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355 道に迷う ⑤

村に戻ってみるとファルは村人に囲まれてあたふたとしていた。

ただ、害そうとしているのではなく、誰もがその場に膝をつき有難そうに祈りを捧げている。

聞こえる声からは女神や聖女と言った言葉が並び、当たらずとも遠からずと言った所だろう。

しかし感謝される事に慣れていないのかファルはその場から動けず、完全に固まってしまっている。

これでは飛んで逃げても変な誤解を招いてしまうだろう。

だが、この状況は俺にとっても都合が良い事に違いはない。

この際だからファルには人の悪意だけでなく善意にも触れてもらっておこう。


そうとなればアイツが拝まれている内に兵士たちの死体は素早く回収し、村人は蘇生させておく。

これで後は山羊の姿となって空に上がると空歩のスキルを使って軽快にファルの許へと向かって行った。


『パッカラ、パッカラ。』

「ん?何だこの音は。」

「お、おい見ろ!何かが空を飛んでるぞ!」

「あれはもしや・・・。」

「「「山羊だ!」」」


何処の世界でも空を飛んでいる珍しい者を見るとリアクションが似て来るのだろうか?

まあ、それは置いておくとして、俺は何故か冷たい視線を向けて来るファムの横へと降り立つと周りへと声を掛けた。


「我はここに居る女神ファルマリス様の僕である。もし、お前達の中に平和を求める心が残っているならばこの方と共に立ち上がり大事な者達を護る戦いに参加するのだ。正義は我らにある!」

「うおー!俺は女神さまの為に立ち上がるぞー!」

「俺はさっき殺された息子の為だー!」


すると所々から声が上がり、拳を天へと突きあげた。

多くの人が命を救ってくれたファルや奪われた家族の復讐の為に立ち上がっている。

しかし、そんな熱狂は後ろからやって来る者達によって即座に塗り潰された。


「お父さ~ん。」

「ま、まさか!」


そこには村人の復讐の声によって目を覚ました先程の犠牲者たちが無事な姿で立っている。

そして、こちらに駆け寄って来ると何も無かったかのような顔でそれぞれの家族の元へと合流していく。

それは彼らの中から怒りや悲しみを消し去るには十分な効果があったようだ。

蘇った者にはその時の記憶が失われているようだけど生き残っていた者にはその時の記憶がある。

彼らは諦めていた再会を果たし、その目に喜びの涙を浮かべていた。


「この戦いは憎しみと怒りによって起こすモノにあらず!これから平和に暮らす家族や大事な者を護る戦いである!」

「俺はもう家族を奪わせねーからな!」

「子供をあんな兵隊に取られてたまるか!」

「ファルマリス様万歳!」

「「「ファルマリス様万歳!」」」


そして復讐に向いていた風が大きく変化し、彼らの心は次第に一つになり始めた。

それを見て感じ取るとファルは驚きながらも自分と同じ思いを持つ者達に笑みを返した。


「お前の家族を思う気持ちに間違いは無い。ただ方法を間違えただけだからその分はちゃんと清算して行かないとな。」

「うん。・・・ねえハルヤ。」

「なんだ?」

「もしその時が来たら・・・何でもないわ。」

「手伝う時は有料だぞ。」

「・・・ケチ!」


するとファルは少し笑うと俺の背に跨って来た。

どうやらこのまま飛び去れと言う事らしい。


「さあ、次に行くわよ!」


そして俺は少し体を大きくして空に飛び上ると村の上を何周か回って次の目的地へと向かって行った。

ちなみに逃げた兵士は数千人でここには数十人しか来ていない。

奴等は村や町の場所を熟知しているらしく、そちらへと分散して襲撃を掛けている。

もちろんやろうと思えば犠牲者を失くす事だって出来るだろう。

しかし、それでは人々が奮起するかどうかは微妙なところだ。

今だって何もしてないとなると対岸の火事と言った感じで他人事のように傍観する可能性が高い。


「ねえ、ハルヤ。」

「今はダメだ。」


ファルは優し過ぎるのでこういう事には向いていない。

それでも、もう少しすれば犠牲者を減らす事が出来る様になる。

そして逃げた兵士たちのおかげで辺境の村の多くが立ち上がってくれた。

彼らは手に武器を持って中央へと移動を開始している。

それに途中にある関所や砦に関しては邪悪なる悪魔王が既に破壊しているので障害となる存在は無い。

そして、それでなくても戦争が続き困窮していた人々は辺境からの話を聞いて奮起し、更なる大きな流れとなって国の中央へと向かって行った。

それは1カ所からではなく国を取り囲むように発生しており逃げ場は何処にもなかった。


「辺境がどこも酷い状態だったのは好都合だったな。」

「人間は同じ人間に対してもあんなに残酷になれるのね。」


この国は統一した際にその国の国民の多くに奴隷に近い扱いを行っている。

そこに人権は無く一部の者だけが利益を吸い上げ、それを国へと送って至福を肥やしていた。

ただ魔王との戦いの直後に世界統一戦争なんて始めればそうなるのも仕方ないかもしれない。

しかし一部の者だけが肥え太っている姿は民衆に不満を蓄積させ、既に破裂寸前だったようだ。

そこに女神という存在が現れ、更に魔王が現れたと噂が広がれば黙って居られる者は少ないだろう。

それに支配階級だった者達は外堀から順に壊滅させ、その財産と溜め込んでいた食料は全てこちらで頂いている。

それらが俺達の資金源と人々の食料となり、それを求めて更に人が集まっていた。


そして数週間もしない内に王都は数十万の民衆に包囲され、ファルを先頭に降伏勧告が行われていた。


「もう終わりよ!開門しなさい!」

「民衆を惑わす魔女め!」

「お前たちは騙されているのだ!その魔女は魔王の配下なのが何故分からない!」


すると門の上から脂肪に包まれた貴族たちが声を大にしてファルの事を魔女だと言って来る。

しかしファルは魔女よりも悪い邪神で問題の悪魔王はファルのお友達だ。

今では(俺の作った)不味い飯を一緒に食べた仲でもある。


ちなみに既に民衆には悪魔王の存在は周知の事実ではあるけど、魔王という認識はない。

何故なら彼らの進む先に現れ障害を排除し、無駄な犠牲を1人も出していないからだ。

それにもし誰かが死んでもファルが生き返らせてくれる事になっているので立ち位置としては女神の使役している神獣といった所だろう。

それにファル自身も周囲を回って怪我人の治療に精を出していたので今では人気が爆上がりしている。

そして門が開かないのを確認するとファルは跨っている俺から降りて再び声を上げた。


「仕方ありません。僕一号!制圧しなさい!」

『誰が僕一号だ!』


とは言ってもここに来るまでにかなりの時間を消費しているので早く片付けて終わりにさせたい。

俺は前に歩み出ると半獣人から巨大化し、そのまま真直ぐ進んで外壁と門を破壊した。

そこから更に町を進むと問題の王が居る城に手を突き入れて国王を捕まえてファムの前に放り投げた。


『グシャ!』

『ねえハルヤ。いつも思うけど、もう少しスマートに出来ないの?』

『俺にそれを要求するな。それにこれくらいはしておかないと周りの反感も抑えられないぞ。』


ここに集まっている者の多くはこの国からあらゆるモノを奪われて来た人達だ。

その中には家族だけでなく婚約者や恋人だけでなく思いでの詰まった家や土地など様々だ。

しかも魔王との戦いが終結した直後にこの国が戦争を始めてしまい、戦死者は戦場で野ざらしとなっていた。

まあ、その殆どは俺が蘇らせて戦列に加わっているのだけど、その時の怒りが消えた訳では無い。

そして体中が変な方向に曲がっている国王へファルが手を翳したのと同時に俺が力を使って蘇生をさせる。


「蘇りなさい。」


それと同時に国王は蘇り周りの者によって縄を掛けられた。

そして目を覚ました国王はファルを見て恐怖と怒りの籠った視線を向ける。


「貴様のせいで私の悲願が台無しだ!」

「アナタの場合は悲願ではなく唯の欲望です。やり方を間違えなければ民衆もここまではしなかったでしょう。」

「黙れ!何を綺麗事を言っているんだ!それに民衆など家畜と同じよ!一時的に減ってもいずれは元の数に戻るのだ。」

「女神からすればアナタはその民衆と同じ人間です。アナタが死んでもその数が一つ増え、新たな命が生まれるだけです。」

「何を世迷言を!」

「ファム、こういう奴の相手をしても無駄なだけだ。後は彼らに任せて退散しよう。」

「そうね。」

「待て!女神なら何故私を助けない!私は神から選ばれた人間なんだぞ!」

「黙れ!これ以上ファムの耳を穢すな。」


俺は威圧を込めた視線で睨み付けると国王は呆気なく死んでしまった。

これで神から選ばれたとは本当にどの口が言うのか。

仕方なく下級蘇生薬を振り掛けて蘇生させると周囲に目配せをして牢へと連行させた。

ちなみに王都内はゲッカ達が駆け回り既に制圧を済ませている。

俺からの力を受けて強化された彼等にとってはこれくらいは雑作も無い事だ。


そして依頼も達成できたのでここでの仕事も終了と言える。

そのため俺はファルを背に乗せると空に上がって行った。


「後は別れを告げるだけだな。」

「ええ。」


ファルは周りを見回すと先程までの厳しい表情を緩めて笑顔を浮かべて見せた。

それによってここに居る人間たちもどうなるかを理解すると、その場に膝をついて祈りの体勢に入る。


「この世界での私のやるべき事は終わりました。これからはアナタ達がこの世界をより良い方向へと導いていくのです。そしてエルフや獣人達とも手を取り合い平和な世界を築いてください。」

「ファルマリス様!」

「「「ファルマリス様!」」」

「それでは私は行きますがアナタ達との思い出は私の宝物です。そして皆も早く家族の許へと帰ってあげてください。」


そして切りの良い所で俺は彼らの上空を駆けて何周か回ると、そのまま世界樹のある方向へと向かって行った。

そして、その下に降り立つとファルを下ろして世界樹へと声を掛ける。


「終わったぞ。報酬を寄こせ。」

『どうやら無事に終わらせて来たようですね。それでは世界樹の種を渡しましょう。』


そう言って頭上から3メートルを超える巨大なクルミが落ちてきた。

それは俺への直撃コースで避けなければ頭にぶつかってしまう。


「どっせい!」

『バキ!』


俺でなければ下敷きになって居た所だ。

まあ、俺の頭はクルミ程度には負けないけどな。


「・・・。」

「どうしたんだファル?」

「・・・な、何て事してくれるのよ!」

「・・・あ、種が割れてるな。仕方ないからもう1つくれ。」

『残念ですが世界樹の種は1000年に一度しか出来ません。それは最近になって出来た新しい種なので次に出来るのは999年後です。』

「仕方ないか。そう言う訳でファムも諦めてくれ。」

「・・・ふぇ・・うわ~~~~!」


するとファムは急に大声をあげて泣き始めてしまった。

その声は周囲へと響き渡り涙が滝の様に流れている。


「うわ~~~!世界樹の種~~~!ハルヤが壊した~~~!」

『どうにかしなさい。』

「仕方ないからどうにかするか。」


俺は真っ二つに割れた種を合わせると再構築の力で修復を試みた。

すると給水ジェルに水を駆けている様に力がグングン吸い取られていく。

それとは逆に種は縮んで小さくなり掌に収まるサイズへと変わった。

しかも種はそこで小さな芽を出し若葉色の葉をガラの外へと突き出している。


『驚きましたね。並の創造神ならそこまでに何十年も掛かるはずなのですが。』

「これで大丈夫なんだな。」

『恐らくは。(ただかなりこの者の影響を受けていますね。)』


これで世界樹のお墨付きも貰えたので種を拾い上げるとそれを持ってファルの許へと向かって行った。

そして、その手を取って掌を上に向けるとそこに発芽した種を乗せてやる。


「世界樹が言うには無事に発芽してるから大丈夫みたいだ。これはお前の物だから大事にしろよ。」

「・・グスン。もう壊さない?」

「壊されない様にお前がちゃんと面倒を見るんだぞ。」

「・・・グスン。・・・うん。」


そして、なんとか泣き止んだファルは世界樹の種を大事に収納して立ち上がった。

もともと俺が持っていてもあまり役に立ちそうにないし、地球に持ち帰ったらアズサのオヤツになるだろう。

さすがにそれなら必要にしているファルが持っているのが一番なので元々こうするつもりだった。

ただ、間でちょっとしたハプニングがあり、種がちょっと割れただけだ。

だからそんな心を読んだように冷たい視線は止めてくれないだろうか。


「まあ、これで俺達はこの世界から去るけど後はそちらで上手くやってくれ。」

『今回は色々と感謝します。』

「種は大事に育てるね。」

『きっとアナタの様な女神なら大丈夫です。』

「でも私は邪神だから自信がないかな。」

『フフフ、何を冗談を言っているのです。アナタは慈愛と調和の象徴である地母神ではないですか。きっと私の渡した種もアナタの許でならより良い方向に育ってくれるでしょう。そこの男の許で育つよりも!』

「最後のは本気の本音だな。」

『それが何か?』

「開き直りやがった。」


しかし世界樹が言うように最初に見た時に比べるとなんだか感じが変わった気がする。

でも何となくそんな気がしては居たけどそう思ったのは何時頃だっただろうか。


『もしアナタが自身を邪神だと思っていたなら何処かで変化があったはずです。例えば属性を反転させるほどに徹底的に浄化されたとか。』

『チラリ!』


そこでどうして俺を見て来るんだ?

確かに身に覚えが無い訳では無いけど。


『他の神から力を大量に注がれたとか。』

『チラリ。』


確かにそこも覚えがあるけど、あれは自分から言い出したんじゃないか。

まあ、身に覚えがバッチリあるけど。


『何処かで世界を救済してプラスの信仰を集めたとかですね。』

『チラリ。』


なんだか覚えがある事ばかりだけど、特に最後のは明らかにこの世界での事だろう。

今ではここの民衆でファルの事を知らない者は居ないと言えるくらいに顔が知れている。

きっと彼らの感謝の思いが邪神から女神に変えてしまったのだろう。

だからその前の2つに関しては切っ掛けにしかなっていないはずだ。


『しかし、ここに来た時には既に女神だったのでここに来る前に何かがあったのでしょう。』

「グハ!」


どうやら俺の都合の良い思いは妄想でしかなかったみたいだ。

この世界樹さんは世界を創造した者とまで言われているのに幻想殺しを持っているのか。


「ねえ、ハルヤはどうしたらいいと思うかな?」

「なんでそんな満面の笑みで聞いて来るんだ。」

「だってこうなったのはハルヤの責任だよね。」

『あら、もしかして女性を自分色に染めておいて責任を取らないつもりですか?』


お前もどこぞの主婦口調で追い詰めるのは止めろ。

報酬を要求した事への意趣返しか!

なんだかそう考えると世界樹の幹が笑っている様な模様に見えてきたぞ。


「し・・・仕方がない。ここは責任を取って・・・。」

「婚約者になってね。」

「は?」

「だって私1人だとイビルフェローズを纏められないもの。だから婚約者としてアナタが私の矛と盾になって。」

「でも俺には他にも沢山の婚約者が居るんだぞ。」

「ハルヤなら当然かも・・・ゴホン。ねえ、パパが見つかるまででも良いから~。」


すると呼んでも居ないのにカオスブレードがファルの背後に現れ、電動鋸の様にグルグルと回り始めた。

しかし、その動きでは肯定なのか、それとも手を出したら切り落とすという意味なのかが分からない。

自由に動けるのだから地面に字でも書いてくれないだろうか。

すると思いが通じたのかカオスソードは地面を切り裂いて文字を刻み付けた。


『手を出したら殺す!』


まあ、そんな事だろうとは思っていたけどファムが振り向くと一瞬で姿を消してしまった。

そして視線が逸れると再び現れたので、普段もそれくらい楽に現れてくれれば俺も恥ずかしい思いをせずに良かったのに。

しかし、この状況で断る事も出来ないので頷くしか無いだろう。


「それならお前の父親が見つかるまでの期間限定だ。」

「うん。それまでに私も頑張るからね。」

「何を頑張るんだ。」

「乙女の秘密で~す。」


それにしても邪神じゃなくなったと自覚してからなんだか明るくなった気がする。

そして俺達は世界樹に見送られ(笑われ)ながらこの世界を後にして行った。

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