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35 誘導

俺達は互いの群れを何度か往復して進行方向の微調整を行った。

当然、なんだか冷たい目で見られるのでコボルトたちの挑発はオメガとタイラーに手伝ってもらっている。

人間はそんなに頻繁には尿意が来ないから手伝って欲しいのだが、男女問わずNGを言い渡されている。


その間に一度給油に戻り準備万端で最後の仕上げに取り掛かっていた。

当然、目標が空にいると蟻はともかく、コボルトは足を止めるかもしれない。

そのため準備を行って俺はその上に立ち最後の疑似餌としての役割を果たす。


最初にこれを言った時にトマス達は大いに反対し、アーロンですら顔を顰めていた。

でも成功する可能性は高いので止めるつもりは無い。

そして、いま俺の左右には赤と焦げ茶の波が迫っていた。


「こうして立ってると壮観だな。」


今の精神でなければ絶対にこんな行動は取れなかっただろう。

そして全ての準備が整い群れ同士が俺を挟んで衝突する瞬間、俺は手に持つスイッチを押し込んだ。


『ドゴーーーン!』

『『『プシューーー!』』』


俺の足元で大爆発が起こり周囲には広範囲に渡って煙幕が噴射される。

俺はそれによって上空へと舞い上げられ、そのまま体勢を整えると煙に紛れてその場から離脱する。


(ここに来て風の精霊が大活躍だな。)


そして気配を探るとぶつかった2つの魔物は混乱していると言うよりも互いの群れで殺し合いを始めてしまった。

これは予想外の展開だけど、もしかしたら魔物は発生したダンジョンが違うと仲間意識が無いのかもしれない。

この2つの魔物は来た方向からしても違うダンジョンで生まれたと推測すれば俺の考えも間違いではないのかもしれない。

日本ではまだ別々のダンジョンの魔物が出会った事は無いのでこれは良い事を知れた。

後日にでも日本に帰ったら実験してみようと思う。


そして俺はある地点まで離れるとそこに待機していた人たちと合流を果たした。


「作戦は大成功だ。しかも魔物同士で殺し合ってるからしばらく放置して漁夫の利を得よう。」

「お前って本当にクレイジーな野郎だな。」

「今は褒め言葉として受け取っておくよ。お前らも今回は頑張れよ。」

「へ、何言ってやがる。あの時は油断して『ゴッ』・・・イッテ~。」

「何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。」


回収した奴らは既に蘇生済みで再教育も完了させてある。

心がこれくらい正常だと手足を数回斬り飛ばすだけで素直になってくれたので簡単だった。


「お前らも分かってるな。」


すると他のメンバーからは無言の頷きが何度も返されるので、これなら問題なく働いてくれるだろう。

そして、その後ろには銃を装備した兵隊さんが待機している。

現在のこの国で一番の問題は戦える者が全滅している事で即席でも早急に戦力を整えなければこの大陸の奪還作戦が全て他人任せになってしまう。

それはこの国を護る兵隊としては歓迎したくない結果だろう。

それを少しでも解消してもらうために彼らには集まってもらったと言う訳だ。

当然、命を懸けてもらう様な事は無く、遠くから俺達がダメージを与えた魔物に対して攻撃を行ってもらう予定だ。

しかし、状況が変わったので早速、行動を起こす事にする。


「傷を受けた魔物が見えたらその傷を狙って打ち込んでください。」

「それで本当にダメージが与えられるのか?」


魔物に近代兵器が通用しないのは既に周知の事実なのだろう。

しかし俺もまだ、魔物同士が争った時に出来た傷に攻撃をしてもらった事は無い。

ここは検証の為にも一度試してみない事には何とも言えない所だ。


「そこは一度試してみてください。」

「分かった。ダメなら当初の計画通りに進めれば良いだけだからな。」


そして兵士の1人がライフルを構えて条件に合う敵を探し始めた。


「それでは発射する。」


兵士はそう言って銃弾を発射しそれを数回にわたり繰り返した。

やはり、かなり離れているので簡単には当てられないみたいだが少しすると兵士が声を上げた。


「こ、これがお前の言っていた現象か。」


兵士は撃つのを止めて目元を手で覆うと声を漏らした。

どうやら成功したらしくこの調子なら戦える者を量産できそうだ。


「救護班は彼をテントに連れて行ってください。検証は終了したので警戒されない程度に発砲してください。」


すると次々に銃声が上がり救護班に連れて行かれる人が増えていく。

見ればちゃっかりアーロンも混ざっている様で頑張って射撃を行っているようだ。

そして、どうやら成功したようで同じく救護班と一緒に移動していったのでアメリカは優秀な戦力を手に入れたかもしれない。

そんな事が1時間ほど続き連れて来た兵士が居なくなった所で俺達も動き始める。


「それじゃあ行くぞ。」

「ま、まだかなり残ってますよ!」


すると蘇生させたメンバーの女性が怖がりながら声を掛けてくるけど、あまりゆっくりはしていられない。

長く放置し過ぎると魔物が同士討ちでレベルが上がり強化されてしまうかも知れないからだ。

そうなると対処が大変になり蘇生組では対処できなくなる可能性も出てくるので早めに戦わせてレベルを上げさせたい。


「俺達の方でサポートするから死ぬつもりで戦え。」

「りょ、了解しました。」

「おい、それは俺達も含まれてんのか?」


そう言って来たのはトマス達だが、いったい何を当然の事を言っているのやら。


「死なせたくないなら助けてやれば良いだろ。」

「まさかの脅しかよ!まあ良い、それならテメー等の面倒も見てやるよ。」


すると彼らの顔にあからさまなホッとした表情が浮かぶけど俺だとそんなに不安だとでも言うのだろうか。

そして車に乗り込むと俺達は魔物へと突撃して行くが、もちろん今回の戦闘に参加しているのは俺達だけではない。

他国から来た者達も何処で聞きつけたのか参加を表明し数は50人近くになっている。

これだけ居れば目の前で殺し合いをして疲弊している魔物は簡単に倒せるはずだ。

それでも魔物の数は千を軽く越えているので数を削るために今回は各国から手榴弾を大量に融通してもらっている。

そして、今の状況なら通常に近い効果を発揮してくれるはずだ。

俺達は射程内に入ると安全ピンを抜いて争い続けている魔物の群れに次々に投げ込んでいった。


「やっぱり怪我をしていれば効果があるみたいだな。」


元々手榴弾一発で魔物を1匹倒す事が出来るのだけど今は乱戦で体に傷を負っている個体も多い。

そこへ2分以内の制約があると言っても効果は確実に高まっているようで次々に数を減らして行っている。


そして、あらかた投げ終わると俺達は車を降りて武器を手に魔物に突撃していった。

今の攻撃で雑魚の半数は削る事に成功しており、生きている魔物も多数いるけど動けない程の重傷なので放置していても勝手に死んで消えるだろう。

俺達が相手にするのは元気に動き回る奴だけで美味い具合に疎らに向かって来る。


「お前らは雑魚を倒せ。勝てないと思ったら上手く後退するか声を出せよ。」

「敵前逃亡は重罪だぞ。」

「なら転進か誘導だ。こういう時は生きて帰った奴が一番偉いんだよ。」


俺の言葉に一度死んで見捨てられた彼らは大きく頷いて返事を返してきた。

ただ今回の目的はこの魔物たちの殲滅なので死んでも回収はされる。


そして彼らは外周の敵を削り俺は蟻たちの後方へと向かって行く。

そこには4メートル級の蟻が3匹居て甲高い声を上げて群れの指揮を執っていた。

ただ、それほど知能は高くないのか、この蟻たちの出来る事が少ないのか、突撃しかしていない。

恐らく武器と言っても口で噛み付くか爪で引き裂く事しか出来ないからだろう。

あれなら指揮を執るよりも自分達で戦った方が戦況を有利に運べると思う。

俺は奴らの更に後方へと移動するとそっと背後に忍び寄って内臓の詰まる尾の部分へと全力で剣を振り下ろした。


「ギギギー!」


すると一部の蟻の指揮が乱れてコボルトたちに勝利の天秤が傾き、このまま放置しても蟻たちの敗北は遠くないだろう。

しかし、それだと俺達が困るのであちらも背後から人間による挟撃が開始されている。

それによってコボルトたちも混乱し今度は蟻たちへと天秤が動いた。

奴らの弱点は指揮官が1匹しかいない事で、状況の変化が激しい乱戦の場合は知識や経験が必要になる。

しかし、奴にはその両方が不足しているため急激な状況変化に対応しきれていないようだ。

これによりコボルトたちは烏合の衆と変わり統制が崩れ始めた。

それにあちらは40人近い人員を配置しているのでしばらくは任せても大丈夫そうだ。


どちらかと言えば大変なのは俺の方で、こちらは一人で巨大な蟻を3匹相手にする必要がある。

蟻の面倒な所は斬っても突いても動きが鈍らない所にあり、倒すなら確実に止めまで持っていかなければならない。

そのため俺は更に振り下ろした剣を切り上げて足の付け根から胴体へと大きく斬り裂き止めを刺した。


「まずは一つ。」


すると他の2匹も動き出して俺へと向かって来る。

蟻は表情が変わらないのでそこからは何も分からないけど鳴き声は激しくなっているので怒っているのかもしれない。

俺はその内の1匹に向かって行くと蟻は口を大きく開けて噛みつきを仕掛けてくる。

急所である頭部が迫ってくる形だけど痛覚に鈍い蟻に対して捨て身で攻撃すると死ぬまでの間に俺の体が牙で挟まれて切り裂かれそうだ。

そうならない為にも俺はその牙を横から払い縮地で側面に回り込むと足へ一撃をくらわせてその場から離れた。


しかし、どうやら牙は奴の体ではかなり硬い部位の様で攻撃を受けた個所には傷しかついていない。

逆に足に関しては関節部でなかったにも関わらず2本も切り取る事が出来た。

これで1匹の機動力を大きく削ぐことが出来たのでもう1匹の相手に向かう。

それに奴らは先に倒した巨大蟻と違って万全な状態で向かって来ているため動きも早い。

もしこれが多彩な攻撃手段を持っていれば苦戦どころか勝つのも難しかっただろう。

蟻の中には蟻酸という毒物を飛ばして来る種もいるそうなので本音を言えばホッと胸を撫で下ろしているところだ。


そしてもう一匹へと向かうとそいつは飛び込んでは来ず、牙を開閉させながら威嚇を行いタイミングを見計らって小刻みに攻撃してくる。

俺はそれを躱し弾きながら牽制を続け、その時を待ち続ける。

すると俺に気を取られていたために奴は敵の接近に気付かず、その身を炎に包まれた。


「やっと来たか。」

「走るのが早いよ~。」


遅れて現れたのは精霊魔法を使えるようななったリアムだ。

戦場には連れて来ていたけど移動速度の関係で置き去りにされ、ようやく追いつけたようだ。

そして蟻を燃やしたのは火の精霊で、あの時のウルフ戦でレベルアップを果たしたリアムなら十分にダメージを与えられるようだ。


「それならそいつを抑えておいてくれ。俺はあっちに止めを刺して来る。」

「任せて。」


俺はゆっくりながらもこちらに向かって来る奴の側面に回ると一気に距離を詰めてその細い首へと剣を振り下ろした。

それだけで蟻は首を飛ばされて消え去り、俺は火の精霊が戦っている場所へと戻って行く。


「待たせたな。」

『ボボ。』


どうやら火の精霊ではこのサイズの蟻を倒すのに時間が掛かるみたいだ。

体のあちらこちらに焼けた跡が出来ているけど倒すには至っていない。

それでも足の3本は中ほどから炭化して折れているので時間さえあれば倒す事は出来そうだ。

ただ、コイツは最後の敵ではなく、大量にいる魔物の1匹でしかない。

時間が無限にある訳ではないので俺は素早く止めを刺して後の処理を開始した。


「雑魚の掃討に入るぞ。」


これで残っているのは1メートル級と2メートル級の蟻だけだ。

俺は武器をショートソードとナイフに持ち替えて近くの敵から順に倒していく。

リアムも精霊に指示を出して蟻を倒しながら足元のアイテムを回収している。


ちなみに今回の作戦で俺達の取り分は魔石とドロップアイテムの半分だ。

トマス達や蘇生組と合わせれば十数人となるけどあちらは40人程いるので分配としては大きい。

ただ、この戦場を整えたのは俺達なので当然と言えば当然だろう。


そして蟻が駆逐されれば次はコボルトの相手をしなければならない。

こちらの方が個の強さは高い様で蟻を倒し終わった後でも500近く残っている。

それにどうやら手伝ってくれていた他のメンバーは大して強くなかったみたいで怪我人や犠牲者が多く、このまま放置すると全滅してしまいそうになっている。

恐らくは人を殺して強くなっていると思われるこの魔物達を相手にするにはレベルが足りなかったみたいだ。


「全員、体調は整えたな。」

「ああ大丈夫だ。それにしてもお前のドロップ率は高いな。」


トマスの言う通り、俺は称号のおかげで回復系のドロップ率が高い。

他の皆が5匹に1つだとすれば俺は5匹倒せば3つか4つはドロップする。

そのおかげで俺達は回復アイテムが充実しているので更に戦闘が有利に進める事が出来た。


「それならコボルトと戦闘に入る。手元の魔石で強化も終えてるな。」

「俺達も大丈夫だ。」


蘇生組も魔石での強化で最初と比べればかなりマシになった。

今ならコボルトと1対1で戦っても負ける事はないだろう。

どうも彼らが弱かった理由の1つが魔石による強化をしていなかったのが原因らしい。

アメリカでは魔石は一度国が回収する形になっているらしく彼らの言う所の覚醒者は国に雇用される形を取っているそうだ。

しかも彼らは素行が良くなかったため支給されるのは弱い魔石ばかりで強化を碌にしてこれなかったらしい。

自業自得ではあるけど酷い話なので、もしかすると最初から生贄として選ばれていたのかもしれない。


そして俺達は休憩を取る暇もなくコボルトへと向かって行った。

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