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344 準決勝

今日は1試合目が準決勝なので勝てば決勝、負ければ3位決定戦となっている。

そして俺の前には予選で良い動きを見せていた拳士のクレインが立っていた。

やはりコイツの実力ならここまで勝ち進んでこれたとしても不思議ではなかったようだ。

それにここまでに戦った選手は誰もが予選では見せなかった隠し玉を持っていた。

コイツもここまで上がって来たのだからきっと何かを見せてくれるに違いない。


なので俺は相手にスタイルを合わせる為に得物と言える物は持っていない。

それは相手も同じで代わりに色とりどりの宝石を嵌めた腕輪や足環などを付けている。

どうやら、今までの試合と装備が違うのでこれがクレインの本気装備と言った所だろう。

しかし今の状態からでもコイツが何をしようとしているかは予想が着く。

まさかアイツ以外で使える者が居るとは思わなかったけど、さすが精霊の影響が強いこのオーストラリアの代表なだけはある。


「今回は最初から全力で行かせてもらうぞ。」

「終わるまで待っててやるから早く準備してくれよ。」

「やっぱり御見通しか。日本にも俺と同じ事が出来る奴が居るって聞いた事があるからな。そいつの事は良く知らないが、俺は3分だけその状態を維持して全力で戦える。それで勝てなければお前の勝ちだ。」

「3分だな。」


ここでカップラーメンの出来る時間とか、宇宙ヒーローの変身時間と同じとかは言わないでおこう。

相手も気合を入れている様だし下手なツッコミは場をシラケさせるだけだ。

ただし同じ事が出来るダイチの為に言っておけば、アイツは精霊の母であるシュリから精霊の寵愛という称号と加護を受けている。

だから持続時間は無く、周囲の精霊から力を借りて途轍もない力を発揮する。

恐らくは控え目に見てもステータスの数値は2万~3万はあるだろう。

今は土以外の精霊王が居ない状態でそれなので、本当はもっと高くなるはずだ。


そしてクレインはまず第一段階として精霊を呼び出しに掛った。


「精霊たちよ。我が声に応えて顕現せよ。」


すると地、水、火、風の精霊がクレインの周りに姿を現した。

ただし、これなら少しレベルの高い精霊使いなら誰でも出来る。

そして当然ダイチと同じ事が出来ると言う事はこの先があり、それがクレインの本気の姿となる。


「我が声に応えし精霊たちよ。汝らの力を我が身に宿し力を貸し与えよ。人霊一体『精霊武装』!」



すると手足に装着している宝石へと精霊たちが宿り、それぞれに姿を変え始めた。

右足の緑の宝石は風を足に纏わせ、左足の赤色の宝石は炎を纏わせる。

更に右腕の青色の宝石は肘から先を水で覆い、左腕の茶色い宝石も同じ様に土を纏わせた。


「その装備品が精霊を纏う為の鍵になっているみたいだな。」

「コイツはあるシャーマンの婆さんが作った魔道具になっている。精霊との親和性が強い宝石が嵌め込んであり一時的に精霊を宿す事が出来る。まあ、これがあれば誰でも出来るって訳じゃないがな。」

「そうだろうな。それよりも時間が無いんだろ。早く始めようか。」

「ああ、それなら遠慮なく行かせてもらう。」


そう言ってクレインは大きくジャンプをすると右足を振り切って風の刃を発生させた。

それだけでなくその場で反対の足を振れば炎の刃が発生しこちらへと迫って来る。

それ以外にも右手を振れば石礫が、左腕を振れば水弾が飛んでくる。

そのどれもが威力が高く、風はリングを切り裂き、炎はリングの表面を溶かしている。

石礫を避けるとシールドを貫いて壁に穴を開け、水弾は同じ様に衝突すると壁を砕いていた。


それらの攻撃が次々に襲い掛かり容赦なく俺の体を削って行く。

流石に3分と言う制限があるので、後先を考えていない猛攻と言えるだろう。

しかし4属性の攻撃を連続で放つには互いに打ち消し合う属性同士を重ねない様にする必要がある。

そのため動きは激しくブレイクダンスの様な動きをしている。

ただし法則性もあるので精密肉体操作と極限集中のスキルを使えば掠めるだけで躱す事も難しくない。

それに時間に制限があるのはクレインの方なので今の攻撃に有効性が無いと分かれば動きを変えなければ勝利は掴めない。


「これを躱すのか!」

「もっと練習をした方が良いな。属性を意識し過ぎて動きがぎこちないぞ。」

「普通はこんな僅かな隙で避けられる奴は居ねえよ!」


イヤイヤ、これくらいなら戦闘が苦手なルリコでも余裕で躱すぞ。

まあ精霊使いはステータスが後衛と同じで力の強化が少ない。

魔石で強化するのも限界があるので精霊武装で強化しても速度が飛びぬけて早い訳では無いのが欠点だ。

恐らくはそれを補うために格闘を学び、技術と肉体を鍛える事で補っているのだろう。


「そろそろお得意の接近戦に切り替える頃合いじゃないか?」

「言われなくてもそうさせてもらうさ!」


攻撃が一旦止むとクレインは一気に間合いを詰めて来た。

その時にはスキルだけでなく右足に纏っている風も利用し、それを推進力にして通常よりも早い動きを見せる。

そして最も攻撃力の高い炎を纏う左足を振り上げミドルキックを放ってきた。


「おっと!」

「なんで涼しい顔で受け止められるんだ!?」

「複数のスキルを同時使用しているからな。」


ちなみにシールド、魔拳、金剛に加えて白魔法でステータスも強化してある。

それを右腕に集中させクレインが放った渾身の一撃を止めて見せた。

ちなみにそれ以外は強化が足りずに全身へ衝撃が伝わっているのでかなり無理をしてしまった。

それでも折れた骨や火傷に関しては既に再生で回復は終えている。

しかし、相手からすれば受け止められるとは思っていなかった攻撃を防がれ内心では焦りが渦を巻いているだろう。


「今回は周りに手を貸してくれる奴は居ないぞ。」

「かつて神にまで喧嘩を売った奴は一筋縄じゃ行かないな。」


そして、そこからは激しい接近戦となり特にクレインの攻撃は会場を湧かせた。

各属性を纏った攻撃はリング上で派手な演出を披露してくれるので観客の注目を集めている。

しかも予選のバトルロイヤルで圧倒的な力を見せた俺が防御に徹しているので追い詰めているようにも見えるだろう。

それにとても納得しがたい事だけど、俺は対戦相手の女性に手を出している不埒者という印象が広がっているらしい。

そのためクレインは男性の観客から特に熱い応援を貰い、逆に俺の方はかなりの罵倒を浴びている。

しかし、それももうじき終わるだろう。

既に残り時間は10秒を切っておりクレインの顔には明らかな焦りが浮かんでいる。


「そろそろ俺も動かせてもらうか。」

「お前まさか!?」

「ああ、良い訓練になった。ここまで肉体を破壊されたのは久しぶりだ。」


今の時代になってからは普段の能力が高すぎて肉体その物の鍛錬が不足していた。

しかし、コイツとの闘いはそれを補って十分な成果をこの体にもたらし、骨と筋肉の強化と発達を促してくれている。

そして、それはステータスによって更に強化されクレインの攻撃は既に通用しなくなっていた。

それに、これだけ受けていれば見切りのスキルによって全ての攻撃が先読み出来るので直接受ける必要もない。

俺は放たれた拳の軌道を横から手を添えるよに逸らして懐に入ると、その腹に拳を叩きつけた。


「グ!」

「手加減はしてやったぞ。」


ここで気を使えば勝負はついていただろう。

しかしクレインには最後の必殺技と言うか切り札がある様な気がする。


「もうお前の手は品切れか?」

「こうなったら使いたくなかったが最後の手札を切らせてもらう。」


そう言って後ろに下がるとクレインは最後の力を振り絞って精霊を活性化させた。

そして、そのまま頭上のシールドギリギリまで飛び上るとこちらに向かい特攻してくる。

その瞬間に4つの属性が前面に展開され渦を巻いており、どうやら属性を一つに纏めた攻撃を放ってくるようだ

見れば確かに各属性が打ち消されない様な並びにはなっていてかなりの威力になっている。

恐らくは属性同士で相乗効果もあるので今までの10倍は威力が高いだろう。

しかし、この技はまだ未完成の様でクレイン自身を傷つけ完全には纏まっていない。

恐らくは四大元素を元にした精霊では属性的に相性が良くないからだろう。

もしここで五行思想を取り入れ火、土、金、水、木の5つの精霊を使えばそれぞれが更に力を高め合い安定した流れが出来たはずだ。

まあ、コイツには肉体強化の訓練に付き合って貰ったので少しくらいはサービスしてやろう。


「お前等。少し力を貸せ。」

「・・・。」


俺が声を掛けたのは周囲に飛び回る下位精霊たちだ。

この土地は精霊が多く、この場にも多くの精霊が飛び回っている。

ただしこのままではクレインの技に対抗できないので再構築の力を流し込んで加護を与えた。


「「「「「・・・!?」」」」」


そして5人の精霊に加護を与えると予想を上回って強い精霊へと進化してしまった。

普通は一つの属性しか持たない筈が一人で幾つもの属性を宿し、まるで以前に見た火の大精霊の様になっている。

どうやら再構築の力は精霊と凄く相性が良いみたいだ。

そして人の姿になった彼女達は俺の前に跪き頭を垂れてくる。


「「「「「我らが主。何なりとご命令を。」」」」」

「あ、ああ。それなら俺と一緒にアイツと同じ技を放ってくれるか?威力は最小限で頼む。」

「「「「「喜んで!」」」」」」


そして俺達も揃って向かって来るクレインへと技を放った。

その力はあまりにも圧倒的すぎて衝突と同時に拮抗すら許さずに相手を消し去てしまった。

流石にこれはちょっとやり過ぎたかなと思ったけどきっと大丈夫なはずだ。

大会に出場している者は肉体の一部を預けているのでそこから蘇生できるだろう。

今回は破壊の力は込めていないので魂もちゃんと無事なままだ。


「主。」

「どうした?」

「オリジンであるシュリより呼び出しが掛かっております。」

「・・・後で行くと伝えてくれ。」

「それでしたら既に来ているそうです。皆様と一緒にあちらで待っています。」


なんだか精霊たちのシュリに対する扱いが雑になってる気がする。

逆にアズサ達には丁寧な言葉を選んでいるのでもしかすると主が変わった影響かもしれない。

そうなると精霊はシュリから産まれているのでアイツの力を削いでしまた事になり、それで怒ってここまで押しかけて来たのだろう。


俺は小さな溜息を零すと勝者の宣言を受けてアズサ達の所へと戻って行った。

そして部屋に入ると今日も昨日と同じ様に正座させられている俺が居る。

ちなみに精霊たちはこれまた昨日と一緒で他の皆と歓談中だ。

今後の彼女達には姿を消せる能力を生かして皆の護衛を務めて貰う事にしている。

ただし、その前に肝心の問題を解決する必要がある。


「それで今回のこれはどういう事ですか?」

「それがちょっと手伝ってもらう予定が、加護を与えたらあんなに成っただけだ。それに元が下位精霊だったから5人くらいなら良いだろ。」

「それとこれとは話が違います。彼女達は私の娘みたいなものです。それを他所に出す親の気持ちが・・・。」

「分かるけど。」


400年前には10人を超える我が子を送り出しているから当然のことだ。

それはシュリも知っているので途中で言葉を止めたのだろう。


「それとも加護が欲しいなら言ってくれればやっても良いぞ。今回は不可抗力とは言ってもお前の力を削いでるしな。それにあらゆる精霊を生み出すお前の特性とも相性は良いかもしれない。」


まあ下位精霊5人分なので大した加護は与えないつもりだ。

それでも失った力の補填としては十分だろう。

それに破壊の加護と違ってこっちは安全に与える事が出来る。


「う~・・・。そう言うなら仕方ありません。」

「ダイチも良いな?」

「俺はそれでシュリの安全が高まるなら問題無い。」


ここでダイチに確認を取るのも、コイツ等は兄弟であり恋人同士でもあるからだ。

俺としてはそこに何かを言う事は無いけど、自分の大事な人の中に他人の力が入り込むのは嫌悪の対象になるかもしれない。

しかしダイチはそちらよりも今までの事からシュリの安全を優先しているようだ。


「それじゃあ指を出せ。」

「何で指何ですか?」

「手を繋ぎたいのか?」

「嫌です!」


そうハッキリ言わなくても良いのだけど、それでもシュリはちょっと嫌そうに指先を立ててこちらに向けて来る。

それに俺も指先を向けて当てると接する所に魔法で光りを生み出した。


「E・T。」

「ブフ~!」


するとその一発芸にシュリは噴出して手を引っ込めた。

しかし既に加護は与え終えているのでツボに入って笑い転げていようと問題無い。

これで対価は払ったので問題は無くなったと言っても良いだろう。


俺は笑いに苦しんでいるシュリを放置いてお茶を楽しんでいるアズサ達の所へと向かって行った。


「仲良くなれそうか?」

「大丈夫だよ。それに今後はこの5人にそれぞれ1人を担当してもらう事になったから。」


聞くとルリコ、ワラビ、ミキ、カナデ、アンにそれぞれ付いてくれるそうなので、これなら5人の安全も大きく高まるだろう。

それにルリコとワラビは能力面から、ミキとカナデは金持ちの娘として狙われる心配がある。

アンは俺と一緒に戦いたいと言っていたので少しは足しになるあろう。


「アン、それじゃあ今日もやっとくか。」

「うん。」


そして、いまだに壁を超えていないアンとミキとカナデには最近になって少しずつ俺の加護を与えて進化を促している。

アズサ達もこうやってレベルの壁を超えたらしく、早ければ数年で進化できると言っていた。


「無理はするなよ。」

「大丈夫。・・・多分。」

「こういう時のアンの大丈夫は信用無いからな。最初は限界まで加護を受けて吐血しながら倒れた時は焦ったぞ。」

「うぅ・・・。」


あの時は本当に焦って皆で回復魔法を掛けまくった。

そのおかげで一命は取り留めたけど、しばらくは激しく動くと鼻血を出したり倒れたりしたので本当に心配した。

だから今はその時の10分の1程度ずつ加護を与えて慎重にしている。

焦る気持ちも分からないではないけど、結果として遠回りになってしまっては意味が無い。


「良し、今日はこれぐらいな。」

「ありがとうハルヤ。」


俺はアンの頭を撫でてやってから次に待っているミキとカナデの許へと向かって行った。

そして、そちらでも加護を与えるともう1つの準決勝へと視線を向ける。

するとそこにはアーロンが既にリングに立っていて相手選手を待っていた。

しかし、いつまで経っても相手が現れず、しばらく見ていると別のスタッフがリングへと上がって来た。

そして耳打ちするとマイクを受け取ったので何かを伝えるようだ。


「え~残念な事にアーロン選手の対戦相手は急性盲腸炎で病院へと緊急搬送されたそうです。」

「は?」


すると会場は静まり返りアーロンの疑問の声だけが虚しく響き渡った。

しかし、すぐにアーロンは審判の男性へと詰め寄って行くと声を荒げる。


「おい!そんなの魔法でどうにでもなるだろう!」

「いえ、これは相手のたっての希望でして。」

「もしかして・・・さっきの試合を見て怖気付きやがったな!」

「いえ、急性盲腸炎です。」

「オイオイ!これじゃあ俺も逃げられねえだろうが・・・。あ!イタタタタ!」


するとアーロンは急に腹を抱えて苦しみ出した。

どうやら自分も同じ様に仮病でこの場をやり過ごそうとしているようだ。

しかし、この状況で決勝戦まで不戦勝では場がシラケ切ってしまう。

そうなれば下手をすると次の大会開催も危ぶまれるだろう。

そして、それを許さない者達は即座に行動に移った。


「イタタタ・・た?」

「どうですか?回復魔法は効くでしょう。」

「テメ~!」

「怒っても無駄ですよ。既にあちらの方まで参加して回復を行っているのですから。」


するとアーロンは審判の視線を追って1つのボックス席へと顔を向ける。

そこには世界的にも知名度があり、現在では最高の治療魔法を使えると称されている教皇が手を翳していた。

彼に掛ればどんな病でも治療が可能だと言われ、世界中から厚い信頼を寄せられている。

それによって既に病気という逃げ場は完全に塞がれてしまいアーロンは表情を引き攣らせる。

そして、ここで審判の男性はアーロンの逃げ道を完全に塞ぐために会場中へと宣言を行った


「それではスケジュールを変更しこれより決勝戦を執り行います!」

「・・・うおーーー!」


そして決勝戦と聞き観客たちも次第に息を吹き返すとテンションを上げ始めた。

しかし、それとは逆にアーロンの顔は次第に青くなり、今には貧血で倒れてしまいそうだ。

それを周りが回復魔法を掛けて直しているので矢面に立たされている側としては堪った物では無いだろう。

そして、その一部始終を見ていた俺は仕方なく急いでリングに向かう事にした。


「なんか、予定が変更になったみたいだからちょっと行って来るな。」

「うん。皆で応援してるね。」


そして窓を開けて外に飛び出すと一直線にリングの中央へと向かって行った。

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