342 3試合目
俺は3回戦に出場するために舞台へと向かっている。
そして到着すると、そこには対戦相手であるフルメルト代表のアイラが待ち構えていた。
それにその横では先程の審判とは別の者が立っており柔和な笑みを浮かべている。
ちなみに俺の時の審判に関しては運営側から連絡があり、不正が発覚したので報告と同時に謝罪があった。
謝罪と言っても一緒に来ていたゲンさんが軽い感じに「スマン、スマン。」と満面の笑みで言われただけなので微妙なところだ。
俺も別に怒っている訳では無く、懲らしめるべき者に関しては既に罰を与え終えている。
なので謝罪があっただけでも十分だと思っているので何かを要求したりはしていない。
それにあの程度で怒っていてはいつかこの世界を破壊する事になりそうだ。
そして舞台に上がり中央まで進むとアイラの前で足を止めた。
「こうして闘うのは初めてだな。」
「はい。今日は私の全てを出しきろうと思います。」
「それは楽しみだ。」
なにせ以前も今も戦っているのを見た事はあっても剣を交わした事は一度もない。
それにアイラは俺の知っているエリスだった頃よりも格段に強くなっている。
きっと幼い時からしっかりと大事にされ、色々な事を身に着けて来たのだろう。
それにしても予選の時に少しだけ助けたからか人当たりが軽くなった気がする。
さっきから朗らかに笑みを浮かべているし何処となく嬉しそうにも見える。
「あの・・・。」
「なんだ?」
「もしアナタに認められるくらいに強くなっていたら我儘を聞いてくれますか?」
「そうだな。聞ける範囲でなら良いぞ。」
「はい!」
もしこれが誰とも知らない他人ならこんな事は了承しなかっただろう。
しかし以前ではあるけど俺はエリスに我儘を言うべきだと言った事がある。
今はアイラとなり同一人物とは言えない状況だけど、魂は同一なのでこれくらいはサービスしても良いだろう。
そして互いに距離を空けると互いに得物を構え視線を交わし合った。
「それでは3回戦を開始します。・・・始め!」
そして審判の開始の声と同時にアイラは瞬動と縮地を合わせた独特の歩法で間合いを詰めて来た。
その動きはとても軽やかで足音どころか空気すら揺れていないように感じる。
もしこれが暗殺に使われれば殺された者は何が起きたのか分からないままに頭が地面を転がっているだろう。
「面白い動きだな。」
「我が家に伝わる秘伝ですから。」
そう言ってアイラはニコリと笑っているけど、その攻撃は蝶が舞う様に美しい。
観客に至ってはその動きに見入ってしまい歓声すら消え失せている程で息遣いさえ聞こえてきそうだ。
ちなみに俺達の戦いは周りが認識できるように観客側の意識が加速されている。
そちらの技術に関しては異世界側の技術なので一般には出回ってないけど、そうしなければ視界に捉えても見えないのでつまらないからだろう。
そして俺はアイラの攻撃を紙一重で躱しながら次第にリングの外へと追い込まれて行った。
ただし、これは余裕を見せているのではなく本当に追い込まれているだけだ。
ボルストの時と違い確かな戦闘技術があり、しかも魔物相手と言うよりも人を相手に想定された動きをして来る。
何とか躱していても完全には躱しきれない攻撃もあり、軽傷だけど服や体に傷が出来ている。
もしここで毒耐性がなければナイフに塗られている麻痺毒でとっくに勝負が着いていただろう。
「私は強くなれましたか?」
「ああ、強くなったな。」
「今度こそ後ろではなくアナタの横に並びたくて頑張って来ましたから。」
「そうか。でもこれだとまだまだダメだなエリス。」
俺は名前を口にしたと同時に指輪を1つだけ外し攻撃を受け止め一気に弾き返した。
しかし、エリスの顔から笑みが消える事は無く、ステップとジャンプで勢いを殺すとリングの中央で構えを取り直した。
「私もそろそろ全力を出します。サラスヴァティー様!私に御力をお貸しください!」
するとエリスの体に弁才天の気が宿りステータスが10倍まで上昇した。
どうやら生まれる前から神に選ばれた彼女は弁才天との相性が良いらしい。
あれだけの強化を受けていながら体への負担は見られず、見た目と相まって輝きすら放っている様に見える。
ただ、背後でアイツが自信満々に笑っている様に見えるのは俺の気のせいだろうか。
しかし、これで俺が少しステータスが高いだけで能力的には同じになっている。
なのでここからが本当の試合開始と言ったところだ。
「行きます!私の全てを受け止めてください!」
「言う様になったな。まるで告白みたいだ。」
すると軽やかなステップが僅かにブレて躓きそうになってしまった。
しかし、その勢いは衰えず縮地と同等で一瞬で間合いへと飛び込んでくる。
そして意表を突かれた俺も躱す事が出来ず、そのまま互いの頭で衝撃を受ける事となった。
「「・・・。」」
しかし、その直後に互いの口同士が絶妙なタイミングで触れ合うと完全に停止してしまう。
周りの観客は加速された時間の中でその光景をしっかりと目撃し、先程とは違う意味で静けさに包まれてしまった。
しかし一部と言うか、アズサ達が居る所からは凄い刺々しい気配が放たれ、俺の背中に突き刺さって来る。
これは後でちゃんと説明しておかないと本気で命が危ないかもしれない・・・。
それよりもどうしてこんな状況になっているのか究明しなければならない。
俺は素早く顔を離すと自分とエリスのステータスを確認する。
するとそこには互いにラッキースケベの称号が異様な存在感を放っていた。
俺のラッキー男は弁才天から貰った物で以前はラッキースケベだったので、これはあの女の仕業で間違いないだろう。
そしてエリスの方はさっきの加護の時にでも付けられたのだろうけど、これは知っていてもどうにもならない恐ろしい呪いだ。
ステータスの数値だけに気を取られて見落としていたけど、あの時に見た幻影は間違いでは無かったと言う事だ。
これは帰ったら皆で本気のお仕置きをする必要がありそうだ。
「あ・・あの。」
エリスは呆然としながら唇に手を当ててこちらを見上げて来る。
しかし思い出したかのように顔を真っ赤に染めるとそのまま脱兎の勢いで駆け出し場外にある出入り口の奥へと消えて行った。
これで場外判定で俺の勝ちだけど、これを勝ったと言っても良いのだろうか。
審判ですら呆気に取られて棒立ちだし、観客の一部からは罵倒と同時に色々な物が投げられている。
何故かシールドも解除されて俺の所まで届いて来る物もあるので、後で掃除が大変そうだ。
「これは試合をする前の掃除が大変そうだな。」
「凄い人ごとですね。」
「他人事だろ。それよりも宣言はまだか?」
「・・・勝者。スケベ男代表ユウキ ハルヤ。」
「「「ブ~!ブ~!」」」
すると会場の至る所からブーイングの嵐が巻き起こった。
だけどこんな結果は予想もしていなかったし、真犯人は別に居ると言うのに酷い扱いだ。
そして投げられてくるゴミを紙吹雪の代わりにすると会場から堂々と歩き去って行った。
しかし俺の強がりもここで終了し一目散でアズサ達の待つ部屋の前まで駆け出して行く。
転移を使えば一瞬だけど俺にだって怖いモノがあり、それに耐える為には覚悟も必要だ。
そして部屋に通じる扉の前で足を止めると大きく息を吸いこんで深呼吸を・・・。
『ギギ~~~・・・。』
しかし時は誰にでも平等に与えられるはずなのに俺には深呼吸の暇すら与えられなかった。
到着と同時に扉が音を立てて開き、中からは笑顔で金棒を担いだアズサさんが現れた。
「お帰りハルヤ。全部見てたよ。」
「さ、さようでございますか・・・。」
「中でみんな待ってるからゆっくりとオ・ハ・ナ・シしようね。」
「・・・はい。」
これは弁明すら出来そうにない。
俺は覚悟を決めて中に入るとそこには確かに今回の関係者が全員揃い、1人は椅子に座り、1人は床に正座させられていた。
「弁才天・・・お前もとうとうこの時が来たか。」
「私は悪くないわよ!全てはハルヤ本人の油断が・・・『ドゴ!』」
しかし、お怒りのアズサに口応えしようとした弁才天は言葉の途中で金棒の餌食となり床へと沈んでしまった。
きっと俺がこうなるのをどこからか覗き見して楽しむつもりだったのだろうけど、今回の真犯人は既に分かっている。
この状況で逃げられるはずもなく、俺の方は完全に被害者と言える。
「うう~~・・・信じられないくらい痛い。こんなの何度も受けたらマジで死んじゃうかも。」
「弁才天・・・様。」
すると頭を押さえて蹲っている弁才天へとアズサが声を掛けた。
様が付くのに時間が掛かったのは今は敬う気が全く無いからだろう。
しかし弁才天は痛みで周りに意識を向ける余裕が無いのかアズサに返事を返す様子はない。
そんな彼女の顔を掠める様にして金棒が通り過ぎると床へとめり込んだ。
しかもその1撃は部屋を大きく揺らし、この会場全体へと地震にも似た縦揺れを起こさせている。
だが今ので床が抜けないと言う事は既に部屋だけではなくこの建物そのものがアズサの力で強化されているのだろう。
そうでなければ今の1撃で床が抜けるだけではなく、周囲に広がった衝撃だけでこの会場は倒壊していたに違いない。
そして、さっきまでの痛みを忘れたのか弁才天は大量の汗を浮かべながら顔を上げると、ようやくアズサの顔を真直ぐに見上げた。
「次は本気で頭を砕きますよ。分かったなら返事をしてください。」
「・・・はい。」
「それではハルヤとエリスのスキルを元に戻してくださいね。」
「・・・はい。」
『ねえハルヤ。この子こんなに怖かったの!?』
『話しかけるな馬鹿!』
「お説教中に念話で私語ですか。2人とも余裕なんだね。」
『『ドゴ!』』
そして念話は呆気なくアズサに傍受され、両手に持ったダブル金棒によって俺まで重い1撃をくらう羽目になった。
こいつはどれだけ俺を巻き込めば気が済むんだ!
しかし2撃目の弁才天は殴られてしばらくすると俺のスキルを元に戻し、エリスのスキルから問題となっているスキルを消し去った。
これで一旦は安心できるけど、それは本当に一瞬の事だ。
「それでは弁才天様にはこれから反省も兼ねて金棒の刑を受けてもらいます。」
「待ちなさい!私は神・・・。」
「受けてもらいます。」
「・・・はい。」
そしてアズサの殺気さえ感じる笑顔に押されて弁才天は観念したように大きく頷いた。
きっと後になって俺のお仕置きが今までどれだけ優しかったかを理解するだろう。
そして、お仕置きにはアズサだけでなくゲストとして招待されているエリスも参加する様だ。
しかし何でエリスがここに居るのだろうか?
しかもアズサはさっきアイラの事をエリスと呼んでいた。
俺ならともかくアズサがその辺の使い分けを間違えた事は無いのでもしかして事前に知っていたのかもしれない。
「エリスからは昨日の内に話があって知ってたよ。本当は試合の後に打ち明けてビックリさせるつもりだったのにちょっとフライングしちゃったみたいだね。」
そして慎重に聞いてみるとアズサはやはり既に知っていたようだ。
この中だと一番に接点があるのできっと相談でも受けたのだろう。
「いつからなんだ?」
「昨日の夕方です。でも私はもうじき・・・。」
「そこは後にしましょ。それよりもこの神に鉄槌を下さないと。」
「そうですね。私もあんな公衆の面前で初めてのキスをするとは思っても居ませんでした。ですから手加減はしないので覚悟してください。」
そう言ってエリスは野球の様な構えから豪快にフルスイングを行い弁財天の側頭部を殴りつけた。
しかし顔でないのは同じ女性としての情けからかもしれないけど、容赦の無い1撃は控えめに見ても致命傷と言える。
そして壁まで飛ばされ頭から激突した弁才天はそのまま突き刺さった状態で動かなくなった。
どうやら死んでは居ないようだけど完全に意識を刈り取られてしまったらしい。
さすがに引き抜いて追い打ちは掛けないようで、エリスは大人しく金棒をアズサへと返却した。
「これで心配の種が一つ減りました。」
「そうだね。今後は私達に任せておいて。」
「はい。よろしくお願いします。」
するとエリスはまるで今際の不安が解消された様な顔で微笑みを浮かべた。
そしてアズサはそんなエリスの肩を叩くと俺の前に来て手を取って立つ様に言って来た。
どうやら俺へのお仕置きは正座だけで終わりの様だ。
「それで、さっきから何の話をしてるんだ?」
「それは私からお話します。」
そう言って来たのは壁にめり込んだ弁才天ではなく、いつの間にか入れ替わっていたイチキシマヒメだ。
「久しぶりだな。人間に転生してからは初めてか。」
「そうだね。それと時間が無いから説明するね。エリスは未来から送られて来たのは知ってるよね。」
「ああ、そうでないとエリスって名前を本人が知るはずないからな。」
この名前はアケミとユウナの母親であるナギさんが名前の無かったエリスに付けたものだ。
しかし、今はアイラという親から貰った名前がちゃんとあるので必要ない。
「でもね。アナタも覚えがあると思うけど2つの魂と人格が1つの体にあるといずれは1つに統合されてしまうの。でも大抵残る人格は強い方なのよ。」
「そうなると今回の場合だとエリスは残れないのか?でもアズサ達は過去と今の記憶が上手く統合されているぞ。」
「私とイザナミ様では司っているモノも神としての格も違い過ぎるの。それにその子達は長い時間を掛けて準備したから大丈夫だったのよ。」
それでアズサ達3人はこうして無事に居られる訳か。
次に会えた時には何かお礼をしないといけないだろうな。
「それでエリスは何時頃消える事になる?」
「長くて今日が限界だと思います。」
「・・・そうか。」
俺の時には記憶こそ受け継いだけど心は俺のままだった。
きっとエリスの場合もアイラとしての人格や感情にそれほどの影響はないだろう。
最初こそ混乱するだろうけど時間が経てば落ち着いて来るはずだ。
「エリスはそれで良いのか?」
「私は最後にハルヤに会えて嬉しかったです。それに事故でしたけど最後にキスも出来たので思い残す事は何もありません。」
ならどうしてそんなに寂しそうな顔で笑っているんだ。
それにエリスは妹なのでそれだけで以前の時もフルメルトごと助ける事になった。
俺にとって助ける理由はそれ以外は不要で今はそれすら必要がない。
「なら質問を変えよう。今のお前はエリスだよな。」
「はい、そうなりますが?」
「ならフルメルトを救った時点でお前は俺のモノだ。それに俺を好いてくれる相手には寿命以外で死ぬ事は許さない。俺の言っている事に何か否定する部分は有るか?」
「でも、その・・・。」
「言いたい事はハッキリと言え。今が我儘を言うべき時だぞ。」
試合の時にもエリスと約束を交わしている。
それはあの場での軽い口約束ではあっても約束は約束で、あの時の実力は認めるには十分に足りていた。
「なら・・その・・私を・・・アナタのお嫁さんにしてください。」
エリスはそう言って笑顔で涙を流すと震える手で服を握って来た。
するとその後ろでアズサは頷き、笑みを返してくれる。
「分かった。でも俺が結婚できるのはまだ先の話だ。だからエリスにはそれまで待ってもらうからな。簡単に消えられると思うなよ。」
「・・・はい!」
するとエリスから伝わっていた震えが止まり、先程とは違い眩しい笑顔を返してくれる。
そして、その更に後ろでは既に準備が行われ全てが整っていた。
俺はそこまで移動すると今回も大きな負担を掛ける事になるルリコの手を握り締める。
「悪いな。」
「1週間の添い寝で手を打ちます。」
「ああ、分かった。」
すると今度はイチキシマヒメが俺の許へとやって来て声を掛けて来た。
「なら、私が道を示してあげる。」
「頼む。特に今回は時期的に体が無い。魂として眠りに着いている時期だから少しでも手伝ってもらえるとこちらも助かる。」
俺はルリコと手を繋ぐと一緒にソファーに座って眠りへと落ちて行った。
すると意識はあるままに闇へと包まれて行くけど今回はいつもと様子が違う。
目の前には光の道があり、何処かへ導く様に伸びて行っている。
これには過去に覚えがあるのできっとイチキシマヒメの力だろう。
きっとこの先にエリスを救うために最も適したタイミングへと繋がっているはずだ。
俺はそれを信じて先の見えない道を踏み外さない様にしっかりと踏み締めながら歩き始めた。




