343 エリスとアイラ
光りの道を進み終えると何処かの部屋に置かれた石の台座の上で意識を取り戻した。
周囲は石の壁に囲まれその1つに木の扉が取り付けられている。
それに予想していた通り肉体は無く、魂だけとなっているようだ。
そして、この状態では自由に移動が出来ないのは既に経験から知っているので、まずはこれを解消しないと何も出来ない。
「そういえば地獄に行く時はいつも人の姿だったな。」
今迄は気にもしていなかったけど魂だけの状態がこの姿で固定されているという訳ではなさそうだ。
それにステータスを表示させると今の俺は半神となっているので姿くらいは変えられるだろう。
俺は人化のスキルを使い自分の姿をイメージする。
すると形が変わりいつもの姿に戻る事が出来た。
これならここから出ても怪しまれる事がないはずだ。
しかしタイミングが良いのか悪いのか、誰かが扉が開きそこから1人の女性が入って来た。
そして互いに正面から向かい合うと時間が止まったかの様に見詰め合う形で停止する。
「あの・・・こんにちは。」
「・・・きゃ~~~!ヘンタ~~~イ!」
そして和ませようと声を掛けて挨拶をしたのに女性は悲鳴と共に駆け出し何処かへと行ってしまった。
それと時を同じくする様に周囲に警報が鳴り響くと複数の足音が聞こえ始め、その内の1つが部屋に飛び込んで来る。
「お父さんの魂に手を出さないで!」
「あ、楓久しぶり。」
「お父さん!」
飛び込んで来たのは俺とミズメの間に産まれた娘のカエデだ。
赤い袴と白い衣を纏い手には薙刀を持っていて勇ましいけど普段は食いしん坊で穏やかな性格をしている。
現代では会った事は無いけど、こちら側で元気にしている事はアズサから聞いて知っていた。
「ちょっと用事が出来てルリの力でここに来たんだ。」
「もしかして未来で何かあったの!?」
「・・・まあ、そんな所だな。」
カエデは俺にとっては最初の子供とも言える存在で長い間一緒に居て皆の能力についても良く知っている。
ただ流石にあの時よりも更に婚約者の人数が増えたのは言わない方が良いだろう。
「その様子だとお母さん達とは別の女性関係なんだね。」
「何故分かった!」
「皆が心配してたからだよ。まあ、お父さんは天然の誑しだから仕方ないよね。」
なんだか周りの俺に対する認識が想像と違うのはツッコミを入れるべき所なのだろうか。
しかし今はそんな事を言っている時間は無いので次の行動に移そう。
「それで俺はここから出られるのか?」
「管理はアマテラス様だから確認してみるね。周りにも説明しないといけないからまずは服くらいは着た方が良いと思うよ。」
そう言って視線を下げるとカナデは少しだけ頬を染めた。
そんなに見られると俺も恥ずかしいのでその場で急いで服を取り出し、体のサイズを調整して袖を通して行く。
「せめて台から降りて服を着てよ!」
「ああ、そうだったな。」
考えてみればこんな場所で服を着るのは周りからは逆ストリップみたいに見えるかもしれない。
せっかく台があるのだからその裏に隠れて着替えれば良かったんだ。
「もう!お父さんはいつまで経っても変わらないんだから。」
「はいはい。ごめんごめん。」
「はいとごめんは1回で良いんだよ。」
これではどちらが親なのか分からないやり取りだな。
それにカナデは厳島の旅館で二代目女将もしていたので俺よりもしっかりしている。
これも全ては親の教育が良かったからだろう。
そしてカナデは俺が服を着ている間に周りへと声を掛け、アマテラスにも連絡を入れて外出の許可を取ってくれた。
「これでここから出ても大丈夫だよ。でもアマテラス様のあんなに呆れた声は初めて聞いた。お父さんって神様からどんなふうに見られてるの?娘として少し・・・かなり恥ずかしいよ。」
「良いんだよ。アイツに呆れられても何のマイナスにもならないからな。」
「そんな事を言うのはお父さんだけだと思うよ。」
「そんな事よりも俺は急いでるからちょっと行って来るな。」
「うん。頑張って来てね。」
そして、カナデに見送られながら転移でその場から移動し現世へと向かって行った。
しかし、ここで1つの問題が発生してしまい足踏みを余儀なくされてしまう。
今の俺は魂だけの存在なので実体がなく現世では幽霊みたいな存在となっている。
そのため周りの人に声を掛けても恐怖に染まった顔で逃げられ、今はスマホも無いので連絡も出来ない。
そして用があるのは異界大使館に居るクオナだけど、こんな俺を門番が快く通してくれるはずはない。
その証拠に俺が直接話しかけると武器を手にして警戒を露わにしている。
「そこのアストラル体!意思があるなら即座に停止しろ!そうでなければ攻撃する!」
「待て待て。俺はクオナに用があって来ただけだ。取次ぎを頼みたい。」
「現在のクオナ様はお忙しい!貴様の様な化物を会わせる訳にはいかん!」
そう言って門番たちは俺の持っているSソードと同系統の武器をこちらへと向けて来た。
アレに斬られた事は無いけど今の状態だと致命傷を受けかねない。
しかし、俺が今の時代に頼れる相手で最適なのはクオナしか居ないのも事実だ。
ここで引き下がる訳にはいかないので本気で相手をしてやる事にした。
「死んだら数年後に生き返らせてもらえ。」
「その言葉を敵対行動と認識する!」
そして警報が鳴り響くと同時に門番の1人が攻撃を仕掛けて来た。
俺はそれを躱し武器を持っている相手の手を払い除けて掌底を叩きつける。
さすがに殺してしまうと後が面倒そうだから手加減だけはしておいた・・・つもりだった。
『グシャ!』
「あ・・・。」
しかし、かなり手加減したはずなのに払い除けた手が血煙を上げて消し飛んでしまった。
もしこれで掌底を当てようものなら魂と肉体の双方を破壊してしまうかもしれない。
俺は寸前で手を止めると消し飛んだ腕を再構築で形を整え、神聖魔法と合わせて繋ぎ直した。
「ギャーーー・・・あれ?」
「ふう、何とか間に合ったか。」
それでも腕を失った痛みで門番は悲鳴を上げてその場に膝を着いた。
しかし、すぐに痛みも消え去り腕も元通りになっているので疑問で首を傾げている。
「お前等じゃ俺に勝てないからもっと強い奴かクオナを呼んで来い。」
すると門に集まっていた男たちは俺を取り囲むようにして包囲を始めた。
しかし攻撃をして来る気配はなく武器を構えて警戒をしているだけだ。
どうやら今は俺が下手に動かなければあちらからも攻撃はしてこないらしい。
それにしてもSソード系の武器が使えると言う事は全員が異世界人で間違いないと思うけど強さもかなりピンキリのようだ。
てっきりもっと強いのかと思っていたけど、この程度だと殲滅も難しくないだろう。
そういえばクオナは邪神と戦うために選りすぐられた部隊の隊長だと以前に話していたので、それで他の奴等とは明らかに実力が違うのかもしれない。
そして、ようやく俺が待っていた相手が門を潜ってこの場に現れた。
「誰かと思えばハルヤだったのですね。てっきり何処かの破壊神が攻めて来たのかと思いましたよ。」
「悪かったな。なんだか上手く力加減が出来ないんだ。」
普段ならもう少し上手く出来ていたはずなのに今はまるで呼吸する様に力が使えてしまう。
さっきも一瞬で吹き飛んだ腕を再構築したけど普段の俺ならそこまでの事は出来なかっただろう。
もしかすると普段は肉体が障害となって力が抑制されているのかもしれない。
「それについては後で説明しましょう。それよりも何の用ですか?アマテラスからあと数年は眠らせておくと聞いていましたが。」
「実はちょっと困ってるんだ。」
俺はそう言って未来で起きている出来事を話して聞かせた。
しかし、話を聞き終わり返って来た答えは良いとは言い難い内容だった。
「私達の技術でも天然の母体に干渉するのは危険です。我々の様に科学で生み出された肉体なら別ですが。」
「それなら大国主にでも頼んでみるか。」
「いえ、恐らくですが今のアナタになら可能でしょう。先程の様に能力を使い赤ん坊を双子にすれば良いのです。もし無事に生まれれば片方をコールドスリープでアナタの居る時代まで眠らせておけば良いのですから。」
「分かった。ちょっと試してみる。」
そして言われてみれば今なら簡単に出来てしまう気がする。
失敗するかもとか確立がどうとかの心配が全く湧いて来ない。
俺はクオナに軽く声を掛けるとフルメルトの王宮へと転移して行った。
そしてその場で待機しているクオナ達は・・・。
「クオナ様。あの者は何者ですか?破壊と再構築など両極端の性質を使いこなす存在など聞いた事がありません。通常は力が衝突して能力が発揮されないか、本人を巻き込んで消滅するはずです。」
「そうですね。私も良くは分かりませんが変な育ち方でもしているのでしょう。あの調子なら、もうじき私達の仲間入りをするのも近そうです。」
「あんな存在がもし邪神にでもなったら危険ではないですか?今の内に手を打った方が・・・。」
「恐らくこちらから手を出せばあの子の進化を阻害してしまいます。少し先の未来で無事に育っているのですから今の所は手出しは無用です。それにあの子にはこれから重要な仕事を任せなければなりません。ハルアキと同様にあそこに紛れる事が出来るのは彼くらいでしょう。」
「そうですね。あれだけの殺気と威圧を常に振り撒き、平常な思考を保っているのですから彼ほどの適任者は居ないでしょう。彼を前にして何ですが邪神と全く見分けがつきませんでした。」
「数年後に生まれて来るので何をしたらあんな存在になるのか見るのが楽しみですね。」
そう言ってクオナは珍しく笑みを浮かべて笑うと頭の中で計画を詰め始めた。
しかしそこには更なる再会が待っている事をハルヤはまだ知らない。
俺はフルメルトに到着すると王宮の中を進んでおり、既に王妃が居る場所も分かっているのでそこへ向かっている途中だ。
途中に兵士や女中と思われる者と何度か擦違ったけど、全員が石の床に横になって眠ってしまっている。
確かに今日はとても心地の良い風と日差しが降り注いでいるので昼寝にはもってこいだろう。
以前と違ってこういう事が許されるような国になったという事はとても平和な時代が続いているに違いない。
そして目的の場所に到着するとそこは以前にも訪れた事のある所だった。
ここの奥には神によって祝福されどんな時にも枯れない泉があり、以前は酷い腐臭と悪臭で満ちていて魔物化した国王が死体を貪っていた。
しかし今は澄み切った心地よい気配に包まれ全くの別物になっている。
そして通路を進んで奥に到着するとそこには国王が剣を抜き、後ろに王妃と少年を庇って立っていた。
恐らくは少年の方はデトルだろうけど、腰に差した短剣に手をやりいつでも抜ける様にしている。
大会の時にも思ったけど、デトルは邪神の影響がなければ良いお兄ちゃんであるようだ。
そして俺が近寄ると国王は良く響く声で話し掛けて来た。
「貴様は何者だ!」
「俺は通りすがりの・・・何かだ。今日は王妃に用があって来た。」
「おのれ!愛する妻に手は出させんぞ!」
すると国王はエリスと同じ動きで接近すると剣を振って攻撃して来た。
俺はそれを軽く躱して通り過ぎると王妃へと向かって行く。
しかし次には後ろに回り込んでいたデトルが腰のナイフを抜くと素早い動きで首元を切り裂いて来る。
「良い動きだ。」
「母様と妹は俺が護る!」
「なら、その為の力をくれてやろう。」
俺はデトルに対して加護を与えると同時に回復を行い限界を超えて力を注ぎこんでやる。
それでデトルは意識を失い倒れてしまったけど、これで魔物の群れが攻めて来たとしても1人で殲滅は可能だろう。
そして王妃の前に立つとゆっくりと慎重に手を伸ばし指先だけで軽く触れる。
「お願い助けて!」
「俺もそのつもりで来ている。今から言う事を良く聞いてくれ。」
「え?」
そして話を始めると攻撃の隙を窺っていた国王も構えを解いて聞き耳を立て始めた。
そのおかげで今後の対応を説明し無事に了解を取る事に成功した。
それにクオナが言った様に再構築を使うと無事に胎児が2人へと変わってくれた。
ただ、1つを2つに分けた影響からかサイズが小さくなってしまいこのまま無事に成長するか不安なところだ。
なので王妃には最大まで強化した上級ポーション・改を飲ませ胎児の方には神聖魔法を掛けて元の大きさまで成長させておいた。
「これで大丈夫だろう。」
「もし、それを私達が拒んだらどうするつもりだったの?」
「実力に訴えるだけだ。それと異界大使館には既に話を通してある。後はそっちと話をしてくれ。」
「分かったわ。もう1人の子を幸せにしてあげてね。」
「もちろんだ。」
そして日本に帰るとクオナに成功を報告し、今後の経過観察をお願いしておいた。
その後、俺は元の部屋に戻り台の上に乗ると姿を変えて眠る様に意識を薄れさせていった。
すると再び闇の中に光の道が浮かび上がり俺はそれを辿って次の目的地へと向かって行く。
そして到着した先で意識を取り戻したのは昨日の夕方ごろだった。
周りに居るのは俺だけでアズサ達の姿はなく、この時間は皆でお風呂へと向かっていたはずだ
俺はすぐにスマホを取り出すとクオナへと連絡を入れた。
「フルメルトの件だ。」
「分かったわ。すぐに上がって来なさい。」
「ああ。」
そして短い連絡を終わらせると俺は宇宙ステーションへと移動しクオナの許を訪れた。
するうと「こっちに来なさい。」と言われて付いて行くと、1つのカプセルが置いてある部屋に到着した。
しかしその中を覗き込むと俺が知っているエリスよりも少し幼い顔立ちの少女が眠っている。
「コールドスリープじゃなかったのか?」
「赤ん坊の状態から急成長させるのは大変でしょ。本人にとっても良いとは言えないからこちらで眠らせながら成長させておきました。」
「確かに食事とか大変だからな。」
アズサに関しては最初から強靭な胃袋を標準装備していたので大丈夫だったけど、アケミとユウナの時にはかなり気を使って成長させたのでこの心遣いは有難い。
そしてクオナがカプセルを操作して状態を解除すると中に満たされていた液体が排出され蓋が開いていく。
今は水着の様な服を着せられているけど意外と着やせするタイプの様だ。
これはアケミが見たらまた機嫌が悪くなりそうだな。
俺はそんな事を思いながらエリスを鑑定、診察して異常が無い事を確認する。
「問題は無さそうだ。」
「後はこの子の魂が来るのを待つだけね。」
「そうだな。」
ただ、来たかどうかはすぐに分かるので問題ない。
今のエリスはレベルが1だけど、未来から魂が届けばレベルが30位まで上がるはずだ。
そして、しばらく待ち続けて夜が訪れる頃になるとエリスのレベルに変化が生まれた。
「来たか。」
「ええ、私にも分かりました。これで今回の仕事は終わりですね。」
「ああ、感謝する。」
実のところを言うと今回のこれは一種の賭けでもあった。
もし肉体を準備していてもアイラの方に行く可能性もあり絶対では無かったからだ。
しかし俺のスキルにあるラッキー男とエリスが持っている生きたいという思いに運が味方してくれた。
これで今回は何とか成功し後は地上に戻れば終了するはずだ。
「そういえば今回の仕事の報酬ですが、こちらの要望を聞いてもらおうと思います。なにせ17年分の料金ですからどんな事を言っても良いですよね。」
「・・・・・・はい。」
確かに今回の事は俺の勝手な思いから生まれた事なので頷く以外に道はない。
それにクオナもさっき仕事が終わったと言っていたので何らかの形で支払う必要がある。
コールドスリープの相場なんて分からないので可能な限り協力して料金分を返すしかないだろう。
「でもその話はまた明日以降に頼む。エリスは皆の所に届けておいてくれ。」
「分かりました。こちらで精密検査をしてからアズサに引き渡します。」
「分かった。」
するとそろそろ時間のようで俺の視界が暗くなり始めた。
俺は地上のホテルに戻るとそのまま闇に流される様に元の時間軸へと戻されて行く。
そして目を開けるとそこは会場のVIP室で皆は仲良くお茶を飲んでいた。
そこにはエリスの姿もあり、ルリコはソファーで横になっている。
しかし、以前と比べて違いを上げるとすれば俺の腕と足が無くなり血を噴出している事だろう。
ただし、こちらはすぐに血が止まり手足が新しく生えて来ているので問題はない。
後は血を消しておけば後で来た清掃作業員の人を驚かせないで済む。
俺は足が生えた所で立ち上がるとルリコを見て無事な事を確認するとエリスの許まで歩いて行き声を掛けた。
「無事に来られて良かったな。」
「はい。色々と苦労を掛けてしまったみたいですね。クオナさんから色々と聞きました。」
「家族の方は大丈夫か?」
「そちらも暖かく迎え入れてくれました。それとこれは婚約の代わりです。」
そう言って立ち上がるとエリスは素早く唇を合わせてキスをして来た。
それを見て周りは少し困った様な顔になり、次第に苦笑へと変わって行く。
どうやら、エリスは皆からも受け入れられている様でいつもの様に棘のある威圧は飛んで来ない。
しかし、エリスは顔を赤くしながら別の問題を口にした。
「そういえば試合でアイラ姉さんとキスをしたので部屋に閉じ籠って出て来ないそうですよ。」
「は?」
「だから試合中のハプニングでアイラとキスしましたよね。覚えてませんか?」
・・・そういえば、あの試合の時に弁才天に謀られてエリスとキスをした。
しかし、エリスは昨日まで眠っていたので大会に出場できるはずはない。
そうなると試合に出場していたのはアイラの方で、キスをしたのも自然な流れでアイラという事になる。
「アイラはお嫁に行けないって言ってますよ。」
「アイツは王女になるからお嫁に行かなくても良いだろ。」
「そういう事ではないです。ちゃんと責任を取らないとダメですよ。」
「まあ、それについては弁才天が悪いと言う事でなんとか言っておいてくれ。」
「もう~分かりました。でも覚悟はしておいてくださいね。」
何の覚悟かは知らないけど俺は常に覚悟は完了している。
そして、そのまましばらく談笑をしてから互いの泊っているホテルへと戻る事になった




