354 道に迷う ④
俺達は世界樹の前から移動して人間側の本陣が見える崖の上に来ている。
しかし、あちらには碌に頭を使う奴が居ないのか、こんな所に陣地を作ってしまうと上から攻撃をやり放題だ。
高低差もあるので弓矢を使わなくても手頃な石や、スリングがあれば十分に人を殺せる。
油を塗った松明を使えば火攻めだって出来るだろう。
「ねえ、まさかいきなり攻撃なんてしないわよね。」
「ハッハッハ~!そんなのは当たり前だろ。」
「ならどうしてこんな所に来たのよ。」
「それはもちろん脅しをかける為だ。まずは相手の戦意を挫くためにはこちらの強さを知ってもらう必要があるからな。」
「ふ~ん・・・。(挫ける前に心が折れなければ良いけど。)」
まずはあちらからも良く見えるサイズまで巨大化して大きな雄叫びを上げた。
その声は空気を震わせ、立っている高台の足場にも亀裂を入れている。
「グオーーー!!」
「な、何だ!」
「か、体の奥底から・・・恐怖が湧いて来る!」
「あ、頭が割れそうだ!」
「あそこを見ろ!」
「あれはさっきの魔王だ!俺達を追って来たのか!」
すると兵士たちの全てがテントやコテージから姿を現し、こちらに視線を向けて来る。
しかし攻撃をして来る者は居らず、既に逃げ腰になっている。
さっき世界樹に聞いた話では勇者を呼び出したのは人間側だが、共に戦い戦果を上げたのはエルフや獣人らしい。
もちろん人間側も多くの兵士を投入したけど、その時に志の高い者は早々に死んでしまい途中から参戦する者が激減したそうだ。
すなわちここに居る連中の殆どが数に物を言わせるしか能の無い臆病者で間違いないだろう。
そして次に陣と世界樹の間の空地へと向かい境目を作る為に轟砲を放った。
「ウオーーー!」
するとそこには幅10メートル、深さ数十メートルの断崖が出来上がった。
凄く手加減して放ったつもりだけど以外に威力が有ったので第一段階はこれで終了となる。
そして右往左往している兵士たちを見下ろし適当に炎の魔法をバラ撒いておく。
こちらはイメージ通りに出てきたので大丈夫そうだ。
「ちょっと!地面が溶けてるわよ!」
「おっと。少し調節が難しいな。」
「私がやってあげるからハルヤはセリフを言いなさい!」
「ああ、そうだったな。ゴホン・・・我はお前たちの邪悪な心が呼び寄せた悪魔王である!愚かな人間共に告げる。これよりこの世界を我の遊び場とし、手始めにお前たちを滅ぼす事に決めた!」
「な、何で俺達なんだ!エルフや獣人がそこに居るだろ!」
「我を呼び出したのは欲望のままに争いを始めたお前たち人間だ。なのでまずは原因を作り出したお前たちから滅ぼしてやろう。さあ、欲望に塗れた人間共よ。滅びたくなければその命と心と魂を掛けて挑んで来い。我は明日より進軍を開始する。」
「に、逃げろー。」
「こんな奴の相手なんかできるか!」
すると兵士たちは最低限の手荷物を持ってこの場から逃げ出して行った。
その後姿を見送ると俺達は下に降りて陣地の中を見回しニヤリと笑みを浮かべる。
「残っているのはテントと毛布が殆どで怪我人が少数か。」
「ここに来てどうするのよ。」
「もちろん使えそうな物を全部貰う。テントと日用品は回収するからお前も手伝え。」
「なんだか盗賊みたい。」
「お前はリサイクルって言葉を知らないのか。この数千のテントの群れを見て勿体無いとは思わないのか!それに俺の世界では勇者でも民家に入ってタンスを漁るんだぞ。」
「なんでそんなに生き生きしてるのよ!分かったから迫って来ないで!」
俺達は放置されているテントや日用品を回収して行った。
それに飯時だったのかかなりの量の食料が放置されている。
しかも作られているコテージには食材が山積みにされたまま俺達が来るのを待ってくれていた。
これは持って行かないと食料さんに失礼と言うものだ。
「ふっふ~~ん。大量~大漁~。」
「ねえ、歌ってないでこの死に掛けの人間たちはどうするのよ。」
「ああ、お前の方でなんとかしておいてくれ。邪神でも神ならそれくらいは出来るだろ。」
「私を舐めないでよね!そういう事は全く出来ないんだから。」
するとファルは腕を組んでドヤ顔で自慢にならない事を言って来た。
しかし、邪神だって自己再生、自己増殖、自己進化の能力を持っているので不可能ではないはずだ。
それに人間だって出来ないと思っていると出来る事も出来ないので神なら強く思えば出来る様になるだろう。
「どうせやった事がないだけだろ。試しにしてみたらどうだ。死んでも誰も文句は言わないんだからな。」
「うぅ・・・ならちょっとだけ。」
そしてファルは意外と素直に頷くと恐る恐る手を伸ばして力を行使した。
しかし慣れていないからか治ったのは掠り傷が1つだけなので苦手なのは確かなのだろう。
でも全然と言っていた割にはちゃんと治っているので希望はありそうだ。
俺はファルの許に行ってその横にしゃがむと、気落ちして下がりそうになっている手を掴んで支えてやる。
「回復魔法は相手の傷が治るイメージをしないとダメだ。後は優しい思いやりの心だな。」
「そんなのは私にある訳ないでしょ。」
「俺よりはあると思うけどな。」
「・・・それもそうね。」
「そこは否定する所だと思うんだけどな。」
「フフ。私よりもアナタの方がずっと邪悪そうだもの。」
そしてファルは俺の顔を見て笑い出し、再び回復の為に力を送り込んだ。
すると今度は効果が高まり、傷の半分以上が回復して歪んでいた顔も穏やかになっている。
それでも深手を負っている横腹と足に関して言えば完治はしていない。
それでも致命傷と言える傷だったのが深手と言えるくらいまは回復している。
これならこのまま放置しても死ぬ事は無いだろう。
「良くやったな。」
「え、上手くいったの!?」
「ああ、それじゃあ次に行くぞ。」
「う、うん!」
その後も怪我人はファルの練習台になってもらったので彼女の回復技術はかなり向上した。
魔法と言うにはムラが大きいので俺の知識に当て嵌めるなら原初魔法と言う奴かもしれない。
これは神が使う力の一種だけどイメージだけで力を行使しているので効果に差が出てしまう。
ただ、その半面で使いこなせさえすれば効果範囲に枠組みのある通常の魔法に比べれば得られる結果が大きいらしい。
もしかするとさっき俺が使った魔法で死人が生き返ったのもそういう理由なのかもしれない。
今まで数えきれない程の人間を治療し、イメージを固めてきたので目に見えない所から見える所まで完全にイメージできる。
それにこの世界の人間も俺の居た世界と比べても体の作りに大差がなくイメージを反映させ易いのもあったのだろう。
だからさっき使った火の魔法もそれで効果が出過ぎたと言う事にしておこう。
「回収は終わったな。まずはここから一番近い人が住んでいる村に向かうぞ。」
「え?出発は明日じゃないの!?」
「なんで邪悪な悪魔王が約束を守らないといけないんだ。もう見つけてあるからさっさと行くぞ。」
「は~~~分かったわよ。それならしっかりとエスコートしなさい。」
するとファルは溜息と共に手を出して来るので俺はそれを握って最寄りの村へと転移して行った。
とは言ってもここから数キロ程度しか離れていない最寄りの村だ。
しかも現在は襲撃されている最中で至る所から火の手が上がり、悲鳴も聞こえて来る。
そして襲っているのはさっき逃げて行った人間たちだ。
どうやら取る物も取らずに逃げてしまった為にここで必要な食料を調達しようとしているらしい。
村人は家の中から野菜などの食料を奪われ縋り付いて懇願する者は容赦なく斬り殺されている。
その光景にファルは怒りに歯を食い縛り拳を握り締めていた。
「アナタはこれをどうするの!?」
「さっきも言ったが俺は邪悪な悪魔王だ。人間同士が争って数を減らすなら俺の関与する所じゃない。」
「でもさっきは助けたじゃない!」
「あれはお前の練習台として役に立ってもらっただけだ。もし傍に傷ついた動物が居ればそちらを優先させていた。」
「じゃあ、これを見て見ぬ振りをするの!」
「俺はもちろんそのつもりだ。でも邪神はそもそも自由なんだろ。お前がどう動くかは自分で決めろ。周りに流されるんじゃなく自分の意思でな。」
「・・・分かったわよ!好きにすれば良いんでしょ!」
そう言ってファムは不機嫌そうに村へと飛んで行った。
しかし自分を邪神の女王と言う割には内面はとても良い奴だ。
俺はその後を追って村の上空に到着すると、そこからファルの様子を窺う事にした。
「お前たち!そんな事は止めなさい!」
「なんだこの変な格好の女は。」
「おい、凄え上玉じゃねーか。どうせ旅の途中にこの村に立ち寄ったんだろ。」
「それなら今晩はコイツで遊ばせてもらおうぜ。」
すると兵士たちはファルの言葉も聞かず血と土で汚れた手を彼女へと伸ばした。
しかしファルは怯える事無くその手を跳ね除け、鋭い視線と声を兵士たちに浴びせかける。
「アナタ達にも家族が居るんでしょ!こんな事をして恥ずかしくないの!?」
「そんなのは関係ねえな。俺達は今日が楽しければ良いのよ。」
「それにどうせ魔王が現れたんだからまた世界は荒れ果てちまうんだ。ここの被害もアイツのせいにしちまえば俺達が咎められる事もねーんだよ。」
「・・・これが人間の悪意なのね。」
俺の予想だがファルは今までに他者の悪意というのに晒された事がない。
又は晒されていても気付けなかった状態にあった。
もしかすると神なら普通の事なのかもしれないけど邪神の上に立つというなら悪意には慣れておいた方が良い。
特に自分へ向けられる悪意に鈍感であれば、再び騙されて洗脳されてしまうだろう。
だからファルにはこのさい色々な事を経験して知ってもらう事にした。
「言う事を聞かねえなら仕方ねえ。取り返しのつかねえ傷でも受けて後悔しやがれ。」
「顔には傷をつけるなよ。」
「手は後で使わせるからな、切るなら足にしとけ。」
すると兵士たちは腰から剣を抜くとそれをファルへと向けて歪んだ笑みを浮かべた。
しかもどの剣にも乾いていない血が付いており、何に使われたかは明白だろう。
『ファル、武器はあるのか?』
『こんな奴らは素手で十分よ。』
『でも服を汚したらまたあの魔法で綺麗にするぞ。』
『・・・何か武器を貸してくれると助かるわ。』
ならばと俺はカオスブレードを呼び出すと・・・何も言ってないのに一目散にファルの許へと飛んで行った。
しかも襲い掛かろうとしている兵士たちを切り裂き、呪いで死ぬ前に哀れな躯へと変えてしまった。
『ねえハルヤ。私ここまで頼んでないんだけど。』
『カオスブレードが勝手にやった事だ。それはお前にやるから自分でちゃんと言い聞かせろ。』
『もう過保護なんだから。』
それは俺じゃなくてカオスブレード本人に言って欲しい。
そして村に降りるとファルの横に立って周囲の状況を確認していった。
「見た感じだと家の大半は使い物にならないな。」
「村人の方も半数も残ってないわ。生きてても重症な者ばかりね。・・・ねえ。」
「行ってきても良いぞ。練習の成果を見せつけて来い。」
「分かったわ!」
悩んで足踏みをしていた背中を押してやるとアイツを村人の治療に当たらせた。
死人は無理でも、ここに居る怪我人ぐらいは助ける事が出来るだろう。
そして再びこの場から飛び立つと近くの森へと向かって行った。
「これをするのも久しぶりだな。・・・ウオ~~~~!」
俺は狼の姿に変わると森へ向けて遠吠えを行った。
すると至る所から遠吠えが返され、森を掻き分けて目的の奴等が集まって来る。
そして姿を現すと俺を見て周りを囲み地面へと伏せていった。
ちなみにコイツ等はこの森に住んでいるウルフたちで幾つかある群れの一つだ。
他の群れもあるけどすぐには集まって来ず、いったん1カ所に集結している。
来るとしても少し先なのでまずは先に来た連中と話をしよう。
『俺の言葉が分かるか?』
『我らは元々が大神様の眷族にございます。』
『そのオオカミはどうした。』
『勇者と共に魔王の討伐に向かい命を落としました。それ以来は次第に力が弱まっておりますのでいずれは獣に戻るでしょう。』
『そのオオカミの墓はあるのか?』
『墓はございません。ただ人によって作られた社ならば。そこにはオオカミ様の牙が祀ってございます。』
『そこに案内しろ。』
『お任せください。』
そして呼び寄せたウルフ達に案内されてそこに向かうと朽ち果てる寸前の社が立っていた。
ただ作りはとても簡素で社と言うよりも子供が作った工作みたいだ。
その中に時を感じさせる大きな牙が置いてあり、これがオオカミの物で間違いないだろう。
『それにしてもデカいな。』
『オオカミ様はとても体の大きな方でしたので。』
確かに牙の大きさだけで1メートル以上あるのでコイツ等の言っている事は確かなんだろう。
ただ他の群れも終結を終えてこちらへと向かって来ている。
その中には他と違って大きな個体が何匹が混ざっているのでここを束ねているリーダーかもしれない。
そして藪を突き破り100を超えるウルフの群れが俺の前に現れた。
『お前は誰だ!』
『父様の牙は誰にも渡さないからな!』
『もしかしてオオカミの子供か?』
『そうだ!余所者はすぐに森を出て行け!』
『まあ、話を聞け。』
『黙れ!私達は父様が魔王との戦いに出る時に約束したんだ!』
『この森は私達が託されたんだからな!』
『だから話を聞け!』
俺は威圧を放ちながら体を大きくすると森の木よりも高い場所からそいつ等を睨み付ける。
それだけで全ての奴等が尻尾を股に挟んで体を伏せた。
『ば・・化物だ。』
『と、父様・・・助けて。』
『これでようやく目的を果たせそうだ。』
俺はそう呟くと半獣の姿で社の前に立つと邪魔な物を取っ払って上級蘇生薬・改を振り掛けた。
ただこれはこの蘇生薬が異世界でも効果を発揮するかの実験でもある。
かなりの数を持ってはいるけど無駄使いしたくないのであまり使い道は無いだろう。
以前と違って補給が不可能である事を考えれば殆どの場合は魔法で蘇生させ、それで不可能なら諦めてもらおう。
そして、どうやら世界が違っても効果は正常に発揮された様で、牙は輝きに包まれ10メートル以上あるオオカミへと姿を変えた。
その様子に周囲でしゃがんでいたウルフたちも次第に立ち上がり、垂れていた尻尾が激しく動き始めている。
それはリーダー格の2匹が一番顕著で見開かれている目には涙も浮かんでいた。
『父様の匂いがする。』
『まさか本当に・・・。』
そして蘇ったオオカミに2匹は駆け寄るとその顔に顔を擦り付けたり舐めてたりして起こそうとしている。
するとその瞼が震え目を開くと体を起こし周囲に視線を巡らせた。
『ここは・・魔王はどうなったのだ?』
『『父様!』』
『おお!娘たちよ!これはどうなっているのだ?』
『それについては俺から説明しよう。』
『お前は・・・失礼した。どうやら何処からか来た巨大な神とお見受けする。』
するとオオカミは伏せの体勢になると周囲を驚かせた。
しかし、それに習い周りの奴等も今度は恐怖ではなく敬意を持って体を伏せ始める。
『それで理を超えて私を蘇らせたのはアナタでよろしいか?』
『ああ、ちょっと手伝ってもらいたいんだ。お前が死んでいる間に世界の情勢が変わったみたいだ。出来れば村や町を襲っている奴等や野盗を始末してもらいたい。』
『それに関しては手伝いたいのは山々だが私の眷族はそれ程強くはない。恐らくは多くの犠牲が出るだろう。』
『それならお前が俺の眷族となって俺の力を受けろ。その後に仲間になった配下に力を分配し負けないくらいに強化して行け。』
『しかし、それではアナタの力が削れる事に繋がります。』
『その程度の事は気にするな。』
『・・・分かりました。その様に致しましょう。』
そして俺はオオカミを眷族とし名を与える事にした。
ついでに娘っぽい2匹にも名前を与えておこう。
『お前は月下。それとお前の娘には姫と孔雀って名前でどうだ。』
『ありがとうございます。私だけでなく娘達まで。』
するとゲッカだけでなくヒメとクジャクとも繋がりが出来たのを感じ取った。
どうやら、ついでに付けただけなのに俺の眷族となってしまったらしい。
この3匹にはこれからこの世界を見ていてもらいたいので連れて行く事は無い。
これならトワコ達にもバレないから怒られないだろう。
ちなみに神の眷族になると神使と同じで寿命と言うものは無くなるらしい。
その配下までは違うだろうけど、通常よりは寿命が増えるらしいので上手くすれば末永くこの世界を見守ってくれるはずだ。
『ありがとう神様。』
『お仕事頑張るね。』
そして2匹も嬉しそうに顔を舐めて来るので、頭を撫でながら頑張る様に伝えておいた。
『細かな事は世界樹から聞いてくれ。こんな近くに住んでるなら知ってるだろ。』
『はい。あの方はこの世界を想像したとも言われる立派な御方なのでよく存じております。』
『それなら心配ないな。』
『お任せください。』
『『お任せくださ~い!』』
そして俺は始末する奴等についてある程度の条件を伝えると、後は世界樹に任せる事にして村へと戻って行った。
しかし眷族にしたり加護を与えると力を削ぐと言っていたけど、今までそんな事を感じた事が一度もない。
今だって衰えるどころか、逆に力が高まっている様な気がして来る程だ。
ただ、それについては今は後回しにしておいて急いで戻らないとファルが大変な事になっている。
どうやら命を助けた村人たちに取り囲まれてしまっているようだ。




