34 巨大蟻
「それなら俺から行かせてもらうからな。」
俺は動こうとしないトマス達にそう声を掛けてから1人で駆け出した。
どうやら挑発の効果も残っている様で逃げる動きを見せる事なく真直ぐにこちらへと向かって来る。
しかしダメージは無視できない様で動きは遅く繊細を欠いているのが分かる。
俺は襲い来る牙をジャンプで交わすと、すぐ足の下で『ガチン』と大きな音を立てる。
そして更に勢いを殺すことなくそのまま剣で斬り裂き右目の視力を完全に奪った。
ただし痛みに対して鈍いのか動じる素振りは見せない。
すると巨大蟻は再びこいらに振り向くと口を開いて襲い掛かって来た。
そして今度はそれを好機と見たのか必然的に敵の背後を取れたトマス達4人と1匹が攻撃を開始する。
「ハルヤ、良い囮っぷりだな。」
「この時を待ってたのよ。」
トマスは見事に俺を囮扱いし、エリンも言葉にはしていないけど同じ様な行動を取っている。
飛行機の中ではあまり仲が良さそうには見えなかったのに、もしかするとこの2人は似た者同士なのかもしれない。
しかもタイミングを合わせているかのように同時に駆け出すと尻尾の外殻が破損している所に攻撃を放っている。
「おい、ここは俺が担当するから他に行けよエリン。」
「何言ってるの。紳士は黙って私に譲るものよ。」
そこは『私』ではなく『女性』ではないだろうか。
彼女は思いのほか自己主張が強いみたいで互いに体をぶつけ合いながら攻撃をしている。
しかし、そうやっていがみ合いながらも手は止めないので次第に傷は広がりダメージを大きくさせている。
それにしても機内では肩に触れられるのも嫌そうだったのに、今のように体同士を触れ合わせるのは平気なのだろうか。
意外と楽しそうなので彼女は所謂ツンデレという種族なのかもしれない。
そして、もう一方のカップルは反対に回り込んで残った足へと攻撃を仕掛けようとしている。
まずはアルが関節部に向け全力で剣を振り下ろし切断を試みるようだ
「ここだー!『ガッ』・・・クソ、関節部でも一撃じゃ無理か!」
しかし、力が足りずに斬撃が途中で止まってしまった。
攻撃が弾かれている訳ではないのでアルが言っている様にもう一押しで切り離せそうだ。
「大丈夫よ。私に任せて!」
すると次に来たマヤが自分の剣を叩きつけアルの剣を後押しする。
それが決定打となり1つの足を切り落として大きなダメージを与えた。
こちらの2人はとても息の合ったコンビネーションで互いに称え合っている。
敵を前にして今も口喧嘩をしているトマス達とは比べるまでもない。
そして俺達の中で唯一の魔法使いであるタイラーは後方から石礫を放ち地味にダメージを与えている。
どうやらこちらはリリーほどの力が無いみたいだけど狙いは正確で一つも攻撃が外れていない。
そして時々水の魔法を放ってトマスの頭を冷やしてやっているみたいなのでどうやらこいつはエリンの味方らしい。
言っては悪いけど明らかにトマスよりも紳士に見える。
そして3本になった足では移動が困難になり全員で側面から容赦のなく攻撃を加えている。
俺も剛力を発動して更に足を1本切断し、完全に動きを封じると止めをさすために頭部へと向かって行った。
すると考えは同じだったようでトマスとエリンが反対側から現れ互いに視線を交わし合っている。
どうやらようやく仲良くするようでシンクロした動きはまるで心を一つにしたようにすら見える。
「止めは頂くぜ。」
「それは私の役目よ。」
(どうやら俺の勘違いだったようだ。)
誰がラストアタックをしても経験値の分配に変化はないのだから言い争わずに早く攻撃してもらいたい。
いくら瀕死の魔物でも窮鼠猫を噛むというコトワザもあるので気を緩めるのは危険だ。
しかし、そんな彼らをあざ笑う様に上空から飛来する物体が現れた。
「ワン!ワン!」
それは勇ましくも剣を口に咥えたオメガだ。
どうやらいつの間にか風の精霊の力を借りて空へと飛びあがっていたらしく、落下の速度を利用して強力な斬撃を振り下ろした。
その一撃は巨大蟻の首を胴から切り離し見事な止めを刺して見せる。
そして消えていく巨体を背景にして誇らしげに二本足で立つと勝利のポーズを決めて空に向かって一声吠えた。
「ワオ~~~ン!」
そしてラストアタックを奪われた2人は呆然とした表情を浮かべ、背景となってその場で立ち尽くしている。
そんなオメガにタイラーはトコトコと駆け寄ると鼻先で突いて労う様な動きを見せる。
しかし、その後ろでアルとマヤはホッと一息つきながらも周囲に視線を巡らして警戒を怠らない。
すると何かを発見したようですぐさま声が上がった。
「ヤバいぞ!」
「いつの間にか囲まれているわ!」
どうやら時間を掛け過ぎた様で山岳地帯にいた蟻たちが追いついてしまったみたいだ。
既に周囲をぐるりと取り囲まれ、少しずつこちらへと包囲を狭めている。
「あっちにも来てるわよ!」
マヤが指さしたのは町のある方向で、そちらからも赤い波が押し寄せている。
やはり、あの巨大蟻が呼んでいたのはこの周辺にいる全ての蟻だったらしく逃げながらかなりの距離を走ったのであちらにも追いついてしまったようだ。
「どうするんだよ!こんなの手に負えねえぞ!」
「アナタが私の邪魔をしなかったらこんなになる前に逃げられたのよ。」
こんな状況でもトマスとエリンは平常運転みたいで結構な事だ。
しかし言い争う暇があるなら蟻たちの群れが合流する前に突破すれば良いのにと思ってしまう。
ちなみに俺とオメガだけならここを突破するのは難しくない。
しかし、この4人と1匹を見捨てるとここに来た意味が無いのでギリギリまではここに残って戦うつもりだ。
それに最後の手段は既に考えてあるけどそれを実行したら後で怒りそうなのでなるべくしたくない。
しかしその心配は杞憂に終わり遠くの空から彼らの救い手が現れた。
「あ、あれを見て!」
「今度は何だ!」
そちらに視線を向けると見覚えのあるヘリが此方へと向かっていた。
既に耳にはヘリのローター音が聞こえ始め、こちらへと真っ直ぐに向かって来ているのが分かる。
「あれはヘリよ!私達を迎えに来てくれたんだわ!」
「やったぜ!これで生きて帰れるぞ!」
ヘリは俺達の上にまで来て滞空するとその高度を下げ始め、スピーカーからは覚えのある声が聞こえてくる。
『探しちまったじゃねえかクソガキー!』
どうやらあの場から大きく動いたので探してくれていたようで、まさか戻って来るとは思わなかったので悪い事をしてしまった。
そして降り始めて少しすると後部ハッチが開き着陸の態勢に入る。
しかし、もうじきここには蟻の群れが殺到することになり、そうなればヘリは破壊され逃げる手段を失ってしまうだろう。
ただ、ハッチは丁度こちらを向いているので着陸せずに乗り込めそうだ。
「トマス、飛んで乗り込むぞ。」
「あの高さじゃあ俺達は届かねえよ。」
「俺が飛ばしてやるからとっとと来い。」
俺は腰を落として手を前で構えるすぐに理解してくれたようで駆け寄ってくる。
「信じてるからな!」
トマスはそのまま俺の手に足を乗せるとヘリに向かって大きくジャンプをする、
そして俺はそれを補助してスキル全開で上に放り投げトマスはヘリにあと少しで手が届きそうな所まで行った。
「クソたれー!少し届かねえーーー!」
「タイラー手伝ってやれ。」
「ワン、ワン!」
タイラーは俺の言葉を即座に理解するとトマスに水弾を放って後ろからさらに加速させた。
ただ足や背中ではなくお尻なのは効率を考えての事で、悪意が籠っていないと思いたい。
「うおあ~~~!!」
すると空中で加速したトマスは見事にヘリに到着し、ハッチから中に入って行った。
しかしあそこで服がズブ濡れになる水弾を放つ必要があるのだろうかと別角度の疑問も湧いてくる。
風弾でもタイラーの実力なら十分にあそこまで運べるはずだけどその辺はどうなのだろうか?
するとこの狼犬は俺の視線に気が付くとあからさまに視線を逸らした。
どうやらあの水弾はトマス専用だったみたいなので触れずにいた方が良さそうだ。
そして俺は足を止めて怖気付いているエリンに声を掛けた。
「全員急げ。」
「マジで?」
「死にたくないなら早くしろ!」
「は、はい!」
エリンが怖気付いて時間を無駄にしそうなので強めの口調で無理やり行動させる。
そして急いで飛んだエリンはトマスよりも飛距離が足らずかなり前で失速してしまう。
しかし、そこはテクニシャンなタイラーが見事な連続風弾でヘリへと押し込み事なきを得た。
(やはりさっきのはトマス専用だったか。)
するとエリンのみっともない姿を見て残りの2人の目に真剣さが宿る。
最初からそれならこちらとしても助かったのだけど、余裕がないのでとにかく急いでほしい。
「あれの二の舞は御免だな。」
「そうね・・・。」
流石のタイラーもあまりに届かない様だとそれだけ余裕がなくなってしまう。
失敗が出来る余裕はないのでそうなった場合は容赦のない結果が待ち構えている。
しかしエリンの失敗のおかげでアルとマヤの二人はスムーズに乗り込む事が出来た。
そして最後がタイラー自身だけどヘリの高度が下がっているのもあり、俺の補助だけで乗り込んで見せる。
後はオメガと俺だけなので丸くなったオメガを砲丸投げの要領でヘリへと投げ込み、俺もスキルの強化と風の精霊の力で一気に飛び上るとヘリへと乗り込んだ。
その瞬間に足元は赤い蟻の絨毯に覆われ、顎を鳴らしながらこちらへろ恨めしそうな視線を向けて来る
そして、急いでヘリのパイロットへと声を張り上げた。
「全員乗ったぞ!」
「よっしゃー!それじゃあ上昇するから捕まってろ。」
その声でヘリは次第に上昇して安全圏へと退避していく。
もう少し俺の声が遅ければ今度は巨大蟻によってヘリが攻撃を受けていた所だった。
しかし、ここまで来ればもう安全だろう。
スキルを使って確認しても周りに魔物は居ない様なのでようやく一息つける。
俺は一つ大きく息を吐くとコックピットへと向かって行った。
「よく戻って来る気になったな。」
「ケッ!お前を迎えに来た訳じゃねえよ!」
そう言って鼻を親指で弾くと男は笑みを浮かべた。
まさに映画の様な絶体絶命でギリギリのタイミングだったが、まさか狙っていた訳ではないだろう。
「そう言えば名前も聞いてないな。俺はハルヤだ。」
「ようやく気付いたか。まあ、お前が名乗るんなら教えといてやるけど俺はアーロンだ。命の恩人として忘れるんじゃねえぞ。」
なんだかボロクソに言われてるけど原因の大半はコイツにある気がするのは気のせいではないだろう。
でもそれを言うとまたヘソを曲げそうなので心の中に仕舞っておこうと思う。
俺は分別のある子供のつもりなのでその程度の腹芸は可能だ。
「それにしてもアイツ等は諦めるって言葉を知らないのか?」
窓から外を見ると蟻たちはヘリの真下の地面で山を作りここまで登って来ようとしている。
中々に逞しい精神だけど飛べない蟻は唯の蟻なので空に浮かぶヘリまで来れようはずもない。
「これだと何処までも付いて来そうだな。」
するとその時、俺の中でパズルのピースが嵌った様な気がした。
これと俺のスキルを利用すれば良い時間稼ぎになるかもしれない。
「アーロン、このヘリはこの後どれくらい飛べそうなんだ。」
「輸送ヘリを舐めんなよ。あと3000キロは飛べるぜ。」
「それなら燃料が可能な限り飛んで奴らを誘導しろ。他の魔物の群れとぶつけて時間稼ぎを行う。」
「なに勝手に命令してやがる。・・・でも良い考えかもしれないな。癪だがそれに乗ってやるぜ。」
アーロンはそう言って鼻を再び弾くとヘリを操縦して移動を始めた。
「群れの位置は把握できてるのか?」
「アメリカ舐めんなよ。そういうのは無人偵察機を使ってリアルタイムで更新中よう!」
そして手元のタブレットを操作して得意げに群れの位置を表示させる。
どうやらここ以外に町へと北上している群れは2つあるようだ。
1つは俺がバスで戻って来た方向でそちらから数千の鰐男や蜥蜴男達が向かって来ている。
どうやら普通の見た目と違っていたけどリザードマンの一種だったみたいだ。
ただ、コイツ等は少し距離があるので到着は早くても数日後だろう。
そして南西方向からは犬頭の魔物、恐らくはコボルトの群れ数千が進んでいる。
こちらは既に町まで数十キロと今日の深夜には到着してしまいそうだ。
そこから考えて問題があるのは蟻とコボルトの二つとなっている。
「よし、コイツ等を引連れてコボルトに向かうぞ。」
「コボルトとなると犬頭どもだな。」
そしてアーロンは進路を微調整すると進路をコボルトの群れへと向ける。
俺はそれを確認すると後部ハッチを開いてもらい後ろへと移動していった。
「恐らくこの大陸の魔物には明確な上下関係がある。だから群れのリーダーを挑発してやれば俺にだけ向かって来るはずだ。」
俺は下を見ると赤い蟻の絨毯が大地の一部を埋め尽くす光景が見えた。
その中で特に大きな個体が数体いるのでそいつらに向かって挑発を発動する。
すると動きが止まり視線をこちらに向けるとしきりに叫びを挙げた。
その直後に群れの移動速度が速まったので今のは恐らく他の蟻たちに速度を上げる様に指示したのだろう。
おかげで時間と燃料の節約にもなり、上手く計画を進められそうだ。
それに航続距離が残ってても全力で飛んでいる訳ではないので時間的には数時間の飛行が限界と言ったところだろう。
コイツ等はさっき倒した巨大蟻ほど頭が良くなさそうなので後は情報を確認しながら誘導すれば良いだけだ。
俺はコックピットに戻るとアーロンに次に向かう様に指示を出した。
「だから命令するんじゃねえ!」
そう言いながらもしっかりとやる事はやってくれるのでこちらとしても言う事は何もない。
そして次のポイントまで移動すると大量のコボルトが獣のような動きで町へと向かい移動していた。
その中でも一回り大きく体毛の色の違う1匹が存在感を主張している。
周りが焦げ茶色なのにそいつだけは山吹色をしていて群れの中央を走っているのでとても目立つ。
そして俺達を発見すると遠吠えが上がり、群れをゆっくりと停止させるとこちらに視線を飛ばして来る。
アイツはかなりの統率力がある様らしく、更に鰐男のボスよりも知恵が回りそうだ。
果たして挑発が何処まで有効なのか疑問に感じるが、確認も兼ねてコボルトのボスにスキルを使用してみる。
すると再び声を上げるとこちらに向かって進路を変えた。
しかし、いつもの様な一心不乱さが感じられず、コイツには挑発の効き目が薄いようだ。
「それならここで定期的に挑発を行うか・・・。」
そう考えた時に俺の横にオメガとタイラーがやって来た。
いったいどうしたのかと思えばハッチから下をジッと見てボスを睨みつけている。
すると急に横を向くと外に向かってオシッコをかまし、後ろ足で砂を掛ける様な動きを見せた。
しかもライラーに至っては魔法で石礫を作りボスへと攻撃するオマケ付きだ。
何をしたのかと思い下を見るとボスは目を真っ赤に染めてこちらに向かって猛進を始めた。
目の色を変えてとはこういう事を言うのだろうか?
どうやら挑発は相手の嫌がる事を織り交ぜると効果が跳ね上がるみたいだ。
ただオメガに関して言えばこの明らかに弱そうな見た目で挑発されると自然と沸点も低くなるのは間違いない。
それは別の話として、これは良い事を知ったと思いながら俺も先人に習い、ついでにかましておいてハッチを閉めた。
すると俺の後ろでそれを見ていた4人からなんだか変な視線を感じるのだが、何か変な事をしたのだろうか?
「何か?」
「あれは無いだろ。」
「無いな。」
「モラルの欠如ね。」
「破廉恥だね。」
なんだか酷い評価だがこれも町を護るためだ。
人が頑張って町の人達の逃げる時間を稼いでいると言うのにまるで悪者になった感じだ。
しかしコックピットに視線を向けると俺達を見てアーロンは大声で笑っている。
アメリカ人には今の行動が冗句に見えたみたいだが俺はしばらく微妙な視線を受けながら機内で過ごす事になった。




