ちょっと引っ付き過ぎな気もしないではないけど今の所は順調に進んでいた。
「今度は迷うなよ。」
「フッフ~ン!だっい~じょ~ぶ~!もうすぐ到着だっから~!」
しかし凄く嬉しそうだけどイビルフェローズにこのまま戻っても大丈夫だろうかという懸念がある。
権力は無いと言っても王女が2ヶ月近くも国を空けてプラプラしていたのだ。
もし俺が権限を握っていてそんな事が起きれば全ての邪神を動員して各世界をしらみつぶしに探し回っているだろう。
そして邪魔をする勢力があれば如何なる手段を要いても叩き潰し、痕跡があれば俺自身がそこに向かって確認を行うはずだ。
ただ、女王を洗脳しようとする奴等の事なのでそこまではしないとは思っている。
そして、ようやく到着したようで空間の歪を破壊して外へと出て行った。
すると目に飛び込んで来たのはなんとも不思議な光景だった。
青い空に太陽が浮かび広い海があるのも俺の世界と同じだけど、この大陸は空に浮遊してゆっくりと移動している。
そして、そういった島みたいな陸が他にも幾つかあり、その内の4つはこの島を囲むように四方を回っている。
更に島の中には神殿の様な家屋が点在し、中央には巨大な城が天に向かってそびえ立っている。
アレに比べれば東京スカイタワーも小さく見えてしまうだろう。
しかし偏見でモノを言って悪いと思うけど、邪神の世界なのでもっとおどろおどろしい場所を創造していた。
太陽は存在せず、空には暗雲が立ち込め海があっても水面から下が見えない様な真黒な水が満ちている。
周囲には常に暴力的な声が響き渡り、安らげる場所など何処にも無い。
もしここが邪神の世界だと言われなければ、また世界を間違えたのかと思ってしまうだろう。
「ここが邪神の世界なのか。」
「そうよ。それにイビルフェローズと言っても住んでいるのは邪神ばかりじゃないわ。世界を追放された神や邪神に成り掛けている神とか色々なの。城のある中央周りは上位の邪神で固められてるけど外周部に邪神は少ないわ。それとあそこに浮いている島はそれぞれの四天王が管理してるから一つを除いて近寄らない方が良いわよ。」
そう言って指を刺した島には中央の城よりも高い城が建っていた。
もともと島自体もここより高い場所にあるのでハッキリ言って迷惑甚だしい。
島だけなら大した事は無いけど、城が巨大な影を作っているので日光を遮り大きな影を作り出している。
俺の世界なら日照権の侵害で訴えられてもおかしくない行いだ。
「あの島は前からあの位置にあるのか?」
「あれはパパが居なくなってすぐに四天王が島を高くしてしまったの。その後に城も立てて400年くらいは今と似た様な感じね。」
「そういえば1つだけ城が無いな。」
「あそこはちょっと訳アリでね。同じ時期くらいに前の四天王が島の高さを変えたんだけど、その直後に別の所から来た邪神に倒されて四天王が変わったの。ちょっと無口で変わってるけど四天王の中では唯一信用できると思うわ。」
しかし、そいつが本当に信用できるかは直接会って確認するまでは分からない。
もし、そいつがアンモナイト野郎ならその場で即座に島ごと沈めてやるつもりだ。
事故や色々な事が重なって婚約者になったのだとしても、その間は俺の大事な家族(仮)なのだから。
「ねえ、何を考えてるか知らないけどなんだか胸が熱い気がするんだけど。」
「いや、ちょっとその信用できる四天王の一人にご挨拶に行こうと思ってるんだ。」
「ま、まあ良いけどね。変わった術とか仙術とかに長けてる奴だからもしかすると居るかもしれないわね。でも最近は出かけてる事が多くて擦れ違いが何度もあったから会えるかは微妙よ。」
「それなら居たらで良いからさっそく行ってみるか。」
そして俺達は転移でその島に行くとその四天王が住んでいるという家屋へと向かって行った。
するとそこには何となく見覚えがある日本家屋が建っている。
その家は低い塀に囲まれ青い屋根の2階建てで・・・。
「なあ、その四天王って全身鎧を着てるのか?」
「良く知ってるわね。実は周りからはライオン仮面とか言われてるのよ。」
「そういう事か。」
実は去年の夏の合宿の時にDJN99のメンバーがライオン仮面に助けられたという事でお礼を言われた事がある。
ただ、あの時の相手は明らかに俺だったけど、詳しく調べると同じ日の同じ時間にライオン仮面によって助けられた者が他にも居る事が分かった。
そうなるとライオン仮面は1人ではなくもう2人居る事になる。
そしてダンジョン内は人の目が避け易く、ある条件下において空間の裂け目を作り易い。
その条件というのはクオナ達がダンジョンの調整を行いその場所に空間の揺らぎを作り出した場合だ。
その時以外は空間は簡単には壊れず、あのミルガストでも正攻法でダンジョンを攻略しなければならなかった程だ。
しかし俺の所にクオナからイビルフェローズへのスパイ依頼が来た時の説明にはダンジョン内から出発する事になっていた。
そうなるとライオン仮面とは既に説明を受けていた2名の先行スパイの1人かもしれない。
相手が四天王なのでここに来るまでは確証が無かったけど、まさかこんな目印を用意しているとは思わなかった。
そして俺は門の横に付いているインターホンを鳴らすとそこに声を掛けた。
「お久しぶりですね。こんな所に出張ですか?」
『やあ、来るのが遅かったね。まさか僕の占いが外されるとは思わなかったよ。』
「ハルアキさんもアズサ達にちゃんと出張先を教えてるんですか?」
『ハハハ!耳が痛いな~。まあ、立ち話も何だから中に入りなさい。』
「そうさせてもらいます。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!まさか2人は知り合いなの!?」
「そんなところだ。」
そして中に入って行くと驚いているファルが慌てて付いて来る。
誰だって邪神でもトップクラスに位置する四天王と知り合いなら驚いて当然だろう。
しかもここに来るのが初めてで少し前に神になったばかりの俺なら猶更だ。
俺達は扉を開けて中に入ると靴を脱いで犬のスリッパに足を入れると奥へと入って行く。
すると内装も地球にある自宅と全く同じの様でリビングに置いてある椅子にハルアキさんは座っていた。
「四天王なのにやけにこじんまりした家に住んでるんですね。他の3つは馬鹿みたいに大きな家に住んでいますよ。」
「中央の島に住んでる人達から日照権がどうとか言われたくないだろ。それでなくてもこちらの方が高い場所に浮いているのだからどちらかと言えば下げたいくらいだよ。」
「いっそのこと建っている城と一緒に轟砲で吹き飛ばしましょうか。」
「ハハハ。それは良いけど彼らをあまり舐めない方が良いよ。それに僕が倒したのは四天王でも最弱とか言ってたからね。」
そういえばハルアキさんは未来からの記憶を持っているけど不明な点が幾つかある。
ファムは四天王が倒されたのは400年も前と言っているし、そうなると前世の記憶も持っている事になる。
それだけでなくハルアキさんは12神将についてあまりにも詳し過ぎる。
もしかするとこの人は俺と同じ様に複数の前世を持っているのかもしれない。
「それは四天王としてはお約束の負けセリフですね。それで、どの辺から話をしてくれるのですか?」
「それを話すと長くなるから座ったらどうだい。」
「それなら遠慮なく。ファルも座ったら良いぞ。」
俺は椅子に座りながらファルにも椅子を勧め、座った所で茶菓子とお茶を取り出した。
「ねえ。全然話が見えないんだけど。」
「おや、2人がここに来るのは分かっていたけど思ってたよりも仲良くなったんだね。しかも・・・フムフム。女神にしてしまうなんてハルヤ君はいつも僕の予想を超えた事を起こしてくれるよ。」
するとハルアキさんはファルの外見を観察するだけで邪神でないと簡単に見抜いてしまった。
これは俺も心配していた事の一つで、もし他の邪神にも鑑定や勘に長けた奴が居ればファルの事を見破る奴が居るかもしれない。
「やっぱり分かる人には分かりますか。」
「分かるよ。特に四天王でもナンバー3でブレーンと呼ばれている奴には特にね。」
「それなら何か対策を考えないといけないな。」
「それならここにイザナミ様から預かっら物があるよ。さすが君のお母さんは良く分かってるね。」
「それも知ってるんですね。」
「アズサの事も知っているよ。もともと彼女達が君の傍に集まる様に占ってタイミングを決めたのは僕だからね。ちょっと予定外の事もあったけど、君が全て解決してくれて助かったよ。」
「その点に関しては感謝してますよ。もし時期がズレていたら気付かずに出会えなかったかもしれませんからね。」
特にルリコに関してはかなり危なかった。
下手をしたら邪神に魂を捧げられてユリの時の様に取り込まれていた可能性もある。
そうなるとルリコの時を遡って歴史を変える能力を相手にする必要があったのでかなり危険な事になっていた。
「それでイザナミ様から預かった物とは何ですか?」
「これだよ。」
そう言って取り出されたのは夜空を切り取った様な黒いリボンだ。
しかも本当に星が煌めく様な輝きを放ちファルの黒髪にも映えるだろう。
「アイツはどこまで見透かしてるんだ?」
「それは僕にも分からない領域かな・・・。」
これを身に付ければ俺の懸念も解消されるという事なのでリボンを受け取るとそれをファルへと差し出した。
しかし、それを受け取ってもリボンと俺の顔を行ったり来たりしているだけで、頭にも『?』を浮かべている。
「そういえば服のボタンも自分で止められないんだったな。」
「君たちは既にそんな関係なのかい?これはアズサに報告しておかないといけないかな。」
「いらん事はせんでください!後で殺されたらどうするんですか!」
「戦って勝つという選択肢はないんだね。」
「アズサと戦うなら死んだ方がマシです!」
「君の愛は徹底してるねえ。」
しかしハルアキさんは笑っているけど金棒で殴られた事が無いからそんな事が言えるのだ。
あれは地獄産の武器だけど、本当に人知を超えた恐ろしい物で1撃でも受ければトラウマを植え付けられる。
するとファルは急に表情を曇らせると心配そうに問いかけてきた。
「ねえ、アズサって誰?」
「婚約者が何人も居るって言ったろ。アズサは皆を纏めているリーダーみたいな人だ。お前も会ったら喧嘩するなよ。それとリボンを結んでやるからあんまり動かないようにな。」
「う、うん。でも会うまで私もハルヤの婚約者で居られるかな?」
「居られるんじゃないか。」
「え!?」
すると動くなと言ったのに驚いた顔でこちらに振り向いて来る。
俺は仕方なく頭を持って『グキリ!』と前に向けると空かさず「痛い!」という声が返って来た。
しかし、音の割には元気そうなので何も無かった様にリボンを結び直していく。
「ただし皆と仲良く出来るならな。それが無理ならこの話は無しだ。」
「する!」
「それなら後はアズサ達次第だな。これに関しては俺に決定権は無いから俺の意思だけじゃどうにもならない。」
「そんな~~~!」
するとファルは肩を落としてしまったけど丁度リボンも結び終えた。
こうして見るとアズサの持っている真珠色のリボンとは本当に正反対と言った感じだ。
しかし、これを着けた途端に気配が変わり魂の表面が黒く染まった。
ただ恐らくはそう見えるだけで魂には影響を与えてはいのないだろう。
「気分は変わらないか?」
「大丈夫よ。このリボン大事にするね。」
「なるべく肌身離さずに持ってろよ。これが無いと邪神でなくなったのがバレるかもしれないからな。」
そして席に座り直すと俺達は話を再開する事にした。
ある意味で最大の懸念が消えたので気楽にハルアキさんについて聞く事が出来る。
「それでハルアキさんは何時頃からの記憶があるのですか?」
「私は今までに2度転生しているんだよ。とは言っても記憶を持っての転生は1度で終了する予定だったんだけどね。その1度は君が良く知っている邪神を封印した時の戦いさ。」
「もしかして、あの時も安倍家の誰かに?」
「そうだよ。あの時の名前はハルアキラと言えば分かるかな。」
「ハルアキラ!でもアイツの実力はそれ程でも無かったですよ。俺と会った時は12神将との契約もしていませんでしたし。」
「もともと邪神の封印を手伝うために転生する予定だったから邪神の復活を鍵にして記憶が戻る予定だったんだよ。」
「ならその前の人物で12神将にも詳しいって事は・・・もしかして。」
「そうだよ。僕の最初は安倍晴明さ。当時の占術によって遥か未来に世界を滅ぼし得る邪神が出現する事を知って色々と準備をしていたんだよ。それも全て神々が関わる事で狂ってしまったけど、代わりにあの大戦を生き延びる事が出来た。それに君の残したお菓子のゴミや新たな占いによって邪神の封印が綻ぶ時期も大体予想できたからね。」
・・・ここでもあの時に回収し忘れていたゴミが大活躍だな。
中には西暦で書かれている物もあったのであの時代ならおおよそ何年後から俺が来たのかを知る事も出来ただろう。
「それでハルアキラとして死んだ後にここに来たんですか?」
「そうだよ。あの頃には既に安倍晴明は陰陽師としては有名だったからね。特に邪神がバラ撒いた魔物のおかげで陰陽師たちの知名度が上がり、僕の信仰もうなぎ登りだよ。それでせっかくだからここに来たら住んでた四天王に目を付けられてね。結局は戦いに勝って代わりに四天王になった訳さ。」
「それなら300年以上はここに住んでいるんですか?」
「地球に転生するためにイザナミ様にお願いしたりとか色々大変だったけど、大まかにはそうだね。時期的に前の王は知らないけど、ファルマリスが1人で大変そうだったから手助けもしてあげてたんだよ。」
「それは本当だよ。城に来て私に言い寄って来た奴をぶっ飛ばしたり、虐めて来た奴をぶっ飛ばしたり、暴れていた奴をぶっ飛ばしたりしてくれてた。」
「ようは何か理由を付けては邪神を間引いてたんだな。」
「そういう事だね。それにあの頃のファルマリスはまだ幼くて僕にとっても娘みたいなものでね。相手が君でないなら厳しいテストから入るところだよ。」
もしかしてファルの魂に穢れが少なかったのはハルアキさんが過保護だったからじゃないだろうか。
きっと見えない所でさらに多くの邪神が追い払われたり倒されたりしてるんだろうな。
それに四天王のテストに合格できる邪神がこの世界に何人いるんだろうか。
でもこれで今まで疑問に感じていた事が解消され、ハルアキさんの正体も知る事が出来た。
しかしそうなるともう1人の協力者は誰になるのだろうか。
「そう言えばもう一人の協力者は何処に居るんですか?」
「それならファルマリスの専属侍女がそうだよ。君も知っている相手だから早く行ってあげると良い。」
するとハルアキさんが何やら不穏な事を口走った。
実のところを言うと未来からこちらに来ている者の中で確認できていない者が1人と2匹居る。
まず2匹と言うのはウチに暮らしていたリリーとアズサの所で飼っていたオメガだ。
この2匹は生まれるのがあと3年は後なので現れるにしても少し先になるだろう。
そして問題はあと1人の方になり、クオナにユリの魂の宿った種を渡してある。
しかし、てっきりまだ未来から来ていないのかと思って何も聞かないでいた。
でも俺の知る者の中でこんな所に来ても怪しまれないのは彼女だけだ。
もしかすると既にオウカとして意識が覚醒しここに来ているのかもしれない。
「もしかしてオウカがここに来てるのか!?」
「聞いてなかったみたいだね。でもこれは彼女が無理を言って志願したんだよ。彼女は生まれが特殊で元は邪神の一部だったからね。ここで怪しまれずに行動できる数少ない人材なんだ。一応は僕が後見人みたいな形を取っているから下手な者は手を出さないよ。」
しかし、それでもその事を理解できない馬鹿とそれなりに権力を持っている奴は手を出すかもしれない。
それでなくても立場が女王のファルにもちょっかいを掛ける奴等なので気が抜けないのは確かだろう。
「それならちょっと顔を見に行くか。」
「彼女の詳しい事は本人から聞くと良いよ。」
「そうさせてもらう。行くぞファル。」
「うん。でも、なんだか情報が多くて頭がパンクしそう。」
「もうちょっとで終わるから我慢してくれ。」
そして俺達はハルアキさんの家から出ると中央にそびえる城へと向かって行った。




